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阿含宗という宗教255 [転載禁止]©2ch.net

1 :口下手番長255:2015/08/22(土) 21:18:28.33 ID:mo+M+fyE
このスレッドは阿含宗批判が目的です。
霊感商法、霊視商法をするカルト宗教・阿含宗の宗教詐欺を世に知らしめるためのスレッドです。

■阿含宗関連サイト■

考察資料の総合案内「agama考察室」
  http://agama.zouri.jp/
議論スレ:「阿含宗と桐山氏について」(したらば)
  http://jbbs.shitaraba.net/internet/3419/
議論スレ:「agama@chs-1」(したらば)
  http://jbbs.shitaraba.net/internet/6441/
議論スレ:「FC2agama掲示板」
  http://datoban.bbs.fc2.com/
過去のザビビ復活!ザBBS(過去のザビビよるデータをFC2に譲渡)
  http://thebbs.fc2.com/ (阿含スレは”桐山氏と阿含宗について”)
テーマ別の阿含宗批判「agama galage」
  http://agon.konjiki.jp/
過去ログ倉庫:「阿含宗という宗教」
  http://souko.digi2.jp/
過去ログ倉庫:ザビビ「阿含宗と桐山氏について」
  http://agama.ehoh.net/kakoindexthebbs.html
阿含経の分析や研究に 「agama 研究室」(アーガマ 研究室)
  http://agon.genin.jp/
退会について考えたり相談できるサイト 「agon secession club」 略称ASC 
  http://agama.jounin.jp/

2 :神も仏も名無しさん:2015/08/22(土) 21:23:19.46 ID:LkQppIL3
566
ほう〜止めたと思ったらまた出たかいな。
注意して人を批判したほうがよいだろうなあ。

3 :神も仏も名無しさん:2015/08/22(土) 21:29:11.65 ID:LkQppIL3
如来様ってのはどういう意味だね?
真の如き法を説き来るから如来と号するのである。
つまり直訳後ではなくて漢語であるな。

4 :神も仏も名無しさん:2015/08/22(土) 22:04:39.84 ID:rgpWBu/4
ま、応供の如来なんてのは桐山ゲイカの大嘘だから
ミラクルの池なんて存在しません、したがってそこで受けたという仏勅も嘘
詐欺宗教ですね

5 :神も仏も名無しさん:2015/08/22(土) 23:01:48.73 ID:LkQppIL3
>>4
ま。これくらいなら可愛いもんだわな。

6 :神も仏も名無しさん:2015/08/22(土) 23:42:06.88 ID:rgpWBu/4
可愛い?とんどもないことに気がつかないの
これだから信者わw
まあ深山さんの正しい仏教解説聞いたってわからない奴らだからな
宗教だから詐欺にはならないからいいってもんじゃないだろ
信者は宗教ワールドに浸かっていろ
世間には阿含宗がいかにデタラメであるか公表していく

7 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:29:59.23 ID:BHfiRE0O
>>1
スレ立てご苦労さん。

前スレ 
>613
>真面目に答えると中途半端な小周天ですね。ハッキリいって偏差を起こして危険
>おかしくなりますよ。
>614
>582はいまだにやってるわけ だから頭おかしいのかい?

そう言えば10年近く前になるが、偏差偏差と喚いていた批判側がいた。
人をすぐ怒鳴りつけていたが、今考えると、あれは偏差が原因だったのかな?
613は、おそらく誰かの受け売りだろう。
私は15年位、こうした瞑想をしてるが偏差を起こしたことは一度も無い。
いつでもアタマとカラダは絶好調なので心配には及びません。

>途中で経絡でもないところに観想したマグマを通しチャクラ開発できるとか
>いいかげんなこと書いている

実際、人体には、正経十二経脈や奇経八脈以外にも有効なルートは存在する。
尾閭ー気海(関元) 命門ー神闕  身柱ー膻中 の三つに
マグマやクンダリニパールを流すのは危険どころか気分爽快で、
これは将来的に見てチャクラ開発に非常に有効なルートであることがわかる。
これは実際にやった人間でなければ分からない。
本当はこのことは秘密にしておきたかったのだが、誤解してる人がいるので
あえて書かせてもらった。
これ以外にも阿含宗で公開しているルートで偏差など起きないから安心せよ。

8 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:40:53.66 ID:BHfiRE0O
■深山センセイの暑い夏はまだ続きそうだ・・・

@「四禅で解脱」は釈尊や学者の説ではなく、深山センセイ独自の説です。

前スレ 
>621 :深山
>繰り返すが、私は四禅という瞑想で解脱したなんて書いたことはありません。
>八正道で解脱すると繰り返し書いているし、阿含経にはそれしかありません。
>沙門果経で、四禅を解説した釈尊は解脱を得たことを記述している。
>学者や誰かの解説でもなく、釈尊本人がそのように述べている。

>「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
>(『原始仏典 1』春秋社、96頁)

>この釈尊の言葉を解脱とみなすか、みなさないかは、各個人の理解力の問題で、
>ここでの議論のテーマではない。
>学者たちも同じように上記を解脱と解釈しているから、
>釈尊の解脱を四禅三明であるとしているのです。

9 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:50:35.44 ID:BHfiRE0O
8のつづき

沙門果経で、比丘が解脱するシーンは、<煩悩滅の智>に出て来ます。

<煩悩滅の智>
「このように知り、このように見るかれには、 欲望の煩悩からも心が解脱し、
生存の煩悩からも心が解脱し、無知の煩悩からも心が解脱します」
              (『原始仏教第二号』中山書房仏書林、69頁)

ご覧なさい、これが解脱の瞬間です。
「このように知り、このように見るかれには、
欲望の煩悩からも、生存の煩悩からも、無知の煩悩からも心が解脱します」
比丘はこのように知り、このように見た(四聖諦を達観)から解脱したのだとハッキリ書いてあります。
ここで初めて解脱したのに、四禅(心が安定し…)で解脱するわけがないでしょう?
比丘は四禅で解脱したなどと釈尊は言ってないのです。
学者達もそれを知っているから、
「心が安定し…」を「八等至(四禅+四無色定)の自在」(『パーリ仏典入門』片山一良、大法輪閣、96頁)と解釈し、
「四禅がそのまま悟りではない」(『インド仏教史上巻』平川彰、春秋社、42頁)と言ってるわけだよ。
学者たちも四禅を解脱だとは解釈していないのです。
経典を読めばそんなの当たり前じゃないですか?
釈尊も学者たちも揃って四禅で解脱したとは言ってないのに、
深山センセイだけが四禅(心が安定し…)を解脱だと言ってる。
何故でしょう?
それは「四禅で解脱」は紛れも無くセンセイ独自の説だからです。
ここまで説明すればセンセイにも理解できる筈です。

10 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:52:20.13 ID:APse5gDw
ここのスレはオームのようなことばかり議論しているようだが
解脱するのにおかしな修業が必要とでも思っているのかなー。

11 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:53:12.57 ID:Fm9s0ACW
>>7
まあ桐山の本なんか毒にも薬にもならん馬鹿本だけどなw
天才バカボンだよお前はwww

12 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 01:58:09.63 ID:Fm9s0ACW
なにがダト如意ぐもんじ法だよw
いまでは信者は誰も口にしないっていうぜ(なかったことになっているようだ)
かわりに変な輪廻転生瞑想法だの変な加持祈祷ばかりやってる
いまだにアノ関係に熱心なオカルトファンがいることに驚きw
あんなの今どきのヤツは相手にしてないけどなw

13 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:01:24.32 ID:Fm9s0ACW
あっそうか!本自体もう本屋においてあるところすくねえや
いっときとくらべると桐山本ってもうほとんど売れない
信者しか買わねえし読まねえし
ちゃんとした人の本があるもんな今さらインチキ本なんか誰も読まないし

14 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:03:43.56 ID:APse5gDw
空中浮遊頑張っちゃう人とか明らかに聖書のキリスト像を誤解してたりするよね。

15 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:05:46.99 ID:BHfiRE0O
前スレ
>622 :深山
>釈尊が、滅尽定で解脱した、と述べている経典を出してみたらどうか。
>だせませんよね?

362 :神も仏も名無しさん:2008/12/14(日) 16:20:32 ID:vChXflrk
これに対して、それ以上の意識段階ないし瞑想段階(いわゆる〔処〕は
「布婆楼経」などで説かれている。

長阿含経 「布婆楼経」(ふたばろうきょう)=ポッタパーダ経

ポッタパーダ経
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%83%E3%82%BF%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%80%E7%B5%8C

>漏尽定が解脱なら、どうして釈尊は漏尽定からわざわざ
>それよりもはるか下の第四禅から入滅したのだ?

釈尊は以前に滅尽定まで経験して煩悩のアカをスッカリ落としていたから、
第四禅から入滅できたのです。

こういう説明で良かったんだよね?

16 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:08:26.71 ID:BHfiRE0O
15のつづき

>沙門果経にはどうして四禅までしか書いていないのだ?

四無色定を四禅に含めているからじゃないのかい?
片山氏も「心が安定し、・・・」を八等至だと解釈しているし。
疑問があるなら人に聞かないで自分で調べてみたらどうかな?

>無知と誤解のまま、九次第定を目指して毎日自己満足瞑想して、
>一生おくるのでしょうね。

四禅で解脱を得たなんて無知なことを書いてる人に無知だと言われても苦笑するしかないね。
それと、こちらが目指すのは、九次第定ではなくガン予防のチャクラ開発です。
その方がずっと現実的な話だろう?
自己満足瞑想と言うが、その瞑想すらまともに出来ない人間に言う資格はない。
センセイの場合、座った途端に妄想が沸いてきて5分と持たんだろうね。
座ってパソコン叩くだけなら、妄想が沸いてきた方が都合がいいだろうけど。

>義務だと思うから無駄を承知で言うが、あなたが自慢の瞑想をすればするほど
>釈尊の説く解脱からは遠ざかる。

センセイは今でも瞑想に心残りがあるんじゃないかな。
きっと信者時代は道場奉仕に励み過ぎて瞑想したくても時間が無かったんだろうね。
だったら、信者をやめた今なら暇だろうから『輪廻転生瞑想法』のDVDでも見て実習したらどうかな?
きっと新しい批判ネタが思いつくと思うよ。

17 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:14:17.94 ID:APse5gDw
14
そういう人はイエスは実在してたと言うからね、気をつけた方がいいね。
神は万能とか知らないで妄想しちゃうし。気をつけた方がいいね。

18 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 02:21:57.88 ID:3hZXRv+a
深山先生のホームを途切れさせるなよ。(笑) 発狂したらどうするんだ。

19 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 07:28:42.23 ID:Fm9s0ACW
>16
輪廻転生瞑想法って実際はそんな瞑想ないからなw
桐山ゲイカが話の流れで受け狙いで唐突にだしたもの、ゲイカのウソ話は
このパターン多い。聞いた信者はたまったもんじゃない嘘を信じ込まされるから。
最初から何もないから、だから最初の伝法会は「一日三回笑いましょう」とかいう
変なものだったんだよ。
本の内容もいままで書いたり言ってきたことの寄せ集めバカバカしいモノだな
おまえわかってないだろwww
よくわかるわw
実際に道場にいき 信者仲間と梵行とか例祭参加とかやったことないやつ
自分の妄想世界にはまり込んでいる奴w

20 :123:2015/08/23(日) 07:41:36.67 ID:7ZGfS3gN
19.
瞑想法は妄想法であることになる。
よってして、方法を研究しても意義がないことになる。

21 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 07:42:30.32 ID:Fm9s0ACW
信者じゃなくて桐山シンパっていうようなのいるよね
桐山本にハマって壮大な大法螺にまいあがっているやつ
チャクラ開発で癌を防ぐっていう話とかマトモに信じている奴とか
有名なヨーガのグルとかでも癌で亡くなった人とかいるのにな
桐山も脳梗塞になったし
んじゃなにかいチャクラで癌は防げるけど脳梗塞は防げないっててかw

22 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 07:43:53.94 ID:Fm9s0ACW
>20
そのとおり!本の中身
殆んど妄想のオンパレード

23 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 07:50:30.88 ID:exMRcwDv
 
深山里的長首美女   http://blog.sina.com.cn/s/blog_4e1d434e0100ukzf.html 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:a1694171c52d18691058ee628c4f7c04)


24 :一来補:2015/08/23(日) 10:36:26.36 ID:LcVvYu9J
金と時間をかけたのに、果報がなかった哀れな者達がここで阿含宗に恨み節を、吐いている。阿含宗がインチキだと証明出来れば、諦めもつくというわけだな。
だが、正しいとも間違いとも証明出来ないものが、宗教であるわけだな。

また、我みたいに、果報を得られたという者が居ることにイラつくわけだな。
果報が本当ならば、得られなかった者は損をしてるわけだからな。
残念だな、我の果報は本当なのです。

25 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 11:17:11.27 ID:TEQSpzj8
サヘトマヘトからサンカシャへの三道宝階降下などの釈迦の大通力を信じ、

釈迦は神をも超えた偉大者だと思い込んで脳が逝ってしまっているのは批判も擁護も同じだけどねw

26 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 11:34:56.43 ID:Z0SypU6I
>>8

私はできるだけスレの主旨、つまりアゴン宗の議論から離れないようにしている。
だが、ペテン大作さんはそうではない。
今回も、自分の興味ある部分にのみ返答して、肝心のアゴン宗に
ついての返事はほとんどない。

質問1.桐山さんは神通力によるカルマ解脱を説いていると認めるのか?
質問2.質問1の答えが否なら、アゴン宗の解脱とは、
何をどのようにして解脱すると説いているのか?
質問3.アゴン宗は因縁解脱を説いており、仏教の解脱と違うことを認めるのか?
質問4.桐山さんは因縁解脱というが、それはペテン大作説の漏尽定による
解脱とは異なると主張するのか?

これらの質問はアゴン宗での議論ではとても重要だが、彼は何も答えていない。
どうしてだと思いますか?
彼の関心がアゴン宗ではなく、深山をブチのめしてやりたいというのが
目的であるということの他に、うっかりアゴン宗の議論をすれば負けるからです。
だから、他の批判側からも桐山さんの因縁が切れていないではないかと
指摘されても、無視する。
つまり、明らかに負ける議論にはいっさい立ち入らず、四禅がどうのこうのと
こちらが何年も前に反論し、議論の出尽くした内容に、執念深く同じ主張をする。
アゴン宗から離れた仏教議論に持ち込もうと必死なのです。
前回もそうだが、私はアゴン宗から離れた議論には付いていかないから、
この後も彼は私を嘲笑いながら、書き続けるでしょう。
私が読んでも意味不明な文章が多いから、読者の皆さんにはなおさらでしょう。

27 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 11:42:16.08 ID:Z0SypU6I
「これによると、ブッダは十二縁起によって悟ったのではなく、悟りは
四禅三明の智慧によって悟り、
その後に悟りの内容を十二縁起によって瞑想したのだということになる。
この説が最も多い。」(『般若心経瞑想法』124頁)

信者さんたちに上記を見てほしい。
釈尊の悟りとは何かについて学者は三つくらいの説を出しており、
その中で四禅三明を桐山さんは指示しているように見えるのは、
上記の文章の前後を読めばわかります。

信者さんたちにまず不思議に思ってほしいのは、
学者たちの三つの説のどこにも因縁解脱やカルマ解脱がないことです。
カルマを断ち切った、霊障を解脱した、チャクラやクンダリニーを覚醒した、
などという桐山教のメインとなっている内容も言葉もまったく出てこない。
学者たちが出しているのは四禅三明、十二縁起、四諦などです。
このように言うと、信者さんたちは「学者はただ知性でそのように
言っているだけで、本当の仏教は桐山ゲイカにしかわからない」と反論するが、
それは何の意味もない内容です。
仏教とは、阿含経に書いてあることがすべてです。
これを逸脱しても良いというなら、大乗仏教もオシャカの説いた仏教になってしまう。
御霊示と称する妄想は仏教ではない。
阿含経に書いていることが仏教であり、書いていないことは仏教ではない。
桐山さんもそれを知っているから、学者たちの三つの説を否定せず、
四禅三明が最多の説だとして、事実上、これを採用している。
だが、この説にはどこにも悪因縁や霊障のカルマを切るなんて出てこない。
変ではありませんか?

28 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 11:47:39.11 ID:Z0SypU6I
「仏陀は、業からの脱出、業からの超越を説いて、成仏法を教えた。」
(『修行者座右宝鑑』106頁)

「成仏法は、「因縁解脱」の法であって、業(カルマ)を断ち切る法なのです。
それは、個人とか、社会とか、そういう区別はないのです。
この世に存在するものすべて、天地自然、生物も人工物も、すべてのきはん
(きずな・制約・束縛)を断ち切る法なのです。人間だけに限ったものではない。」
(『祈りは天地を動かす』P.77〜78)

これが桐山さんが常々言っていることです。
信者さんたちも、前世の悪業の報いである悪因縁(カルマ)や、霊障のホトケの
出す霊障のカルマを断ち切って、自分も世の中も良くするのだと
というのがアゴン宗の教義であることは知っていますよね?
そして、そのカルマを断ち切った究極にいるのが仏陀です。

「成仏とは「成仏陀(仏陀になる)」の略です。
この世で、この身のまま、すべの悪因縁を断ち切って自由自在の存在になる、因縁解脱して仏陀になる、それが成仏です。」
(『阿含宗報』250号、2頁、2006年)

このようにアゴン宗での釈尊の悟りとは、因縁解脱、つまりカルマを
すべて断ち切って自由自在の境涯を指す。
だが、もう一度、桐山さんの紹介した学者たちの三つの説を読んでください。
四禅三明、十二縁起、四諦など、言葉にも概念にもカルマもこれを
断ち切るなんて出てこない。
いくらなんでもおかしくないか?

29 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 11:50:14.16 ID:BHfiRE0O
>>21
>チャクラ開発で癌を防ぐっていう話とかマトモに信じている奴とか

結構反応するんだね、気になる?w
マトモじゃないと結論付ける確証も無いわけだし、信じる信じないは本人の勝手。
将来ガンになるかならないかも本人の責任だから、他人が口出しする話でもない。

>チャクラで癌は防げるけど脳梗塞は防げないっててかw

脳をスキャンしてもらったら?w
マニピューラは内蔵神経支配の臓器に関係してるから脳梗塞は関係ないってw


■深山センセイの暑い夏はまだ続きそうだ・・・

@砂場の粗相は自分で始末すること。

>623 :深山
>四禅で解脱するかどうかなど、ここでは議論の対象外です。

これには私も同感です。
四禅三明は、本来このスレとは関係ない。
だが、その話題を取り上げたのは深山センセイです。
それを途中で議論に関係ないと放り出されては困ります。
砂場の粗相は自分でキッチリと始末してください。

30 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 11:52:40.52 ID:3hZXRv+a
ほれハッスルハッスル低級ハッスル いつでもどこでも死ぬまでハッスル 信者と乳クリ 死ぬまでマス掻き
低級同士で褒め合い教授 ハッスルハッスル哀しいハッスル〜www

31 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 11:53:41.71 ID:Z0SypU6I
「これによると、ブッダは十二縁起によって悟ったのではなく、悟りは
四禅三明の智慧によって悟り、
その後に悟りの内容を十二縁起によって瞑想したのだということになる。
この説が最も多い。」(『般若心経瞑想法』124頁)

「仏陀は、業からの脱出、業からの超越を説いて、成仏法を教えた。」
(『修行者座右宝鑑』106頁)

上記二つの文章を見比べても両者は似ても似つかない。
学者の悟りの解説の中には、因縁解脱もカルマ解脱もまったく出てこない。
信者さんたちが慣れ親しんで、これがオシャカの説いた仏教だと
信じている因縁切りの話はもちろん、死者の供養や成仏なんてのも出てこない。
まるで別な宗教みたいに感じませんか?
そのとおりで、アゴン宗は仏教ではないからです。

信者さんたちこの本を読む時、何か瞑想法が知りたくて、前半の仏教講義
の部分を斜め読みしている人たちが多い、というか、ほとんどの人がそうです。
桐山さん自身が仏教を理解できず、学者の文章を解説するから、
グチャグチャするばかりで、意味がわからないから、読者は読み飛ばす。
だから、私から上記の文章と現実のアゴン宗とのギャップを示されて、
初めておかしいことに気が付いた人も多いはずです。
桐山さんはこういう所で馬脚を現しているのです。

信者さんたちは阿含経で因縁解脱や因縁切りという言葉や概念を
見たことがありますか?
釈尊が死者を供養して成仏させろとか、霊障のカルマを断ち切れと
言っている文言を見たことがありますか?
ありません。
桐山アゴン宗が仏教のメインだと説いている内容が、阿含経に
皆無だというのはいくらなんでも、おかしいでしょう?

32 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 11:59:17.57 ID:Z0SypU6I
「これによると、ブッダは十二縁起によって悟ったのではなく、悟りは
四禅三明の智慧によって悟り、
その後に悟りの内容を十二縁起によって瞑想したのだということになる。
この説が最も多い。」(『般若心経瞑想法』124頁)

この本での桐山さんの解説でおかしいのはこればかりではない。
たとえば、苦集滅道の四諦の「道」を八正道ではないと書き、
無我の説明をしながら、霊魂はあると主張する。
四諦の「道」が八正道であること、仏教では霊魂は否定されていることは
議論以前の大前提です。
議論の余地がなく、これが前提となって仏教が構築されているから、
これを否定したら、仏教ではなくなる。
なぜなら、「道」が八正道とは誰かの解釈ではなく、釈尊本人が
そのように言っているからです。
無我(非我)を理解したら、霊魂なんて「核」を考えるはずがない。
なぜなら、自己には核がないというのが無我だからです。
桐山さんは無我と死後の存在の区別もつかずに、釈尊は霊魂を否定していない
などと無知をさらけ出している。
こんなこともわからず、桐山さんは知ったかぶりで解説をしている。
愚かな信者が学者本を斜め読みして、滅尽定で解脱すると書いているのと
同じで、慢心と無知ばかりで、仏教を理解していない。
信者さんたちが仏教を体得した解脱者だと信じている男は、
仏教の基本さえも理解していないのです。

33 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/23(日) 12:04:37.30 ID:Z0SypU6I
>>1さん
スレ立てをありがとうございます。

34 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 13:15:43.78 ID:BHfiRE0O
@ずる賢い深山センセイ。

>624 :深山
>「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
>(『原始仏典 1』春秋社、96頁)

>これが解脱を意味しないなら、学者たちは四禅三明なんて説は出しません。
>四禅の段階で解脱しているのだから、四禅から三明にかけてが解脱なのだと
>学者たちは解釈して、四禅三明だと言っているのです。

これは真っ赤な嘘ですね。
四禅三明説とは、釈尊は<四禅三明で解脱した>という説であって、
四禅の段階で解脱しているかどうかなんて考えている学者はいません。
学者たちは「四禅三明」を一つのものと捉えているからです。
<四禅の段階で解脱しているから四禅三明だ>は深山説です。
センセイは、自分の説をこっそり学者たちの説に潜り込ませて、
自分の説を学者たちも主張しているかのように見せかけたのです。
何と言うズル賢さだろう。

35 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 18:16:14.11 ID:fjksGZMG
>9
>ご覧なさい、これが解脱の瞬間です。
>「このように知り、このように見るかれには、
>欲望の煩悩からも、生存の煩悩からも、無知の煩悩からも心が解脱します」
>比丘はこのように知り、このように見た(四聖諦を達観)から解脱したのだとハッキリ書いてあります。
>ここで初めて解脱したのに、四禅(心が安定し…)で解脱するわけがないでしょう?

それはこうです。
沙門果経では 戒・定・慧 という順序の三学を説くが、この場合の
「慧」には宿命智、死生智、漏尽智、神通、天耳智、他心智、天眼智、
意から成る智 などいろんな智がでてきます。

実際の修行道である「八正道」では 慧・戒・定 であり
慧の中でも「漏尽智」に重点がおかれています。
八正道は解脱を目標に修行が設定されているのです。
だから最初に「慧」=「正見」を説きます。
「正見」とは「四聖諦の正しい理解」であり悟りの目標でもあるのです。
スタートから目標が定まっているのです。
だから最後の「定=四禅定」が完成した段階で解脱も成就したと言えるのです。

36 :一来補:2015/08/23(日) 21:05:11.78 ID:l7B7oGeX
桐山師の悟りとは因縁解脱でありますね。
釈尊の悟りとは、煩悩滅、業滅、苦滅、輪廻滅、つまりは縁起滅のことなのであるが、深山くんなどは、それが理解出来ないので、煩悩滅だけを主張するわけだな。
煩悩滅だけを主張しても、不十分なのである。大乗仏教の悟りも煩悩滅なのであるからな。
煩悩滅だけでは、阿含仏教の悟りと大乗仏教の悟りとの区別が付かないわけだな。

では、阿含仏教の悟りと大乗仏教の悟りの違いは何であるのか?
煩悩滅は共通の条件であるが、縁起の捉え方が違う。
阿含仏教の悟りは、縁起の世界から解脱するのに対して、大乗仏教の悟りは縁起の世界の中にあるわけです。そこが

37 :一来補:2015/08/23(日) 21:25:39.52 ID:l7B7oGeX
今や、我らが主張してきた因縁解脱、すなわち
悟りとは縁起の世界からの解脱であることが、
ネット検索で誰でも、簡単に確かめられるよう
になった。
パーリ小部の自説経、を検索してご覧なさい。
涅槃とは縁起の対象にならず、涅槃とは縁起
を受けず、涅槃とは縁起の法からの解脱である
ことを、釈尊が説いています。

我は、自説経を読まずとも、涅槃とは因縁解脱、
つまりは縁起の法からの解脱であることを理解
していたわけであるが、深山ユビキタスくんら
は、何時になったら理解出来るのだろう。
来世かな。

38 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 21:49:02.11 ID:us9A4Qnt
涅槃と神の国は同じ
両方とも解脱後に訪れる

39 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 21:54:25.82 ID:us9A4Qnt
私の意見ですがやはり出家は前提になっていると思います。

40 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 21:55:27.19 ID:86YxgzYi
自ら努めて菩提を得ようとしない者が懸命に?批判を繰り返す。
批判するならそれなりの判り易い対案を出すのが誠実な証である。
某宗教なら嫉妬とは言わぬ怨嫉とでも言うべき匿名書き散らし行為に
合理性を持たせようとする御仁は宗教に粘着する屑であろう。

41 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 22:04:53.94 ID:us9A4Qnt
大丈夫なのだ、真実の世界に嘘は通用しないのだから
嘘を吐けば吐くだけ裸の王様で本人が恥じかくだけだから。

そんなに熱心に批判しなくても皆分かっている。

42 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 22:15:15.94 ID:lpHWiBDa
>>36桐山師の悟りとは因縁解脱でありますね。

うん、それで・・・桐山師が因縁丸出し・・・チーン(爆


まだ判らないの?「脳障害の因縁」「色情の因縁」「中途挫折の因縁」等

43 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 22:19:05.94 ID:Fm9s0ACW
>>37
だから深山説じゃなくて仏教は因縁解脱など説いていないの
スマ師でさえ因縁解脱(カルマ解脱)とかいうのはジャイナ教の教えである
と本に書いている。
桐山なんて何にも(仏教だけだなくヨーガ、その他)深く勉強などしていない

44 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 00:10:50.87 ID:yOUumghY
>34 :神も仏も名無しさん:2015/08/23(日) 13:15:43.78 ID:BHfiRE0O
>@ずる賢い深山センセイ。

狡賢くないわ。www 単なる、信者と阿含宗低能批判者の乳繰り合いだから〜。ww

45 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 00:39:06.53 ID:nEjPY8wx
↑国太郎それだけしか書かないのかよ
深山に負けてるなw

46 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 01:00:17.48 ID:YcI9YKFN
在家で悟りとかありえん。

47 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 01:04:11.95 ID:lQQ9MG7M
>>46
ありますよ。

私「麟角喩独覚」です。

48 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 01:06:54.91 ID:Iy384PUf
>>35
>だから最後の「定=四禅定」が完成した段階で解脱も成就したと言えるのです。

この前聞いたよ。
八正道では三学の順序が違うという話だね。
でもそれでは深山センセイの弁護にはならないよ。
センセイはね、自分は四禅で解脱だとは言ってない、
釈尊が言ったと言うんだよ。
経典の中にそう書いてあると言ってるわけ。
だから経典の中の何処に書いてあるかどうかの話なんだよ。
つまり沙門果経の何処に書いてあるかどうかということ。
八正道では四禅は解脱であると解釈できるとかいう話じゃないのよ。
こちらの言ってること分かる?
だから八正道の解釈は勉強にはなるけれど今回はお呼びじゃないの。
もし、あなたがセンセイを擁護したいのなら経典の中から見つけてよ。
でないとセンセイは助からないよ。

49 :一来補:2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
肝心なことは、釈尊が因縁解脱を説いているか、いないかなのであって、桐山師が因縁を解脱しているかいないかは、その次の問題だろ。

そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。
我の関心は、我の因縁にあるわけだからな。

50 :一来補:2015/08/24(月) 07:05:26.17 ID:vsbkF3Cw
自説経を検索すれば、釈尊が、
涅槃とは縁起の法から解脱すること、
だと説いている言葉を見つけられるだろう。
各自、見つけることだ。簡単だから、それ
くらいの労は、自分で負うことだね。
すべて人任せでは、騙されるわけだな。

桐山師も、解脱とは因縁因果の法則から超越
することだと、本に書いている。
仏陀の真実の教えを説く、中巻の等見品の
解説に詳しく書いてあったはずだな。

51 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 07:41:59.40 ID:4QJU9Zyu
>>47
で悟りとは偉くなるわけでも霊性や脳が変わるわけでもなんでもない。
頭の思考思索知識が増えたにすぎない。
児童が九九を憶えるのと同じで
人様に迷惑かけない生き方と己の生き方を改革できればそれでよい。

52 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 07:50:30.36 ID:glodc5sW
 
深山含笑   http://www.bz55.com/meinvbizhi/21478.html

53 :123:2015/08/24(月) 07:57:40.48 ID:qr9+x2DB
50.
解脱した人が、なんで金儲けをしているのか。
そこが解明されるべきである。

54 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 08:00:20.20 ID:LzqIaxa3
>>48

私は別に弁護をしているのではありません。
弁護をしたい訳でもない。
四禅の見解に対し納得がいく情報を開示しただけです。

55 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 11:21:27.23 ID:lQQ9MG7M
>>51
児童が九九を覚えるのは形式的だから
大分違うと思います。

すみませんが「人様に迷惑をかけない生き方」
には賛同できません。

関係性というのは
一方の側だけで結論できませんから
それを語り始めると
悟りの話から逸れてしまいます。

特に今時のご時世では
やたらと社会主義的な傾向に陥っている様ですから
迂闊に口に出すと直ぐにおかしくなります。

悟りは脳トレですよ。

56 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 11:49:31.26 ID:MFtg4bjc
宗教は、自分の生活や思考を制限し枷を与え苦しめる最たるものだから、
男女の仲と同じで、ある程度付かず離れずぎりぎりの束縛されない遠い距離がいいんでない。
どちらかの金持ちじいさんが憎たらしくなれば、ずっと距離をおいて、遠望すれば、
とてもうつくしく見えるし。何かカッとなる様なことを言っても、穏やかに微笑んでいられるし。
相手に完全を求めるのではなくて、伴に楽しく過ごすのが重要なんで。
修業は、夫婦の愛の営みみたいなもんで、決まった形など無くて、
絶えず実感を伴った試行錯誤で、恐る恐る。
夫婦だからと言ってむさぼり放題も程々にしないと、
無駄なエネルギー浪費で、何もかも荒れて来る。
恋愛と同じで、距離を保って程々ストイックに節度を以てするのが、
一番長く続いて、恵みが深いかも知れないね。
                            

57 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:01:06.45 ID:7sqP6jcp
>>50 :一来補:2015/08/24(月) 07:05:26.17 ID:vsbkF3Cw
>自説経を検索すれば、釈尊が、
>涅槃とは縁起の法から解脱すること、

釈尊が因縁解脱を説いたという証拠があるというのだから、
非常に重大な内容です。
検索しろではなく、一来補さんが、その経典を引用して示したらどうか。
あなたは二年前に自説経を出した時、経典を引用し、
私がそれに対して、どこにも縁起から解脱するとか、
縁起が成り立たないなんて書いていないことを示した。
恒例の一来補さんの勝手な解釈と国語力の低さです。

釈尊が説いたのは「縁の滅」であって、「縁起の滅」ではないと
二年前から何度説明しても、あなたは絶対に受け入れない。
意味が理解できないのでしょう?
一来補さんもペテン大作さんもとにかく他人の文章を理解できない。
桐山さんが、学者の引用した自説経の文言を本で引用しているが、
これを因縁解脱の根拠としては示していません。
桐山さんでさえもそんなことはしていない。
もっとも桐山さん自身は自説経なんて読んでいないから、書きようもない。

桐山さんが因縁解脱の証拠として出した経典などありません。
そのことは一来補さんが私に教えてくれた。
『超脳思考をめざせ』で、対談者が桐山さんに因縁解脱の
阿含経での根拠を示すように求めた。

58 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 12:01:33.22 ID:MFtg4bjc
>>56
若い頃のミーハーでど貧乏の深山少年は、
あまりにも阿含宗にどっぷりと惚れ込み過ぎて、恐らく苦しい思いをしたんだろう。
恋愛至上主義で、おんなで道踏み外したのと似てるよねぇ〜。

59 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:06:16.78 ID:7sqP6jcp
「まず確かめたいことは、仏陀は「阿含経」のどこで、どのような表現で、因縁の存在、
因縁解脱の法を説かれているのか。因縁解脱は大乗教典も含めて、仏教の教説の中ではど
ういう位置を占めるのか。」
(『超脳思考をめざせ』78頁)

対談者は、因縁解脱は阿含経のどこにあるのか、と質問している。
桐山さんはこの後81〜90頁と10頁に渡り、質問に答えているが、
一番重要な、阿含経のどこにあるのかという質問には答えていない。
縁起や四諦の説明をしただけです。
示せないから、縁起や四諦の話でお茶を濁した。
巧みに質問をはぐらかし、ゴマカシ、逃げた。
信者さんたちも桐山さんの口調に惑わされず、質問への答えである
「因縁解脱を説いた阿含経」を桐山さんがどこで説明したか、探してごらんなさい。
余計な説明はいらないから、「因縁解脱を説いた阿含経」の名前でも
釈尊の言葉でもなんでもいいから、桐山さんがどこでそれを示したか、
そういう目でこの十頁の文章を読んでみてください。
長い説明などいらないから、阿含経の〇〇経に次のように書いてあると
引用すれば良いだけです。

ありません。
因縁解脱なんて阿含経にはないのだから、当たり前です。
こんな基本的な重要な質問にも桐山さんは答えられなかったのです。
因縁解脱なんて阿含経どころか、大乗経典にもあるはずがない。
なぜなら、桐山さんの造語だからです。
桐山さんの造語を釈尊が説くはずがあるまい。

60 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:12:54.05 ID:7sqP6jcp
>>50 :一来補:2015/08/24(月) 07:05:26.17 ID:vsbkF3Cw
>自説経を検索すれば、釈尊が、
>涅槃とは縁起の法から解脱すること、

一来補さんも桐山さんと同じです。
あなたもいかにも釈尊が涅槃とは縁起(因縁)からの解脱、
つまり因縁解脱だと説いたかのようにみせかけている。
実は、そんな文言は自説経にはないから、原文は引用せず、
さもあるかのようにこうやってしつこく書き続ける。
原文の経典を読者に読んでもらって困るのでしょう?
そこには「縁の滅」はあっても「縁起の滅」なんてないから、
あなたの読解力の低さと嘘だとばれて、また信用を失う。

一来補さんは二年前からの私の質問も無視している。
私の質問は、
「涅槃が縁起の成り立たない世界ならば、どうして涅槃に入って
いた大目連は撲殺され、釈尊は食あたりで亡くなったのか」
というものです。
二人とも解脱して涅槃に入っていたにもかかわらず、
大目連は前世の悪業で撲殺されたのだから縁起が成り立ち、
釈尊はキノコを食ったことで食あたりになったのだから、縁起が成り立つ。
涅槃に入ったはずの解脱者が二人とも縁起が成り立っている。
この事実をあなたはどう解釈するのだ?

一来補さんはこの質問の意味がわからないのでしょう?
どうして釈尊と大目連のことが「縁起の滅」に反するのか、理解できない。
なぜなら、桐山さんと同じで縁起の意味を理解していないからです。

61 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 12:13:38.91 ID:MFtg4bjc
深山は、阿含宗に片想いして、ふられたんだよ。
だから、憎んでもう十年以上もまとわりついてんだょ。w

62 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:22:31.07 ID:7sqP6jcp
>>50 :一来補:2015/08/24(月) 07:05:26.17 ID:vsbkF3Cw
>自説経を検索すれば、釈尊が、
>涅槃とは縁起の法から解脱すること、

信者さんたちも縁起を摩訶不思議な法則だなんて桐山さんから
教えられて、具体的に何を指すのか知らない人が多い。
縁起なんて抽象的に考えるから意味がわからなくなるのです。
具体的な例を考えることです。
「毒キノコを食う → 食あたりになった」
「前世の悪業 → 撲殺された」
原因と結果がバラバラではなく、結びつき関係していることを縁起といいます。
解脱している釈尊も大目連も縁起が成り立っている。
そんなことは当たり前で、解脱した比丘たちは誰一人として縁起から
逃れていないから、毎日、必死に煩悩と戦っていた。
涅槃に入ったから縁起が成り立たないなんて嘘です。

こういう因果関係は今日、科学を学校で習っている日本人には当たり前すぎて
どうしてこれをわざわざ釈尊が強調するのか首をかしげるくらいです。
当時、こういう因果関係を認めない宗教があったからでしょう。
もう一つ重要なことが、何をどうすれば解脱できるか、ということを
説明して、比丘や信者に知的に理解させるためです。

63 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:29:33.84 ID:dmcf6A5z
>>50 :一来補:2015/08/24(月) 07:05:26.17 ID:vsbkF3Cw
>自説経を検索すれば、釈尊が、
>涅槃とは縁起の法から解脱すること、

釈尊の教法とは苦集滅道の四諦であり、その始まりは「苦」です。
桐山さんは苦も因縁次第で楽になるから、因縁切りをするなんて
説明しているが、まったくの間違いというか、嘘です。
釈尊はこの世界のすべてを苦だと糾弾したのです。
我々が楽だと思っていることも苦であることに気が付けと指摘した。
苦の種類が四苦八苦ではなく、この世界のすべてが四苦八苦だと言っているのです。
だから、この釈尊の説く苦を受け入れないなら、その人は仏教徒ではありません。
桐山さんみたいに、因縁次第で苦は楽になるなんて言う人は仏教徒ではありません。

その苦から逃れるにはどうしたら良いか?
釈尊はそこで縁起を用いて考察した代表が十二縁起で、自説経に載っています。
十二縁起の細かい説明は抜きにして、最初と最後だけ見るなら、
「無明 → 生老死(苦)」という縁起が成り立つ。
無明という原因があるから、苦という結果が生じている。
これをまず良く理解することです。
では、苦をなくするにはどうすれば良いか?
原因となった無明を取り除けば良いことになります。
毒キノコを食べなければ食あたりにならないと同じように、
「無明がない → 生老死(苦)がない」
ということになる。
これが解脱の根本であり、縁起が成り立つからこれが成り立つのです。

64 :一来補:2015/08/24(月) 12:35:13.73 ID:vsbkF3Cw
四禅とか、沙門果経とか、解脱とかの議論を聞いた。
沙門果経は、阿闍世王が釈尊に、「この世で沙門が修行の報いを得られるのか?」
と尋ね、釈尊が答えた経ですね。

釈尊は、人が出家修行すれば他人に尊重される例を挙げて、それが報い=果報、であると答えた。
また、修行によって三明智という偉大な智恵を得ることが出来る。これが沙門のこの世で受ける果報である、と釈尊は答えました。

沙門果経には、四禅の話とかは出てきていませんね。

65 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 12:35:37.53 ID:YcI9YKFN
真実の世界に嘘は通用しない。
分かっている人は皆笑ってるよ。

66 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:35:44.83 ID:dmcf6A5z
「無明がない → 生老死(苦)がない」

この縁起が成り立つから、解脱できるのです。
「なんだ、そんな程度のこと」なんて読み飛ばさないでください。
縁起を理解していない人にかぎって読み飛ばす。

「無明がない → 生老死(苦)がない → 解脱」

釈尊が縁起を強調した理由は、上記が成り立つからです。
彼の説く道によってどうして解脱できるのか、という理屈理論を示し、
これを理解しなさいと説いたのです。

「八正道の実践 → 無明がない → 生老死(苦)がない → 解脱」

逆に上記の縁起が成り立たなければ、解脱できないから、
釈尊の説く解脱の道は崩壊します。
だから、縁起(=因縁)は切ってはいけない。
縁起を切ってしまったら、上記は成り立たなくなるから、解脱できない。
因縁切りや因縁解脱なんて言葉だけでなく、仏教ではあってはならないのです。

67 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:41:07.30 ID:dmcf6A5z
A「無明 → 生老死(苦)」
B「無明がない → 生老死(苦)がない」

この縁起の説明のうち、Bを縁滅とも言います。
一来補さんはあまりに理解力が低いために、二年間に何度説明されても、
「縁滅」と「縁起の滅」の区別がつかない。
阿含経のどこにも縁起を滅するなんてありません。
自説経にももちろんありません。
無明という縁を断ち切るから、縁の滅と呼ぶことがあるのです。
煩悩を滅するから縁の滅というだけで、これも縁起です。
縁起(=因縁)を滅するのではなく、煩悩を滅するのです。
無明という縁を断ち切ることで苦がなくなるのは、縁起が成り立っているからです。
縁起が成り立たなくなったら、無明がなくなっても苦は消滅しないことになる。
AとBがそれぞれ縁起が成り立つから、解脱できるのです。

こういう縁起(=因縁)を理解したら、因縁切りなんてバカな表現など
ありえないことに気が付きませんか。
さらには、因縁切りや因縁解脱などと吠えている連中は
仏教をまるっきり理解しない人たちだとわかる。
因縁切りや因縁解脱なんて言ったら、縁起切り、縁起解脱ですよ。
こういう表現を見ても信者さんたちはおかしいと思いませんか。

68 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 12:43:14.21 ID:Emx/f/aj
おそらく、死者と生者の違いを生きたカルマと死んだカルマと仮定する。
三明の滅した形成カ並び六神通の生じた応変カにおいて解脱するのかしないのか?
三明の念、六神通の正知での生まれ代わりの意織下封じ或いは正知での種子の転輪。

69 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/24(月) 12:46:47.53 ID:dmcf6A5z
前スレ
>628 :一来補:2015/08/19(水) 22:27:11.42 ID:YWkDfOP8
>万世一系って知ってるかい?
>大和民族は、皆さん、皇室と親戚ということなのであるよ。
>馬鹿ものは、お前だ。

スレ違いだが、万世一系に大和民族が皇族の親戚だなんて意味はありません。
「永久に一つの系統が続くこと。多くは皇室・皇統(天皇の血筋)についていう」
これはウィキペディアの説明だが、だいたいこんな意味でしょう。
皇族の話であって、あなたや私のような庶民は関係ない。
知ったかぶりで間違った知識を自慢気に書いて他人を罵る人を
世間では「馬鹿もの」と言います。

70 :一来補:2015/08/24(月) 12:50:44.33 ID:vsbkF3Cw
阿含仏教の悟りと大乗仏教の悟りとは、
何が違うのか?
煩悩滅の点では、阿含仏教も大乗仏教も
同じです。

その違う点は、阿含仏教の悟りは縁起の法
から解脱するので、縁起の法則を受けない
のです。阿含仏教の涅槃は、諸行無常の法則
を受けない、ということです。

大乗仏教の涅槃は、縁起の法則の中にある
わけです。だから、大乗仏教の涅槃は諸行無常
の法則の中にあるわけです。
だから空を悟るとかいう。

その違いを知ることですね。

71 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 12:51:40.68 ID:LzqIaxa3
>>9
><煩悩滅の智>
>「このように知り、このように見るかれには、 欲望の煩悩からも心が解脱し、
>生存の煩悩からも心が解脱し、無知の煩悩からも心が解脱します」
>              (『原始仏教第二号』中山書房仏書林、69頁)
>
>ご覧なさい、これが解脱の瞬間です。
>「このように知り、このように見るかれには、
>欲望の煩悩からも、生存の煩悩からも、無知の煩悩からも心が解脱します」
>比丘はこのように知り、このように見た(四聖諦を達観)から解脱したのだとハッキリ書いてあります。
>ここで初めて解脱したのに、四禅(心が安定し…)で解脱するわけがないでしょう?
>比丘は四禅で解脱したなどと釈尊は言ってないのです。

あなたは沙門果経を誤解して読んでいるのではありませんか?
沙門果経は釈尊と歴史上実存したアジャータサットゥ王との実際にあった対話をまとめたものです。
この中で王様は色々質問をしていますが一番重要なのは
 「現生において、目に見える沙門の果報というものを示すことができますか?」 との質問に
釈尊が答えていく形式になっていることです。

つまり、簡単に言えば「修行僧にはどんな功徳(果報)があるの?」との質問に釈尊は第一の果報から
順番に説明し最後は第四禅定が成就した修行者が得られる智(果報)を説いているのです。
だからこそ「沙門果経」との題がついている訳で、どんな功徳(果報)があるかを説明して
いるのであって実際の修行の流れを示しているのではありません。
釈尊が説いた実際の修行道は「八正道」であり、その目標は漏尽解脱なのです。

ところで三明ですが、この智(宿命智、 死生智、漏尽智)は特に重要な智です。
わたしは宿命智と死生智は漏尽智を補完する智慧だと考えています。

72 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 13:06:35.06 ID:QjuJdhFP
無明、煩悩、渇愛、漏、是等は皆が同じ意味の異語だ。
但し段階があって表層のものを指したり
脊椎動物として古層に属する心の煩悶を指す用語もある。
三毒と言われる、貪り瞋り痴かさはどの用語が相応するか?
六道輪廻の夫々に対応する用語はどれか?

菩提に近付くための術語解説のみが有効なのである。

73 :一来補:2015/08/24(月) 13:40:40.55 ID:vsbkF3Cw
余談だが万世一系。
我の親は、万世一系の教育を受けた世代でな。
我とは万世一系を笑いのタネに、たまにしていたわけだな。
だから、猊下の言葉が云々、のレスに合わせてレスしたわけだな。

猊下とは高僧に対する尊称なわけだ。
獅子に例えたわけですな。
それを皇室がどうのと、レスがあった。

まともに考えてどうする?
レスに合わせて遊ぶしかないだろ。
万世一系とは天皇の血筋が永遠に続くことだ、
他の家系は、途絶えたりする、ならば長いうち
には日本民族は皆さん、天皇の家系だろう。
そういう考えが、戦時中にあったそうだ。

人は皆、アダムとイブの子孫です。
こういうレスを、あまりバカ真面目に捉えられてもなぁ、
猊下とは皇族の用語、それに合わせて万世一系とは皆さん皇族、とレベルを合わせただけだろ。これからもそういうレスあるからさ。
騙されたまえ。

74 :橋目町:2015/08/24(月) 13:48:06.13 ID:xyM/Xghp
秋篠宮殿下が中島町に行ったぞ。
早く責任を取れよ!

75 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 14:48:43.30 ID:0HneCswU
ユビキタスはどこいった?

76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw
余談のついでに万世一系。
算数の得意な人は、次の問題を解いてよ。
冥徳供養でも話されるように、人は無数の先祖を持つね。親は2、祖父母は4、総祖父母は8、
という具合です。
では、天皇と同じく、我らも125代先祖を遡ったら、その総人数は何人になるでしょう?
我が計算を試みたが、40代まで行かずに百億人を突破して、計算不能になった。

さて、20年で代替わりすると仮定して、125代の先祖は、2500年前になるわけですね。
過去2500年間で、日本に存在した人の総人数はどの位でしょう?
毎年100万人誕生したと仮定すれば、
100万人×2500年=25億人、ですね。

するとですね、自分の直系の先祖だけで、何十代か遡れば、日本の総人口を上回ってしまうわけです。皇族の家系と、自分の家系を区別することが滑稽に思えませんか?
我が学校時代の歴史の教師の口癖は、先祖を○代遡れば、馬糞も親戚である、であった。

だから皆さん、皇室と親戚なわけですね、先祖を遡ればね。万世一系とは、そのような笑いのタネでもあるわけです。

77 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 17:36:27.92 ID:0HneCswU
ユビキタス甲子園で呪殺されたか?

78 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 19:36:38.76 ID:QjuJdhFP
ユビキタス氏、阿弥陀様の元へお引越し?
真の如きお方の浄土へ?

79 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 20:58:20.43 ID:QOC+ihos
>>55
数学化学も脳トレですよ。


それと同じく悟りと呼ばれる知性が広がっただけですよ。

80 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 21:04:42.70 ID:QOC+ihos
>>55
化学のほうが難解であり四諦八聖道はスリランカでは小学生の授業からやるほど安易。

81 :神も仏も名無しさん:2015/08/24(月) 22:24:39.24 ID:lQQ9MG7M
>>80
私も小学生位が良いと思います。

82 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 00:02:54.12 ID:QH5EyCz1
>>70阿含仏教の悟りは縁起の法から解脱するので、縁起の法則を受けない。

じゃぁ、なんで大目連は異教徒に殺され【横変死の因縁】たんだい?
縁起の法則を受けてんじゃん。

83 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 01:07:13.37 ID:aCen5cvS
>>64
>沙門果経には、四禅の話とかは出てきていませんね。

初禅から第二禅、第三禅、第四禅が説かれています。

>>71
>あなたは沙門果経を誤解して読んでいるのではありませんか?
>だからこそ「沙門果経」との題がついている訳で、どんな功徳(果報)があるかを説明して
>いるのであって実際の修行の流れを示しているのではありません。

以前、ユビキタスもあなたと同じような事を言っていたが。
誤解して読んでいるのはあなたの方です。


【沙門果経】
「前半は阿闍世(あじゃせ)王の言葉を通して、六師外道の所説を詳しく紹介し、これを退ける。
後半では、沙門の現世における果報として、戒蘊・正念正知・知足、四禅・六神通ないし十智が示される。

第一義的には、「沙門」という道(八聖道)による、
阿羅漢果を最上とする果(四果)の完成を説くところに、その主旨がある。
梵網経が仏をめぐって仏教の基本的立場を表明するのに対して、
本経は比丘(仏弟子)をめぐってそれを闡明(せんめい)にする。

経蔵中、教義的にも実践的にも最重要の位置を占める一経であることは言うまでもない。

(『原始仏教第二号』中山書房仏書林、2頁より抜粋)


四果の完成を説くのが主旨ではあるが、修行の流れも詳しく説かれているのです。
だから教義的にも実践的にも最重要な経典なのです。
(阿含宗ではやってないけどねw)
修行道を説いてるのは八正道だけではありません。

84 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 01:38:40.50 ID:aCen5cvS
「釈尊は四禅で解脱を得た」と経典に書いてある、
なんて言ってる方は経典をろくに読んでいません。
↓ここに沙門果経のパーリ三蔵の原文とその和訳が出ています。

http://komyojikyozo.web.fc2.com/dnskv/dn02/dn02c21.htm

248-2、248-3が「四聖諦の達観」で、248-4が「解脱と解脱知見」です。

248-4の文に、「vimuccati」という単語が出てきます。
これが、「解脱する」という意味の動詞です。

85 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 01:41:01.00 ID:aCen5cvS
×「釈尊は四禅で解脱を得た」
○「比丘は四禅で解脱を得た」

86 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 01:46:56.20 ID:uATrTMJV
↑ どうでもいいわwww みっともないので訂正すな低能。ww

87 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 07:51:33.55 ID:Q/tXlGXl
 
深山女老師   http://www.anhuinews.com/zhuyeguanli/system/2011/05/07/004016322.shtml

88 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 07:52:31.31 ID:Q/tXlGXl
 
深山女老師  http://www.anhuinews.com/zhuyeguanli/system/2011/05/07/004016322.shtml

89 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 08:42:54.72 ID:Y583JNwP
>>83
な ぁ 〜 ん だ 、 じ ゃ ぁ 〜 深 山 の 言 っ て る 事 は 、
ひ ど い デ タ ラ メ な ん じ ゃ ぁ 〜 〜 ん 。

や っ ぱ り ヤ プ ー と 同 じ じ ゃ ぁ 〜 〜 ん 。

90 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 09:41:12.69 ID:QJmo/Zub
多分に色相瞑想と八解脱の差異がある由縁と仮説できる0

91 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 11:59:06.18 ID:7TnHnmBz
>>83
経 典 に 書 い て あ る こ と を 書 い て な い と 言 っ て 、
逆 に 、 書 い て な い こ と を 書 い て あ る と 言 っ て 、
仏 教 に 因 縁 解 脱 な ど 無 い 
・霊 な ど な い ・ 供 養 な ど 無 い 
・涅 槃 な ど た だ の 発 作 と か 、 言 っ て 。
全 部 ク ソ デ タ ラ メ 。
深 山 っ て 、 も の す ご い タ チ 悪 い わ 。

92 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:00:02.31 ID:jblyv6SS
>>83
>【沙門果経】
>「前半は阿闍世(あじゃせ)王の言葉を通して、六師外道の所説を詳しく紹介し、これを退ける。
>後半では、沙門の現世における果報として、戒蘊・正念正知・知足、四禅・六神通ないし十智が示される。
>
>修行道を説いてるのは八正道だけではありません。

「戒蘊・正念正知・知足、四禅」は比丘が修すべき事項であり果報ではありません。
果報はそれによって得られるものです。
戒蘊、感官の防護、念と正知、満足、をそなえ、五蓋の除去につとめる比丘の果報としては
  1.負債のたとえ
  2.病気のたとえ
  3.牢獄のたとえ
  4.奴隷のたとえ
  5.荒野の道のたとえ
などが示されています。

ところで、問題の智(慧)の部分ですが、私が持っている片山一良訳(パーリ仏典 長部 戒蘊篇T)では
1.内観の智、2.意から成る智、3.さまざまな神通の智、4.天耳の智、5.他心を知る智、
6.過去の生存を想起する智、7.天眼の智、8.煩悩滅の智 が記されています。
ここでは、1.から8.へ順番に智の説明がされていますが、これは修行の順番ではありませんよね。
これらは四禅を成就した修行僧が得られる果報として示されています。
そして最後の 8.煩悩滅の智 が先の果報よりさらに優れ、他に勝ったものはないと述べています。
つまり、煩悩滅の智 こそが最高の智慧なのだと釈尊は説いているのです。

ところで、「八正道」はその最高の智である「煩悩滅の智」を説き示し漏尽解脱を追求します。
だから他のどのような修行も八正道に帰一してしまうのです。
そして八正道の最後には正定(四禅定)が置かれています。これをどう考えますか?

93 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:00:09.91 ID:Q82ieHRJ
>>73 :一来補:2015/08/24(月) 13:40:40.55 ID:vsbkF3Cw
>レスに合わせて遊ぶしかないだろ。
>万世一系とは天皇の血筋が永遠に続くことだ、
>>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw
>余談のついでに万世一系。

あなたのレスの何がどう遊んだのですか?
万世一系にはあなたが書いたような意味はない。
結局、あなたは毎度のことで、相手を罵倒することばかり夢中になり、
適当に自分の思い込みで書いて無知をさらした。
人を小馬鹿にしたつもりで自分がコケタ。
みっともない。

さらに、みっともないことに、これまた毎度のことで、自分の非を素直に
認めるのではなく、屁理屈をコテコテと並べて逃げ惑う。
先祖の数の話をして誤魔化せたつもりだろうが、先祖の数や先祖が共
通しているかではなく、万世一系の意味です。
あなたが他人を馬鹿呼ばわりしながら書いた意味は間違っている。
だが、あなたはこんな小さいな間違いも絶対に認めない。
知識の間違いなんて誰にてもあるのだから、さっさと認めてしまえば、
どうでもいいことなのに、あなたは絶対に認めない。
一来補さんていつもそうやって、小さなどうでも良いミスも、
ああでもないこうでもないと屁理屈を並べて、周囲を煙に巻いてきた。
周囲が黙り込んだから、それがいつもうまくいったと思っていた。
周囲がどうして沈黙したか、私が説明してあげましょう。

94 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:05:45.49 ID:Q82ieHRJ
>>73 :一来補:2015/08/24(月) 13:40:40.55 ID:vsbkF3Cw
>>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

周囲があなたの屁理屈に沈黙するのを見て、あなたは
自分の知性に圧倒されて、黙ったと思った。
違います。
皆さん、あなたの恒例の言い訳と嘘にウンザリしていただけです。
あなたには何を言っても、親切心から助言しても無駄だから、黙っていた。
現役時代の職場だけでなく、今でもそれを懲りずにしている。
ミスを認めず、屁理屈を並べるのは、一来補さんの条件反射ですよね?
今回もあなたはきっとそれをするだろうな、というのが私の予想で、
そのとおりの反応を示した。
それも一度ならず、半日に渡り言い訳を並べた。
私から指摘されてカァーと頭に血が上り、一時間後に一度書いて、
それでも悔しさがおさまらず、三時間悶々と考え続けて、
四時にまた新しい言い訳を得意満面で書いた。
ゲロは一度だけで十分です。

少しは学習したらどうか。
ユビキタスさんに罵声を浴びせ続けた時、私がその一覧表を作り示したら、
一時鳴りやんだが、しばらくするとまた罵声が始まった。
他人を馬鹿呼ばわりして、実は自分が馬鹿だったことがわかり、二重に恥をかいた。
一来補さんは自分のミスから学習しない。
なぜなら、一来補さんのもう一つの得意技というか、条件反射は
これだけ恥をかいても三分で忘れてしまうからです。。

一つだけ誉めてあげると、一来補さんは根性は曲がっているが、捻じれてはいない。
この点は根性が曲がっているだけでなく、捻じれている桐山さんや
ペテン大作さんと違う点です。
桐山さんやペテン大作さんほどの激しい憎しみと復讐心は一来補さんにはない。
たぶんそれは忘れっぽいからでしょうね。

95 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:11:12.44 ID:Q82ieHRJ
>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

他の信者さんたちにここに出ている信者たちを良く見てほしい。
一人目の一来補さんは自分の間違いなどどこ吹く風で、見苦しい言い訳を並べ、
自分の無知を反省するどころか、その直後には沙門四果には四禅はないなどと
読みもしないで、また知ったかぶりの決めつけを堂々と書く。
因縁解脱が説かれているという自説経を出してみたらどうか言われても、
もちろん出せるはずもない。
全部、彼の思い込みと決めつけという嘘です。
この人は自分には神通力があり、アナゴンだと思い込んでいる。

二人目のペテン大作さんは、「深山は四禅解脱と書いた」とかれこれ七年近くも言い続けている。
スレ違いの内容だし、何よりも私は書いていないのだが、
いくらそれを指摘しても、執念深く、同じ主張を繰り返す。
仏教の話を使って、私にやっつけられた積年の恨みを晴らしたいのです。
だから、彼の主張の矛盾の質問をしても完全無視です。
四禅三明を八正道とは別だと信じ込んで(>>83)、漏尽定を解脱だなどと、
まったく仏教を理解していないことを表明している。
皆さんはペテン大作さんの>>92あたりの解説を読んで意味がわかりますか?
わかりませんよね。
これはペテン大作さん本人が仏教も解脱も理解せず書いているからです。
本人は漏尽定が解脱なのだからと瞑想を毎日長時間繰り返す自分が自慢でしかたなく、
誰も聞いていないのに誇り、他人を瞑想をしていないと侮蔑する。

96 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:13:00.84 ID:7TnHnmBz
経典を引っ張り出してきて、書いていないことを書いてあると言って、
人に嘘を教えるんだわ。
そして経典にそう書いてあるからしょうがないってか。
ヤプーは、まるきり893だったけど、深山はそれよりもタチ悪いわ。
経典が伝わって来るまで、どれだけ苦労したと思ってんだ。
深山やばいは。

97 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:18:21.64 ID:vWXiqq85
>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

三人目の宝生さんは、どう説明されても八正道が釈尊の説いた解脱の道だと理解できない。
そして、代案を出せと、一カ月おきに発作が起きる(>>40)。
代案も何も、そもそも桐山さんは解脱の案など出していない。
空想や妄想を案とは言いません。
私を創価の回し者だと決めつけて、私が法華経や大作さんを
批判しても、頑として譲らない。
宝生さんは自前の守護霊を持ち、仏舎利はフェチだと小馬鹿にする。
桐山さんの客を横取りした泥棒のくせに、人類を救済する霊能者だと信じ込んでいる。
外れても外れても予言を繰り返し、自分のありもしない力自慢をしないでいられない。
自分をエラク見せるためなら、ありもしない霊能力を振り回すばかりか、
経典を捏造をすることなど恥とも思わない。

他にも>>61さんのように、桐山さんにしつけられて、目が絶対に
桐山さんに向かない人もいる。
61さんにお金と時間を使わせているのは桐山さんであって私ではない。
私が「あなたの尻に火がついているよ」と指摘しているのに、
61さんは「深山は真っ赤な変なシャツを着ている」と嘲笑う。
桐山さんが、猿を棒で叩くと、叩いた人に反撃するのではなく、
棒に噛みつくという話を書いている。
あの話は恒例の桐山さんの作り話なのだが、道理のわからない人という
例えとしてはわかりやすい。
信者の多くは自分は桐山ゲイカを信じることで猿とは違うと信じ込んでいるが、
61さんを見ればわかるように、棒に噛みつく猿そのものです。

98 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:24:28.20 ID:vWXiqq85
>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

一来補さん、ペテン大作さん、宝生さん、61さん、そして一年を通じて、
同じ時間に意味不明のアドレスを貼り付ける7:50さん(>>87-88)。
ペテン大作さんの書いている文章の意味もわからないのに、
アゴン宗の解脱を否定しているペテン大作さんに付和する愚か者(>>89>>96)。
無知、決めつけ、恥知らず、慢心、自惚れ、復讐心、執念深さ、
天井知らずの自己評価、ピント外れ、これが彼らの姿です。
アゴン宗は仏陀の智慧と解脱を目指す教団ですよね。
ところが、そこの信者の代表ときたら、まとも知性も人並みの良識も、
さらには世間の道徳心さえも欠落している。

今ここに出て来た信者を見て、他の信者さんたちはどう思うだろうか?
信者さんたちは、「彼らは信者代表ではない」と言うでしょう。
もちろん、普通の人もいることは私は元信者だから知っています。
この15年間、彼らのような知性に問題があり、心を病み、精神のバランスを
欠き、性格の捻じれたような信者だけが出て来たわけではない。
だが、まともな信者は桐山アゴン宗のインチキを指摘されて、
ここにいなくなるか、アゴン宗をやめてしまう。
まともでない人たちの濃度がどんどん高くなったのが今のアゴン宗です。

99 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:25:32.93 ID:7TnHnmBz
聖典を改ざんするというのは、
一番やってはいけない禁じ手だ。

オマイ、聖書を改ざんするのと同じだ。
ア   ウ  ト  だ  よ  。  ((((;゚Д゚))))  ガクブル

100 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:29:47.36 ID:vWXiqq85
>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

一来補さん、ペテン大作さん、宝生さん、その他の
こういう変な信者こそが実はアゴン宗の真の信者です。
なぜなら、プチ桐山を自称する一来補さんが無知であるように、
桐山さんは解脱の定義も知らないような無知です。
一来補さんが自分の間違いを認めないように、
桐山さんは自分の欲望から出た偽ビール造りの詐欺を仏の十界修行と言いぬける。

ペテン大作さんが激しい憎しみと復讐心を持つように、
桐山さんも作家から批判されて二十五年もたってから、直木賞作家の
作品を罵り、怨み節を書いて溜飲を下げた。
ペテン大作さんが瞑想をして解脱するのだと自惚れるように、
桐山さんもクンダリニー瞑想などと格好良い名前をつけて瞑想のポーズは
とるが、実は彼は瞑想の初歩しか知らない。
ペテン大作さんが経典や仏教用語を並べて、89のような無知な信者を騙せるように、
桐山さんも阿含経を講義しながら、書いていない因縁解脱や死者成仏が
書いてあるかのように信者に錯覚させる。

宝生さんが御霊示と称するインチキで自分を大きく見せるように、
桐山さんも念力の護摩と称して、手品護摩で人を騙し、自分を大きく見せた。
宝生さんは当たらない予言を出すが、外れても気にしないように、
桐山さんは地球壊滅の大予言を二度出して二度外れても、恥じることがなく、
また戦支度と称して信者を脅かし、お金を集める。
宝生さんが阿含経を捏造するように、桐山さんも捏造の常習犯です。
ごらんのように、全員が「プチ桐山」です。

101 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:35:23.85 ID:7TnHnmBz
ワイは、一来補では無い。
聖典を改ざんするような奴には、もう帰って来いって言わないわ。

102 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 12:36:35.25 ID:3GPZMlnc
>76 :一来補:2015/08/24(月) 16:16:01.76 ID:vsbkF3Cw

桐山さんが模範を示しているから、そこに似たような人間が
信者として集まり、また元々そうでなかった人たちもだんだんそれに染まる。
信者さんたちの中には、一来補さん、ペテン大作さん、宝生さんなどを
侮蔑する人たちもいるだろうが、他人事でないことに気が付くことです。
彼らはアゴン宗の特殊や例外ではなく典型なのです。
こういう環境の中にいることをもっと恐れるべきです。
朱に交わっても赤くならないなんて自惚れです。
大半の信者が桐山さんのホーリキを崇拝しているのであって、仏教なんか
実はどうでも良いという盲信信仰なのも知っています。
魔界の砂場で解脱ゴッコ、瞑想ゴッコ、超能力ゴッコ、
地球救済ゴッコをしたいのなら、アゴン宗はぴったりです。

私はそういうのが好きな信者に呼びかけているのではない。
釈尊の説いた仏教とは何なのか、それを知り、本当の仏道を歩んでみたいと
思っている少数派の信者もいる。
それならば、あなた方の進んでいる道は釈尊の説いた道とは真逆の方向です。
何も信仰しないほうがまだ良いくらいです。
釈迦仏教どころか、大乗仏教にさえも因縁解脱や死者成仏なんてありません。
そのくらいアゴン宗は仏教とは似ても似つかない偽仏教です。
桐山さんの作った偽ビールと同じで、偽仏教です。
「完全仏教=偽仏教」という意味なら、まさにそのとおりです。
少数派の信者さんたちは、よおく桐山さんとアゴン宗を見ることです。
せっかく本当の釈尊の教法を学ぶ良い時代と場所に生まれていながら、
似ても似つかない偽仏教を本物だと信じて一生が終わるなら悲劇です。
人生はそんなに長くないと釈尊もおっしゃっています。

103 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:45:02.46 ID:7TnHnmBz
深山、オマイ嘘つきって疑われてるんだから、
まず>>92 の質問に答えるの義務じゃない。
「 黙 否 」 ですか。 

104 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 13:01:54.25 ID:7TnHnmBz
(^-^)/  ハイ  すぐに答えられない。
「黙否」な。 w

105 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 13:04:27.63 ID:3GPZMlnc
>>92 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 12:00:02.31 ID:jblyv6SS

92さんをペテン大作さんと早とちりしました。
たいへん失礼しました。
私の>>95での指摘は誤解であり、撤回します。
92さんに無礼をおわび申し上げます。

106 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 13:44:26.80 ID:7TnHnmBz
論 点 ず ら し て 謝 罪 し て る ん 。 

経 典 を 改 ざ ん し て ん の 暗 に 認 め た わ 。 

お お 神 よ 、 わ れ 汝 の 怒 り に 震 え お の の く 。 {{(>_<)}}

避 難 し ま す 。

107 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 15:35:07.00 ID:am4CUp7p
深山君はユビ君と御同輩かと思っていたが流派が違ったな。
ソレはまあいいか。
一念三千八正道で生き抜いてください。

108 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 16:54:56.63 ID:aCen5cvS
>>95 :深山

>皆さんはペテン大作さんの>>92あたりの解説を読んで意味がわかりますか?
>わかりませんよね。
>これはペテン大作さん本人が仏教も解脱も理解せず書いているからです。

>>105 :深山
>92さんをペテン大作さんと早とちりしました。
>たいへん失礼しました。
>私の>>95での指摘は誤解であり、撤回します。
>92さんに無礼をおわび申し上げます。

92の解説を読んでも意味が分からないのは、
92さんが仏教も解脱も理解せず書いているからだ、
と書いておきながら、92さんがペテン大作さんではないと分かると、
95での指摘は誤解であり、92さんに無礼をお詫びしますだってさ。

深山さんは、92さんがペテン大作さんではないと分かると、
92の解説が急に理解できるようになるらしいよ。
良かったね、92さん、誤解が解けてwww

109 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 19:04:29.33 ID:3GPZMlnc
>>108 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 16:54:56.63 ID:aCen5cvS
>深山さんは、92さんがペテン大作さんではないと分かると、
>92の解説が急に理解できるようになるらしいよ。

いいえ、あなたの言っていることは逆です。
92さんは私が書きこむ直前に書き込んだ。
私は自分の書き込みに忙しく、92の【沙門果経】という文字を見て、
内容も読まず、またペテン大作さんが書きこんでいるのだろうと決めつけた。
さらに言うなら、ペテン大作さんの文章だとわかると私はしばしば読まないのです。
私の今日の書き込みを見てもわかるように、信者の狂信とデタラメぶりを
示すのに、ペテン大作さんの文章を引用する必要があった。
なぜなら、ペテン大作さんはコテハンを付けていないからです。
そこでちょうど良いとばかりに、92をペテン大作さんの書き込みだろうと
早とちりして95で引用したのです。
だから、私は自分の書き込みが終わるまで92を読んでいないのです。

110 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/25(火) 19:06:58.74 ID:3GPZMlnc
>>108 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 16:54:56.63 ID:aCen5cvS
>深山さんは、92さんがペテン大作さんではないと分かると、
>92の解説が急に理解できるようになるらしいよ。

そこに助け舟が入った。
106(103,104)さんです。
ブンブンとハエのようにしつこく質問に答えるように書いているから、
書き込みを終えて、改めて92を読んでビックリした。
なんと、ペテン大作さんが八正道を正しく理解しているではないか!
漏尽定で解脱するとか、八正道以外に修行法があるなんて爆笑を
書きまくっていた人が、八正道を正しく理解している!?
ペテン大作さんも進歩したなあと、一瞬長年の苦労が報われた気になったが(笑)、
文章の「臭い」が違うことに気が付いた。
92にはペテン大作さんの文章に常に漂う相手への侮蔑と憎しみの臭いがない。
108さんの文章にある臭いが92さんにはないことに気が付いた。
それで私は自分のキメツケに気が付いた。

一方、教えてくれた106さんは議論の内容も経過も、誰が誰に書いた内容かも
まるで理解できないから、最後まで飛び回っていましたね。
その106さんの理解力の低さと低劣なヤジのおかげで私は直後に自分の
間違いに気が付いたのだから、感謝しています。
アゴン宗ではこういうのを仏様のお手配と言うのでしょう?

重ねて、92さんには失礼をお詫びします。

111 :一来補:2015/08/25(火) 22:24:27.68 ID:C8jTcub9
馬鹿でも元気でいれば何でもできる!
元気ですか!アントニオ猪木。
深山くんも、元気はあるようだな。
無知ほど強いものはないからな、元気なのだ。

ところで、まだ阿含仏教の涅槃とは因縁解脱のことであると、わからない馬鹿はいるかな?
自説経を検索して読みたまえ。
釈尊が、
涅槃とは縁起の法から解脱すること、
だと比丘達に説明していますよ。
深山くんはまだ見つけないのかな?

他の批判派は、見つけた頃でしょう。

112 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 22:27:48.85 ID:JPRfeT8m
何でこんなイカサマ野郎サッサと退治しないんだ?
そんなゆるくやってる理由は何かあるのか?

113 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 22:28:25.30 ID:4pbvz8Ks
>>111
だったらお前がキチンとソースだすのがけじめだろ!
あいもかわらずボケたことぬかしてんじゃねえよw

114 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 22:31:25.53 ID:JPRfeT8m
ソースも何も桐山の本末転倒さをサッサと指摘してやればいいだけなんだろ?

115 :一来補:2015/08/25(火) 22:46:16.69 ID:C8jTcub9
桐山師が教えていることで、肝心なことは因縁解脱なのですよね。因縁解脱のために、他のことも教えているわけでしょう。それなのに、
因縁解脱の意味も解らずに、阿含宗に入っていた信者なんて、信じられないね。
何のために入っていたのかな?

縁起の法とは諸行無常であること。
釈尊はしばしば、比丘たちに、縁起の法=諸行無常は苦であると説いているね。
涅槃は、無上安穏涅槃なのであるから、
涅槃は諸行無常であるわけがない。
つまり、涅槃が縁起の法の中にあるわけがない。
こんな簡単な道理が、なぜわからないのだろう。

116 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 22:48:30.39 ID:aCen5cvS
>>109
>そこでちょうど良いとばかりに、92をペテン大作さんの書き込みだろうと
>早とちりして95で引用したのです。
>だから、私は自分の書き込みが終わるまで92を読んでいないのです。

そんなに必死になって弁解するなってw
早とちりと言われてもあなたの心の内は誰にもわからないのです。
あなたの自己弁護であり言い訳と取られても仕方ありません。
でも大丈夫ですよ。
92さんはあなたと違って心が広い方でしょうから。
それにしてもあなたはこういう話題になると饒舌ですね。

>>110
>92にはペテン大作さんの文章に常に漂う相手への侮蔑と憎しみの臭いがない。

相手への、ではなくて自分(深山さん)への、でしょう?
しかし、あなたは人のことは非難できない。
あなただって信者や擁護側に対してかなり侮蔑の言葉を浴びせている。
>>98
>愚か者、無知、決めつけ、恥知らず、慢心、自惚れ、復讐心、執念深さ、
>天井知らずの自己評価、ピント外れ、これが彼らの姿です。

誰でも人から野次られればやり返したい気持ちにもなる。
私だって時にはムカッときて言葉を返すことも過去にはあった。
だが、これでも随分と抑えているつもりです。
でも侮蔑の心が強いとどんなに抑えても滲み出て来るんでしょうか。
あなたがいかに教団や信者を憎んでいるか、よくわかるのが98です。

117 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:05:26.08 ID:yg/J4ZQp
そもそも解脱は目指すべき対象ではない。
この本末転倒さをなぜ指摘してやらないのかね?

ハードルに例えればスタートラインが先ずは先にあって
ピストルがなれば解脱は第6番目のハードルで自然に通過する出来事。
そうじゃないかね?

118 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:11:22.52 ID:yg/J4ZQp
ソースソースと言っているソース馬鹿に何故こう指摘してやらない?
真実の世界は自らがソースとなるのが当たり前の世界なんだと。

119 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:17:03.35 ID:aCen5cvS
35 :神も仏も名無しさん
>だから最後の「定=四禅定」が完成した段階で解脱も成就したと言えるのです。

>>92 :神も仏も名無しさん
>そして八正道の最後には正定(四禅定)が置かれています。これをどう考えますか?

35と92は同じ方なんでしょうか?
35に対しては>>48で答えてます。92さんに対しても同じ答えです。
<八正道は、深山センセイの発言(四禅で解脱したと釈尊が言った)とは関係ない>
むしろ、私に訊くよりセンセイに訊いた方が素晴らしい答えがもらえると思います。
だって、センセイはこう発言してるのです。

>451 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2014/11/24(月) 10:49:35.66 ID:eO7ioewu
>四禅とは、アーラーダ・カーラーマなどが釈尊に教えた瞑想です。
>これで解脱できるなら、釈尊は簡単に解脱したはずだし、
>アーラーダ・カーラーマは解脱者ということになる。
>四禅で解脱するなんてバカなことを誰が書きますか。

<四禅が解脱でないことはカーラーマ仙人の例を見ればわかることだ、
そんなバカなことを言うわけないだろ?>という意味に取れますね。
センセイにとって「四禅で解脱する」はバカなんだそうです。
<「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
センセイはこう言いたいようです。
だから八正道の件はセンセイに訊いてみてください。
お願いします。

120 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:19:46.93 ID:yg/J4ZQp
言葉遊びは直ぐにばれるから気をつけろよ裸の王様にならんように。

121 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:10:26.05 ID:73eGg8BB
>>110
だーかーらー発言者が誰かを問題にしてんじゃないんだわ ヽ(`Д´)ノ
経典を改ざんしてたんじゃないか
そんな奴のことだれが信じるん
経典を改ざんしていたのは認めたんだわ  ((((;゚Д゚))))

122 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:19:44.18 ID:73eGg8BB
>>105 逃げられないとこういう詭弁の使い方するんだわ 
オマイ自分の欲望で聖典を改ざんすると
聖典中のあらゆる苦を受けることになるってしっとるきゃ
たぶん知らないのでしょう      ((((;゚Д゚))))

ちなこのスレッドはおおやけなんだわ

123 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:26:11.77 ID:Vi66G991
>>118
だから一来補、自らがソースとなれっていうとこなんだろ
で、この人ソースになっている?
あなたの意見は?

124 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:27:30.97 ID:73eGg8BB
ところでフカヤマこれからも経典は改ざんしていくのか

125 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:30:38.27 ID:73eGg8BB
>>123
第三者が観て充分いわゆるソースとやらになってますが何か。

126 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:42:52.28 ID:Vi66G991
なってねえよw
いい加減な事しかいていないように見える
あなたとはちがう第三者の意見でしたw
だから自らのソースなんていう妄言はなりたちませえ〜ん
自己妄想肯定するんとはちゃうしね。

127 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:44:28.32 ID:Vi66G991
いやそうじゃなくて、いかに一来補氏の言うことが支離滅裂かということについての
ソースには十分なっているぞ!

128 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 01:10:07.60 ID:73eGg8BB
す り か え わ ろ た

ところでフカヤマこれからも経典は改ざんしていくのか

129 :一来補は困っちゃうな〜さん!:2015/08/26(水) 01:21:32.11 ID:gFISfe69
ホントに一来補は困っちゃうな〜〜だね〜〜!
因縁解脱って?
おまえそれは立正佼成会の用語だろうが
大桐山さんがパクリをやったの分からないのかよー
だから一来補はダボで知能遅れだと云うのだ!

大桐山もおまえも因縁解脱とかいうが、公開の場で因縁の存在を証明しろよ
一来補おまいは証明なんかできないのだろう
公開の場で証明できるのかどうかいますぐ答えろ!
このスレでいいから証明できるのか答えろ!
できるのならば公開で証明しろ!いいわけしないで公開でやるんだぞ!
いいな一来補!

130 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 03:04:19.49 ID:DyT7OfbJ
頭の中では脱する事が出来るんですよ。
そう考えれば良いだけだから。

でも実際にそう考えてみると
それは全ての事を俯瞰的に考える
だけなんですよ。

でも
その世界観が確かに
重要ではあるんですよ。

全ての事を相対的に
考える事ですよ。

因果関係を超えた世界を見つければ
因果関係を俯瞰できるんですよ。

131 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 06:49:21.10 ID:Z/EWIg8F
>>129 壊れたレコード・・・知的障害

阿254 >> 443 神も仏も名無しさん
知的障害がある場合、同じ言葉を繰り返すことがある。その様子を指して「壊れたレコード」と言う。
(レコード)傷の形状によっては針が外側の溝にとんでしまい、同じフレーズが繰り返し再生されることがある。
この状態が「壊れたレコード」である。

1.因縁解脱を否定、誰それの病気・・・etc
2.超能力談義、クンダリニーが・・・・etc
3.供養を否定、誰々さんガー・・・・・etc

   1.に戻る。以後くりかえし。

132 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 06:53:36.07 ID:Z/EWIg8F
いくら論破しても、際限が無い。

壊 れ た レ コ ー ド

133 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 07:07:34.39 ID:Z/EWIg8F
>>129 因縁解脱って ? おまえそれは立正佼成会の用語だろうが

手口その1・・・完全に脈絡が欠如した文言を語り、相手が当惑したところをあげつらう。

典型的なザイニチの書く文章(日本語やっとやっと)
フカヤマと同類ともだち・・ワ・・ロ・・タ・・

134 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 07:50:26.76 ID:qSQ1uKrl
 
深山たろう   https://twitter.com/deeeepyamatarou

135 :一来補:2015/08/26(水) 07:55:02.95 ID:cTzBdcsk
自説経を検索すれば、沢山ヒットするだろう。
そこで、例えば、ヒットした中から、
自説経涅槃に関係したお経4つパーリ経典
を選択して読めば、縁起解脱が書いてある。

釈尊が比丘等に、
涅槃は縁起の対象にならない、
涅槃は縁起を受けない、
縁起の法から解脱したことが分かる、
と、説いています。

各自、自分の目で確かめたらいいね。

136 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 08:29:29.83 ID:xRKcj+QY
>>49 一来補 2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
>肝心なことは、釈尊が因縁解脱を説いているか、いないかなのであって、桐山師が因縁を解脱しているかいないかは、その次の問題だろ。

桐山さんよりも釈尊の教えこそを基準にすべきだという考えは感心しますが、
しかし解脱という用語、教えの定義は、桐山さんの範疇を超えていないのでは話になりません。
我々が桐山さんが解脱していないと説く場合、二種類あって、一つは釈尊の説く煩悩滅解脱を
果たしておらず、その煩悩は人の何倍もあり悪臭を放っている点。
もう一つが桐山さん自身桐山さんが自分で説いた運命改善の因縁解脱を果たしていない例を多く
示しているという点です。
だからいずれの解脱もしていない桐山さんの因縁解脱を考証するにあたり、桐山さん自身の現実は
決して無視してはならない重要なファクターですが、次の一来補さんの効果体験に基づく解脱の考証に
おいても、きちんと桐山因縁解脱、運命改善を正しく理解せねば話になりません。
>そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。
>我の関心は、我の因縁にあるわけだからな。

137 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 08:42:20.23 ID:xRKcj+QY
>>49 一来補 2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
>そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。
>我の関心は、我の因縁にあるわけだからな。

この効果体験が具体的にはどんな体験だったのかについては、一来補さんは卑怯者ですから
絶対に明かさないでしょうが、その体験が釈尊の煩悩解脱にも関係して、「とらわれがなくなった」
とか「怒りを克服して他人を寛大に受け入れることができるようになった」とかいう
自己供述ならば、そんな申告は普段のこのスレにおける煩悩丸出しの姿から信用しませんが、
しかしまあ本人はそのように自分を勘違いしていることに失笑を禁じ得ないながらも
釈尊の説く煩悩解脱の方向性からの検証という点だけは間違っていないと言えます。
しかし問題なのは桐山因縁解脱です。
つまり不幸な運命からの回避、運命の転換改善たる因縁解脱を一来補さんがどれだけ
果たしているかと言うと、実はこれは本人にもわかり得ないはずなんです。

138 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 08:45:16.77 ID:KLeYhP76
ユビキタス、呪殺されたんじゃなかったのか?
またまた出てきて、このスレ盛り上げようって魂胆か?

139 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 09:06:59.49 ID:xRKcj+QY
>>49 一来補 2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
>そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。
>我の関心は、我の因縁にあるわけだからな。

一来補さんに限らず、運命なんてものは存在するのかどうかすら実は誰もわかりません。
これまでの人生を振り返ってどれが定められていた運命を踏襲してしまったのか
あるいは運命の星たる悪インネンを潰して改善してしまったのか実は誰も検証できない。
人が因縁解脱とやらの信仰の効果があったと供述する場合、多いのが病気の克服とか
健康面の改善です。または貧乏を克服して今は安定した生活を送っていることなのです。
しかしこれらの功徳は殊更因縁を切らないと得られないなんてことはなく、そもそも
病気なんてものは、治らない重病の例もあるが治るものなんです。
それに関与しているのが医学です。
医者の治療と本人の療養努力は本来の自己治癒力から快方に向かうのが常なんです。
こんな当たり前のことが因縁解脱か?運命改善か?
すると医学は因縁解脱法になり、桐山さんが説いているシャカのアゴン経にしか
説かれていない特殊な成仏法という定義に矛盾する。
貧乏もまた本人の勤勉努力により克服でき人生の成功を得ることも可能で、
シャカの成仏法でしか克服できぬ貧乏の運命なんてものはあるのか?
このように運命なんてものは悪いことがなくなれば、それは定められていた
運命を改善したものやら、そもそも最初からそんな運命なんてものはなかったのか
検証不能であり、桐山因縁解脱なんて検証不能です。
桐山さん自身、昭和40年代の観音慈恵会の機関誌に、自分は胃ガンの因縁はあるが、
脳障害の因縁はないなどと書いていた。
現実はその後脳梗塞になった。胃ガンにはなっていないが、そもそも胃ガンの運命だった
なんて証明なんかできません。

140 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:10:12.44 ID:NA6tB3fv
>>122 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:19:44.18 ID:73eGg8BB
>>105 逃げられないとこういう詭弁の使い方するんだわ 
>オマイ自分の欲望で聖典を改ざんすると

あなたは106さんですね。
あなたのおかげで、私は92さんをペテン大作さんだと
決めつけていた間違いに気が付いた。
お礼申し上げます。

あなたも92さんの質問が私に向けられていると読み違いしたのですよね?
私のように読まないで誤解するのと、あなたのように読んでも
誤解するのでは五十歩百歩だが、どうやら事態を未だにあなたは
理解していないらしいことに苦笑するしかない。

私がどのように経典を改ざんしたのか、それをあなたが説明してください。
私の知る限り、経典を改ざん捏造したのは桐山さん、宝生さんで、
解釈が嘘なのは、この二人に加えて一来補さんです。
だから、一来補さんは未だに自説経を引用できない。
あなたは私が経典の改ざんをしたと言いたいらしい。
改ざんなどという悪業を為したとすれば、早急に修正する必要がある。
私は桐山さん、宝生さんと違い、経典の捏造なんてしたこともないし、
一来補さんのように書いてもいないことを書いてあると言い張ることもしたことがない。
どこで改ざんしたのか示してください。
もし、私が改ざんしたという根拠がないなら、あなたが
私にありもしない罪を捏造したことになる。
いかにも因縁付けのアゴン宗の信者らしい。

141 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:15:20.43 ID:NA6tB3fv
>>125 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 00:30:38.27 ID:73eGg8BB
>第三者が観て充分いわゆるソースとやらになってますが何か。

あなたは信者ではないのですか?
信者を第三者とは言いませんよ。

一来補さんの主張に根拠があるとあなたは言いたいらしい。
では、その根拠をあなたが示してください。
一来補さんの主張は、自説経で釈尊が因縁解脱(縁起解脱)を説いている、
というものです(>>135)。
ネットにあるそうだし、実際あります。
だから、その文言を引用するように何度も要求しても、彼は無視している。
普通、こういうのをソースを示さないと言う。

二年前、一来補さんはその経典の文言を示した。
そして私から反論され、どこにも「縁起の滅」、つまり因縁解脱など
ないことを指摘された。
一来補さんが「縁の滅」を「縁起の滅」と勝手に思い込んでいたことを示した。
その無知ぶりが笑いものになった。
二年たって、撃沈されたことも忘れて、また大発見したとばかりにこれを持ち出した。
ところが、私から二年前に一度出していることを指摘され、
撃沈されたことを思いだしたて、自説経を出さないのでしょう。
大目連は前世の悪業の報いで殺されたのだから、縁起どおりです。
涅槃が縁起が消滅しているなら、大目連はどうして殺されたのだ?
この点の質問をされても一来補さんは無視している。
いかにも卑怯者らしい。
「縁の滅」と「縁起の滅」ではまったく意味が違う事を今回も私は
何度も説明したが、125さんももちろん理解できないのでしょうね。
なぜなら、これを理解したら、因縁(縁起)解脱なんてオカルト用語だとわかり、
因縁解脱を説く桐山アゴン宗などインチキだと気が付くからです。

142 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:20:49.75 ID:NA6tB3fv
>>116 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 22:48:30.39 ID:aCen5cvS
>誰でも人から野次られればやり返したい気持ちにもなる。
>私だって時にはムカッときて言葉を返すことも過去にはあった。
>だが、これでも随分と抑えているつもりです。

いえいえ、ペテン大作さんの文章の一行一句には独特の臭いがあり、
その元は憎悪、侮蔑心、自惚れ、復讐心です。
抑えようがなんだろうが、元が元だから、臭いが漏れてくれる。
前に、あなたが名無しで出てきた時、ユビキタスさんが一発で
あなただと見抜いたのを覚えていますか。
名無しで、たった一度の書き込みであなたを見抜いた。
文章にペテン大作さんの体臭が出ているからです。
見ぬかれるのが嫌だからあなたは名無しで出てくるのだろうが、
臭いをプンプンさせながら、顔を隠しても無意味だから、やめたほうが良い。

今回、私がミスをしたから、あなたは勝者として上から皮肉を投げつけた。
あなたは私をそうやって裁いたつもりだろうが、逆なのです。
ある人の人間性を見るのは、敗者や勝者になった時、その人がどんな言動をするか、です。
強い立場になった時にその人がどんな態度を取るか。
コケタ深山を見て、あなたがどうするか、実は見られていたのです。
あなたは私しか見ていなかったが、あなたも見られていたのです。
ペテン大作さんらしく、ここぞとばかりに精一杯の毒舌と攻撃を私に投げつけた。
これがあなたの人間性です。
だから、あなたの根性は曲がっているだけでなく、捻じれていると指摘したのです。
その直後に、あなたは私の説を実践してみせてくれた。
私の指摘は野次でもなんでもなく、あなたの体臭をそのまま表現しただけです。
こういう体臭をここにばらまきながら、ヲレ様は毎日瞑想しているなんて言っても、
三か月も風呂に入らない人が衛生についてお説教しているようなもので、
笑われるだけです。

143 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:21:03.92 ID:LkBaCaB4
■深山さんの終わらない夏

@深山さん、書かれてないものは書かれてないのです。

【沙門果経】

248-2.                
彼は、『これは苦である』と如実に知り、『これは苦の集である』と如実に知り、『これは苦の滅である』と如実に知り、
『これは苦の滅へ至る道である』と如実に知ります。

248-3.                
『これは諸漏である』と如実に知り、『これは諸漏の集である』と如実に知り、『これは諸漏の滅である』と如実に知り、
『これは諸漏の滅へ至る道である』と如実に知ります。
            
248-4.           
そのように知り、そのように見るものには、欲の漏から心が解脱し、また有の漏から心が解脱し、また無明の漏から心が解脱し、
解脱したときに『解脱した』という智が生じます。
『生は尽きた。梵行は完成した。なされるべきことはなされた。ここより他〔へ輪廻することはもはや〕ない』と知るのです。


http://komyojikyozo.web.fc2.com/dnskv/dn02/dn02c21.htm

144 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:22:25.05 ID:LkBaCaB4
143続き

比丘が解脱したのは四聖諦を知った後なので、四禅では解脱していないことになる。
「四禅で解脱した」とは深山さんの偽解釈であり、釈尊の説ではない。
経典を熟知している仏教学者たちも、四禅が終わった比丘(心が安定し、…)を解脱したとは解釈していない。
逆に、比丘は解脱したと解釈する学者は一人もいない。
四禅三明とは、釈尊は四禅三明によって解脱したという説であって、四禅で解脱したという説ではない。
深山さんは、三明を解脱から除外するために、四禅で解脱したという偽解釈をでっち上げたのです。
彼は阿含批判のためなら仏説すら歪曲するという、非常に悪質な行為をやってのけた。
しかし、未だに自説に固執し、間違いを指摘した相手を無知だと決め付けて中傷し罵倒している。

阿含宗を15年間も批判し続けている深山さんとは、こういう人物です。
皆さんは、このような人物の発言をどこまで信じられますか?

145 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:26:27.93 ID:NA6tB3fv
>>119 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:17:03.35 ID:aCen5cvS
><「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
>センセイはこう言いたいようです。

これがペテン大作さんの恒例です。
私の、四禅への文章を引用して、それと上記のあなたの勝手な解釈の
文章を並べて、いかにも両者が矛盾しているかのように示す。
私は、
<「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
などと主張したことはない。
私は「四禅で解脱する」などと主張したことはない。
あなたには理解できないだろうが、仏教を理解したら、
「四禅で解脱する」なんて言うはずがないのです。
毎回、何度注意されても執念深くあなたはこれを繰り返す。
これを憎悪から来る悪臭だと指摘しているのです。

過去に、あなたの仏教の誤解を解き、釈尊の説いた仏教を理解してもらおうと、
読者が嫌がるのを百も承知で何度も説明したが、返ってくるのはいつも、
上記のような決めつけと罵声です。
「沙門果経の四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」という
文章の意味があなたには理解できず、これを
<「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
としか受け取れないのでしょう?
私は事実を示しているだけで、あなたや一来補さんのような解釈はしていない。
沙門果経では、釈尊は「四禅で解脱する」などとは述べていない。

146 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:32:35.94 ID:NA6tB3fv
>>119 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:17:03.35 ID:aCen5cvS
><「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
>センセイはこう言いたいようです。

ペテン大作さんの頭では、「四禅で解脱する」か「四禅では解脱しない」という
二種類の答えしかない。
というよりも、あなたの頭ではこういう単純な白黒しか理解できないのでしょう。
だが、釈尊は「四禅で解脱する」とも「四禅では解脱しない」とも述べていない。
「四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」だけです。
あなたは理解できずに、怒り、「どっちなんだ!」と激しく白黒を付けたがる。
だが、どちらとも述べていない、です。
あなたは自分の疑問に答えていないことにいら立ち、
「深山は四禅で解脱したと述べた」と決めつけて、
七年間ここに執拗に書きこんでいる(>>143-144)。

見方によっては、ペテン大作さんは求道心があるのかもしれない。
だが、あなたの最初の不幸は、仏教を正しく説明してくれた相手が、
大嫌いな深山だったことです。
これが尊崇する桐山さんなら、あなたは案外簡単に受け入れたかもしれない。
大嫌いな深山から説明されてもあなたは何一つ受け入れたくない。
深山が右と言ったら、あなたは左と言いたいくらい嫌いです。
さらにあなたにとって腹が立つのは、あなたは仏教が理解できないのに、
なんと深山は仏教を理解していると言いやがる。
ユビキタスさんも理解しているという。
十才の子供でも理解できるという。
それなのに、ペテン大作さんは理解できない。

147 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:36:52.74 ID:LkBaCaB4
>>145 :深山
>私は「四禅で解脱する」などと主張したことはない。
釈尊が言ったと言うのでしょう?
だが、釈尊はそんなことは経典では言ってない。
ということは、あなたが主張したことになります。

>あなたには理解できないだろうが、仏教を理解したら、
>「四禅で解脱する」なんて言うはずがないのです。

自分は「四禅で解脱する」と言ってない。
すべて釈尊が言っていると言いたいのでしょう。
そうやって濡れ衣を着せられてさぞかし釈尊は怒っているでしょう。

148 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:37:49.54 ID:NA6tB3fv
>>119 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:17:03.35 ID:aCen5cvS
><「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
>センセイはこう言いたいようです。

あなたは深山にわかることが自分にわからないはずないと(これは正しい)、
自力でベックの本などを読み、ついに解脱する方法とは漏尽定であり、
したがって瞑想をすることなのだとわかった(つもり)。
瞑想をして解脱への道を歩むこと七年、ついにその時が来たと、
深山に恒例の四禅のことで攻撃を開始した。
だが、また話は、四禅で解脱したのかしないのか、という話に戻り、
あなたは理解できない。

あなたは本の選択も間違えている。
あなたみたいに物事を俯瞰的に見ることが不得意な人が
アビダルマみたいなゴチャゴチャを最初から勉強するのは間違いです。
その結果が滅尽定です。
あなたは自慢で仕方ないのだろうが、仏教を理解していないと
自ら宣言したようなものです。
アビダルマは体系だって理論的に書いてあり、これを並べると仏教を
知的に理解したかのように示せるから、学者などは積極的にこれを採用する。
だから、釈迦仏教の説明として、アビダルマそのまんまの本もあります。
アビダルマは確かに釈迦仏教の解説であることは間違いないし、
わかりやすく大系づけたというプラスの面もある反面、
元々大系だった内容でない釈迦仏教に、強引に番号をつけて大系づけて
しまったという功罪両面があるのです。
三十七道品やあなたの好きな九次第定など、その功罪の罪のほうで、
誤解を招くやり方です。
実際、桐山さんやペテン大作さんなどはその実例です。

149 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:41:23.14 ID:LkBaCaB4
>>146:深山

>「四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」だけです。

だから述べてないんだってwww
何処に書いてあるんですか?
経典で示してくださいな。

150 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 12:42:06.14 ID:xRKcj+QY
>>49 一来補 2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
>肝心なことは、釈尊が因縁解脱を説いているか、いないかなのであって、桐山師が因縁を解脱しているかいないかは、その次の問題だろ。
>そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。
>我の関心は、我の因縁にあるわけだからな。

アゴン宗の因縁解脱信仰とは現世利益信仰に他ならず、世間的御利益追求をしない
釈尊の煩悩滅解脱とは異なります。
だから各々の解脱の示す内容をより具体的に掌握しないと、何を主張しようと
言葉のもてあそびのピントはずれの空論になることは一来補さんもペテン大作さんも同じです。
ペテン大作さんの四禅解脱ツッコミがいかにピントはずれかは、そもそも解脱とは
具体的に何がどうなることかを正しく理解していないことから、こんな訳のわからん
話になっています。その訳のわからん構造については、また後になるべく平たい易しい表現でわかりやすく
説明してみたい。
ともあれ桐山因縁解脱は法華経団体である創価学会あたりで説く功徳とそう変わらない。
あちらもまた病気が治ったとか、貧乏を脱出したとかの御利益体験談を売りとしている。
病気治し、貧乏の克服、これら全て御利益信仰に過ぎません。
ただ桐山因縁解脱だと、実際には個別に具体的な因縁を信者なり相談者なりに提示することは
しない(できない)が、そのような悪い運命の星があり、あなたにもあるよ、想像してごらん
と脅しが入った上での救われたければ、ウチにしかないシャカの成仏法で悪因縁を切るしかない
とします。
創価あたりだと私は在籍したこともなければ興味を持って調べたこともないので
わからないのだが、題目を唱えることにより大生命力が宿るように説くのでしょうね。
その大生命力が病気を払い、健康を呼び寄せ、貧乏を退散させ、富をもたらすという
御利益信仰です。
しかし釈尊の阿含経には、このような御利益追求の信仰など説かれていない。

151 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:43:10.99 ID:NA6tB3fv
>>119 :神も仏も名無しさん:2015/08/25(火) 23:17:03.35 ID:aCen5cvS
><「四禅で解脱する」は釈尊が言ったのであって、俺自身は信じていない>
>センセイはこう言いたいようです。

釈尊の説いた阿含経をそのまま読めばよいだけなのだが、
その阿含経である沙門果経を読んでさえもあなたは理解していない。
92さんから、沙門果経は果報を述べているのであって、修行の順序そのもの
ではないと指摘されても、あなたは反発するだけで、受け入れない。
ユビキタスさんからも同じ事を言われても、拒絶したと述べていますね。
あなたは数字を付けて、大系化しないと理解できないようだが、阿含経はそうではない。
桐山さんもそうで、七科三十七道品なんて名前まで捏造して、
釈尊の教法が大系だったものであるかのように誤解している。
釈尊の説法とはそういうものではない。
大系だったように見える部分は後世のアビダルマがしたことです。

不愉快な相手が言っていることでも根拠があるなら受け入れるのが求道心です。
でも、あなたは深山が言う限りは絶対に受け入れたくない。
実際には私が言っているのではなく、釈尊の言葉を引用しているだけなのだから、
釈尊の言葉をあるがままに受け入れればいいのだが、
あなたはたぶんそれもしたくない。
それはあなたの求道心の中身というか、程度を良く示している。
桐山さんにも求道心があるが、結果を見てもわかるように、欲望がはるかに
上回っており、彼の求道心などチンケなものです。
チンケというと信者さんたちは反発するだろうが、うまい飯や勲章や
色っぽい女の前に簡単に消えるような求道心をチンケといいます。

152 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:45:41.92 ID:Z/EWIg8F
因縁解脱というのは、仏教にのみ見られる極めて特殊な用語で、
これを基督教に当てはめると懺悔告解にあたる。
基督教における懺悔の秘蹟は、自分自身を深く見つめ良心の呵責に対して取り組み、
魂を浄めることによって、能力を飛躍的に向上させ(本人の資質の度合いにもよるが)
その後の生活に取り組むものである。
クリスチャンはその生涯において、氏後もより神に近づいて往くことを求める。
ウリスト教ではないのだから、だれでも知っていることである。
阿含宗でちょうどこれにあたるものが、先祖の供養である。
なんといっても本尊がまったく違うから、取り組み方も全然ちがう。

153 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:57:03.90 ID:Z/EWIg8F
従ってフカヤマの言うように表現すれば、
キリストは罪を犯さないのだから、クリスチャンも罪など存在しない。
だから悔改めなどバカバカしい。
一度入信してしまえば、完成されて神の御側にあると言っているのと同じだから、
クリスチャンは入信しているというのは、うそだと言うのと同じ。
クリスチャンから良心を清めること、隣人を思うこと、主を慕うことを取ったら、
後に何が残る。
各々の器の大きさによって、理解すればいい。

154 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 12:59:45.26 ID:LkBaCaB4
>>146:深山
>「四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」だけです。

あなたがそう解釈してるだけです。
四禅で解脱したなどと釈尊は一言も言ってないから、
あなたは釈尊の言葉を出せないのです。
「心が安定し、…」が解脱を意味するというのが、あなたの解釈であり
それがあなたの妄想の唯一の根拠です。

>332 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:25:05 ID:lnhRYV0M
>305 :神も仏も名無しさん:2008/11/26(水) 22:07:50 ID:4ff+gO9z
>「このように心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、
>柔らかで、巧みで確立し不動となったとき」の状態では
>煩悩があったわけです。

>「心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで確立し不動」
>とは、煩悩が消滅して解脱したという意味です。
>仏教学者に上記の文章の意味を聞いてごらんなさい。
>全員が、これは解脱したことを意味すると解釈するはずです。
>この段階で釈尊はすでに解脱しているのです。

ならば、その学者の言葉を出してください、
と言われてあなたは出せたのか?
出せませんよね。
あなたの妄想に賛同する学者はいないのです。
これでケリは付いているのです。
あなたがこの話題に触れれば触れるほど、
あなたの妄想振りが披露されるだけです。
それを承知の上で書きたいのならどうぞ書き続けてください。

155 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 13:06:43.76 ID:Z/EWIg8F
阿含宗がなぜこの様なことをするのか。
それは極意中の極意だから、おまえごときにおしえない。
それぞれに納得してやってんだから、部外者にとやかく言われる必要は無い。
おまえごときのように、初山の修業も出来なかったような奴が、いつまでもそこから先へ
行くことができない様なのが、他人のせいにして泣いている姿そのものだ。

156 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 13:15:51.70 ID:LkBaCaB4
>>151 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/26(水) 12:43:10.99 ID:NA6tB3fv
>その阿含経である沙門果経を読んでさえもあなたは理解していない。
>92さんから、沙門果経は果報を述べているのであって、修行の順序そのもの
>ではないと指摘されても、あなたは反発するだけで、受け入れない。

修行の順序そのものではない?
だから四禅は本当は一番後に来るから解脱だと言いたい?
そういうインチキするなってwww
経典の何処に四禅が解脱だと書いてあるのか、がテーマなの。
だからその言葉を示しなさいという話であって修行の順序は関係ない。
それと、参考までに訊きたいが、
修行の順序そのものではないというのは誰の説ですか?
学者の説なら示して欲しい。
素人さんの説ならお呼びではない。

157 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 13:24:20.88 ID:Z/EWIg8F
氏人が生き返るなんてことは、有り得ないから、
処女降誕なんて、科学的に有り得ないから、
基督教はうそだから信じるなって言ってるのと同じ。
神がいるんなら、崖から飛び降りて見せろ、神が救ってくれるから。
基督教は多くの血を流しすぎたから、信じるな。
と言っているのと同じ。
フカヤマと同じ考えでないとダメなんだよな。
非常に害悪そのものだ。

158 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 13:27:10.09 ID:LkBaCaB4
>>151:深山
>釈尊の説いた阿含経をそのまま読めばよいだけなのだが、
>その阿含経である沙門果経を読んでさえもあなたは理解していない。
>92さんから、沙門果経は果報を述べているのであって、修行の順序そのもの
>ではないと指摘されても、あなたは反発するだけで、受け入れない。

そのまま読めばいいだけなら、これは修行の順序そのものではない、
などと考えなくてもいいということになる。
自分で書いておいてすぐその後にその反対のことを書く。
深山さん、アタマがかなり混乱してますよ。
妄想脳がエンスト起こしましたか?

159 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 13:47:20.19 ID:tJFxj1NM
随分以前の法話でのこと。
自分が因縁解脱したのだと如何すれば判りますか?
と質問がでた。
睨下は苦笑して「ソレはねぇ、そうなりゃ判りますよ。」
筆者自身の体験からしてもそうであろうと首肯せざるを得ない。トウトウ
心境が変化するからである、一言で言うと居心地が善くなり、瞑想の
楽しみが自ずと生ずる。
是に安住する事無く欠かさず行をするのが肝心であろう。
俗な例えをするならば、冷暖房完備の居室空間とでも言えようか。
以前は吹きさらしのあばら家で住まっていたような気持ちだ。

160 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 14:35:57.96 ID:LAAHV8k8
「アジャヤリ様に賛礼」とさせている時点で終わりですね。
自分を礼拝対象にして拝ませることは普通しませんし異常者の発想です。

161 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 15:13:50.49 ID:OY64F9Np
解脱するのは心であり四禅はそのための技術(メソッド)でしかない。
優れた比丘の中には四禅の実習なしで阿羅漢になった人もいたでしょう。
要は心がどこまで進化しているのか、その状態により変わってくるでしょう。

162 :一来補:2015/08/26(水) 15:47:42.30 ID:cTzBdcsk
あらまぁ、ユビキタスくんは頭を丸めて出家したかと思いきや、まだ居たのか。
阿含宗は、煩悩滅も教えているよ。例えば輪廻する葦本の249ページから、長々と煩悩滅のことを説いていますね。しかも、無くすべき煩悩の順番まで説いているでしょう。

ユビキタスくんや深山くんは、我欲が強いため、肝心な煩悩滅の教えが目に入らず、御利益追求だけしていたわけですね。
我は、本に書いてあるとおり、我見を無くすことから始めた。だから果報を得ることが出来た。
ユビキタスくん等は、御利益追求を優先したので、我見がそのままなのです。だから果報がないのです。

我見を無くせば、阿含仏教の悟りは縁起の滅であることがすぐに理解出来るのです。
縁起の滅であることが理解出来れば、因縁解脱もすぐに理解出来るわけです。
自説経を読むまでもなく、理解出来るのです。

163 :深山とゆかいな仲間たち:2015/08/26(水) 17:42:08.40 ID:cWBeIdmr
いずれにしろ、阿含宗の場合、
先祖供養100体以上、道場奉仕しないと因縁解脱はできない。と
ボスが言ってるんだから〜
それに四禅なんかまともに講義などしたこともないでしょう
たかが信者如きの独学で解脱ができるなど絶対に言わんでしょう
ボスの言わないことを勝手に語る奴など魔道に落ちるぞう。と、
言っていたでしょう
因縁解脱=金を出す。これが君たちの修行でしょう。
もっとボスを信じなさいよ。

164 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 17:46:24.01 ID:EbgKWkks
仏教では八正道の実践で煩悩を滅して解脱すんだろ
成道説っていうんかね
んで一説に四禅三明とは涅槃をひっくるめたもんでさ
各禅を独立させて語っても意味がネエしな
だがこの沙門果経では沙門のメリットは何だっちゅう
問答だろうからな 外したらどうしようもネエよな
釈迦はこの世に出る阿羅漢は梵行を説き四禅三明を体現するぞ
と言ってるわけだ
仮死状態の話しではないよな
おっとその前の初めでは奴隷でも出家は可能で
そりゃあ王サンからも供養の対象となるんだぜって
教えてるんだよな
そんでさらに言えやあ何によって解脱するとか
どの段階で解脱したなんて話しはここでは問答外だったてわけよ
まあ解脱者は三明を体得できるってことも説かれてるわな
この経で肝心なのは漏尽智だぞとしてるんだよな
折角解脱してもそれを自覚できんなら意味がネエからな
解脱したら自ずと煩悩が消えたって智恵が芽生えるんだよな
しかしまあこんなことで8年間も議論してるなんざ
すッゲエ執念だわな

165 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 17:57:08.81 ID:Z/EWIg8F
>>91・・・間違いました、撤回します。
ど う も す み ま せ ん 。  敗北

166 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 18:28:58.42 ID:tJFxj1NM
>>160そりゃ君の見解だからそうなんでしょそれは否定しません。
  三界の導師を勤める方が壇上に現れた時に信徒が挨拶する
 真言、オンサラバタタギャタ ハンナナマンノウ キャロミ
 一切如来に我は敬礼す〜の意味でしたか、導師も礼を以て数珠を摺って
 信徒に挨拶されていますよ、ふん反り返って受けてるわけじゃありませんな
 誠に密教らしくて良いじゃないですか、と言うのがワタシの見解。
 真言の意味も探らずに批判するのは己が浅学を露呈するので御座います。

167 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 19:40:44.99 ID:OY64F9Np
>>164
>釈迦はこの世に出る阿羅漢は梵行を説き四禅三明を体現するぞ
>と言ってるわけだ

一般に仏教では「梵行」を「清らかな生き方、淫欲を断つ修行」などと訳しますが、釈尊は阿含経の中で
「八正道は梵行であり 梵行の究極が 欲貪の滅尽・瞋恚の滅尽・愚痴の滅尽 である」とも説います。
ですから、あなたの最初のくだりと同じ内容で
「この世に出る阿羅漢は 梵行=八正道 を説き四禅三明を体現するぞ」と読めますね。

168 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 20:28:02.55 ID:xRKcj+QY
>>162 一来補 2015/08/26(水) 15:47:42.30 ID:cTzBdcsk
>阿含宗は、煩悩滅も教えているよ。例えば輪廻する葦本の249ページから、長々と煩悩滅のことを説いていますね。しかも、無くすべき煩悩の順番まで説いているでしょう。

その通りです。桐山さんは煩悩滅の解脱「も」説いています。
ただしそれは小解脱に過ぎないと経典にもないことを示してますが。
また輪廻の滅の涅槃解脱「も」説いています。
まあ最近は輪廻転生瞑想法などとぬかし、人生にコリゴリと思ったら輪廻のなくなる
涅槃を目指せ、人生を創造したいと思ったら輪廻転生をしろなどと仏教に反旗を投げかける
たわけたことを書いてますが。
しかしとにかく煩悩滅や輪廻滅を説いたら現世における運命転換・利益享受の因縁解脱を
説いてよいことになるのか?
これは煩悩滅や輪廻滅とは全く異なる話です。ドサクサに紛れて因縁解脱などを
煩悩滅や輪廻滅と一緒にしないで欲しい。一緒になるはずがない。
桐山さんはあまりにアホ丸出しの輪廻転生瞑想法はさておき、現世利益たる因縁解脱の延長上に
究極として輪廻のやむ涅槃を据えている。
しかしどうして現世利益の究極が輪廻の滅なのか?ワケワカランチン。
これはさんざん女遊びに耽って、もうゲップが出る男がもはや女遊びは卒業しようかと
出家でもする心境なのか?どっこい桐山さんもまた決して女遊びを卒業しようなんて考えは捨てて
また生まれ変わって女と楽しもうなんて本音を吐いているのがオチと言うものだ。

169 :一来補:2015/08/26(水) 20:31:30.56 ID:cTzBdcsk
既に前にもレスされていたが、ユビキタスくんも岩波仏教辞典を持っているようだね、そしてその辞典の「縁起」の説明も話題にされているようだ。
その説明を読めば、阿含仏教の悟りとは、縁起の世界からの解脱であることが分かるはずだな、馬鹿でないならばな。

我が辞典の肝要なところを引用してあげよう。
「初期仏教時代の縁起説は、十二支縁起説が代表的なものであった。続く部派仏教時代には、二十四縁というような縁起説も説き出されるようになった。しかしこの段階までの縁起説は、さとりの世界は縁起の中に含まれなかったから、さとりは縁起の滅した世界とされた。」

以上が岩波仏教辞典の説明である。
だが、アホな批判派は、縁起の滅した世界とは部派仏教時代のさとりだ、とか言っていたw。
ならば、初期仏教時代のさとりとは何であるのかね?馬鹿者どもよ、

この段階までの縁起説は、とあるだろう。
この段階までとは初期仏教時代から部派仏教時代までということなのだ、子供でも分かることだが、深山ユビキタスくんは分からない。
付ける薬がないわけです。

170 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 21:08:19.36 ID:xRKcj+QY
一来補さんの言う縁起解脱は、もちろん桐山さんは縁起解脱なんて認めないが、矛盾しているのです。
一来補さんは因縁解脱の体験があったのだという。
縁起解脱の体験ですか?なんですか?それ?
何やら苦悩があって、それが解決して今は苦悩がなくなり穏やかな日々を過ごしている
のだと言うのならば、それは縁起によるものです。
桐山さんですら縁起こそが真理であり、縁起があるから苦を乗り越える解脱も可能としている。
縁起あったればこそ不幸を回避して幸福もゲットできるのだ。
縁起がなければどんなに努力しても幸福など得られないことになる。
いろいろと努力の甲斐あって、あるいは布施などの甲斐あって御利益が享受できるのは
縁起の法則があるからです。
だから桐山さんはシャカは教えとして縁起の法を説き、実践として成仏法を示したと
著書にも書いた。
その成仏法が縁起を成立させなくしてどうする?
桐山さんは般若心経瞑想法にこう書いてある。
色即是空は物事に執着するな、それは空なんだから、という教えだが、
空即是色は物事に執着しろ、それは空なんだから縁起に従って執着努力することによって
成功も得られるという教えなんだとしている。
縁起がなかったら何も実らないのです。
再度訊くが、一来補さんの縁起解脱の体験って何?
縁起によらない功徳って何?
私には縁起がなくなったとは存在そのものがなくなったとしか解釈できない。
時に一来補さんはまだ生きている。
しっかり縁起の世界の中で苦しみだけでなく利益だって享受して楽しんでいる。
それは縁起様々のおかげです。

171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
@深山さん、これが沙門果経の普通の(正しい)解釈です!!!


3.「慧」、「解脱」の発展
「慧」と「解脱」の段階は便宜上併せて検討することにする。四禅を修めた後、出家者は解脱する
ための直接的な因となる智慧を獲得し、それにより解脱し、解脱したということを知る。
「慧」は「三明」・「六神通」・「漏尽知」のグループとその他の「智見」・「意所成身」に大別でき、
「解脱」には「心解脱」と「心解脱・慧解脱」の形式が見られる。

初期仏教における修行道の発展
http://libir.soka.ac.jp/dspace/bitstream/10911/3472/1/dk30-385.pdf


如何ですか?
四禅を終えた比丘が解脱したというのは世にも稀なる珍説です。
是非、仏教学会(そんなものあるか?)で発表してください。
(書類審査の段階で落選するかも知れませんが)
但し、あなたが阿含宗の元信者であることは、教団に迷惑が掛かりますので、
秘密にしておいてください。
よろしくお願い致します。

172 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 22:11:10.05 ID:z35ahENp
甲子園を観戦していたというユビキタス君、
勝って天国をみる者に負けて地獄を味わう者に分かれる。
そして仏教は勝負事(スポーツ観戦)を禁じている。
そしてユビキタス君は地元の東海大相模を応援し勝って狂喜乱舞したことでしょう。
しかしそれは負けた仙台育英にファンを虐げる行為になるから。
まだまだ尽きぬ分かっちゃあいるけど、やめられない修羅の男なんですねえ。
ん?どっかで聞いた言葉だなw

173 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 22:16:30.03 ID:Vi66G991
>>171
>教団に迷惑が掛かりますので、
ということはあなたは信者ですね。
では釈迦が因縁解脱を説いた経典をしめしてください
勉強したいのでよろしく。

174 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 22:23:05.51 ID:xRKcj+QY
>>172
あのな。俺は仙台育英を応援していたわけよ。
育英が東北初優勝を果たして、もうみちのくの悲願なんて言葉は来年からなくなる
ことを願っていたわけよ。
ところが今回も敗れてしまったわけよ。
現実の高校野球は面白いなあ。
仙台育英は昨秋神宮大会で2回観たし、今回の夏の甲子園でも現地で観た。
春は甲子園に行っていない。センバツの試合やってるその日に春季徳島県大会を観に
鳴門まで行ったもんさ。
東海大相模は昨年の9月に保土ヶ谷で観たな。慶應に勝ったがピッチャーは小笠原ではなく
吉田だった。
今回現地で観た中で一番印象に残ったのは健大高崎に惜敗した長崎の創成館かな?

175 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 22:34:23.75 ID:8jykqVKM
>四禅を終えた比丘が解脱したというのは世にも稀なる珍説です。

ん なんだそりゃ
誰がそんなこと言ってたんだっけ
三明智の前に解脱があるってのは
知ってたがな
桐山大将はなんたっけな 神通解脱だっけか
そりゃないわなって批判話しじゃなかったのか
8年は長いわな すごいなってな

176 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 22:40:18.22 ID:xRKcj+QY
>>172
東海大相模が地元?
俺は千葉県在住だから神奈川は地元ではないが?
ああ、そうか。関東のチームだから地元というわけね?
ならば俺の高校野球観戦、応援の基本スタンスを示してやろう。
俺は関東と近畿以外のチームが優勝することを第一としている。
だから今夏のベスト4が関東から3校残り、結局関東が優勝したことは面白くない話だ。
ま、昨年は東東京のセーラー二松学舎大附を応援したけどな。
近畿、とりわけ大阪桐蔭ばかり優勝してる大阪勢は応援しないのだが、
今回の初出場の大阪偕星学園は例外的に支持、応援した。
はっきり行って初出場初優勝すると思っていた。
仙台育英と決勝で戦うのがベストと思っていた。
偕星は5月に万博球場で観た。大阪桐蔭を倒すならここと思っていた。

まあこんな単純思考のペテン大作さんをイジメるのも気が引け・・・・
ないな。いろいろと指摘してやるか。

177 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/26(水) 23:02:37.24 ID:xRKcj+QY
私はアゴン宗スレには朝の通勤時に電車の中から書く時と、病院の職員食堂で
昼飯食い終わってから休憩コーナーで紙コップのコーヒーを飲みながら書き込む時
以外にアゴン宗スレに時間を割く気がありません。他のスレなら書き込むが。
しかし朝も昼も時間は限られているので、こちらが書きたいと思っていることが
一度に書き切れないと思う。
だからこのような晩も活用して・・・
しかしもう23時っすか?
寝不足になっても困るから明朝以降にするかな。
ペテン大作さんの四禅解脱イチャモンの構造解説は。
基本的に2通りの視点がある。

178 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 23:26:05.08 ID:LAAHV8k8
>>166
何たわごとを言っているのかね。
あんたの説を踏まえるなら、「アジャリ様に三礼」tpは言わんだろうに。
「ご本尊さまに三礼」だろ。
しかし「アジャリ様に三礼」と言っているべ。

信者脳は恐ろしいですなあ。

179 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 00:29:57.50 ID:orSB8v9E
高校野球の話だが、俺はその大阪偕星学園が山本武白志に2ホーマー打たれて
九州国際大付に敗れたのも観たな。
第一試合で清宮も活躍した早稲田実を広島新庄が食い下がり苦しめた試合と共に印象深い。
しかしその贔屓してた偕星が惜敗した試合よりも長崎の創成館の試合の印象が強いと
書いたのは、やはり私の地方志向の強さなのかな?
高校野球が面白くて昔から好きなのは全国47都道府県が集うからなんですね。

あと予告しとくと、四禅解脱イチャモンの話は、一つは大般涅槃経の話と
もう一つは沙門果経の記述内容の話になり、いずれも解脱とは何がどうなることであり、
目指すべき解脱の本旨本懐はどこにあるの?ってな話になります。

180 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 07:14:38.22 ID:a+QUGQXJ
>>83 国 太 郎 自 作 自 演
脳 機 能 障 害 精 神 病 よ り 把 握 不 能
ば・・け・・も・・ん・・だ・・わ・・

181 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 07:50:25.34 ID:CBeggWnc
 
深山里偶遇美女   http://club.qingdaonews.com/showAnnounce.php?board_id=2&topic_id=5017443

182 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 08:08:46.09 ID:orSB8v9E
それではペテン大作さんによる積年の怨みとしてウンザリするような四禅解脱の
イチャモンを続けるその構図を、なるべく平明な表現でわかりやすく解説する作業に入りたいと思う。
まず彼、ペテン大作さんについて紹介するが、彼はアゴン宗の元信者です。
最初登場した時は批判側の1人でした。
深山さんや私たちとは異なる視点での桐山批判をしていて、その視点に対して
こちらはイチャモンを付けたこともないが、彼の方が我々の批判の内容で
受け入れられないものがあり、噛みついてきた。
それはそれでよいのだが、ついには批判側元信者だったのがアゴン宗に戻り
初護摩などにも参拝するようになった。きっと正式な退会手続きもとらないでいたので
そのまま復帰できたのでしょう。
しかし今は決してアゴン宗を擁護する信者ではなく、第三者を自称自認しているようです。
アゴン宗の擁護はしない、できないが、こちらに対する怨みは忘れられないから
深山さんのアゴン宗批判はこんな仏教無知に基づくものだから信用ならないと提唱する。
しかし仏教無知とはそちらの方で仏教の基本である解脱がどういうものであるか
正しく掌握しないまま仏教学者の論文にあたっている。
その仏教学者とはドイツ人のベックです。
日本では岩波文庫から「仏教(上)(下)」という渡辺照宏訳の本が出ていて
仏教解説書の古典にもなっています。
ただしこのベック本は私も図書館から借りてきて読んだが、決して初めて仏教に
取り込む人が読む論文ではないと思う。
もっと仏教の基本知識を身につけてから読むべき本であり、またベック本は
決して仏教の入門書ではなく一論文なのです。
どういう論文かと言うと、ベックはドイツのルドルフ・シュタイナーの人智学の
影響を受けている人ですから、仏教を単なる哲学としてではなく、仏教の神秘的アプローチの
面に視点をあてて考察する論文なのです。
学者だから嘘は書かず経典に忠実に沿ってはいるものの最初からそのような意図に貫かれている。
これにそもそも解脱が何たるかを知らないペテン大作さんが難しい専門用語だけで
対処したところで正しい理解は無理です。

183 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 08:40:33.68 ID:orSB8v9E
ペテン大作さんがベック本を駆使してこちらにぶつけてきて四禅の段階でどうのこうのと
今でものたまわっているのが沙門果経という長部経典の記述だが、
ベック本の記述には沙門果経だけではなく他の経典を題材とした記述もある。
それが大般涅槃経です。ペテン大作さんは明らかにそこの箇所の論点にふれた話を出してきた
ことがある。
ちなみに大般涅槃経は岩波文庫で中村元訳の「ブッダ最後の旅」という現代語訳の本がある。
これを読んで知ってないとベック本のこの箇所を読んでもわからないのだが、
少なくともこれを出してきた当時、ペテン大作さんは知らなかったようだ。
ベックが重視する悟りにおける意識段階、意識状況の中で、これを引用駆使する話は
入滅涅槃の話です。すなわち釈尊の臨終時の意識状態の話です。
これ(大般涅槃経)によると、釈尊は「怠ることなく精進せよ」と遺言を残した後眠りについた。
この眠りが永眠となる間の意識状態の記述がある。
おそらく他心通第一のアヌルッダとかもいるし、釈尊の心の中を透視したものでしょう。
決して誰にも目に見えてわかる話の記述ではないので、私は好ましくないと評したこともあるが、
とにかく透視して釈尊の心中を読んだ。
それによると釈尊の意識は九次第定と呼ばれる瞑想意識の一番深いところまで辿った。
その滅尽定の状態で涅槃、すなわち命が尽きるかと思ったが、あろうことかまた逆戻りして
初禅にまで戻った。そこからまた深まりを見せ、最期は第四禅の状態で息をひきとった。
こういう記述があるのです。
これをよく記憶しておいて欲しい。
そこでそもそも九次第定とは何か?仏教ではどういう位置付けかを考察しながら
当時のペテン大作さんと深山さんのやりとりについて触れます。
昼休み以降になりますね。
これが最初に済ませておきたい論点であり、大般涅槃経ではない沙門果経の記述の
問題も後述考察しますので、ペテン大作さんはご安心を。

184 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 08:51:16.75 ID:orSB8v9E
沙門果経記述による考察で、四禅の段階を終えただけで、次の三明の智慧の段階を
経る前に解脱を果たしたのかい?戒・定・慧の慧を無視して解脱したのかい?と
無知による誤解についても返答してみせますが、昼休みではそこまで書き込みが及ばないかな?
時間の都合上。

185 :一来補:2015/08/27(木) 09:19:38.15 ID:KHTIoh9J
ユビキタスくんは、阿含仏教の悟りと大乗仏教の悟りの違いを知らないのです。
だから、せっかく持っている岩波仏教辞典も、宝の持ち腐れになっているのです。
ユビキタスくんは、天下に馬鹿をさらけ出しているのですよ。あなたが本当に元阿含宗の信者であったとしたら、阿含宗の名折れですな。
いや、馬鹿だから除名になったと考えるか。

因縁解脱とは、縁起解脱のことなのです。
仏陀の真実の教えを説く本の中巻の、208ページを何度も読みなさい。因縁因果の法則を超越することを説いています。
因縁因果の法則=縁起の法、なのですよ。
分かるかな?

増谷先生の自説経の訳は、
「諸縁の滅尽を知れるがゆえなり」です。
これが釈尊のさとりです。
諸々の縁の滅尽、それが阿含仏教の悟りなのです。

大乗仏教になると、縁起が万能になって、さとりの世界も縁起の中にあることになるわけです。ユビキタスくんは、それを知らないのです。
だから天下に無知をさらけ出して平気なのです。早く正しいことを知りなさい。

186 :一来補:2015/08/27(木) 09:34:28.83 ID:KHTIoh9J
岩波仏教辞典の縁起の説明には、
「この段階までの縁起説は、さとりの世界
は縁起の中に含まれなかったから、さとり
は縁起を超越し縁起の滅した世界とされた」
と、あります。
この段階までとは、初期仏教時代から部派
仏教時代までです。

この仏教辞典の説明と、桐山師の本「仏陀
の真実の教えを説く」中巻の208ページの
説明が同じであることが分かるかな?
ユビキタスくんに。
それが分からないようでは、桐山師の教え
を理解出来るわけがないのです。
よって、桐山説を批判する資格も能力もない
のです。

187 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 09:37:40.17 ID:Qp0Vul/1
秋風や 自作自演の 論寒し

188 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 10:01:19.89 ID:nwVKj1m9
よって、言葉及び感情が始源開闢にクライマックス、トテモに人格完成並び人類補完なんじゃないのかもしんない。

189 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 11:25:35.72 ID:10Puqg+C
>この仏教辞典の説明と、桐山師の本「仏陀
の真実の教えを説く」中巻の208ページの
説明が同じであることが分かるかな?

へ 桐山大将も縁起を理解してるってか
しかし何を言ってんだか さっぱり説明ついてネエよな
このあたりが阿含宗信者の限界なんだろうな
智恵の限界っちゅうか頭が悪すぎっちゅうかだな
まあ何がってよ 縁起は原因や条件を追証して
説明するやりかたなんだってのにそれを
無くしてしまったたら意味ネエじゃん
縁起はよ この娑婆世界の苦しみの原因を
探る方法だったんだぜっての
だがな娑婆の苦しみの説明は悟った世界に要らんから
解脱は縁起を超越した世界とかって言われただけだろ
それなのに縁起滅だから桐山大将の因縁解脱と同じだよ
なあんて短絡し お脳をショートさせてどうすんだよ
仏教無知もここまで満開に花咲いてしまったら
手の施しようがネエよな
あとは萎んで行くだけだぜって

190 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 11:57:36.36 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

何が如何なのですか?
四禅で解脱したなんて私は書いた事もないのに、それを前提にして、
「如何ですか」と質問するペテン大作さんの頭って「如何ですか?」
私が書いた文章を示せといっても、書いていないのだから、もちろん示せるはずがない。
あなたは悪辣にも、私の文章を切りとっていかにも書いたかのように見せかけた。
私が書いた事もない内容を、書いた、書いた、書いた、書いた、書いたと
七年間繰り返すペテン大作さんの頭って「如何ですか?」

四禅解脱なんてここでのテーマでもなく、桐山さんさえも言っておらず、
また両者の言い分は出尽くし、議論は七年前に終わっている。
あなたは私が四禅解脱を書いた主張したが、その根拠を示せない。
これだけでも議論は終わりです。
それでも昨年11月にも私はレスをつけたし、今回も一通りの議論をして終わっている。
だが、あなた一人が吠えまくっている。
どうして?
私への憎しみでないなら、議論のルールもわからないほど頭がおかしいことになる。
どちらでもあなたが好きなほうを選んで良い。
私は読者に迷惑をかけたくないし、読者が辟易しているのも知っている。
だから、いつものように勝利を宣言しながら、吠え続ければ良い。

191 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 12:02:47.92 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

ペテン大作さんも桐山さんとそっくりですね。
桐山さんはありもしない仮想敵である霊障のホトケやカルマを作って、
自分は雄々しく戦って、無魔行満などと勝利を宣言してみせる。
自分でリングを作り、戦支度をして、空気を相手に戦い、
勝利を宣言しているボクサーみたいです。
桐山さんは妄想リングからは一歩も出られない。
なぜなら、そこから出て現実世界で勝負したら、誰にも勝てないからです。

あなたも、「四禅解脱を主張する深山」という仮想敵を作り、激しく攻撃する。
四禅解脱というリングから出たら、あなたは勝負にならないことを
知っているから、絶対にそこから出ない。
ペテン大作さんは>>173さんの質問にもまともには答えない。
私の質問にもいっさい答えないのも、四禅解脱というあなたの妄想リング
から出て、現実世界で勝負したら、負けるからです。
妄想リングの上で「深山、こっちで勝負しろ」と吠えるから、これまでも
何回かあなたの妄想リングの上で論破した。
だが、もちろんあなたはただ悔しさと復讐心が増しただけだった。
妄想リングの上で一人で深山人形に一日中パンチを食らわせて、
「如何ですか」などと勝利の笑みを浮かべているのがペテン大作さんです。
桐山さんやペテン大作さんの「一人芝居」を見ていると、
よくそれで満足ができるものだといつも感心する。

192 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 12:08:15.77 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

ペテン大作さんは俯瞰的に鳥瞰図的に物事を見ることが不得意というよりも、できない。
だから、漏尽定で解脱したなんて信じているのです。
七年前も今回も、私はその説が成り立たない理由を説明しました。

A.阿含経には漏尽定で解脱したとはない。
B.沙門果経は解脱の階梯を示すというが(ペテン大作説)、
そこには四禅までで九次第定も出てこない。
C.あなたが根拠としたベックの本にも漏尽定で解脱したとはない。
D.桐山さんも漏尽定で解脱したと述べていない。

普通の信者はこれら四つを総合的に見て、漏尽定での解脱説は成り立たないとみなす。
だが、ペテン大作さんはABCDを同時に見ることができない。
Aを考えるとBCDが脱落し、Bを考えるとACDが脱落する。
あなたはBなどに反論すると、その時のあなたの頭にはACDは存在しないから、
自分ではすべて反論したかのように錯覚する。

193 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 12:15:26.86 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

簡単に言うなら、ペテン大作さんは普通の人に比べて視野が極端に狭い。
だから、長文読解がまったくダメです。
私のこういう文章も十行前はあなたの頭から脱落する。
三行目から脱落する一来補さんほどひどくはないが、似ています。
だから、あなたは反論を無視して、自分のリングだけで勝負を挑む。
自分のリングから出たら、右も左もわからなくなるからです。

前に盂蘭盆についての学者の論文を、十行くらいずつ区切って要点をまとめて
書き並べて、あなたは自慢していた。
あれは記憶補助のためのメモですよね。
十行を超えると、あなたの頭ではまとめることができないからです。
だから、学者が冒頭の要約で書いた結論とは、正反対の解釈を自慢気に書いていた。
要約という大前提を記憶できず、目の前の十行の文章しか見えないからです。

俯瞰的に鳥瞰図的に見られないから、ペテン大作さんの主張は重箱の隅を
つつくような、クドクドとこねくりましたような主張ばかりです。
>>95で書いたのはそういう意味です。
非常に狭い範囲でしか主張できないというか、そこから出たら、
あなたは理解できなくなるから、出ない。
批判側からの質問に答えるには自分の狭いリングから出なければならない。
質問の大半を無視するのはそれが理由です。

194 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 12:21:18.97 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

ペテン大作さんは自分の姿は見えないだろうから、一来補さんを見なさい。
因縁解脱が自説経に書いてあると大発見を自慢して出したつもりだが、
実は二年前にも出して、批判側から論破された。
だが、論破されたことはもちろん、彼は自分が二年前に出したことも忘れている。
そればかりか、>>168>>186を見ればまた岩波仏教辞典の話です。
彼はこれを今回自分が新たに大発見したと思い込んで出している。
一来補さんは反論されたことを覚えていないだけでなく、
過去に自分で何度も出したことも忘れているのです。
食事が終わった直後に「オレはまだ昼飯を食っていない」と言い始める老人そのままです。
批判側が老人介護だとぼやきたくなる気持ちもわかるでしょう。

さすがのペテン大作さんも阿含経に因縁解脱があるとは主張しない・・でしょう?
あなたは解脱が漏尽解脱であることを認めた。
因縁解脱と整合性が取れないから、質問されても無視している。
少なくてもその部分のあなたの知性はまともです。
一方、一来補さんを見てごらんなさい。
反論されても反論されても、すべてきれいに忘れて、また同じ事を主張する。
針の飛ぶレコードとは良くいったものです。
そればかりか、自分が書いたことも忘れて、新しい主張だと思い込んでいる。
この一来補さんがまともな知性だと思いませんよね?
でも、その姿は過去の反論を無視して七年にもわたり四禅解脱を
私が書いたと主張し続けるペテン大作さんとそっくりなのです。

195 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/27(木) 12:27:23.08 ID:FC+LnJoT
>>171 :神も仏も名無しさん:2015/08/26(水) 21:20:17.09 ID:LkBaCaB4
>如何ですか?

私から昨日昼間書かれた内容に腹を立てて、ものすごい執念で丸一日書いた。
あなたは何か引用して私に反論したつもりだろうが、内容はいつも同じです。
視野が狭く目の前しか見えないから、同じ所をグルグル廻っていることに気が付かない。
根性が曲がっているだけでなく、捻じれているなどと書かれたら、
たまにはそれを否定する行動をしてみたらどうか。
わざわざ何度も実証してくれなくても良い。

私はあなたの求道心を誉めてあげたのですよ。
仏教を理解しようとあなたなりに努力しているのはわかる。
人生は短いのだから釈尊の示した道を求め、追いかけるべき時に、あなたは
深山の四禅人形を目の前にぶら下げ、必死にパンチを加えようと追いかける。
人形はあなたの身体に付いているから、追いかければ人形は逃げるように見える。
あなたはいよいよ「この深山め!」と追いかけるが、
当然のことながら、追いつくこともない。
せっかくの求道心というエネルギーを、怒りと憎悪で作った人形を追いかけて浪費している。

こういう指摘を何度されても、あなたには無駄であり、また怒り狂って、
四禅についての狭い主張を繰り返して、深山人形をボコボコにして、
自慢気に「如何?」などと書いてくることは承知しています。
桐山さんがあなたの目標らしいから、その意味ではそのやり方は正しい。
止めはしないから、桐山さんを真似て、妄想リングの上で漏尽定で
四禅人形をぶちのめして「深山破れたり」と勝利を宣言すると良い。

196 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 12:27:55.36 ID:bz6NiobU
い わ ゆ る 国 太 郎 と や ら・・・ワ・・ロ・・タ・・

わるいんだけどユビには全く興味無いわ・・

197 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 12:44:06.60 ID:orSB8v9E
朝の続きです。
さてここで九次第定について説明します。
これは釈尊の創始ではありません。釈尊以前からインドにあった瞑想の技法、体系であり、
釈尊も出家してこれを習いました。
桐山著「密教入門」にも出て来るアーラーマ・カーラーマやウッダカ・ラーマプッタに
師事して、この奥深い瞑想を学んだ。そしてその奥義まで完全に体得した。
しかしそれでも解脱は得られなかった。これ釈尊が出家してまだ間もない頃の話ですよ。
だから両師のもとを離れて別の道を求めたのです。
そして初禅とか第四禅とか言うが、これも九次第定の中の一部であり、九次第定の中に
収まってしまいます。
そして問題の第四禅とは九次第定の中で一番奥深い瞑想ではありません。
中くらいの段階の瞑想に過ぎません。
だから一度九次第定を修行し、一番奥深いところまで完成して、それでもなおかつ
解脱を得られなかったとしたという釈尊がどうして四禅で解脱したなどと言えましょうか?
深山さんはそんなことは言っていない。それでも言ったと言うならば、ペテン大作さんが
沙門果経の記述から、その本質を読み取れず、四禅の段階で解脱しちゃって
後の三明の智慧は無視するの?と勝手に舞い上がった点が一つ。
もう一つが、先に述べた大般涅槃経の勘違いです。
ベック本にはたしかに大般涅槃経の釈尊が入滅に至る意識の変遷の下りがあり、
ペテン大作さんはたしかそれをスレにて提示した。
しかしそのベック本も所持し読んで知っており、それよりも岩波文庫の大般涅槃経の
現代語訳を読んで知っている深山さんはペテン大作さんに反論した。
違いますよ。釈尊は九次第定の最奥の滅尽定などで入滅の涅槃に至ったのではなく、
最期の意識段階は四禅だったのですよ、と。
これを沙門果経も大般涅槃経も区別がつかず、状況もまた生きている時の話なのか
死んでしまう時の話なのか区別つかないペテン大作さんは「深山は四禅で解脱したと言いやがった」と
混同した部分もあるのではないかと思う次第です。
そしてもっと大切なことは臨終の際の意識レベルの話なんて、そんなどうでもよい話の
どこが重要なの?解脱というのは死ぬことなんかい?ということです。

198 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 12:55:18.51 ID:orSB8v9E
>>196
よくわからないのですが、あなたがペテン大作さんであるとしたら、今回あなたが
私に興味を持たないことはこちらにとって助かります。
私はペテン大作にレスをつけて相手にする気は全然ないのです。
他のギャラリーの人たちに四禅解脱イチャモンの構図を私なりに解説しているだけですから。
私はペテン大作さんの相手をしたくないし、リアルで面会する機会もなかろうが、
仮にそんな機会があったら心底恐れます。
刺される、危害を加えられるのではないかと恐れているのです。
スレを超えて本当に犯罪者にならないか恐れている。
と言うのは、こんなにネチネチとした暗い、女々しく、女の腐ったような・・・
と言うと女性を侮辱する発言になりますから使用してはならないのですが、
それでも使いたくなるほど、ペテン大作のネチネチとした暗さを怖いと思う。

なんて余計なこと書いてまた時間つぶしたな。
続きは明日と言わず、なるべく今晩に書きます。

199 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 13:45:20.95 ID:10Puqg+C
釈迦は何に目覚めたのかってことはだがな
文献学上においても明らかになってネエのによ
ああだこうだとド素人が説明できるわけがなかろうが
いくら説明したつもりでも堂々巡りの巡礼信仰ってな
滅尽定を釈迦が目指したかって そりゃネエだろって
いわば仮死状態でいったいどうやって自己救済出来るんだあ
そう考えりゃ四禅定だの九定だのって9条信仰と変わらんけえ
京都の九条ネギのほうがはるかに美味エーぞってのよ
ここまで言えばいくらボンクラでも禅定ってのは何のためか
って解るべな なに解らんのか

まあ顧みれば仏説となってるのは苦からの自己救済だよな
そこで核心は縁起が示されてるわけだぜっての
原因があって結果となる順観と原因を取っ払えば
結果が出なくなる逆観ってもんだよな
これをどこぞのバカは縁滅だから因縁解脱だとアレンジ
したツモリ信仰にしてるのには笑える
バカな論議もツモリ積もれば重くなって救えんだろが

200 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 14:21:35.57 ID:abqmgTk3
@深山さん、俺は書いてない路線で逃げに入ったね!!!

>>190 :深山
>四禅で解脱したなんて私は書いた事もないのに、それを前提にして、
>「如何ですか」と質問するペテン大作さんの頭って「如何ですか?」
>私が書いた文章を示せといっても、書いていないのだから、もちろん示せるはずがない。
↓↓↓↓↓

595 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/18(火) 12:01:15.78 ID:G87+va53
私が四禅解脱を言っているのではなく、釈尊が言っていると書いたのです。
「述べている」の主語は釈尊であって、私ではない。
私が四禅解脱を主張しているのではなく、沙門果経や黄廬園経で、
四禅の段階で涅槃を得たと釈尊が述べている、という意味です。


深山さんは、釈尊が四禅で解脱したと言ったのだと主張する。
ところが沙門果経では四禅で解脱したという記述は無い。
(「心が安定し」は解脱でなく、解脱は四聖諦の後だった)
経典に無いのだから釈尊は言ってないことになる。
釈尊が言ってないことを深山さんが主張するということは、
深山さんが経典を自分勝手に解釈した結果、主張したことになる。

<四禅で解脱したという主張は深山さん、あなたの主張です>

お釈迦様に責任を擦り付けようとは往生際が悪過ぎますよ。

201 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 15:19:32.90 ID:stMlNBgJ
<四禅で解脱した> と <四禅の段階で涅槃を得た> とは微妙にニュアンスが異なるよね。

たとえ話であるが、十階建てのビルがあるとしよう。
ビルには階段はあるがエレーベータはない。
最上階にはいくつもの部屋がありドアを開ければ入ることができる。
各ドアの入り口には名前が貼られてあり
それぞれ
【観智】、【意所成神変智】、【種々神変智】、【天耳智】、【他心知智】、【宿住随念智】、【天眼智】、【漏尽智】
となっている。
その部屋の中の詳細は入れば分かる、としよう。

さて、この部屋に入ることができる条件は、
 @ 独力で最上階のフロアーまで上がって来た人。
 A その部屋に入ろうという意志があり実際にそのドアを開けた人。

この例えに四禅や涅槃を当てはめると、どうなるか?

202 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 18:33:50.00 ID:stMlNBgJ
>>201

釈尊は沙門果経で次の順序で解脱を述べています。

@ まず、第一禅定〜第四禅定を述べて
A <智>である【観智】、【意所成神変智】、【種々神変智】、【天耳智】、
        【他心知智】、【宿住随念智】、【天眼智】、【漏尽智】 の詳細を説明し
B 最後の【漏尽智】で四聖諦を如実に知って解脱したという智が生じたと述べ
C これらは沙門の果報であると説いた

だから >>201 の比喩でいえば最上階が第四禅定にあたり
最上階の各部屋がそれぞれの<智>であり
そして最後の【漏尽智】の部屋に入って四聖諦を如実に知って解脱し解脱の智を得た となります。
これは釈尊自身が述べた内容です。

ですから
<四禅の段階で涅槃を得た>と釈尊が言った と解釈できますね。

203 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 19:01:47.32 ID:b/N+8sDb
http://kazuyoshi.kill.jp/profile.html

204 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 20:19:51.64 ID:b/N+8sDb
愛染明王は秘仏として「調伏」に際しての本尊たる仏なり。

205 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 20:29:02.47 ID:gZ6Fjpb4
>>178密教の導師は即身成仏成就済みというのが建前だから善いのだな。
高野山で四度加行を終えた坊さんが鏡に映された己が顔を先輩のアジャリ様が
曰く「このお方が大日如来様のお顔です」と説くそうな。
真言密教の事相、教相とは中期密教と言われるそうだが、後期密教である
チベット密教がラマ教と言われる萌芽がこの辺りにも伺えてるわけだよ。
秘密ラマこそが仏法を生起次弟、究境次弟を成就
体現した導師というのが建前だからだ。
オンサラバ〜〜〜これは密教文化の表現と見なさい。

206 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 20:36:36.56 ID:WcF0U3h3
深ユビハッスルwww

207 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 20:37:15.36 ID:7++OTJJu
>だから >>201 の比喩でいえば最上階が第四禅定にあたり
最上階の各部屋がそれぞれの<智>であり
><四禅の段階で涅槃を得た>と釈尊が言った と解釈できますね。


惜しいが違うな
この経を誰が何の為に説いているかだろな

208 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 20:41:29.31 ID:7++OTJJu
>205 名前:神も仏も名無しさん :2015/08/27(木) 20:29:02.47 ID:gZ6Fjpb4
>>178密教の導師は即身成仏成就済みというのが建前だから善いのだな。


いい年こいて好きなんだねえ ごっこが

209 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 21:22:49.42 ID:ExgWcZ+e
22歳女性1カ月監禁レ◯プ…インドで日本人が狙われるワケ
https://www.youtube.com/watch?v=LJBX4zrZI4k


ルーマニアで起きた日本人美人女子大生殺人事件がひどすぎる・・・【凶悪犯罪】
https://www.youtube.com/watch?v=BIs4sIoYIw8

210 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 21:56:07.61 ID:WcF0U3h3
深ユビ 年がら年中ハッスルwww

211 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 22:03:45.82 ID:orSB8v9E
>>197の続きです。
解脱、涅槃とは死んで命が尽きることが眼目なんでしょうか?
たしかに釈尊もまた輪廻を認め、そして煩悩を滅して解脱した聖者は死んで後、生まれ変わらない
涅槃を説いた。
しかしそもそも解脱、涅槃とは輪廻のなくなることが第一義ではありません。
煩悩を滅してとらわれることがない心の平安が涅槃であり解脱です。
解脱も涅槃も同じ意味です。
身体を残したまま解脱する人を有余依涅槃、その有余依涅槃の人が命尽きると
無余依涅槃となると言いますが、これとて後からとって付けられたような話で
生きている人が煩悩をなくしたら立派な涅槃、解脱です。
煩悩がなくなり心が平安になることが解脱の定義ならば、その解脱者の臨終時の
意識レベル、意識状態などに何の意味、意義があるか?
私は生涯解脱者にはなれないだろうが、仮に解脱したら臨終の瞬間なんて
なるようになれ、おまかせですよ。
だから大般涅槃経も余計な観察を記述したものと思う。
インド人は暑いから頭がおかしくなったか?(←言い過ぎ)
その部分を殊更に取り上げるドイツ人のベックも。
ソーセージの食い過ぎで頭がチ●ポになったか?(←言い過ぎ)
まああくまでも冗談だが、解脱とは煩悩から離れたことに意義があるのです。
ここのところを念押しで押さえておかねばならない。

212 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 22:08:16.94 ID:gZ6Fjpb4
>>208
落語の例えを引いて「成ったつもり」を戒めて居りましたな。
かくのごとくして一応の型を示しているわけだね。
将来は本物に変身するかも知れませんな。

213 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 22:36:11.65 ID:orSB8v9E
次に大般涅槃経を通して九次第定の話がせっかく出てきたのだから、この九次第定について
考察したい。
九次第定という深い瞑想が解脱を得る手段にならなかった理由です。
釈尊はこれで九次第定の瞑想を捨てたかと言うと、実はその後もずっと使っている。
臨終の直前はどうだか知らんが、悟りを開く時も第一禅から第四禅までの禅定瞑想を
使っていることは、次に取り上げる沙門果経を読めばわかる。
やはり釈尊以前の古くからある瞑想技法は使っているのです。
しかしながら九次第定という最奥の瞑想、禅定をしても解脱は得られなかったとした。
ここのところを考えるべきです。
どうして九次第定の禅定で解脱を得られなかったか?
それは九次第定の一番深い瞑想になると、もう感官の機能すらも遮断されるようだ。
雷鳴が轟き、目の前に戦車が通り、人が殺されても、それに気が付かない。
それだけ自分をシャットアウトしたらもはや煩悩なんか生じるはずもない。
しかしそんな煩悩シャットアウトの瞑想でも解脱できない。
なぜなら瞑想、禅定のお時間の最中は煩悩もシャットアウトできるが、ひとたび定が解け
元の生活に戻ると、また煩悩が沸き起こってしまうからです。
意識レベルの深さなんて実は関係ないのです。
禅定だけでは解脱できないのです。
ここに仏教の次なる手法の始まりがあり、それが悟りを開く行程を示した
沙門果経を読めばそれがわかる。
再度強調するが解脱とは煩悩をなくした状態であり、いかに深い禅定でもそれだけでは
解脱できない。
ここを押さえて沙門果経の解脱の話に移りましょう。
四禅なんてどうでもよく、四禅ばかりにとらわれてはならない。
解脱とは時間なのか?状態なのか?言葉なのか?
状態で捉えるべきです。
一来補さんは仏教を具体的な状態を想像することもできずわかりもせん言葉だけで
捉えている。涅槃は縁起を超えた世界というクダラナイインド人のアビダルマを
疑問を持たずに言葉だけで受け入れている。
縁起を超えて影響を受けないのならば、それはもはや存在がなくなったということです。
すなわち生前の釈尊にすら適用できない話です。

214 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 23:13:40.19 ID:7++OTJJu
>>212 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 22:08:16.94 ID:gZ6Fjpb4
>将来は本物に変身するかも知れませんな。

んにゃ そりゃナイナイって
いやはやここの批判論者は理屈が好きだわなってな
くどいから余計なストーカーを呼び込んでるわけだ
痴漢をその気にさせるような表現は 批判っちゅうより
自己満と誤読させる因をだな 気づかずに作ってるんやな
きわどい格好で歩いてこれがファッションよって言われてもな
まあ 啓蒙を超えた誘因ってようなもんよ
オレ的には阿含宗の欺瞞をもっと教えてネっちゅうわけだよ
何回か言うたがよ
釈迦の目覚めをだなよ ド素人があれこれ類推してもだな
かえってピンボケで響かんのよ
だから前から仮死状態の瞑想がなんなのって言ってるわけよ
学説は調べりゃ解るって
釈迦を超える譬えなんてオレラにゃあムリだろ

215 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 23:19:41.18 ID:orSB8v9E
それでは次に沙門果経の話に移ります。
ところで私は今なんでこんな話を書いているかと言うと、ペテン大作さんの深山さんに
対する四禅解脱のイチャモンの構図を解説する取り組みです。
実は大般涅槃経の釈尊は臨終の際は、第四禅で最期を遂げたんだってよ、
だからそれがどうした?と言いたいけど、という四禅涅槃の話も出て来る話よりも
実はこちら沙門果経の方が本論になります。
大般涅槃経の話も出て来たが、元はと言うと、ペテン大作さんが出した
沙門果経の話に端を発するのですから。
沙門果経において、釈尊は阿闍世王に対して、釈尊の説く仏道の修行者には果報があることを
段階と順を追って説明していく。
それは簡単にまとめて説明すると戒・定・慧の三学において果報を示していると言える。
まずは大いなる戒や小さな戒などの戒律を遵守することの果報を示す。
それから第一禅から第四禅までの禅定にて得る果報たる境地を説く。
最後に三明の智慧を示して悟りを得て仏陀となる果報を示す。
このような構成なんだが、第四禅を終えた釈尊は心が不動で清らかで安定しており
汚れのない境地を得たという表現がある。
この境地を以て深山さんが、実はその境地は解脱そのものだよと、ペテン大作に示した。
ここでペテン大作さんは「え?」と驚いた。
「嘘だろ?そんなはずないだろ?解脱はもう少し先の話のはずだろ?」と
訝しがった。そこでペテン大作さんは深山さんに対してなんたる仏教無知か?
そんな時点の記述を解脱の境地とみなすとは正気か?
批判側敗れたり。こんな仏教無知が示す仏教の説明に騙されてはいけませんぞ、と
もとからあった怨みを深山さんにぶつけるようになった。
さて、皆さん。どう思われますか?
私はまずペテン大作さんの驚きと訝しがりの気持ちも理解できます。
深山さんの見解に疑問を持って、反対だと示しただけでは、ペテン大作に対して
「オマエの頭脳はカレーで出来ているのか?」(←言い過ぎ&意味不明)
なんて貶す気持ちにはなれません。
ペテン大作さんが反感を持つ気持ちもよくわかる。
ならばどうしてあの段階で解脱と判断したのか説明してやりたいと思うのだが、
その前に皆さんはペテン大作さんが深山さんの発言のどこが間違っていると言いたいのか
わかりますか?

216 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/27(木) 23:41:57.29 ID:orSB8v9E
んで続きは明朝に時間を割くことにするか。

217 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 23:56:13.51 ID:qLH/hESk
国太郎まずいことになったぞい。
オマイ経典改ざんしとる。

218 :神も仏も名無しさん:2015/08/27(木) 23:57:40.21 ID:7++OTJJu
>>215

へえ 噺をするにゃあ 枕が長すぎだっての
ペ点だかベ点だか知らネエけどさ
その沙門果経を修道過程とみりゃあイチャモンが
ついたってことじゃネエのっていう 目が点だわな
ま タメはいいからさ簡単に教えてくださいっての
深山解説によれば阿含宗はってか桐山大将の論点は
そんな主張じゃないんだろ
ってことで 
論点が転々として異論点ばかりだってのかね、、、てな

219 :一来補:2015/08/28(金) 05:27:33.76 ID:Sw9ngqve
何で、縁起を超えるとインド人のアビダルマなのかね?ユビキタスくん。
自説経をアビダルマというのかい?
自説経のさとりに関する重要な一節を読んだことがないのかい?
増谷先生の訳を、読めやい。

「諸縁の滅尽を知れるがゆえなり」
であるよ。

それが自説経で釈尊が述懐したさとりだ。
増谷先生の訳だよ。
人によっては、諸縁を諸々の縁と訳してるひともいる。諸々の縁を、諸々の因縁と訳しても意味は同じなのだよ。分かるかな?

諸縁の滅尽=諸々の因縁の滅尽、なのです。
これがさとりです。阿含経・自説経のさとりです、阿含仏教のさとりなのです。
因縁解脱と言おうと、因縁滅尽と言おうと、因縁を切ると言おうと、意味は同じです。

諸縁の滅尽=縁起の滅尽、です。
だから岩波仏教辞典にも、さとりは縁起の滅した世界とされた、と書いてあるのです。
これを深山ユビキタスくんは、未だに理解できないのです。アホだから。

220 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 06:14:19.64 ID:QdUGhHdm
>>214 諧謔を判らん朴念仁だわな 僕人参ではないぞぉ。
 君の論を一本其のまんま通すとだな、全てのお寺や宗教施設や
 仏壇、墓前での前立て本尊への礼拝供養は全部茶番劇ミタイナモノになる。
 宗教への作法を止めるか従うかの二択という全く以て狭苦しい根性論なりけり。
 

221 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 07:09:47.83 ID:TqjX0Jij
>>203
人を呪わば穴二つ

222 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 07:50:22.40 ID:IrDjesst
 
深山の精霊   http://spe.eek.jp/dqx-dressup/c/8474

223 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 08:18:26.34 ID:C1IUrzne
>>215の続きです。
沙門果経の構成から見ると、段階を経て説明しているのだから一番最後のクライマックス、
悟りを開く成道のところで解脱を得て終わるのが、ドラマというものでござんす。
ベックは修行中のゴータマをボサツとして、悟りを開いて後の仏陀と線引きをしています。
すなわち三明得て修行の完成で、ボサツは仏陀になるというストーリーです。
仏陀とは覚者であり修行完成者という意味ですから、それは妥当です。
しかし悟りはよいが、解脱の線引きもそこと完全一致するのか?
四禅の後に来る最後の段階は三明の智慧でした。
この三明の智慧とはどんな修行訓練かと言うと、観察です。
観察するだけなんです。自分の前世を遡って観察する。輪廻を繰り返してきた様を観察する。
そして最後に漏尽明にて煩悩が尽きてなくなったことを観察する。
「観察する」「知る」だけではないか?
この段階で煩悩と格闘して潰す、なくす作業なんてしていない。
漏尽智とはおかしな特殊な智慧、通力、パワーで漏(煩悩)を尽きさせるなんて話ではなく
漏(煩悩)が尽きてなくなったことを「知る」ことです。
「智」は「知」であり認識作用に過ぎない。桐山さんの説くようにパワーではない。
煩悩が尽きてなくなっていたと知ることは、前提として観察に入った時点で
煩悩がなくなっていなければならないことになる。
すなわち前の四禅の段階で煩悩がなくなっていたのだ。
その通りの記述ではないか?心が不動で柔軟で安定し、清らかで汚れがない、
これは煩悩がないということです。
そして解脱とは煩悩から離れたことです。
三明の智慧(観察)によりそれを知ったのです。解脱知見です。
解脱知見は解脱していれば得られる。
前世まで見通せていればより確信は高まるが、しかし単に前世を知れば煩悩が
消えてなくなるというものでもあるまい。
そんなこと言ったら麻薬常習犯なんていなくなるはずだ。
逮捕されて反省すれば二度と繰り返さないはずだが、実際には繰り返している。
つまり知ることが(煩悩を)なくすことにはつながらない。なくなっていたことを知ったのです。

224 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 08:45:18.65 ID:C1IUrzne
しかしこの説明だけでまだ附に落ちない点があると思います。
それなら戒・定・慧の最後の慧は単に観察だけで、実際には戒と定だけで解脱してしまう
ものなのかい?と。
そんなことはありません。煩悩をなくす解脱というものは
戒定慧相俟って修されるから得られるのです。
しかし沙門果経は戒→定→慧(三明)の順で解説されているではないか?と疑問を持ちますか?
そこが認識の誤りなんです。実は慧とは三明だけではない。
考えてもみてください。戒定慧の智慧とは前世を見通す超能力だけなんですか?
なんでいきなりそんなことができるのですか?
やれと言っても無理でしょうが。
戒定慧の智慧はちゃんとこの沙門果経の中にも三明よりも前に記述されています。
まだ戒の段階でも記述がある。それはやはり観察なんだが、自分に対する
ありのままの観察です。今日、たとえばスマナサーラさんの協会で実践されている
ヴィパッサナー瞑想そのものが沙門果経の中にも記述されているから探してご覧なさい。
出家してアーラーラ・カーラーマなどに師事して九次第定の修行を完成させたが
解脱には失敗した釈尊だが、しかしこのように四禅止まりではあるが伝統の禅定瞑想もやはり活用する。
しかし禅定だけでは解脱できないのです。戒と智慧観察を併せるから解脱できるのです。
それも深い瞑想の場だけではく日常生活の四六時中の場面において。
これは一来補さんもそうだが、ペテン大作さんは沙門果経は戒→定→慧と順序正しく
行われ、慧は最終段階の三明しかないと見誤ったのです。
なにしろ一来補さんなんて脳みそがところてんで出来ているから(←言い過ぎにあらず)
三結を断つ修行が済むまでは欲貪だの瞋恚だのには取り組まなくてもよいなんて書いたことがある。
戒定慧は常に併合して行われるのです。それが八正道であり、四禅の力で解脱できたのではない。
解脱の境地を得た記述は四禅を終えた説明の中に示されていただけです。
四禅含む戒定慧の八 正道修行で解脱が成し遂げられており、最後の段階で三明という
最高の智慧による観察で「確認」して覚者となり悟りが完成したのです。
そして我々が目指すものは前世が見ちゃえる超能力ではなく、煩悩をなくす解脱です。

225 :一来補:2015/08/28(金) 09:09:18.46 ID:9tCw9I+x
煩悩を無くしたと言ってもな、縁起の世界にある限りはさ、仮の姿で一時的なものに過ぎません。因縁によってまた煩悩が生じるわけです。
煩悩が生じたり滅したりするのが縁起の法則なのです。
だからユビキタスくん等は、縁起の法を知らないのですな。だから悟りとは縁起の滅した世界であることを理解できないのですね。

煩悩を無くした安らぎの境界と言ってもだな、縁起の世界にあっては無常だからな、すぐにまた煩悩が生じて元の木阿弥なのです。
だから、縁起解脱なのです。
悟り=涅槃、とは無常の世界からの解脱なのです、縁起の世界からの解脱なのです。

諸行無常=縁起の世界=一切皆苦、からの解脱がさとり=涅槃なのです。
それが釈尊が説いた涅槃なのです。

大乗仏教になると、涅槃も縁起の世界と融合されるわけですね。深山ユビキタスくん等は、この区別を知らないわけです。

226 :一来補:2015/08/28(金) 09:29:49.18 ID:9tCw9I+x
煩悩を無くす、つまり無明を無くすと涅槃を
得るわけで、解脱すると釈尊は説いています。
無明を無くすとは、智恵を増しつつ、最終的
には三明智を得て解脱するという。
桐山師は、釈尊のいう智恵とはカルマを断つ
パワーみたいなものだと説く。

我の体験から言っても、桐山師の説明は本当
だと思う。智恵とはパワーみたいなものと説
く本を読んでから、二十数年後に、我はその
パワーの一部を体験した。
我が本から得た知識でないことを書けるのも、
そのおかげです。

227 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 11:40:25.61 ID:xc7F6xYO
@<四禅で解脱した>は紛れもなく深山説です。書いてないじゃ通りませんよ。

>>190 :深山
>私が書いた文章を示せといっても、書いていないのだから、もちろん示せるはずがない。

沙門果経のどこを探しても、<比丘は四禅で解脱した>とは書かれていない。
ところが、深山さんは、経典の自己解釈を根拠に、
<釈尊が四禅で解脱したと言った>という主張を繰り返している。
これはもう誰がどう見たって、四禅で解脱したというのが彼の主張であることは間違いない。
自分は書いてない、言ってないなんて、冗談が過ぎます。
そういう子供じみた言い訳は現実社会では通用しません。

595 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/18(火) 12:01:15.78 ID:G87+va53
私が四禅解脱を主張しているのではなく、沙門果経や黄廬園経で、
四禅の段階で涅槃を得たと釈尊が述べている、という意味です。

596 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/18(火) 12:06:47.98 ID:G87+va53
「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
(『原始仏典 1』春秋社、96頁)

釈尊は解脱を「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」と
何度も別な表現で繰り返している。
阿含経では良くみられることです。

597 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/18(火) 12:12:19.59 ID:G87+va53
私は、「四禅の説明の段階で解脱していると経典にある」と書いたのです。
清浄、汚れなく、小さな煩悩も離れ、という表現は煩悩から解放されたこと、
つまり解脱したことを意味する。

228 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 11:42:29.57 ID:xc7F6xYO
@そして、その主張が間違いであることは何と深山さん自身も認めたのです!!!

比丘は<四禅では解脱しない>ことは明らかなのです。
理由は以下の2点。

1.「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」は、
解脱ではなく、<四禅に四無色定を含めた八等至>(片山一良、『パーリ仏典入門』96頁)
これらの表現を解脱だと解釈する学者はいなかった。

2.比丘が解脱するのは「四聖諦」の後だった。

<248-4.このように知り、このように見るかれには、 欲望の煩悩からも心が解脱し、
生存の煩悩からも心が解脱し、無知の煩悩からも心が解脱します>
(『パーリ三蔵の現代語訳』http://komyojikyozo.web.fc2.com/dnskv/dn02/dn02c21.htm)              

比丘は四聖諦を達観(このように知り、このように見る)した後に解脱するのです。
その比丘が四禅で解脱するわけがありません。

そして、沙門果経からは外れるが、四禅で解脱しないことを深山さん自身が書いてくれた。
>451 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2014/11/24(月) 10:49:35.66 ID:eO7ioewu
>四禅とは、アーラーダ・カーラーマなどが釈尊に教えた瞑想です。
>これで解脱できるなら、釈尊は簡単に解脱したはずだし、
>アーラーダ・カーラーマは解脱者ということになる。
>四禅で解脱するなんてバカなことを誰が書きますか。

深山さんは、<四禅で解脱した>と主張し、自分で否定するというピエロを見事に演じてくれました。
深山さんて道化の素質もあるんですね。
感心しましたw

229 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 11:44:04.86 ID:TkQiDKxJ
>>266 知識だらけで頭デッカチで本質が
感覚として解ってない人の書く文章ですね。
あなたあまり頭良く無いでしょう…

知識詰め込むのを辞めて思考するの辞めないと前頭葉が爆発して基地外になるよ

230 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/28(金) 12:04:58.98 ID:uM3tHPdT
>>219 :一来補:2015/08/28(金) 05:27:33.76 ID:Sw9ngqve
>「諸縁の滅尽を知れるがゆえなり」

やっと出てきました。
一来補さんには何を説明しても無駄だろうが、他の信者さんたちは良く見てください。
これが一来補さんによれば、阿含経にある因縁解脱だというのです。
彼の主張を理解するために補足すると、「縁起=因縁」ですから、
「縁の滅尽」=「縁起の滅尽」=「因縁の滅尽」=「因縁解脱」
だという主張です。
この主張の何が間違いか、どこを誤魔化しているか、私の前の説明を
読まれた方はすでにお気づきでしょう。
先に桐山さんの名誉のために申し上げておくが、桐山さんはこんな愚かな
主張はしていない。

>諸縁の滅尽=諸々の因縁の滅尽、なのです。

「縁の滅尽」=「縁起の滅尽」がゴマカシ、嘘です。
縁と縁起とは別物です。
ところが、一来補さんにはいくら説明しても理解できない。
信者さんたちに良く見てほしいのが、原文には「縁の滅尽」とあるだけで、
「因縁(縁起)の滅尽」などという言葉ない点です。
一来補さんには両者が区別がつかないほど頭が悪いのか、
故意にしているほど根性が曲がっているのか知らないが、嘘です。
これは解釈の問題ではなく、現実に一来補さんが引用した文章の
どこにも「縁起の滅尽」はなく、あるのは「縁の滅尽」です。
一来補さんが根拠とした文言は原文には存在しないのですから、
主張にそもそも根拠がありません。

231 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/28(金) 12:10:48.33 ID:uM3tHPdT
>>219 :一来補:2015/08/28(金) 05:27:33.76 ID:Sw9ngqve
>「諸縁の滅尽を知れるがゆえなり」

縁起1「AからBが生じる」
縁起2「Aを滅尽すればBは生じない」
これらは両方とも縁起です。
何も釈尊に説明してもらわなくても、当たり前のことです。
だから、釈尊は縁起とは自分の発明ではなく、この世界に
最初から存在している法則なのだと述べている。
縁起とは何か小難しいことを言っているのではなく、
世間で一般的に見られる当たり前の因果関係を示しているだけです。

釈尊のいう「縁の滅尽」とは上記の縁起2のことです。
Bの原因がAなのだから、Aが無くなればBは生じない、
という当たり前ことを言っているのです。
ここに釈尊は、
「無明(煩悩)があるから苦が生じる」
という縁起を発見したのです。
これが釈尊の大発見です。
わかりやすいように単純化したが、実際には十二段階にわたる考察を
しており、これを十二縁起と言います。

では、苦を消滅させるためにはどうしたら良いか。
「無明(煩悩)を滅尽させれば苦が生じない」
これが釈尊の次の大発見です。
滅尽させるべき対象は煩悩であることを発見した。
だから滅尽させるべき対象が縁起であるなんてアホウな解釈はあったもんじゃない。
縁起によって釈尊は解脱の道を発見したのです。
その縁起を滅尽してどうするのだ?
競馬で一等賞になるために馬を殺すと言っているようなもので、
馬を殺したらそもそも競馬は成り立たない。
意味を理解できないから、縁起の滅尽だの因縁を切るなんて言っていられるのです。

232 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/28(金) 12:15:57.53 ID:uM3tHPdT
「比丘たちよ、これが苦の滅尽の聖諦である。
いわく、この渇愛をあますところなく滅し、捨て、去り、脱し、
もはや執するところなきにいたる。」
(『智慧と愛のことば阿含経』増谷文雄、108頁)

他の信者さんたちは良く見てほしい。
これは私の文章でも私の解釈でもなく、釈尊本人の説明です。
何を滅尽しろと説いていますか?
苦の滅尽とは、渇愛という煩悩の滅尽だと述べている。
「渇愛(煩悩)から苦が生じる」
「渇愛(煩悩)を滅尽すれば苦が生じない」
という縁起が成り立つことを釈尊は発見して、これを説いたのです。
どこにも縁起を滅尽するなんてないし、あるはずがない。
苦の縁である煩悩(渇愛)を滅尽しなさいと説いたのです。
だから、仏教の解脱とは煩悩を滅尽する漏尽解脱であって、因縁(=縁起)解脱などではない。

233 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/28(金) 12:21:11.25 ID:uM3tHPdT
「比丘たちよ、これが苦の滅尽の聖諦である。
いわく、この渇愛をあますところなく滅し、捨て、去り、脱し、
もはや執するところなきにいたる。」
(『智慧と愛のことば阿含経』増谷文雄、108頁)

釈尊は漏(煩悩)を滅尽することが解脱だと発見したのです。
この点を桐山さんも信者さんたちも理解していない。
涅槃界とか仏界とか、そういう解脱の境涯まで到達することが
解脱なのだと思い込んでいるが、間違いです。
前にユビキタスさんがこの点を述べていた。
煩悩を滅尽して解放されること、これ自体を解脱、涅槃と言ったのです。
解脱という境涯が先にあって、そこに釈尊が到達したのではなく、
釈尊が解脱とは何か、ということを発見したのです。
釈尊が、煩悩からの解放(漏尽)こそが解脱だと大発見をしたのです。
だから、これ以外の解脱と称する物は仏教の解脱ではない。
因縁解脱などありえないのです。

煩悩に囚われていない状態を解脱、涅槃、悟り、阿羅漢、仏陀というのです。
だから、生きている時の阿羅漢たちは解脱しているが、縁起に縛られる。
大目連が撲殺されたのも、「前世の悪業 → 報い」という縁起が成り立つからです。
解脱して縁起(因縁)を滅尽したら、「前世の悪業 → 報い」は成り立たないから、
大目連が撲殺されることもなかった。
釈尊が食あたりで亡くなったのも、「毒キノコ → 食あたり」という
縁起(因縁)が成り立つからです。
両者ともに解脱者だが、縁起のままです。
二人とも煩悩は滅尽して解脱したが、縁起など滅尽していないからです。

234 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/28(金) 12:28:00.01 ID:uM3tHPdT
「釈尊が説かれたのは因縁解脱です。」
(『阿含宗報』129号、1996年、3頁)

釈尊の説く縁起や解脱の説明を読んで、知性のある信者さんなら、
因縁切りや因縁解脱という言葉がおかしいことに気が付いたでしょう。
縁起は切るものではない。
「縁起=因縁」ですから、縁起切りや縁起解脱なんて、いくら
なんでも言葉としてさえもおかしい。
ところが、上記をごらんなさい。
解脱者だという桐山さんは因縁切りや因縁解脱を唱えている。
桐山さんは解脱の意味を理解していないのです。
解脱の意味を間違っているのに、解脱した?
そんなことありえると思いますか?

信者さんたちは事態の深刻さを理解していない。
解脱の意味を間違えたら、解脱したかどうかの議論以前です。
釈尊はエベレストに登頂しろと言っているのに、
桐山さんはハワイで泳いできたと言っているようなもので、論外です。
「トーダイに入った」というから、東大に合格したなんてすごいなあと
感心していたら、実は灯台に見学に行った話だったようなものです。

仏教以外の宗教の解脱の定義が違うのは一向にかまわない。
現実にジャイナ教はアゴン宗と同じでカルマ解脱です。
しかし、これを仏教では外道といいます。
大乗仏教や日本の伝統仏教でさえも、解脱とは漏尽解脱です。
他仏教を小馬鹿にしたつもりで桐山さんは阿含経の「外道凡夫の数」を
引用していたが、一番当てはまるのは実はアゴン宗です。
桐山さんが憎しみを込めて投げた「外道凡夫の数」という石は
そのまま桐山さんの顔面を直撃している。

235 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 12:28:58.40 ID:C1IUrzne
>>225 一来補 2015/08/28(金) 09:09:18.46 ID:9tCw9I+x
>煩悩を無くしたと言ってもな、縁起の世界にある限りはさ、仮の姿で一時的なものに過ぎません。因縁によってまた煩悩が生じるわけです。
>煩悩が生じたり滅したりするのが縁起の法則なのです。

>煩悩を無くした安らぎの境界と言ってもだな、縁起の世界にあっては無常だからな、すぐにまた煩悩が生じて元の木阿弥なのです。

これは全くそのとおりなんですが、

>だから、縁起解脱なのです。
>悟り=涅槃、とは無常の世界からの解脱なのです、縁起の世界からの解脱なのです。

これは違います。
縁起の世界から抜けたとするならばもはや生存尽きて生まれ変わらない、
存在がなくなるしか説明できません。
だから生前に涅槃(有余涅槃ということですな)釈尊と言えど例外ではありません。
釈尊もまた雨安居の際、弟子たちに自分の言動におかしなことがないか観察してもらい
あったら指摘してくれとお願いしたのです。
仏陀と言えど一生煩悩が起こらぬように気を付けていなければならず、少しでも起きたら、
すぐに改めるよう節制したのです。
アーナンダに対しても「慎んでおれ」と注意したし、モッガラーナに対しても
注文はいくつかあったようです。
これが解脱者たちの実際です。
麻原もそうだったが、解脱した聖者はもう何をしても汚されない超越した存在のように説きますが、
これは麻原の無知で解脱した人でも転げ落ちないように一生慎んでいなければならない。
縁起の世界の中で縁起に遵守していなければならない。
一来補さんの考えもオウム似ですね。

236 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 12:40:28.41 ID:C1IUrzne
>>226 一来補 2015/08/28(金) 09:29:49.18 ID:9tCw9I+x
>桐山師は、釈尊のいう智恵とはカルマを断つ
>パワーみたいなものだと説く。

これが違うのです。
智慧とはパワーなどではありません。
智慧なんて敢えて崇高そうな文字を使うけど、とどのつまりは「知」であり、
知って、認識して、自己が自己を制御する物差しに使う。
認知、認識作用です。だから「悟り」なんです。
悟りというのもわからなかったことがわかる「知る」という認識作用であり
ここで得た知的内容を自分の努力でそれに沿うようにするのです。
だから三結の身見、疑惑、戒取は貪瞋痴の煩悩で言うと、痴の克服であり
それを為すのが戒定慧の慧、つまり知恵による自己の改めです。
つまり三明の高度な観察だけが慧の段階ではなく、シュダオン向の初心の修行者から
慧の修行は始まっている。

237 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 12:47:02.53 ID:TqjX0Jij
>215
>戒定慧の智慧はちゃんとこの沙門果経の中にも三明よりも前に記述されています。
>まだ戒の段階でも記述がある。それはやはり観察なんだが、自分に対する
>ありのままの観察です。

ここの部分の記述は重要です。わたしもあなたの考えや見方に賛成です。
戒や定の中にも観(ヴィパッサナー瞑想)はあります。

<戒>では戒律(小戒・中戒・大戒)を守り、感官の防護をはかり、それらに
念と正知を向け知足の実践をします。

一般に瞑想では <止観> という言葉が使われますが、
「止」は「サマタ瞑想・サマーディ瞑想」で「観」が「ヴィパッサナー瞑想」です。
「正念」や「正定」は戒定慧では<定>に分類されています。
そして「正念」がヴィパッサナー瞑想 にあたり「正定」がサマタ瞑想により近い。

ここで釈尊が阿含経で「正念」をどのように説明しているかを見てみましょう。
    < 相応部経典 四五、八、分別 >
比丘たちよ、いかなるをか正念というのであろうか。比丘たちよ、ここに一人の
比丘があって、わが身において身というものをこまかく観察する。
熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪りと憂いと
を調伏して住する。また、わが感覚において感覚というものをこまかく観察する。
熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪りと憂いと
を調伏して住する。あるいは、わが心において心というものをこまかく観察する。
熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪りと憂いと
を調伏して住する。あるいはまた、この存在において存在というものをこまかく
観察する。熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の
貪りと憂いとを調伏して住する。比丘たちよ、この時これを名づけて正念という
のである。        (「阿含経典2」増谷文雄 訳 P174 )

238 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 12:53:02.04 ID:QdUGhHdm
閑話休題
随分とややこしい論騒を重ねていらっしゃる。
この様な論議は印度本国でも山ほど在った事だ、ソレを
また日本で君等は繰り返している。
印度で仏教が廃れ消滅した理由の一つに学者達の無用な論議があった。
所謂、切り継ぎ会釈で自説を正当化するに過ぎない。
民衆が求めているのはご立派な論ではなく「救済してくれる坊さん」
なのである。
唯識の大立者、無着、世親、もう一人いらっしゃったが名前は
現代に伝わっていないこの三兄弟の神通力は偉大であったらしく
直に接した人達は帰依したと記録されているではないか。
つまり無駄な論議は止め、虚論尽き涅槃生ず を意図するのが
自己が生まれてきた意味を最大に生かして掴むことになる。
双六の上がりだね。そして付け加えれば
真に助けてくれる行者の需要は巨大なものである。
桐山師の足跡を見たまえこうして形になっているだろ。

239 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 13:59:46.82 ID:TqjX0Jij
>>236
>智慧とはパワーなどではありません。
>智慧なんて敢えて崇高そうな文字を使うけど、とどのつまりは「知」であり、
>知って、認識して、自己が自己を制御する物差しに使う。
>認知、認識作用です。だから「悟り」なんです。
>悟りというのもわからなかったことがわかる「知る」という認識作用であり
>ここで得た知的内容を自分の努力でそれに沿うようにするのです。
>だから三結の身見、疑惑、戒取は貪瞋痴の煩悩で言うと、痴の克服であり
>それを為すのが戒定慧の慧、つまり知恵による自己の改めです。
>つまり三明の高度な観察だけが慧の段階ではなく、シュダオン向の初心の修行者から
>慧の修行は始まっている。

この認識はすばらしく、いいですね。
特にここがいい。
  >だから三結の身見、疑惑、戒取は貪瞋痴の煩悩で言うと、痴の克服であり
  >それを為すのが戒定慧の慧、つまり知恵による自己の改めです。

「痴の克服」、「知恵による自己の改め」という表現がすばらしい。
「克服」という言葉にしびれる。

240 :一来補:2015/08/28(金) 14:05:34.38 ID:9tCw9I+x
煩悩を無くした安らぎの境界、と言っても縁起の世界にある限り、永続的なものではなく、因縁によってまた煩悩が生じるわけです。
それが諸行無常という三法印の一つです。
だから煩悩を無くすためには、煩悩の元から断たなくてはダメなのです。

その煩悩の元=因縁、とは無明なのであり、三明智を得て無明は滅するのです。
無明が滅すれば、すべての煩悩の元=因縁、が
滅するので縁起の世界から解脱するのです。
縁起の世界から解脱するので、涅槃寂静という三法印が永続成立するわけです。

涅槃が縁起の中にあるならば、涅槃寂静は成立しないのです。仮の姿になってしまう。
だからユビキタスくんは、岩波仏教辞典の縁起の項を確かめなさいな。
「さとりは縁起の中に含まれなかったから、さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた」と説明されているのです。
それが阿含仏教のさとり=涅槃なのです。

深山ユビキタスくん説は、この岩波仏教辞典に反しているのです。つまり間違いなのです。

241 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 18:36:19.84 ID:XkaMJF91
ま 堂々巡りが止まらんようだな
四禅にこだわったってだな
出家比丘は一日一善だっての
え 違うってか だがまアそんなもんだろ
沙門果経をいくら読み解こうとしてもやな
仏説の理解の仕方が違うんだし
深読みしたってネエもんはネエッちゅうこと
んじゃチューラパンダカは深い瞑想で解脱したんか
っていえばどうやら違うだろうしな

242 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 20:04:21.86 ID:e9PCpxA/
逆には本生仏?または加持仏あり、本質的、客観的、詰まるところ最初がこれだったであるか人間のメカニズムに新義古義に煩悩してしまう

243 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 21:24:28.65 ID:C1IUrzne
>>240 一来補 2015/08/28(金) 14:05:34.38 ID:9tCw9I+x
>その煩悩の元=因縁、とは無明なのであり、三明智を得て無明は滅するのです。
>無明が滅すれば、すべての煩悩の元=因縁、が
>滅するので縁起の世界から解脱するのです。

馬鹿だなあ。無明があるから生老病死の苦が生じることを縁起といい、
無明がなくなるから生老病死の苦もなくなることを縁滅といい、
この縁起縁滅の両方を以て縁起の法則と呼んでいる。
すなわち縁起とは苦の生起と滅尽の両方を説明しているわけさ。
だから縁起を発見したから苦界からも解脱も可能なわけで、縁起の真理こそが福音であり、
桐山さんもこれを説いているわけさ。
それと諸行無常についても桐山さんはこれをプラスに捉えている。
諸行無常とは物事はどうにでも変化するということであり、変化があるから
インネンも変えられ、運命も改善でき、変化がなかったら何も変わらず運命のままなので
絶望であり、無常こそをチャンスの福音と説く。
このように桐山さんが説き続けてきたことを正しく理解してきたのが
今は批判側の元信者になっており、対して未だに信者として残るばかりか
よせばいいのに下手な擁護をする奴がこのような桐山教学を知らず、反目する発言を
するとは、桐山さんも気の毒に思う。

244 :一来補:2015/08/28(金) 22:01:18.55 ID:9tCw9I+x
ユビキタスくんも、少しは自分の頭で考える力が出て来たようだ。しかし、あんたは十数年以上も因縁解脱は間違いだ、と言って来たことを忘れるな。
そのうちに、因縁解脱を否定したことはない、
なんて言うのじゃないよ。

煩悩を無くすことが仏教のさとりだ、というのは昔からの常識だ。我の子供の頃からの常識だ。だから、岩波仏教辞典にあるような、
「さとりは縁起の滅した世界とされた」などという記述を見たら、仏教の常識しか知らない人は青天の霹靂であろうw。

小乗仏教のさとりは、縁起の滅、つまりは因縁解脱であるからだ。誰も知らなかったことを、桐山師が、因縁解脱と打ち出したわけである。
学者は知っていたから、勿論、仏教辞典にも、
初期仏教時代のさとりは、縁起の滅した世界とされた、と書いている。

深山ユビキタスくん等は、まだこれについて来れないわけであるな。

245 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/28(金) 22:09:51.16 ID:C1IUrzne
>>244 一来補 2015/08/28(金) 22:01:18.55 ID:9tCw9I+x
>ユビキタスくんも、少しは自分の頭で考える力が出て来たようだ。

対してところてん頭さんは、>>243で自分がどう真っ向から反対されたのか理解できないようだwww

246 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 22:18:00.89 ID:Krjjiy/v
阿含宗の洗脳からとけないやつってホント頭おかしいよねw

247 :一来補:2015/08/28(金) 22:23:54.48 ID:9tCw9I+x
縁起の法=諸行無常、なのであるから、
縁起の中に涅槃があるとすれば、涅槃寂静は
成立しない、仮のものだ、という意味合いの
レスは前にもしたことがある。
しかし、そのときはユビキタスくんの反応は
なかった。

今回は、ユビキタスくんの反応があった。
少し変化があったのだろう。
縁起の法=諸行無常=一切皆苦、と涅槃寂静
とは相容れない。
勿論、無上安穏涅槃と、縁起の法=諸行無常
とは相容れない。
だから、涅槃とは縁起の世界から逃れた世界
のことだと、分かるわけです。

でも、このことが普通に分かるのは、我が
智恵=カルマを断つパワーのようなもの、
を受けたことがあるからなのかなぁ、とか
思ったりもしますね。

248 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 22:30:16.22 ID:gzRzUpmq
>>244誰も知らなかったことを、桐山師が、因縁解脱と打ち出したわけである。

しかし、桐山師の打ち出した因縁解脱はインチキだから、桐山自身因縁が
切れないのである。(あたりまえだ笑)

249 :神も仏も名無しさん:2015/08/28(金) 23:50:12.75 ID:QdUGhHdm
>>248 己が経験したこともお試ししたことすらない
  仏教上の体験をとやかく言いたがる外野である。
一つ宿題と言うか課題を差し上げよう。君には
火の瞑想をお奨めする、安座し数息観の後、目前に火炎を映像ととして
ありありと起すのである。
最初はマッチ程度の火炎程度のサイズでも宜しい。
何の役に立つか?己が死への恐怖を克服する手始めである、此れは不動明王を
本尊とする行法の入り口なり。
成就するとどうなるか?亡者の引導が可能になる、ソレは
何故かと言うに導師は死の恐怖を克服しているからだ。

250 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 00:20:09.86 ID:O7IMPgwg
ここのスレ板は不思議だよなあ
経典にもまったくない語句でも
あるんだって言い張れるんだからな
独自の解釈でもなんでもありって
そんな風潮がいつから通用するようになったっちゅうわけ
いやいやまったく珍しいわな
四禅解脱とか因縁解脱ってここでは当たり前に語られるんかよ

251 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 00:42:39.77 ID:orFxrC6A
>>250
正当な仏教じゃなくて桐山の教説こそ絶対正しいと洗脳され信じ込んじゃっているんだからね
だから普通に高名な仏教学者やそこまでださずとも常識的な仏教説いたって
桐山の言うことだけしか信じない矛盾点を指摘するともう桐山でも説いていない
自説だしてきて勝手に解釈して捻じ曲げ無理やり阿含宗桐山こそ正しいって
いう方向にもっていくんだよ。一来補氏なんか典型的だろw

252 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 00:45:03.69 ID:DAS4QaY7
形式出家、形式洗礼。
形式では何も成りません。

大概そのあとに行われる修業と言うものは
修道者が道に入って後に歩む過程の真似ごと。

真似ごとでは何も為らないのです。
なぜなら修道者にとって修業は目的ではなく
道に入った由縁に現れる過程にすぎないのだから。

求めるとするならその入口なのです。

253 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 00:48:45.58 ID:MYRPV9IS
>>247 一来補 2015/08/28(金) 22:23:54.48 ID:9tCw9I+x
>縁起の法=諸行無常、なのであるから、
>縁起の中に涅槃があるとすれば、涅槃寂静は
>成立しない、仮のものだ、という意味合いの
>レスは前にもしたことがある。
>しかし、そのときはユビキタスくんの反応は
>なかった。

いや、実はあなたがそんなことを書いたことを少しも思い出せないのだが、
思い出せない理由には、桐山さんの説いていない一来補教には用はない、相手にする必要はないので、
レスすらしないうちに忘れたのでしょうね。
桐山さんの説くことはこうです。諸行は無常だ、変化する。諸法は無我で実体がないからだ。
だからこそ悪因縁も切れてしまい、好ましくない運命を好ましく変えることも可能だし、
涅槃に入ることだってできるのだというものです。
諸行無常だから涅槃寂静が得られるとあなたと全く逆のことを提唱しているのです。
証拠を引用しましょうか?

密教占星術1 初版90頁(三法印)

三法印とは、ご存知のとおり「諸行無常、諸法無我、涅槃寂静」の三つの理論から
成り立つもので、この三法印こそ、仏教が、それまでのバラモン教や、その他の外道の教えと
根本的に違うことを示したものなのである。
無数ともいえる生死のくり返しによってはじめて輪廻をとどめることができるという
バラモンの教えに対して、この現在の生命の終わりがただちに涅槃に入り、成仏して
輪廻が終止すると説く仏陀の教説は、まさに革命的な教えであったが、三法印の理論は、
理論的にも明確にそれは可能であると論証しているので、インドの民衆から
強い喜びをもってむかえられた。この教えによる涅槃成仏の思想が進展して、法による
即身成仏の密教思想になるわけだが、以上述べたとおり、仏陀の教説は率直明快、決して
わかりにくいものではないのである。要するに、諸行無常、諸法無我という仏陀の教えを信じ、
修行することにより、業の束縛を脱し、業のあらわれの一つである因縁を改変して、涅槃に入り、
成仏することができる。成仏した結果、いっさいの輪廻が止み、寂静となるということである。

254 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 01:00:14.84 ID:MYRPV9IS
>>247 一来補 2015/08/28(金) 22:23:54.48 ID:9tCw9I+x
>縁起の法=諸行無常、なのであるから、
>縁起の中に涅槃があるとすれば、涅槃寂静は
>成立しない、仮のものだ、という意味合いの
>レスは前にもしたことがある。
>しかし、そのときはユビキタスくんの反応は
>なかった。

いかがですか?桐山さんは諸行無常があるから涅槃寂静が成立すると一来補教の全く
逆のことを言っている。
これをどう思いますか?
一来補教の教祖、伝道師として言ってやりなさいよ。
桐山くんも馬鹿だなあ。もっと瞑想したまえよと。
一来補教のあなたの発想はある意味桐山教よりも哲学的にも思える面もあり面白い。
つまり諸行無常があるならば涅槃寂静だって無常であり、涅槃の世界はぶち壊されて
しまうという結論になりますよね。
これはたしかにそうかもしれない。
諸行無常だから涅槃を得てもまた元に戻ることだってあるんだぞと。
ならば桐山因縁解脱の運命改善転換だって諸行無常なんだから、また悪い運命に戻って
しまうことになるぞということになる。
とにかく桐山さんは諸行無常をその通りなんだ!と否定的、厭世的に捉えず
前向きに、希望を持って諸行無常を活用して因縁解脱に向かうんだとしているから
これを変えないことには一来補教は採用してもらえませんよ。
だから一来補教は用はないから去りなさい。

255 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 01:02:48.92 ID:DAS4QaY7
道に入った者達の教えは世界共通言語と同じです。

256 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 07:21:00.04 ID:MYRPV9IS
>>247 一来補 2015/08/28(金) 22:23:54.48 ID:9tCw9I+x
>縁起の法=諸行無常、なのであるから、
>縁起の中に涅槃があるとすれば、涅槃寂静は
>成立しない、仮のものだ、という意味合いの
>レスは前にもしたことがある。

ちなみに原始仏教における三法印は、諸行無常、諸法無我の縁起を理解し、受け入れ
執着迷妄から離れるから涅槃寂静が得られるわけね。
一切皆苦を加えて四法印とすることもあるが、これは諸法無我、諸法無我を受け入れず
理解できないから一切皆苦となるわけね。
だから縁起=諸行無常がないと涅槃寂静は成立しないわけで、諸行無常からの縁起解脱
なんてありません。
そんなものを求めるのは涅槃寂静でなく一切皆苦であり益々皆苦です。

257 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 07:50:21.31 ID:ZZezGU+S
 
深山?琴美女   http://bbs.zol.com.cn/dcbbs/d17_5004.html

258 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 07:52:25.72 ID:RxvvaZS2
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小麦に含まれてるグルテンは脳を炎症させます。→精神病、ウツ病の原因に。

O型とB型は小麦を食べると腸に血が集まりアレルギーのようになり吸収が遅くなりタンパク質を脂肪として吸収してしまうため太ります。

炭水化物(小麦、米)=砂糖

小麦はドクです。

259 :一来補:2015/08/29(土) 08:11:07.45 ID:uHlCkByJ
縁起説について、ユビキタス説を聞いても仕方ないや。因縁解脱を否定している学者がいたら、その説を紹介してくれたまえ。
我の場合は、我の説ではなくて、岩波仏教辞典の縁起の説明を書いているのだからね。
ということは、仏教学者の総意ということであるね。

「さとりの世界は縁起の中に含まれなかったから、さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた」と、岩波仏教辞典では、初期仏教時代から部派仏教時代までのさとりを説明している。縁起を超越し、という意味を理解出来るか出来ないかの問題であるね。
また、縁起の滅した世界を、理解出来るか出来ないかの問題であるね。

深山ユビキタスくん等は、理解出来ないわけであるね。その点は正直な告白だと評価するね。
理解出来ない場合は、理解出来ないと告白した方がよい。
初期仏教のさとり=涅槃は、縁起を超越し縁起の滅した世界とされた。
このことを、理解出来ずとも丸暗記しておくことですね。
そうすれば、いつまでも恥をかくことは、ないでしょう。

260 :一来補:2015/08/29(土) 08:24:32.56 ID:uHlCkByJ
諸行無常だから涅槃寂静があると、桐山師
が説いたとユビキタスくんがレスした。
そういう嘘をついてはいけない。
桐山師がそういうことを説くわけがない。
なぜならば、我の説くことは桐山師の説く
ことを話しているだけだからね。

諸行無常だから涅槃寂静があると桐山師が
説いた本があるならば示してみよ。
そんなものはあるめえ。

261 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 08:43:49.30 ID:MYRPV9IS
>>237 神も仏も名無しさん 2015/08/28(金) 12:47:02.53 ID:TqjX0Jij
>ここの部分の記述は重要です。わたしもあなたの考えや見方に賛成です。
>戒や定の中にも観(ヴィパッサナー瞑想)はあります。
><戒>では戒律(小戒・中戒・大戒)を守り、感官の防護をはかり、それらに
>念と正知を向け知足の実践をします。

私もまた沙門果経の記述の中から根拠を引用したいと思います。
ただしこの引用は今回が初めてでなく、このスレでは2回目になります。
沙門果経は春秋社の原始仏典でも読めますが、日本テーラワーダ仏教協会の
スマナサーラ長老の著書にも沙門果経の現代語全訳と解説があります。
これはペテン大作さんも所持しているようで、私も買いました。
しかしこれらを買ったり図書館で借りたりするのもよいですが、ネットでも読むことができます。
日本テーラワーダ仏教協会のホームページの中に「パーリ仏典を読む」として沙門果経も
著書と全く同じく掲載配信されています。
正念・正知については「大戒」の中に記述あるのです。解説ではなく経典そのものに。
http://www.j-theravada.net/explain/syamonka-12.html
該当箇所を引用しましょう。まずは経典現代語訳。

また、大王よ、比丘たちはどのように、念と正知をそなえているのでしょうか。
ここに大王よ、比丘は、進むにも退くにも、正知をもって行動する。
真直ぐ見るにも、あちこち見るにも、正知をもって行動する。
曲げるにも、伸ばすにも、正知をもって行動する。
大衣と衣鉢を保つにも、正知をもって行動する。
食べるにも、飲むにも、噛むにも、嘗めるにも、正知をもって行動する。
大便・小便をするにも、正知をもって行動する。
行くにも、立つにも、坐るにも、眠るにも、目覚めるにも、語るにも、黙するにも、正知をもって行動する。
大王よ、このように比丘は、念と正知をそなえています。

スマナサーラ師の解説。
出家した人は感覚器官をコントロールして、つぎにこの正念と正知を実践します。
ここで書いている正念と正知は「ヴィパッサナー冥想」の実践として知られているところです。
ヴィパッサナーで、正念の実践をするときには、正知とつなげていなければなりません。

262 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 08:52:02.26 ID:MYRPV9IS
いかがですか?この正念・正知は繰り返すが大戒の下りで出て来ます。
単に戒律を守るだけでなく、瞑想の定の実践もあり、また食事や大便・小便の生活の場ですら
気を付ける観察もある。
この正知とは知ですから智慧であり慧ですよ。戒定慧の慧ですよ。
だから既に慧の実践もされているのです。
四禅なんかよりもずっと前にね。
こういう実践の効果あって煩悩がなくなっていき解脱するのです。
ペテン大作さんや一来補さんのように戒→定→慧と順序よく進んでいき、慧は最後にしか出て来ないなんて
ことはないのです。

263 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 08:55:35.36 ID:MYRPV9IS
>>260 一来補 2015/08/29(土) 08:24:32.56 ID:uHlCkByJ
>諸行無常だから涅槃寂静があると、桐山師
>が説いたとユビキタスくんがレスした。
>そういう嘘をついてはいけない。
>桐山師がそういうことを説くわけがない。

>>253の桐山本の引用を声に出して百回読んでみ。

264 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 09:21:12.52 ID:oNCI0ewU
オマエ、アホ!!!

265 :一来補:2015/08/29(土) 09:44:02.71 ID:uHlCkByJ
同じ説明を読んでも、我とユビキタスくんでは理解の仕方が違うようである。
桐山師の説明は、因縁を無くせば涅槃寂静を得ることが出来る、と説いたのであって、諸行無常だから涅槃寂静がある、と説いたのではない。
涅槃寂静を得るとは、諸行無常から解脱したことなのである。諸行無常とは因縁から成る世界のことであり、縁起の世界と同義です。
例えば、末世成仏本尊経講義本の68ページの最後には「仏陀とは、因縁から成る世界を解脱し」と書いてあるね。
この「因縁から成る世界」とは、諸行無常の世界ですよね。縁起の世界とも同義語ですね。

この桐山師のいう「因縁から成る世界を解脱し」と、岩波仏教辞典の「さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた」とは同じ意味だと理解出来たら、因縁解脱の意味も理解出来るわけです。

266 :一来補:2015/08/29(土) 09:58:47.55 ID:uHlCkByJ
自説経を検索すれば、今や沢山ヒットしま
す。例えばその中から、涅槃に関する経
4つ、のタイトルを選択して読めば、
涅槃は縁起の法を受けない、とか、
縁起の法から解脱したことが分かる、
とかの記述がありますね。

今や、そういう翻訳がどしどし出てくる
時代なのですよ。
解脱とは、煩悩から解脱することは勿論
のこと、縁起の法からの解脱でもあるの
です。それが釈尊の解脱です。
大乗仏教になって違ったものになるのです。

267 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 11:03:56.07 ID:3nPdPmDA
>>260 :一来補:2015/08/29(土) 08:24:32.56 ID:uHlCkByJ
>桐山師がそういうことを説くわけがない。
>なぜならば、我の説くことは桐山師の説く
>ことを話しているだけだからね。
>>49 一来補 2015/08/24(月) 06:49:27.95 ID:vsbkF3Cw
>そして、我の場合、我の因縁解脱に効果があったから、桐山師の因縁解脱がどうであろうと、我はどうでもいい。

ある時は、桐山さんはどうでも良いと書き、ある時は自分は桐山さんと
同じ事を説いているのだと言う。
まあ、さすがはご都合主義の恥知らずの嘘つきだけのことはある。

>>137 :一来補:2015/07/31(金) 08:57:55.92 ID:MF83xNE2
>我は、管長から、君は小桐山であるから自信を持って法を説きなさい、と言われているのです。つまり、管長のお墨付きがあるのです。

桐山さんから直接このように「言われている」と書いた。
もちろん、まったくの嘘なのだが、
これで信者から一来補さんへの支持が激減したことに気が付いていますか。
あなたがここでアゴン宗と関係のない一来補教を書いて批判側を
ウンザリさせている分には信者はあなたを支持する。
だが、自分の言うことは桐山さんの言う事だなんて言い出したら、
読んでいる信者は「ドンビキ」です。
信者が嫌いな批判側をゴキが悩ませる分には笑っていられるが、
そのゴキが尊崇する桐山ゲイカと同じだと宣言したら、話は別です。 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:405b7f1af0f5a85b432d79fa769e9aeb)


268 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 11:10:12.52 ID:3nPdPmDA
>>240 :一来補:2015/08/28(金) 14:05:34.38 ID:9tCw9I+x
>その煩悩の元=因縁、とは無明なのであり、三明智を得て無明は滅するのです。
>無明が滅すれば、すべての煩悩の元=因縁、が
>滅するので縁起の世界から解脱するのです。

何を言っているのかさっぱりわからない。
煩悩の元が縁起?
いったいどこの何の説だ?
煩悩の元が無明?
無明って煩悩です。
煩悩の元が煩悩だと言われても、意味不明です。
無明が縁起(=因縁)?
いったい何の話だ?
無明とは煩悩であって縁起ではありません。

一来補さんは因縁解脱の根拠として自説経を引用したら、簡単に論破されて、
何も反論できない。
負けるのが死ぬほど嫌いだから、悔しくて悔しくて、居ても立っても居られない。
そこで仏教用語を支離滅裂に並べて吠えたのが上記です。
だが、どんなに吠えようがわめこうが、阿含経には因縁解脱なんてありません。
因縁(=縁起)を切るなんて、仏教を何も知らない愚か者の発言です。

269 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 11:18:00.74 ID:3nPdPmDA
>>240 :一来補:2015/08/28(金) 14:05:34.38 ID:9tCw9I+x
>その煩悩の元=因縁、とは無明なのであり、三明智を得て無明は滅するのです。

煩悩の元が因縁?
プチ桐山にしては、桐山さんとまったく逆の事を言っている。
アゴン宗の教義を知らないようだが、あなたの説明は逆で、
悪因縁の元が煩悩です。

「たとえば、ガンの因縁を切るためには、ガンの因縁のもとをなす「ガンの心の因
縁」から切ってゆくのである。」(『修行者座右宝鑑』134頁)

ごらんのように、ガンの因縁の元をなすのは「ガンの心の因縁」です。
心の因縁とは煩悩のことであると桐山さんは説明している(152頁)。
貪りの煩悩があるから貪るという行為を為し、その報いとしてガンの因縁が
生じる、という説明です。
煩悩が元となり、悪因縁を作り出すという意味です。
煩悩とそれが作り出す悪因縁の組み合わせの一覧表もついています(168-169頁)。
この一覧表を次のように説明しています。

「根本煩悩、隋煩悩
これは、因縁に相応した潜在性格、潜在性質を示したものである。」
(『修行読本T』81頁)

人の持つ悪因縁は潜在意識の中にあり、その潜在意識にある煩悩を仏教では
随眠と呼んでおり、これを仏舎利行の中座で切るのだというのが桐山説です。
(他の信者さんたちのために言うが、随眠には潜在意識にある煩悩などと
いう意味はありません。)
煩悩が潜在意識の中にあり、これが発動してガンの因縁となって現れる。
つまり、「煩悩 → 悪因縁」というのがアゴン宗の教義です。
「我の説くことは桐山師の説くこと」(>>260)
というのに、桐山説と小桐山説と正反対です。
一来補さん、読者の笑いを取りましたよ。

270 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 11:23:57.79 ID:3nPdPmDA
>>240 :一来補:2015/08/28(金) 14:05:34.38 ID:9tCw9I+x
>その煩悩の元=因縁、とは無明なのであり、三明智を得て無明は滅するのです。

一来補説「煩悩の元=因縁」」
桐山説「悪因縁の元=煩悩」

あなたの言うことは桐山さんと同じなはずなのに、
どうしてまったく逆なのだ?
理由は簡単で、阿含経に因縁解脱があるなんて嘘を批判側から指摘され、
言い逃れを書いたら、桐山説とは逆の事を書いてしまったのです。
つまり、自滅した。

他の信者さんたちは良く見てほしい。
一来補さんだけでなく、過去15年間、擁護派はこれを繰り返した。
アゴン宗を擁護するための主張を批判側から否定され、桐山説の矛盾を指摘され、
行き場がなくなると、自己流の解釈、つまり自分教を出してくる。
ところが、その自分教が桐山アゴン宗と矛盾して自滅する。
アゴン宗を擁護したつもりが、桐山さんの主張を否定することになる。
15年間これの繰り返しで、上記はその一例にすぎない。

どうしてこんなことになるのでしょうか?
アゴン宗の教義が嘘デタラメのかたまりだからです。
どんなに頭が良くても、嘘は嘘でしかなく、詭弁は並べられても、本当にはならない。
嘘でできた桐山アゴン宗の擁護それ自体が無理なのです。
因縁解脱の嘘はその一例であり、しかも致命傷です。
仏教には因縁解脱などありません。
解脱を間違えているのだから、桐山アゴン宗は仏教でさえもない。

271 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 11:29:18.45 ID:3nPdPmDA
>>266 :一来補:2015/08/29(土) 09:58:47.55 ID:uHlCkByJ
>涅槃は縁起の法を受けない、とか、
>縁起の法から解脱したことが分かる、

他の信者さんたちはご覧ください。
>>219で一来補さんは自説経を引用したようだが、
「縁の滅尽」はあっても「縁起の滅尽」なんて書いていない。
彼が自分で引用した文章にも「縁起(因縁)の滅尽」とはないのに、
彼の目には「縁起の滅尽」に見える。
二年前から何度も、「縁起の滅尽」ではなく「縁の滅尽」なのだと
指摘されても、彼はいっさい受け付けない。
私から>>230以降で、縁起(=因縁)からの解脱なんてないことを示されても、
まるっきり理解もできず、記憶もできず、こうやって同じ事をただただ繰り返す。
針の飛んだレコードそのままです。

小桐山だなどと逝ってしまっている一来補さんなんてどうでも良い。
一来補さんのような詭弁を使っても、因縁解脱が証明できないという
点を他の信者さんたちに見てほしい。
因縁解脱なんて阿含経どころか、仏教そのものにない。
因縁解脱とは、桐山さんの作った言葉と概念です。
それが阿含経や仏教にあるはずがない。
解脱は仏教の基礎であり土台なのに、桐山さんはこんな基本的な事まで
嘘をついているのですよ。
嘘の上に構築されたアゴン宗が本物だと思いますか。

272 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 11:44:18.09 ID:YqM25Day
@深山さん、あなたの経典解釈は学者とは異なる非常にユニークなものです。
是非、「パーリ学仏教文化学会」に提出されることを強くお勧めします!!!

※「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」 (『原始仏典 1』春秋社、96頁)

○深山太郎説 心が安定し、… ⇒解脱

○片山一良説 心が安定し、… ⇒四禅に四無色定を含めた八等至(『パーリ仏典入門』96頁)


片山一良氏:駒澤大学教授、パーリ学仏教文化学会理事長、著書・翻訳多数

「パーリ学仏教文化学会」
入会資格:四年制大学卒業と同等の者で、同学会の理事2人から推薦された者。
研究発表資格:大学院修士号所持者と同等の者。

ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%AA%E5%AD%A6%E4%BB%8F%E6%95%99%E6%96%87%E5%8C%96%E5%AD%A6%E4%BC%9A

273 :一来補:2015/08/29(土) 12:00:29.53 ID:uHlCkByJ
これはユビキタスくんに訊いてみたい。
深山くんは、前レス271で、
「縁の滅尽」はあっても「縁起の滅尽」なんて書いていない。
とレスしてきた。

これは真面目なレスなのかい?ユビキタくん。
阿含仏教時代は、縁や縁起や因縁の語の明確な使いわけがないことを知らないのでしょうか?
つまり、縁起=縁=因縁、なのですよ。
それが阿含仏教時代の用語なのですよね。
つまりは訳者の問題なのですね。
諸縁の滅尽と訳そうと、諸因縁の滅尽と訳そう
と、縁起の滅尽と訳そうと、それらの意味は皆同じなのです。
岩波仏教辞典では、「縁起の滅した」と書いてあるが、諸縁の滅した、と書いても意味は同じなのです。

また、滅と書いても滅尽と書いても意味は同じなのですよね。


274 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 12:37:57.05 ID:MYRPV9IS
>>265 一来補 2015/08/29(土) 09:44:02.71 ID:uHlCkByJ
>同じ説明を読んでも、我とユビキタスくんでは理解の仕方が違うようである。
>桐山師の説明は、因縁を無くせば涅槃寂静を得ることが出来る、と説いたのであって、諸行無常だから涅槃寂静がある、と説いたのではない。

あなたアゴン宗の古い信者のくせに桐山流諸行無常も知らないんですか?
私は古い著書の密教占星術1に書いてあったから、桐山流諸行無常を示したのではない。
その後アゴン宗になってからも何度も法話などで聞いている諸行無常の位置付けを
知っているからこれを示したのです。
これは古いマトモな信者なら誰でも知ってます。
桐山さんは諸行無常を祇園精舎の鐘の声のように盛者必衰の厭世観から述べたことは
ほとんどなく、それは変化することなんだから、変化の中にチャンスがあり
無常でなければ悪い因縁と運命はそのまま変わらないところを、諸行無常であることを以て
運命は変えられるのだと喜び、諸行無常大歓迎で、この真理を活用するから因縁解脱可能とした
なんて話はアゴン宗信者の常識です。
あなたモグリなんですか?

275 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 12:59:06.02 ID:+vJG/PDw
>>272
学者の経典解釈や分析なんて結構間違っている場合が多い。
あの中村元氏や三枝充悳氏にして然り、彼らでさえ完全ではない。
権威を振りかざしても無意味です。
まずは釈尊が説かれた阿含経を自らの力で読んでみること。
そして自らの知をはたらかせよく考えてみることです。
他人の解釈や分析は自分の知のサポートでしかない。
理解し納得するのは自分自身なのです。

276 :一来補:2015/08/29(土) 13:13:39.55 ID:uHlCkByJ
諸行無常だから因縁も消せるということなのであるが、少し説明が必要だね。
大解脱=涅槃を得た場合は、縁起の世界から解脱するのであるが、小解脱の場合は、縁起の世界に留まるわけです。
諸々の因縁をすべて滅した場合は、縁起の世界そのものから解脱するということです。

だから三結煩悩を無くすとシュダオンなのであるが、その場合はまだ諸行無常の世界にあって、一切皆苦の世界に留まるわけです。
すべての煩悩を無くした場合は、無上安穏涅槃を得るから、一切皆苦=諸行無常の世界から解脱するのです。

一切皆苦=諸行無常=縁起の世界にあって、
無上安穏涅槃なんてのは有り得ないのです。
一切皆苦=諸行無常=縁起の世界から脱出したから無上安穏涅槃があるわけです。

だから岩波仏教辞典には、さとりは縁起を超越した世界とされた、と書いてあるわけです。

277 :一来補:2015/08/29(土) 13:28:01.49 ID:uHlCkByJ
深山くんは、本から様々な知識をかき集め
ているようだが、肝心なことを逃している
ようだね。
例えば、縁滅と縁起滅を違うと考えている
ようだが、初期仏教に於いては縁滅も縁起滅
も同じなのです。これは我の説ではなくて、
仏教学者が本に書いていることです。
その本を示せと言うのかね?
初歩的なことですよ。
だから、縁起=因=縁=因縁、なのです。
だから、縁滅=縁起滅、と考えて良いのです。

278 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 13:48:04.36 ID:MYRPV9IS
>>273 一来補 2015/08/29(土) 12:00:29.53 ID:uHlCkByJ
>これはユビキタスくんに訊いてみたい。
>深山くんは、前レス271で、
>「縁の滅尽」はあっても「縁起の滅尽」なんて書いていない。
>とレスしてきた。

>これは真面目なレスなのかい?ユビキタくん。

説明します。単独に縁滅ではなく、縁起・縁滅でセットになる用語です。
この縁起縁滅の両方をもって縁起の法則、縁起の真理だと深山さんも説明しており、
それは桐山さんの縁起観と一致するのです。
縁起という言葉は因縁生起の略称です。
縁に因(よ)りて生じ起こるです。
縁滅は縁に因りて滅し滅びるです。
桐山さんは苦集滅道の四諦の真理は、あれが釈尊の悟りではなく、悟りはあくまでも
これあるによりて、これあり
これあるによりて、かれ生ず
これなきによりて、これなく
これなきによりて、かれ滅す
という縁起の真理こそが釈尊の悟りとしている。
この縁起の真理に人生の最大のテーマである苦をあてはめたのが苦集滅道の四諦の法だと桐山さんは言う。
つまり苦が生成するのも縁起ならば、その苦がなくなるのも縁起あればのことと説く。
だからこそ縁起は真理であり福音なんだから、この縁起から解脱するなんてあり得ない。
桐山説のぶち壊しです。
そのオトシマエをあなたはどう付けるのだ?

279 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 14:01:13.41 ID:MYRPV9IS
>>276 一来補 2015/08/29(土) 13:13:39.55 ID:uHlCkByJ
>諸行無常だから因縁も消せるということなのであるが、少し説明が必要だね。
>大解脱=涅槃を得た場合は、縁起の世界から解脱するのであるが、小解脱の場合は、縁起の世界に留まるわけです。

だからもはや縁起の世界からも出て縁起の法則も受けないとは、無余依涅槃により
存在がなくなってからと私も限定しています。
生きている間は肉体の制約があり、縁起から逃れることは不可能です。
釈尊もまた信者の布施により食あたりを起こして死んだのも縁起によるものですから。
しかしそれだと釈尊が生きていた時は解脱・涅槃を得ていなかったことになる。
釈尊は死ぬことによりようやく解脱・涅槃を得たのか?
そんなことはなく釈尊は生きている時から涅槃を得て、仏陀とまで呼ばれたのです。
これをあなたは小解脱と侮辱するのですか?

280 :一来補:2015/08/29(土) 14:04:12.62 ID:uHlCkByJ
深山くんにも言うけどさ、仏教に因縁解脱なんてない、と言っている学者がもしいたら紹介してくれたまえ。
深山くんの説を聞いたとて仕方なかんべさ。

あるいは、因縁解脱なんてない、と書いてある経を示してくださいよ。
我は、自説経を示したよ。
増谷先生は、「諸縁の滅尽」と訳しているけどさ、諸縁=諸因縁、なのですよ。
また、滅尽=解脱、と考えて良いのです。

だから、「諸縁の滅尽」を「諸因縁の解脱」と訳しても同じことなのです。
だから、阿含仏教のさとりとは因縁解脱であるのです。
さあ、次は因縁解脱を否定している学者さんや経があったら示してください。
深山くんの説はお断りです。

281 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 14:14:54.54 ID:oNCI0ewU
アホまたきた。お前死ぬまで続けるな?うん、と言え!!コラっ!!

282 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 14:19:46.60 ID:oNCI0ewU
ユビキタスと深山が実際に顔見知りで裏でつながっているのはお見通しだ。

283 :一来補:2015/08/29(土) 14:32:32.09 ID:uHlCkByJ
我は煩悩の元は因縁とレスしたが,これは
我の説ではなくて、仏教の十二因縁を出し
ただけですよ。十二因縁は1無明・・12老死
ですが、7感受苦の因縁から8愛煩悩が生じ
ると説いていますよね。

だから、12因縁に従って、因縁から煩悩が
生じるとレスしたのです。

284 :一来補:2015/08/29(土) 14:49:25.46 ID:uHlCkByJ
279のユビキタスくんレス。
釈尊が生きているうちは、釈尊の肉体は
縁起の法を受けるではないか、という
指摘です。

だが、釈尊が生きているときも釈尊の
心は涅槃を得ているので、心は縁起の
法を受けません。
肉体よりも心を重視すべきです。

285 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 15:12:13.38 ID:4sv8iArx
一来補さん、ありがとうございます。
あなたのおかげで、ここで阿含宗低能批判者がハッスルできます。
今後もどうぞ、よろしくお願い致します。

286 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 15:57:39.30 ID:MYRPV9IS
>>284 一来補 2015/08/29(土) 14:49:25.46 ID:uHlCkByJ
>279のユビキタスくんレス。
>釈尊が生きているうちは、釈尊の肉体は
>縁起の法を受けるではないか、という
>指摘です。

>だが、釈尊が生きているときも釈尊の
>心は涅槃を得ているので、心は縁起の
>法を受けません。
>肉体よりも心を重視すべきです。

私はあなたと仏教解釈議論をする気すらありません。
私があなたをも題材に否定しているのは桐山因縁解脱です。
桐山因縁解脱は一応最終に輪廻が止まる涅槃も加えてはいますが、それより前に
生きている間の運命好転を示します。
そしてそれはガンの因縁とか肉体障害の因縁とかで、肉体が病気などの不幸に侵されないことを
指標にします。決してガンになっても心が清らかであればよいなんて認めません。
ガンの因縁が切れて、ガンにならなくなることだけが指標であり、
心のあり方など、解脱の審査にすら加えられません。
縁起解脱で、もはや肉体の縁起の及ばない涅槃を得ても、生きたまま御利益を受ける
桐山因縁解脱運命転換は縁起解脱になりません。
それに心の善し悪しも結局は縁起の範疇に入るのです。

287 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 18:45:31.41 ID:3nPdPmDA
>>280 :一来補:2015/08/29(土) 14:04:12.62 ID:uHlCkByJ
>深山くんにも言うけどさ、仏教に因縁解脱なんてない、と言っている学者がもしいたら紹介してくれたまえ。
>深山くんの説を聞いたとて仕方なかんべさ。

また逆のことを言う。
あなたはこういう反論を初めて自分では思いついたと思っているでしょう?
毎度論に詰まるとこういうタワケを得意気に言い出すのがあなたの癖です。

因縁解脱が阿含経にあることを示す義務はアゴン宗や擁護側にある。
なぜなら、世間では認められていない新しい概念を出したのだから、
証明しなければならない義務は主張した側にあるのです。
因縁解脱とは桐山さんの造語です。
勝手に言葉を作り出しておきながら、学者が無いと言っている証拠を
出せとはどういう了見ですか?
盗人猛々しい。

スタップ細胞を作ったというなら、作った側が証明するべきで、
批判する側が無いという証明をする義務はありません。
学者は月にウサギがいないなどとは書いていない。
書いていないなら、月にウサギがいることになるのか?
月にウサギがいると主張する側こそがそれを証明する義務がある。
批判する側に、月にウサギがいないと証明する義務などない。

アゴン宗と擁護側こそが、阿含経から、あるいは学者の説から、
因縁解脱の根拠を示すべき義務がある。
それを批判する側に「無い」ことの証明など必要ありません。
無いものは無い。
それを有るというなら、有ると主張するアゴン宗と擁護側が証明するべきです。

288 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 18:46:32.52 ID:GcZMPZMw
一来補さん、阿含宗教義/桐山因縁解脱法を自己解釈はやめてくれや
桐山因縁解脱以外の論争したいなら他所にいけ。
桐山因縁解脱の間違いをごまかそうとしてもお前では無理!
誰がやっても阿含教と桐山因縁解脱を結びつけるのは無理です。
それよりも、教団の悪行の償いをしなさい。

289 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 18:48:58.77 ID:3nPdPmDA
>>283 :一来補:2015/08/29(土) 14:32:32.09 ID:uHlCkByJ
>我は煩悩の元は因縁とレスしたが,これは
>我の説ではなくて、仏教の十二因縁を出し

ですから、一来補さんの理解力の低さです。
桐山さんも一来補さんも縁起の意味が理解できないのです。
あなたは相変わらず、縁起を何かモノだと考えている。
原因と結果に因果関係があることを縁起というのであって、
原因や結果そのものを指しているのではありません。
因縁(縁起)とは、具体的な煩悩や苦を指しているのではありません。
「煩悩 → 苦」という関係を縁起というのであって、
煩悩そのもの、苦そのものを因縁(縁起)というのではありません。

あなたのように、煩悩の元が因縁だ、などと言ったら、
「縁起 → 煩悩」になってしまうのですよ。
あなたには意味がわかるらしいが、私にわかることは、
あなたが縁起を理解していないということだけです。
桐山さんも言っていないから、ここでの議論の対象外の一来補教です。
スレ違いですから、出さないでください。

290 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/29(土) 18:54:44.93 ID:3nPdPmDA
>>284 :一来補:2015/08/29(土) 14:49:25.46 ID:uHlCkByJ
>だが、釈尊が生きているときも釈尊の
>心は涅槃を得ているので、心は縁起の
>法を受けません。

「心で托鉢をしようと思う → 托鉢に出かける」
縁起(=因縁)が成り立っています。
托鉢をしようと心に思わないのに、勝手に身体が動いて托鉢に
出ていたなんてありえない。

「喉が渇いた → 水を飲みたいと心で思う」
縁起が成り立っており、心の作用も縁起のままです。

「水を飲みたいと心で思う → 水を汲んできてくれるようにアーナンダに頼む」
縁起が成り立っています。
水が欲しいとも思わないのに、口が勝手にしゃべって水を要求したなどありえない。

こんなふうにちょっと考えれば、あなたの屁理屈など成り立たない。
縁起とは普遍的なもので、これを身口意の一部にだけ適用されるなどというのは、
釈尊を小馬鹿にしているのと同じだと、あなたは気が付かないのでしょう?
頼むから、思い付きで一来補教を連発するのはやめてほしい。
桐山さんも唱えていないあなたの宗教観はここでは議論の対象外です。

291 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 19:20:23.09 ID:GcZMPZMw
阿含宗の因縁は、荒れ狂う先祖でしょ。モンスターのことでしょ。
先祖の怨念、霊障、幽霊、水子の祟りのことなんでしょ。
桐山念力で消すしかないんでしょ。10万円だしてさ〜。
霊障解脱とか護摩木書いてるでしょ。霊障=因縁これが正解です。
何が、因縁=縁起だ。バカが・・・

292 :阿含宗真理:2015/08/29(土) 19:26:17.21 ID:GcZMPZMw
霊障解脱+心解脱=因縁解脱これが真理です。

293 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 22:39:29.50 ID:XWSr9WM+
>>292
ん〜?じゃぁなんで桐山が因縁切れてないの?

294 :一来補:2015/08/29(土) 22:51:17.08 ID:9oGB+8r1
289の深山くんのレスを見て思ったのだが、そのとスこそ深山説であって、釈尊の説でもなさし、桐山師の説でもない。深山説は止めてくれ。
271のレス、
縁の滅尽はあっても縁起の滅尽なんて書いてない、という深山くんのレスは冗談だと捉えて、ユビキタスくんに振ったのだが、案外本気で書いているのかも知れない。幼稚過ぎるが、仏教の初心者がレスを見ることがあると大変なので答えておこう。

これは、漏尽解脱はあっても煩悩尽解脱なんて書いてないから、煩悩尽解脱はない、というほど馬鹿げた話しなのです。
煩悩と漏は同じ意味なのですから、漏尽と煩悩尽は違うというのは素人とか、冗談ですよね。

縁の滅尽と縁起の滅尽も同じことです。
原始経典=阿含経では、因=縁=因縁=縁起、
なのです。
だから、縁の滅尽=因縁の滅尽、なのであり、だから我は因縁解脱の根拠として縁の滅尽を示したのです。ところが、深山くんは、縁=因縁という仏教の初歩も知らないらしい。
岩波仏教辞典で因縁を引いて調べて見なさい。
因も縁も同じ意味だと書いてあります。
だから、因=縁であり、同じ意味を並べた因縁も因とか縁と同じ意味なのです。

つづく

295 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 23:07:38.81 ID:ZINtpqhf
秋雨や 自作自演に 飽きが来た

296 :一来補:2015/08/29(土) 23:13:43.83 ID:9oGB+8r1
岩波仏教辞典には、原始経典では因も縁も同じ
意味で原因というほどの意味であると、因縁の
語の説明にあります。調べてご覧なさい。
また、同じ辞典で、縁起の語の説明には、因縁
、因果も同趣旨であると書いてあります。
だから、12因縁のことを12縁起ともいいます。
12因縁と12縁起は、全く同じ意味なのです。

だから我が示した自説経の縁の滅尽は、
因縁の滅尽と訳しても同じことなのです。
「縁の滅尽」=「因縁の滅尽」なのです。
また、滅=尽=滅尽,です。三結尽と書い
てある場合もあるし、滅と書いている場合
もあります。

297 :神も仏も名無しさん:2015/08/29(土) 23:18:16.80 ID:orFxrC6A
>>296
じゃあ「因縁解脱」という四文字熟語は岩波仏教辞典ではどのように書いたあったのですか?
言葉くっつけて勝手な意味もたせりゃいいってもんじゃないんだよ

298 :一来補:2015/08/29(土) 23:32:07.89 ID:9oGB+8r1
だから、縁の滅尽はあっても縁起の滅尽は
ない、という話しは全くの冗談なのです。
縁も縁起も因も因縁も仏教にあっては同じ
意味なのです。特に原始経典ではね。

無明を縁として行が生じる、と
無明を縁起として行が生じる、と
無明を因として行が生じる、と
無明を因縁として行が生じる、と
どの言い方でも意味は同じことですね。

意味を理解していない深山くんは、
無明を縁起として、なんて言い方はない、
と言いそうですね。
それは理解不足だからです。

299 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 23:39:22.67 ID:MYRPV9IS
ここにアゴン宗の信者がいらしたら、一つ提案があります。
一来補さんの縁起解脱こそが因縁解脱だという説を、一来補さんの書き込みを
忠実に書き取って、桐山さんに対して質疑応答の質問状をしたためて出してみては
どうでしょうか?
もちろん質問者(質問状提出者)の考えではなく、アゴン宗信者の中にこういう考えを
示す人がいますが、これは正しいのでしょうか?ご教示お願いしますと丁寧に
したためれば、何の問題もなく、真面目な向学心ある質問になります。
一来補さんの考えを桐山さんに判断してもらうのです。
本人は絶対にそれをしないでしょうから、誰かが代わってやればよい。
一来補さん、如何ですか?よい考えでしょう?
桐山さんに確認を取りましょうよ。

300 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/29(土) 23:54:51.15 ID:MYRPV9IS
こんな質問を出したら怒られると危惧する信者がいたとしたら、その質問者自身が
この一来補説に懐疑的であるニュアンスを漂わせればよいのです。
これはゲイカの示した縁起観とは異なると思われますが、どうなんでしょうか?と。
一来補さんに言います。
そのような誘導的な質問をしたからと言って真実は操作されて回答も間違ったことを
話すものでしょうか?
桐山ゲイカのような方ならば、印象操作も誘導尋問にも引っ掛かることなく
常に正しい回答を示されると、あなたは師を信じませんか?
一来補さんが常日頃から書いているように、自分の考えは桐山師の考えだと、
自信があるなら、お墨付きをもらうチャンスですから、ぜひとも質疑応答を実現しましょうよ。
たとえ懐疑的な突っ込みでも、それに左右されない回答を得ましょうよ。

301 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 00:04:12.61 ID:dHnw2SBG
法華経の解説などを読むと因果俱時と言う表現がある。
何かと言うにご存知、咲いた蓮の花には種と花が同時に在って
因と果が同じ時にあるのだそうだ。
残念ながら小生は蓮の花を解剖した事が無いため未確認である。
この例えを人に応用すると、因縁俱時とでもいうべき人がほとんだ。
卑近な例を挙げて見る、アル中の人だ、この病の因が在る為に酒精分が
切れると一心に縁を求めて酒を入手せざるを得ない。
この人の人生を建て直し一社会人として更生させるには如何するか?
先ず縁を切らせて酒精分を断つ(入院が妥当)その後にリハビリを行い
自らの因を自覚して更生に向かう。簡単に説明すると以上の様になろう。
そも原因は何か?先祖からの抑圧意識、幼少時、成長期のトラウマからの逃避。
ただただ酒が好きなだけだとかこの人物の因に関しては一概には言えまい。
判る事は、この人は酒を極端に好む悪癖を解脱せねば将来は破滅のみがある。
お釈迦様が指導されるときにナンと仰るだろう。
上記の原因の一つを上げるか数種かは知れ無いが、案外に簡単だろう
お前が酒を呑む因縁は是であって努めて解脱の修行をせよ。
少しアレンジするとこうなる。
お前達が某宗教家の揚げ足を取りたがり大いに悪口を言う。
ソレは此れが其の因縁だなあ、努めて心の平安を得る解脱の修行をせよ
。一生過ぎやすし努めて自己の向上と浄化を図れ。
物事が成就しない人の特徴に幾つもの課題を一度に為そうとして投げ出す。
お釈迦様は一つ一つ課題を与えてこなす様にさせた筈である。
諸氏が口を極めて言い募る論は無駄なのである。
コツコツと心を耕し瓦礫や雑草を取り除いた者が観音菩薩になる。

302 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 00:29:52.82 ID:/Xv/A/jF
>>301お前達が某宗教家の揚げ足を取りたがり大いに悪口を言う。

揚げ足を取ったこともないし、悪口を言ったこともない。
ただ事実を列挙しているだけだ。
桐山は因縁を切るために宗教家になり阿含経の中に成仏法を発見して修業した
結果、めでたく因縁解脱をした。と言っている。

しかし、因縁が切れて無いよね(笑)
どこにも悪口も揚げ足取りもありませんww

303 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 00:34:53.22 ID:Aldb1M9E
前から示唆しているのだが、私はこのような質問状は宗務局が出すべきものだと思っている。
桐山ゲイカを怖がる宗務局職員のことを考えて、狡賢い知恵を与えるならば、
宗務局職員の誰それが質問するのではなく、このような考えがあることを知りました、
信者から質問を寄せられましたと、他人のせいにすればよい(笑)
要は宗務局が一来補信者をどう思っているかですが。
一来補頑張れ、君の説はアゴン宗教学を強化するのに役立つと思っているか?
それとも迷惑だから沈黙していて欲しいと思っているか?
どちらにしても桐山カンチョウに裁定してもらうのは価値がある。
教団として避けたいデメリットは、知らなくてもよい信者に、この2ちゃんねるの
批判スレに注目してもらいたくないことですね。
だから巷のネットにこんな書き込みがされているなんて正直に報告することなどないのですよ。
どんなスタイルの伝聞に変えてもよい。
それならば安全でしょ?
また伝聞のスタイルよりは要は質問の中身の方が重要でしょ?

304 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 01:53:05.01 ID:dHnw2SBG
>>302 君の場合はそうなのでしょうが、突然に罵詈讒謗を投入する愚かな者を
   多々見かけますよ。
   ゲイカが因縁を切ったか如何かは君の見解と私の見解とゲイカ自身の
   見解により異なるのですね、実のところ膝を突き合わせてゲイカとお話
   をした事は無いので御座いますよ。ううんこれは残念!とでも言いますか。
>>303 修行途中ゆえ色々と意見があってこそ面白いでは無いですか。
   男の子は元気で宜しいでは在りませんか。
   サテそこだ君が説得できないのは何故かな?胸に手を当てて考えて観よう。
   その原因は桐山師に比して法力が足らないのでは無いですかネ。

305 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 02:16:34.55 ID:ET4SGlhQ
しかし、韓国軍も恥さらしだよな。せっかく在日村まで
作ってあげて帰国を待ちわびてるのにさ。
ほとんどの在日は日本から離れようとしないなんてな。

これじゃあ、韓国なんかに住みたくねーよっていうアピール
してるようなもんだよな、在日がさ。

306 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 02:28:26.40 ID:dHnw2SBG
>>303 法力が俺のほうが上だと思い込んで桐山師に九字なぞ斬っては  
   駄目ですよ君。其のあたりの事情はある程度ご存知でしょうがね。
  お釈迦様が弟子の指導には手を尽くして一々丁寧に叱りつけたり
  励ましたりした記録は四分律に詳しく残るものの、一読してこれは肝心が
  抜けてるなと感じる部分が多々ある、でもこれは君らが探せばよいことだ。
  兎も角、密教で行う、四度加行の表現と次第を丸暗記するほどの苦労は到底
  不要であることは判る、行者は毎日目前の主題に取り組めばよい。
  如実知自身心とはその眼目である。

307 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 02:38:50.41 ID:dHnw2SBG
>>305余計な付け足し、今日現在で在日でありながら役所に
  書類を出せない人達が日本国内に2万人近く居るとか。
  彼らは全員送還の対象人物達ですよ。
  つまり不法入国してきた住民票のみある人たちの子孫なのですな。
 親が悪くて子供が苦しむ悪因縁であります。
 日本政府は今後、なりふり構わずに国防に力を注ぎます。
 理由は米国の国防費削減です。現行の予算を25%程度にしたいのです。
 もしかしたら大小宗教団体からも税金を取り立てる可能性もあります。
 本当に笑えないかもしれませんな。

308 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 06:00:26.42 ID:RSgb8b/3
>>304
見解も糞もないだろw
いかににもカルト信者の言いぐさなんで笑ってしまったw
桐山氏が本に書き法話で話していた「因縁解脱した境涯」と実際の現実が
あまりにも違うのは一目瞭然だろ
なんでも桐山氏の直接の見解を求めるのか?そして嘘でもいいかげんな回答でも
桐山氏が言ったことならお前さんは信じ込んで納得してしまうのか?
カルト信者はそうでも世間一般はそうではないということをおぼえていた方がイイ
教団内が異常だということをw

309 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 07:50:31.47 ID:cUEb9XFs
 
深山逝去   http://www3.pf-x.net/~yas-yama47/miyama_masue.htm

310 :一来補:2015/08/30(日) 08:36:18.23 ID:zwnWQmMn
ユビキタスくんから、桐山師のお墨付きをもらえと、意見があった。 
お墨付きも何も、桐山師はね、ある時法話で、
「君たちは小桐山なのだから自信を持って法を説け、布教せよ」とお話しされたのです。
毎回同じことを話しはしない。
その法話を聴けた信徒は、それだけの徳と力量があったから聴けたわけで、深山ユビキタスくん等は、そういう法話を聞いたことがあるまい。君たちにはそういう力量も徳もないから、そういう法話を聴く場がなかったわけよ。

因縁解脱を否定するのならば、その根拠の経か学者の説を出したまえ。さすればすぐ解決する。深山ユビキタス説を垂れ流したとて、くだらないだけだからさ。

我の場合はちゃんと自説経を示して、因縁解脱の根拠としている。
「諸縁の滅尽」とね。諸縁=諸因縁 なのであるからね。学者ならば誰でもこれらを知っている。だから因縁解脱を否定する学者は一人も出て来ないわけよ。
阿含経の説くところを理解出来ない者だけが、因縁解脱を否定するわけである。

311 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 08:57:44.60 ID:Aldb1M9E
>>310
だから逆にどうして因縁解脱、縁起解脱という用語を使う学者が1人もいないのですか?
そんな誰も使わない因縁解脱という用語を、どうして桐山さんだけ使い、
あなたがいちいち弁明しなければならないのですか?

312 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 09:06:06.42 ID:Aldb1M9E
>>310
だから法話についてはあなたがお墨付きをもらうために率先して質問状を出すなんてことを
しなくても、誰かが代わりにしてくれることを待てばよいのですよ。
泰然自若、堂々と待っていなさい。
私としては、一来補さんの考えが誤って伝わらないように忠実に伝えるように注意して欲しい。
岩波仏教辞典にこのように書いてあったから、とか一来補さんの出した根拠も紹介して。
ただし岩波仏教辞典を引用する時は、質問者自身岩波仏教辞典をたしかめて
端折らないように引用してもらいたい。
私はどうして一来補さんが諸行無常に対する肯定的な活用の話とか、桐山さんがあちこちの
著書に書いていた
これあるによりてこれあり
これ生ずるによりてかれ生ず
これなきによりてこれなく
これ滅するによりてかれ滅す
の縁起を知らない、覚えていないのか疑問です。

313 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 09:21:51.34 ID:/Xv/A/jF
>>310因縁解脱を否定するわけである。

いやいやいや、桐山が因縁切れてネェだろっての・・・わかるかな(笑)

314 :123:2015/08/30(日) 09:54:23.16 ID:Dvx1Nlve
釈迦は縁起だけで終わっている。
解脱なんてものは後人の発明である。先人だったかも。

315 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 10:30:56.99 ID:L8+Ulyxw
ユビキタスさんから、桐山さんに質問を出してはどうか、との提案がありました(>>299)。
私からもそれはぜひお願いしたい。
その質問にさらに次の重大な件を付け加えてほしい。
それは桐山ゲイカは一来補さんに次のような認可を与えたのか、という点です。

>>260 :一来補:2015/08/29(土) 08:24:32.56 ID:uHlCkByJ
>なぜならば、我の説くことは桐山師の説く
>ことを話しているだけだからね。
>137 :一来補:2015/07/31(金) 08:57:55.92 ID:MF83xNE2
>我は、管長から、君は小桐山であるから自信を持って法を説きなさい、と言われているのです。つまり、管長のお墨付きがあるのです。

一来補さんははっきりと桐山さんから、「我の説くことは桐山師の説く
こと」である「言われている」と書いている。
つまり、桐山さんは一来補さんに対して、桐山アゴン宗の代理人として
ネットで発言してよろしいと正式に認可を与えたというのです。
これは非常に重大なことです。
これまでここにアゴン宗の代表者と名乗る人が出てきたことはありません。
法務部や職員を名乗る人物が出てきたこともない。
二十年ほど前、桐山さんはネットでの書き込みを信者に禁止しているからです。

「1996年11月16日、冥徳祭法話
インターネットにホームページを作って他宗の坊さんと論戦している人がいます。
阿含宗の宣伝をしようとしているのかもしれませんか、マイナスになっています。
(中略)
阿含宗の宗務局に相談せずに論戦することを認めません。
論戦するのならば宗務局の許可を得て、また、指導を受けながらやりなさい。
ただし、通常は許可しません。」

316 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 10:39:43.17 ID:L8+Ulyxw
「ただし、通常は許可しません。」(>>315)

信者に対して事実上のネットの書き込み禁止です。
二十年前の通達だが、私の知る限り、これを変更したという話は聞いたことがありません。
ですから、ここに出てきている信者は全員が桐山ゲイカの指示に違反しています。

桐山さんは二十年前も今もネットとは何なのか理解できていない。
本、テレビ、週刊誌といったアゴン宗で使った媒体しか彼の頭では理解できない。
だから、今の日本でネットでの議論を禁止できると思っている。
一部の独裁国家と同じ発想です。

ところが、二十年目にして変更があったらしい。
一来補さんはネットに書き込むことを桐山ゲイカから直々に
「自信を持って法を説きなさい」と言われたらしい。
一来補さんの主張の多くは、アゴン宗の教義でさえもないことが多く、
批判側だけでなく、アゴン宗にとっても非常に迷惑です。

一来補教の主張がすべてアゴン宗と違うかというと、
実は教義を先取りしていた事例があるのです。
私は一来補さんを、理解力が低く、自惚ればかり強く、恥知らずで、
嘘がなんてもない道徳心の低い品性卑しい人間だと
思っているからといって、彼の功績まで否定することはしません。
三福道、三善根の話です。
一来補さんは前から三善根とは二種類の意味があり、
三供養品の三善根は桐山三福道の意味なのだ、と主張していた。
桐山さんが出した『仏陀の真実の教えを説く[中]』の三供養品の講義で、
この一来補さんの嘘をそのまま採用しているのです。

317 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 10:45:17.42 ID:L8+Ulyxw
アゴン宗はこのスレでの「三供養品には三福道などない。三福道など捏造だ」という
批判を受けて、出版の予告まで出したこの本を出すのをいったん中止したほどです。
その中止本が国会図書館に納められている『仏陀の真実の教えを説く[下]』です。
タイトルは[下]だが、現在出版されている[中]の元版です。
両者を比較すると、なぜ発売中止になったかがわかります。
それが次の「涅槃界とは完全解脱の境地」というタイトルで書かれた文章です。

「しかし、この『三供養品』に説かれる三善根は、その内容がまったく異な
ります。それなのに、これを三善根という名称のままで弟子たちに教えるのは、非常な誤解を生
むもとだとわたくしは考えました。」
(『仏陀の真実の教えを説く[中]』93頁、2012年)

この文章の前後約一頁は、元版の[下]にはありません。
つまり、この文章を加えるために、大被害を出してでも、出版を取りやめたのです。
ネットの批判を受けて平河出版社としても、調べたら、たしかに三供養品には三福道などない。
三福道は桐山さんの造語、捏造です。
そこで、これをどうするか、本当に困ってしまったから、[下]の出版の
取り止めになり、何年も出版を見合わせた。
だから、私は信者さんたちに上記の文章の前後を良く、しっかりと、
何度も、繰り返し読んでほしい。
これこそが、桐山さんが新たにやった嘘、ゴマカシ、デタラメだからです。

318 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 10:50:54.16 ID:L8+Ulyxw
「しかし、この『三供養品』に説かれる三善根は、その内容がまったく異な
ります。それなのに、これを三善根という名称のままで弟子たちに教えるのは、非常な誤解を生
むもとだとわたくしは考えました。」
(『仏陀の真実の教えを説く[中]』93頁、2012年)

表現を曖昧に誤魔化しているが、桐山さんは、三福道が自分が作った造語に
すぎないことを認めたのです。
桐山さんは経典の捏造を認めたのです。
これを読んだ時、信者さんたちはショックを受けませんでしたか?
経典の文言を勝手に書き換えるなど世間の常識に反します。
信者さんたちはこれまで三福道は阿含経の三供養品にあると強く信じていましたよね。
それもそのはずで、過去の桐山さんの本では、三供養品には三善根と書いてあるのと、
三福道と書いてあるのと、二種類あると書いていた。

『社会科学としての阿含仏教』の288-289頁には三福道とある三供養品、
290頁には三善根の三供養品が示されている。
しかも、上段には漢文の原文が、下段には書き下しの文章まで掲載されている。
これを見たら、普通の人は、漢訳の阿含経や書き下しの國訳一切経などに
この二つの経典があるのだろうと錯覚する。
もちろん錯覚で、漢文経典にも國訳一切経にも三福道などという経典は存在しない。
あるのは三善根の三供養品だけです。
つまり、桐山さんは完全に三福道の経典を捏造したのです。
存在しない三福道の経典を、まるで漢訳経典として存在するかのように
本に引用して見せたのですから、これを捏造と言わずに、何と言いますか?
経典を一つ、丸ごと捏造したのですよ。
これがあなた方が尊崇する有余依涅槃の聖者様が今でもしていることです。

319 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 10:56:31.56 ID:L8+Ulyxw
このように桐山さんは長年、信者や読者たちを、三福道と書いてある
阿含経が存在するかのように騙していた。
繰り返すが、経典を捏造し、人々を騙していた。
ところが、ネットでこのことを批判されると、これを読んだ信者たちからも
当然、疑問の声が出て、宗務局も無視できなくなったのです。
このまま[下]の本を出したら、大変だとして発売が中止になった。

しかし、このまましておくことはできないから、何か理屈をつけないといけない。
その素晴らしい嘘を考えてくれたのが一来補さんなのです。
一来補さんは前から、三善根には二種類あり、三供養品の三善根は意味が
違うのだと主張していた。
私の記憶する限り、それは『仏陀の真実の教えを説く[中]』が発行された2012年
よりも前からです。
宗務局や平河出版社の連中が、このスレでの議論を読んで、
一来補さんの書いた三福道を正当化する嘘を見つけて、ついに出版できた。
だから、[中]が出版できたのは、元を正せば、一来補さんのおかげなのです。
アゴン宗側は口を拭っているが、2012年よりも前に一来補さんが
この嘘を書いていたことを、何なら私が証明してあげます。
一来補さんの発明した新しい嘘のおかげで、アゴン宗は危機をくぐり抜け、
本を出版できた。
三福道は在家信者たちにお金と人を出させるための根本教義です。
これが崩壊したら、アゴン宗の商売は成り立たない。
それを救ったのが一来補さんの発明した嘘です。
一来補さんこそがアゴン宗の救世主です。
一来補さんにはこれだけの大きな功績があるのだから、アゴン宗は
彼に〇〇先達とか金一封くらい差し上げるのが当然ではないか。

320 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 11:01:46.17 ID:L8+Ulyxw
>>260 :一来補:2015/08/29(土) 08:24:32.56 ID:uHlCkByJ
>なぜならば、我の説くことは桐山師の説く
>ことを話しているだけだからね。

三福道が崩壊したら、集金と集客の文証や理証が崩れてしまうのですよ。
それを一来補さんのとんでもない嘘で救われた。
一来補さんももっと自信を持ちなさい。
次々と嘘を書けば、またアゴン宗を救うことになるかもしれない。
嘘だらけのアゴン宗なのだから、これを救うには嘘しかない。
この意味で嘘が何ともない一来補さんは適任者です。

そこで他の信者さんたちですが、もちろん三善根には無貪・無瞋・無癡と
いう意味が一つあるだけで、別な意味があるなんて嘘です。
ご存じのように、在家の五戒でさえも嘘は禁止されている。
少なくとも、信仰の面では嘘はないようにしないといけない。
桐山さんが三福道という嘘を作り、それをゴマカスためにさらに三善根に
二つの意味があるかのように嘘をついた。
世間でも良くある風景で、嘘をごまかすためにさらに嘘をつくしかなくなったのです。

信者さんたちがどちらを選んでも信仰の自由だが、一つだけ警告しておくと、
ただの嘘でも悪業なのに、如来の金言を一度ならず捏造し、これを世間にばらまく
手伝いまでしたら、いったいどれほどの悪業なのだろう。
大きな悪業を積むと、人間として生まれ変わることすらも難しいと、
釈尊は阿含経の中で述べています(盲亀浮木のたとえ)。
信者さんたちの中で、一来補さんや宝生さんと違い、嘘に嫌悪を持っているなら、
自分が何をしているのか、何を信仰しているのか、少し考えたほうが良い。

321 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 13:07:23.97 ID:aWPZxp0M
>>275
>学者の経典解釈や分析なんて結構間違っている場合が多い。
>あの中村元氏や三枝充悳氏にして然り、彼らでさえ完全ではない。
>権威を振りかざしても無意味です。

学者の言葉だから正しいという話じゃない。
比丘が解脱するのは四諦の後だから、
学者の説は経典の内容に沿ってるし、深山説は沿ってない。
深山説は経典から逸脱してるから完全に間違いだということ。

あなたの書き込みは深山の擁護になっていない。
深山は、嵐が通り過ぎるのをじっと我慢してるのだから、
取り巻きも少しは協力してあげなさい。

322 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 13:12:45.50 ID:aWPZxp0M
やっと宗教から離れられたと安心していたら、
今では、毎日批判を書き込んでいる。
こんな姿を周囲の者たちが知ったら、さぞかし呆れるだろうね。

誰かさんのご尊父はそんな息子の姿を知らなかったとしたら、
せめてもの救いだね。

323 :深山と愉快な仲間たち:2015/08/30(日) 15:18:38.13 ID:/F0VVsHp
>>320
信者さんたちがどちらを選んでも信仰の自由だが、一つだけ警告しておくと、
ただの嘘でも悪業なのに、如来の金言を一度ならず捏造し、これを世間にばらまく
手伝いまでしたら、いったいどれほどの悪業なのだろう。
大きな悪業を積むと、人間として生まれ変わることすらも難しいと、
釈尊は阿含経の中で述べています(盲亀浮木のたとえ)。
信者さんたちの中で、一来補さんや宝生さんと違い、嘘に嫌悪を持っているなら、
自分が何をしているのか、何を信仰しているのか、少し考えたほうが良い。

桐山三福道を釈迦の教えだと信じて数十年。泥棒の見張り番てか
その上、金まで出して。バカみたい

やはり、阿含宗やめて正解だったわW
お金も時間もできて毎日が楽しいわW

>>322 今では、毎日批判を書き込んでいる。
1人でも悪業から目を覚ませさせるため 毎日批判に邁進します。
それが、私たちの阿含宗時代の罪の償いです。

324 :一来補:2015/08/30(日) 16:06:22.73 ID:zwnWQmMn
深山くんの嘘つきめ。
我がいつ阿含宗の代表者なんて名乗ったのだ?
嘘つきめ。そういうレスがあるならば提示してから言いたまえ。

だいたい、深山くんのようなくだらないアホ珍説に、天下の阿含宗が代表を出すわけがない。
深山くんの相手などは、阿含宗の序の口のふんどし担ぎでもおつりがくるっての。
だから我が昼寝しながらたまに相手してるのだよ。

325 :一来補:2015/08/30(日) 16:32:44.87 ID:zwnWQmMn
ところで、縁の滅尽でも縁起の滅尽でも
因縁の滅尽でも、意味は同じであることを
知ったかな?
岩波仏教辞典の「因縁」と「縁起」の語の
説明を読んだら誰でも分かることです。
初歩的なことだが、仏教ではとても重要な
事柄です。

深山くんなどは、本から沢山の知識を集め
ているようだが、ガラクタ知識になってい
ますね。正しく捉えていないからガラクタ
知識なのです。ゴミ屋敷のような知識なの
です。ガラクタ家具ばかり大量にあって、
使える物がありません。それが深山くんの
仏教知識です。

我は、知識の量は少ないが、すべて役立つ
知識です。家具は少ないが、すべて機能が
優れた物なので、快適な家庭生活です。
まぁ、例えればそういうことですよ。
だが、深山くんも絶望することはない。
正しいことを知るに、遅すぎるということ
はない。正しいことを知れば、いつからで
も出直しは可能なのですからね。
あるいは来世紀でとか。

326 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 16:57:34.77 ID:/Xv/A/jF
>>325正しいことを知るに、遅すぎるということはない。

おぅ、中々良いことを言うね。桐山のインチキ因縁解脱の修業とやらを
いくらやっても桐山も桐山婦人も因縁切れないということを正しく知りなさい。

327 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 18:07:29.99 ID:g/vJCY/s
>阿含宗という宗教253 [転載禁止]&amp;copy;2ch.net
>636 :一来補:2015/07/21(火) 19:10:34.11 ID:4GgxFP/k
>エサを貰うのが家畜なのです。エサを与えるのは主人なのです。見返りを考えず、喜びと感謝で供養すれば、エサを与える側、主人になるのです。

あなたが求めている見返りは、何なのかよく分りましたよ。

328 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 18:16:55.94 ID:L8+Ulyxw
>>324 :一来補:2015/08/30(日) 16:06:22.73 ID:zwnWQmMn
>深山くんの嘘つきめ。
>我がいつ阿含宗の代表者なんて名乗ったのだ?

あなたも桐山さんと同じで、自分の事を何か言われるとこうやって猛烈に反応する。
二人とも自己愛が強すぎるからです。
しかも、簡単に反論できるような言葉尻に噛みついて、
都合の悪いことには口を拭って素知らぬふりをする卑怯者です。

一来補さんのような嘘が何ともない人から嘘つきと言われてもねえ・・・。
これまでもあなたの嘘を何度も暴露して来た。
なんなら、嘘の一覧表を並べてあげましょうか。
では、あなたのその屁理屈に応じて、私も屁理屈で返しましょう。
いつ、私があなたを代表者だと書きましたか?
私は代理人と書いたのです。
代表者と代理人では意味が違う。
このくらいの屁理屈でよろしいですか?

329 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 18:23:18.07 ID:L8+Ulyxw
>>310 :一来補:2015/08/30(日) 08:36:18.23 ID:zwnWQmMn
>お墨付きも何も、桐山師はね、ある時法話で、
>「君たちは小桐山なのだから自信を持って法を説け、布教せよ」とお話しされたのです。

まるで自分だけが聞いたかのように錯覚してるようだが、
私も何度もそれは聞きました。
だが、あなたの解釈は間違っている。
桐山さんは「自分の言ったとおりに人々に伝えろ」と言ったのです。
あなたは自分勝手な解釈で何を言ってもいいと受け取っているが、
桐山さんはそんなことは許さない。
あなたみたいな勝手解釈を入れることを桐山さんはものすごく嫌うのを
一来補さんは知りませんね。

アゴン宗の教義でもない事を説いた信者で処罰された例を私は知っています。
あなたは現場で布教活動なんてしたこともないから、そういう実情を知らない。
あなたの桐山観、アゴン宗観を聞けば、何も現場で活動してこなかったのがわかる。
だから、あなたは上記に桐山さんの目的を書きながら、
その部分に重点を置いていない。
桐山さんのこの法話は、小桐山になれと言ったのではなく、
人と金を集めて来いと言ったのです。
「徳と力量があった」と自慢する一来補さんは、あるのは「徳と力量があった」だけで、
知性は抜けているようで、こんなことも理解できない。

330 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 18:29:13.17 ID:L8+Ulyxw
>>310 :一来補:2015/08/30(日) 08:36:18.23 ID:zwnWQmMn
>「君たちは小桐山なのだから自信を持って法を説け、布教せよ」とお話しされたのです。

桐山さんは法を説くことを目的にしろと言ったのではありません。
目的は、あなたも書いている「布教せよ」です。
布教とは、人と金を集めて来い、という意味です。
桐山さんの法話とは、
1.人と金を集めて来い、
2.自分がどれほど迫害された大天才かという自慢話、
だけです。
この二点だと理解してしまうと、法話のほとんどが大変良く理解できる。

悪因縁、地球壊滅、天命殺などで脅かして、助かりたければ、
金と人を教団に貢げ、
超能力が欲しいなら、好運が欲しければ、徳を積まなければならないから、
金と人を教団に貢げ、
三福道や積徳行などと阿含経の講義や仏道のように見せかけているが、
その結論は、人と金を集めて来い、です。
その間に、自分のありもしない超能力の自慢や、他教団からの激しい迫害に耐えて、
オシャカを世に出す聖者という自慢話をする。
自慢話も嘘だから、自殺の回数さえも話をするたびに違う。

こんなわかりやすい法話なのに、一来補さんは三十年聞いても
まだ理解できないのですね。
もっともあなたは例祭は行かないから、法話なんて聞いていない。
「徳と力量」で聞いているから、桐山さんの法話の本質をあなたまだ理解できない。
法話は「徳と力量」で聞くのではなく、知性で聞くのです。

331 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/30(日) 18:36:44.37 ID:L8+Ulyxw
>>310 :一来補:2015/08/30(日) 08:36:18.23 ID:zwnWQmMn
>「君たちは小桐山なのだから自信を持って法を説け、布教せよ」とお話しされたのです。

桐山さんの法話を聞く徳と力量のある一来補さんは何人導いたのだ?
プチ桐山となって、何人の人に法を説いて、布教し、導いたのだ?
前に、私がアゴン宗を辞めた時、周囲の人たちに伝えたのかとあなたは詰問した。
こちらが答えているのを読みもしないで何度も詰問した。
他人を裁いたつもりで、ああいう時にあなたの意地悪な性格が出てしまうのですよ。
だから、私もお礼にあなたに質問しよう。

あなたのお徳と力量によって、桐山ゲイカから小桐山となるように言われて、
実行したあなたは何人を導いたのだ?
あなたは入信して三十年近くなるはずだが、何人導いたのだ?
勝手に入信させたとか、昔のプレゼント行はダメです。
あなたが小桐山となって言葉で説得して、相手が納得して入信した人の数です。
ゼロでしょう?
あなたは親族も誰も導いてはいないでしょう?
「眠りブッダ」を名乗っていた頃、導きをしていない言い訳を並べていましたね。
違うというなら、導きを何人して、その内何人が今でも信者なのか、
親族は何人入ったのか、書いてみなさい。
これを書いてもあなたを特定することはできないから、何の問題もない。
だが、もちろん、あなたは私の質問を無視して、悔し紛れに
別な事を書き続けるでしょうね。

332 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 19:43:30.91 ID:ZKn+84an
因が依する存在の法、並びに、老生する時間の界は別個ですから、例えば、おのおの
時空間として前提するならば、それは、時と空間に当たる。法での解が根とおき、
界での元は如来に思えるでね。それをつなぐのは『道』としたい?のでしょうから
准テイは、それらの架け橋のもであってある慈経に通ずると

333 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 20:05:00.32 ID:Bo+rBYez
ジュピター、真実やね〜。

334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。
導く努力とかは必要であるが、その人数では図れないのです。
麻原みたいな馬鹿を、大勢導いたと想像すれば、その馬鹿さかげんが分かるだろう。

深山くんは、桐山師の指導を理解していないから、そういう量にこだわるのです。
桐山師の指導を理解していないのだから、あんたは桐山師の教法を論じる資格もないのです。

335 :一来補:2015/08/30(日) 21:49:02.39 ID:zwnWQmMn
三供養品の三善根を三福道と名称を改定した
桐山師の配慮は、最もなことです。
三善根のままでは、無トンジンチのことだと
誤解して、修行しない者が出るだろう。
批判派がそのよい例です。
無トンジンチだと誤解した場合、どういう修行
をするだろう?何も出来やしないのです。

トンジンチを無くしたら、阿羅漢なのです。
癡=無明、なのですからね。それを無くしたら
阿羅漢です。トンジンチの前に、我見疑惑と
いった三結煩悩を無くすことが先決なのです。
ゆえに、三供養品三善根は無トンジンチのこと
ではないのです。

原語は何か知らないが、三福根とか三善道と
か訳されるべきだったのです。
そうすれば、桐山師の手を煩わすこともなかった
わけですな。

336 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 22:00:02.39 ID:/Xv/A/jF
>>335三善根のままでは、無トンジンチのことだと
   誤解して、修行しない者が出るだろう。

うーむ、誤解することなく修行した桐山は因縁切れてないけどねww

337 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 22:48:56.57 ID:Aldb1M9E
>>324 一来補 2015/08/30(日) 16:06:22.73 ID:zwnWQmMn
>深山くんの嘘つきめ。
>我がいつ阿含宗の代表者なんて名乗ったのだ?
>嘘つきめ。そういうレスがあるならば提示してから言いたまえ。
>だいたい、深山くんのようなくだらないアホ珍説に、天下の阿含宗が代表を出すわけがない。

一来補さんがアゴン宗の代表になれるはずはないが、しかしこのアゴン宗批判スレという
ネットの公の場で、アゴン宗の信者を名乗る者が匿名でも現れて、批判に対して
反論をしたら、世間では、それをアゴン宗を代表して発言していると見なされます。
決して一信者が勝手なことを言うのも自由なことだとは見なされず、世間はそれでは通用しません。
つまりアゴン宗のことについて発言するならば常に、教団を代表して発言しているという
自覚と責任を持たねばなりません。
発言には必ず責任がつきまといます。
一来補教ならあなたの自己責任だから、何をどう説いても自由ですが、アゴン宗のことを語るのに
何を発言するのも自由なんてことはなく、それは教団が許さないでしょう。

338 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 22:58:51.11 ID:Aldb1M9E
>>334 一来補 2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。
>導く努力とかは必要であるが、その人数では図れないのです。

これも全く異なり桐山さんはお導きの実績目標を数字で示して信者に達成するように迫ります。
13救いの輪がそうでしたね。
1人が13人のお導きをすれば、世紀末の人類の危機から桐山さんはその導き主を
守ってやることを約束する。だから君たちも約束しろと迫った。
つまり13人導かないと守ってやる約束はしないと言ったわけで、はっきり数字で差別しています。
また13救いの輪以前は、千座六度の行と言って、千日、つまり3年間の間に6人のお導きを
するように奨励した。
つまり指標は常に数字です。

339 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 23:33:35.75 ID:aWPZxp0M
このスレには信者はいない。
しんじゃ

340 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/30(日) 23:38:02.35 ID:Aldb1M9E
>>335 一来補 2015/08/30(日) 21:49:02.39 ID:zwnWQmMn
>三善根のままでは、無トンジンチのことだと
>誤解して、修行しない者が出るだろう。
>批判派がそのよい例です。
>無トンジンチだと誤解した場合、どういう修行
>をするだろう?何も出来やしないのです。

はあ?これはひどい。
無貪瞋痴と誤解されるまでは、アゴン宗の立場的にはまだよいが、どうして無貪瞋痴だと
修行しない者が出るのだ?
貪瞋痴をいきなり目の前でパッとなくせなんて言われてもそんなことは誰にも不可能です。
だから出来るところから少しずつ減らしていけばよい。
瞑想のお時間だけでなく日常生活の場において減らす努力を提唱すれば、信者は
曲がりなりにもそれに近づけようとします。
また昨日だったか示した沙門果経にも釈尊自ら具体的な正知を得るヴィパッサナー
瞑想を説いている。あれを読めばわかるが瞑想の場だけでなく食事の時も大小便の時も
自分自身を観察することが説かれている。
ローマは1日にしてならずだが、しかし千里の道も一歩からだ。
その一歩を歩み出せない人は単に貪瞋痴の煩悩を減らすなんてことをしたくない
わがままな欲望を捨てられないからだ。

>トンジンチを無くしたら、阿羅漢なのです。
>癡=無明、なのですからね。それを無くしたら
>阿羅漢です。トンジンチの前に、我見疑惑と
>いった三結煩悩を無くすことが先決なのです。

だから三結煩悩をなくすことが無貪瞋痴の一部です。
痴の煩悩の初歩を克服するのです。

341 :神も仏も名無しさん:2015/08/30(日) 23:40:42.98 ID:aWPZxp0M
阿含宗という宗教 = 書けば書くほど不幸になるスレ

342 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:14:37.37 ID:TtxUsii1
NEW!!

・「いつものパン」があなたを殺す:脳を一生、老化させない食事 (デイビッドパールマター 2015/1/16)

・ダダモ博士のNEW血液型健康ダイエット (集英社文庫)
 O型とB型は小麦、とうもろこし、蕎麦を食べると体調が悪くなり太ります

・炭水化物が人類を滅ぼす糖質制限からみた生命の科学 (夏井睦 光文社新書 2013/10/17)

・統合失調症、うつ病、パニック障害は糖を抜くと3日で治った。

・チョコレートは超危険食品 強い依存性、糖尿病の恐れ…妊婦や子供は摂取要注意
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1439344485/938-940

・すべての不調は首が原因だった!
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1439344485/936

小麦に含まれてるグルテンは脳を炎症させます。→精神病、ウツ病の原因に。

O型とB型は小麦を食べると腸に血が集まりアレルギーのようになり吸収が遅くなりタンパク質を脂肪として吸収してしまうため太ります。

炭水化物(小麦、米)=砂糖

小麦はドクです。

343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
>>341そりゃ当然さ、何等の修行のかけらもしてないのに
  口先のみで批判したい手合いだらけさ。
 幸福になりたいなら先ず利他を行うべし。
 
 深山先生強くご否定の不成仏霊の救済が最も早い近道なのだが 
 彼は前世からの因業本編強くして霊魂を否定しとりますからなぁ。
 ご家庭の御宗旨の教本でも宜しいから、ご供養の法を
 日々に致すのが善い。
 仏教と先祖供養、先祖祭祀が何故結びつくか、やりゃ判りますよ。
作家の故深沢七郎氏が末年近い頃の著述に表わした文の要約。
自分は心臓病と言う持病もちである、この痛みは俺の先祖の人達もあの世に
旅たつ前にこんな同じような苦しみを味わって死んでいったのだ。
と先祖を懐かしむような心境を語る。
とある種の人生観と諦観を述べていた。
先祖代々の遺伝病を身に受けて同じように苦しみ死ぬのが人として善いのだろうか?
これは自己の内臓の病だから世間にはさしたる迷惑は掛けてはいまい。
さて精神異常の遺伝なら如何よ?因縁解脱が出来たら如何か?
一切が空になるなら精神異常などもOK!な筈だが。

344 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 07:28:58.88 ID:rSsOykbR
「密教入門・求聞持聡明法の秘密」初版16頁〜17頁から引用

仏教は極力、呪術的なものを排撃し、弟子たちにもそれを犯すならば、波逸提−堕地獄−の罪にあたると説き、
さらにこれらの呪法を畜生の学とまできめつけているのであるが、しかしその仏陀自身、
その後、仏道修行のさまたげになるような悪呪密法は厳禁するけれども、治毒呪とか、治歯呪、避蛇呪のような、
一身を守護したり、心に慰安をあたえるような善呪はこれを誦持してもよろしいと
認可しているのであり、ここに呪法が仏教にとり入れられるようになった端緒があるとするのである。
この傾向はしだいに助長され、仏滅後はいよいよ盛んになっていって、原始仏教の経典中には、
土俗のあいだにひろく誦持されるヴェーダの賛歌をそのままとり入れて仏教の神呪としたり、
またこれらの賛歌の形式で仏教の賛歌をつくったりしたものがあらわれるようになり。
これらの思想的な裏づけをされて、後世の密教に発展していったのである、と考えるのである。
(栂尾祥雲『秘密仏教史』参照)
以上の説はたしかに一応うなずくに足る説ではあるけれども、しかし、私はこれをとらない。
たしかに呪法は仏教の中にとり入れられるた。しかし、呪法は呪法であって、密教ではないのである。
考えてみればすぐ分かるように、呪法がいくらかず多く集まり、どんなに発展して、どんな
理論体系を持ったところで、それはどこまでも呪法に過ぎず、「秘密仏教」ではないのである。
それが仏教になるためには、仏教の基本原理が基底になければならぬ。あたりまえのはなしではなかろうか。
重ねていうが、呪法は呪法であって密教ではないのである。それらは密教の中にまぎれこんで
きたものであり、ほんとうの密教とはなんらかかわりのないものである。

345 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 07:46:58.51 ID:1n1dFhJq
 
深山中的比基尼   http://club.china.com/data/thread/3216067/2756/34/75/3_1.html

346 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 08:03:57.83 ID:rSsOykbR
>>344に古い桐山本から密教の成立というよりも、呪術と仏教のかかわりについての
桐山さんの考えの資料として引用しました。
これによると後世の仏教が呪術を取り入れたことは事実だが、呪術はどこまでも呪術であって、
呪術は仏教になり得ず、仏教の考えが基底になければならないというものです。
一来補さんの縁起解脱の勝手解釈もひどいが、そこまでひどくはないにしても
アゴンマガジンにパリッタを阿含経における原始仏教における呪術性の証明などと書いた
森川真澄さんもまた、その説が欺瞞とお粗末さに満ちているだけでなく
桐山さんのかつて示した考えにもそぐわないのです。
森川真澄さんとは経典研究家とあるが、もちろん学者などではなく、また大学院などで
仏教経典を研究している人とも思われず、単なるアゴン宗の信者でしょう。
信者として桐山アゴン宗を擁護したいわけで、その為に、パリッタなどを出し
阿含経にはもともと呪術性を包含しており、われわれアゴン宗の祈りや真言を用いた活動も
正当なものなのだと擁護したいわけです。
しかしこれは私に言わせりゃ下手な擁護で、かつて桐山さんが示した考えをぶち壊して
しまうものです。
桐山さんは呪術は所詮呪術であって、呪術がどう頑張っても仏教にはならないと説く。
この時代密教を説いているが、阿含経を第一に置くようになった今ならば尚更です。
それなのに呪術性の証明とは、なんとピントがはずれているのか?
パリッタとは呪術です。もちろん治毒呪とか治歯呪、避蛇呪とは成立が異なるものであろう。
ではパリッタとは仏教の教えが基底にあるものか?
それは成仏法につながるものか?

347 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 08:31:48.34 ID:rSsOykbR
パリッタとは日本における言霊(ことだま)信仰のようなものです。
言葉を口に出して発することが、もうそれだけで、力を与えてしまうという
要するに迷信であり呪術です。
パリッタの成立には釈尊が説いた詩とか言葉もまた多く使われた。
アングリマーラ経という殺人鬼アングリマーラが仏教に帰依する話をまとめた経典がある。
その中でアングリマーラは托鉢中、難産で苦しむ家庭を通り、その苦しい人生を見て嘆く。
この嘆きを釈尊に伝えたら、釈尊はアングリマーラは「自分は一度も人を殺傷したことがない、
このことにかけて、あなたの無事に幸いあれ」と話すがよいと諭した。
これに対して、アングリマーラは、自分は殺人歴多く、そんな嘘は話せないと反対する。
釈尊は、ならば「自分は出家者となってからは一度も殺傷をしたことがない、
このことにかけて、あなたに幸いあれ」と話すように諭した。
アングリマーラはそのようにして難産に苦しむ妊婦の家に戻り、そのように話し、
果たして無事出産を得たという。
こういうエピソードから、真実の言葉には不思議な力があると信じられ、
パリッタの成立に繋がったと言われる。
しかし釈尊はこの場面で本当に不思議な言葉の力を用いたのだろうか?
これは違うと思う。仏教の考えの一部を構成する要素にはなり得ない。
当時のインドに既に真実の言葉には力があるという俗信があったものと思われるが
このような迷信を釈尊が活用したのは、決して仏教の教えの根幹に基づくものでなく、
殺人鬼だったアングリマーラに対して勇気と自信を持つように敢えてそれをやらせた
釈尊の慈悲深い思いやりだと私は解釈する。
安産に終わったのはたまたま結果だけで。
これがそもそも迷信でないと言うならば、じゃあこの不思議話は釈尊が超能力を発揮して
難産を救ったのならばともかくも、どうしてアングリマーラにそれをしゃべらせただけで
安産が叶うのか?いつもいつもそうなるのか?
それならば助産師は要らない。

348 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 08:42:39.16 ID:rSsOykbR
桐山さんが提唱していた仏教の教えと技法の基底とは、こんな所詮呪術のような
迷信の話だったのか?
そんなことはなかったはずだ。
桐山さんが提唱した仏教、密教はそんな呪術ではなかったはずだ。
たとえば以下のような話だったはずだ。


「チャンネルをまわせ」あとがきより引用

それはまさしく至難のわざではあるけれども、複雑きわまる精神構造の底に屈折した
さまざまな葛藤を秘めて現代の苦悩とたたかう近代人の支えとなるためには、
ぜったい不可欠な要素であるといわねばならぬ。
ただたんなる祈りと愛と慈悲と善意だけでは、自分自身すら不可知の錯綜かつ矛盾にみちた
コンプレックスに悩む近代人を救うことはできない。
最後に、一言、私事を述べさせていただくならば、ここ一、二年、私の密教を、
「オカルト密教」「念力密教」と呼び、さまざまな批判を投げつけられたかたがたが
おられたようであるが、私は、いっさい沈黙してなにも語らなかった。
“桐山密教”は決して単なる超能力密教ではなく、また呪術的なオカルト密教でも
なかったのである。

迷信呪術のパリッタを唱えることが桐山アントロポロギーの密教、仏教ではなかったはずだ。
そういう点、森川さんもまた桐山さんのことをわかっていない。
しかしアゴンマガジンにこれが載るのだから、これは桐山さんも承認ということになる。
桐山さんも耄碌したもので、もう何でもよいのだろう。
だから今回の一来補さんの縁起解脱の話も桐山さんに質問したら案外に
認められるかもしれない。
桐山さんももともとが仏教の縁起の話などにもはや興味もないだろうから。
だいたいアゴン宗になって、祈りを重視するようになってから、先にチャンネルをまわせで
提唱したような桐山アントロポロギーと違うではないかと私は訝しく思ったものだ。

349 :一来補:2015/08/31(月) 11:53:04.68 ID:nlPypYBt
縁起解脱の話しは、我が桐山師の説明を話したに過ぎない。例えば、仏陀の真実の教えを説く中巻の160ページから209ページまで、50ページも費やして、因縁因果の法則を超越する、ことを説明しています。ユビキタスくんも確かめたらよろしい。

因縁因果の法則とは何ですか?
縁起の法、そのものですよ。
岩波仏教辞典で、縁起を調べてご覧なさい。
縁起も因縁も因果も同じ意味であることが書いてあります。そこから超越することが成仏なのだと説明していますよね。
だから、因縁解脱も縁起解脱も因果解脱も意味は同じです。言葉の語呂の問題だけです。

縁起の法は、すべては因縁によって生じたり滅っしたりするという法則です。
だからといって、涅槃までもが因縁によって生じたり滅したりしたのでは涅槃寂静は成立しません。束の間のことになってしまう。
だから、縁起の法則から解脱することが涅槃だと釈尊も桐山師も説明しているのです。

桐山師は因縁因果の法則から超越すると説明していますが、因縁解脱と同義語です。
この仏陀の真実の教えを説く中巻本の、因縁因果の法則を超越する、の説明は、ダルマチャクラでも説明していますよ。

350 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/31(月) 12:02:05.98 ID:46QLGn7V
>>343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
> 仏教と先祖供養、先祖祭祀が何故結びつくか、やりゃ判りますよ。
>作家の故深沢七郎氏が末年近い頃の著述に表わした文の要約。

宝生さんにお願いだが、私を名指しで意味不明の文章を書かないでほしい。
私は名指しにされたら、返事をするのが礼儀だと親から教えられたから、
執念深く同じ事を書き続けるような人を除き、原則、無視はしません。
しかし、宝生さんの文章は何を書いているのか意味がわからないのです。
いや、意味は推測できるが、それを私が解釈して説明して、
さらに反論するという手間暇が面倒で仕方ないのです。
深沢さんの話と先祖供養と何がどう関係しているのだ?
あなたは深沢さんの事を知っているという知識自慢をしながら、
自分の主張の一部と使ったつもりだろうが、グチャグチャしていて意味不明なのです。
あなたは、精神病などで苦しむ人をどうやって助けるのだと
疑問を投げつけたつもりなのでしょう?
釈迦仏教では病気治しはしない、これが返事です。
しかも、あなたの批判はそのままアゴン宗やあなた自身に当て
はまることに気が付かないらしい。

351 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/31(月) 12:07:20.26 ID:46QLGn7V
>>343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
>さて精神異常の遺伝なら如何よ?因縁解脱が出来たら如何か?
>一切が空になるなら精神異常などもOK!な筈だが。

あなたは、精神病を患い苦しむ人をどうやって助けるのだ、と言いたいのでしょう?
まるでアゴン宗が精神病の患者を救っているかのような前提で書いている。
どこにそんな証拠があるのだ?
まったく逆の証拠を私はたくさん知っている。
私はこれまでも何度も、信者時代に自分の周囲にいた精神や心を
患った人たちの話を書いて来た。
アゴン宗は世間よりもこういう人たちの割合が多い。
なんなら、もう一度、どれほどアゴン宗が精神病に対して無力か、
示してあげましょうか。
たしか7〜8件はあります。
最悪は自殺した事例があるのです。
この事例を私は何度でも書くのが義務だと思っている。

アゴン宗が何の効果もないならまだ良い。
彼らの病気には逆効果です。
普通の病気なら病院に行くのに、精神や心の病だと行きたがらない。
患者たちは自分の病気を認めたくないから、霊障や因縁のせいにしたい。
解脱供養など呪術に頼り、治療が遅れてしまい、症状が悪化してしまうのです。
これは一般論ではなく、実際に目の前で何度も見た。
桐山さんや宝生さんみたいなインチキ霊能者は彼らに害をなしている。

352 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/31(月) 12:12:04.81 ID:46QLGn7V
>>343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
>さて精神異常の遺伝なら如何よ?因縁解脱が出来たら如何か?
>一切が空になるなら精神異常などもOK!な筈だが。

一見、苦しむ彼らを助けるようなふりをしながら、
桐山さんもあなたも自分の力自慢に利用しているだけです。
本当に力があるならまだ良い。
何の力もない。
無いくせに有るかのように彼らに期待させ、症状が良くなると、
医者など周囲の治療は無視して、自分の力だと自慢し、
良くならないと、自分の言う事を聞かないからだと切り捨てる。
桐山さんやあなたみたいに連中は病人に憑りついた寄生虫です。
彼らの不幸につけ入り、いかにも何か霊力があるかのような
ふりをしながら、愚につかない呪術や、インチキ霊能力で治した「ツモリ」、
念力が出て病気を治している「ツモリ」。
子供騙しです。

桐山さんがそれほど病気の人に対して慈悲深いなら、
ガンになって泣きついた信者へのあの態度は何だ?
機関誌のカラーページで17頁にわたって、さらし者にして、
自分の言う事を聞かないからだと勝手に決めつけ、
最後は奥さんと一緒に出ていけ、と述べている。
ガンになって助けを求めている長年付いて来た信者に対して、
本人が書いてもいない決めつけをして因縁をつけ、追い出した。
全国の信者に、自分を不愉快にした者がどうなるか、見せしめです。
これが先祖供養をする仏教を説き、病気治しもするという桐山さんのしたことです。
あの記事はここで何度も取り上げているから、宝生さんも何度も読んでいますよね?
でも、あなたは一来補さんと同じで超鈍重鈍感だから、桐山さんの
残忍冷血冷酷非道な行為を見ても何も感じないのでしよう?

353 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/31(月) 12:20:48.68 ID:LT3cZ5sD
>>343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
>さて精神異常の遺伝なら如何よ?因縁解脱が出来たら如何か?
>一切が空になるなら精神異常などもOK!な筈だが。

アゴン宗での精神や心の病を持つ信者への扱いがどれほどひどいか、
あなたは何も知らない。
私は別院で何度もそれを目撃しました。
彼らは言動がおかしいから周囲に迷惑をかける。
仕事につけない人も多く、収入がなく、解脱供養も出せず、
護摩木祈願もできないから、お金にならない。
もちろん、導きなんてできるはずがない。
中にはチラシ折りさえもできない人もいた。
精神病は治りにくいから、アゴン宗が病気治しに効果がないと
事実を宣伝されたらたまらない。
アゴン宗にとって、彼らはいたら商売に邪魔な客なのです。
ではどうするか。
彼らは言動がおかしいから、そこに因縁を付けて排除する。
「腐ったミカンはつまみ出せ」が桐山さんの合言葉です。

千葉地区の先達として活躍していた人は非常にボン行に熱心だった。
だが、だんだん言動がおかしくなり、最後は祭壇の供物を盗んだとして除名になった。
同じように、心を病んだ人が盗みの疑いをかけられて、
職員や修行者から総勢で無視されて、辞めた人もいます。
ある精神を病んだ人はいきなり桐山さんに意味不明の質問をしたから、
桐山さんは往生した。
桐山さんの大嫌いなパターンです。
おそらく職員に八つ当たりしたのでしょう。
職員は目の色を変えて、この信者を因縁をつけて排除するために材料を探していた。
お世話していた人に何かないか質問し、「無い」と答えると、
「味方をするなら、アゴン宗に逆らっているとみなします」と
脅迫までしたという。

354 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/08/31(月) 12:26:17.94 ID:LT3cZ5sD
>>343 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 01:27:01.87 ID:3Bdm4Mph
>さて精神異常の遺伝なら如何よ?因縁解脱が出来たら如何か?
>一切が空になるなら精神異常などもOK!な筈だが。

私のいたファミリーでは実際に精神病の信者を対応した。
このファミリーは、こういうアゴン宗では点数にならないことにも
きちんと取り組んでいた。
協力しあって、信者を病院に連れていき、ゴキブリの死骸だらけの
部屋の後片付けを手伝い、遠方の病院まで見舞いにいった。
桐山さんやあなたみたいにその場しのぎのことをするのではなく、
最後までお世話しようと皆さん努力した。
病気の信者の苦しみと、助けようと実際に努力した信者たちを思いだすと、
あなたみたいな口先ばかりの無責任なきれいごとを並べる信者に腹が立つ。
桐山さんやあなたみたいな口先ばかりで力のない連中は、
彼らへのダニであり、寄生虫です。

こんなふうに書かれたくなかったら、私を名指しで書くのをやめることです。
必要な時には、これまでのように私のほうからレスを付けます。

355 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 12:36:10.61 ID:26+QZDMg
深山さんはどこのファミリーだったの?
シバタさんに訊いてみよう。

356 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 12:42:01.72 ID:rSsOykbR
>この傾向はしだいに助長され、仏滅後はいよいよ盛んになっていって、原始仏教の経典中には、
>土俗のあいだにひろく誦持されるヴェーダの賛歌をそのままとり入れて仏教の神呪としたり、
>またこれらの賛歌の形式で仏教の賛歌をつくったりしたものがあらわれるようになり。
>これらの思想的な裏づけをされて、後世の密教に発展していったのである、と考えるのである。
>(栂尾祥雲『秘密仏教史』参照)

ここの部分はもはや治毒呪とか治歯呪とか避蛇呪とも違うことがわかりますよね。
すなわちパリッタとは書かれてないが、これがパリッタであることがわかります。
賛歌(マントラ)の形式を踏襲して、仏教でも賛歌が作られている。
しかし釈尊がこれを詩の形で説いた時、これを呪術のように唱えなさいなんて説いたわけではない。
経典がまだ編纂されてない時代でも、釈尊の説いた言葉は短い章句としても暗唱するように実行されていた。
チューラパンダカなどは学習障害がある為かそれができなかったとされている。
この暗唱とは決して呪文ではありません。
釈尊が人にわかるように言葉で説いた教えを決して記憶から忘れ去られないように
暗唱したのです。その場で聴いて理解して、なおも暗唱して、忘れないようにして、
その忘れてはならない教えを暗唱により思い出しては、理解して常に念頭に置くことが目的です。
だから呪文でも呪術でもない。
日本の仏教なんてアゴン宗ならずともヒドイもんだから漢文の経典を和訳もせずに
読んでいるやり方はこれは呪文みたいなものと思われても仕方ない。
真言陀羅尼もまたそうです。
釈尊の経典に残るパリッタは、当時のインドの言語で書かれた当時のインド人が
それを口に出して読んで理解できるものです。
しかし密教では真言不翻、翻訳してはならない、翻訳できない、一語に百千万言の深い意味を有する
とかなんて言って、単なる呪文に堕した。
真言だって翻訳できます。
おー、起てよ、かつて他に征服されたることなく、・・・とか、あなた方訳をわかった上で
例の秘密真言を唱えているでしょう?所詮その程度のものだ。
言葉に出して口にすれば何かが変わるのか?
桐山さんは言っていた。
塩を前にこれを砂糖だ砂糖だと叫んでも、塩は砂糖に変わらないと。

357 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/08/31(月) 12:52:31.00 ID:rSsOykbR
>この傾向はしだいに助長され、仏滅後はいよいよ盛んになっていって、原始仏教の経典中には、
>土俗のあいだにひろく誦持されるヴェーダの賛歌をそのままとり入れて仏教の神呪としたり、
>またこれらの賛歌の形式で仏教の賛歌をつくったりしたものがあらわれるようになり。
>これらの思想的な裏づけをされて、後世の密教に発展していったのである、と考えるのである。
>(栂尾祥雲『秘密仏教史』参照)
>以上の説はたしかに一応うなずくに足る説ではあるけれども、しかし、私はこれをとらない。

ほら?パリッタも包含することを示唆する栂尾論文の主張を桐山さんはこれをとらないと否定している。
そのような面もあったのは事実だろうが、それは仏教として密教として本質を捉えたものではない
というのが桐山さんの考えです。
だから桐山さんは森川さんの説を、そんな面もあろうが、それがどうかしたか?
そんな話は本質ではない、私はその説をとらないと否定したことになる。
ただそれは当時パリッタのパの字も知らないが、栂尾論文を読んだだけで、印象で判断した
桐山さんの考えであり、私は栂尾論文の方が正しいと思いますよ。
やはり密教は呪術と混合して生まれて、後から必死に仏教らしく理論付けをしたつもりのものと。
その証拠があの真言の訳に見られるお粗末な土俗信仰と祈祷に過ぎない内容です。
あれらのどこが真実、真理の言葉か?
当初のパリッタの精神すらもない。アングリマーラは新しく生まれてから一度も人を殺傷したことがない
という真実の意味さえもなく、単に形式の踏襲。
それが密教であり、また桐山アゴン宗もそれを使う単なる呪術ゴッコです。

358 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 13:09:52.07 ID:26+QZDMg
兄貴を悲しませるなよ

359 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 14:01:32.94 ID:1pNSbUrz
>>349

万引き無くすにゃ刑法を無くすんのかっての
苦の因である煩悩をなくせるんだぜって縁起が
説かれてんじゃネエのか
っていうか縁起があるから無明も滅することが
可能となるんだろって
娑婆界でその原理を無くしちまったら元も子もネエだろ
んでもって涅槃界はもう縁起の理法が成り立たんからな
だから悟り涅槃は縁起を超えた境涯だって言うわけよ

筏は渡ってから捨てるんだよな
渡る前から燃やすバカがいるかっての
そうそう桐山大将は筏の上で焚火してるんだっけな

360 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 14:58:38.25 ID:o1P6R5VH
フカヤマサン、アナタ、ジブンノセイシンショウガイニキガツイテイナイアルヨ。
セイシンビョウノヒト、ジブンガビョウキデアルコトニキガツカナイアルヨ。

361 :深山と愉快な仲間たち:2015/08/31(月) 17:02:04.21 ID:x+jBQMot
いくら辞典を持ち出して議論したところで、本の中の世界でしょ
阿含宗は桐山小説を演劇しているだけでしょ
阿含宗の解脱は絵本の中の空想の世界なのよ
一来甫は最近も托鉢してないんだろ
たまには托鉢でもしてみろよ。本当に塩まかれるぞ
嘘だと思うならやってみなよ。
それほど阿含宗は世間から嫌われているんだよ。
法被着て外出て現実を知ることだね。

362 :深山と愉快な仲間たち:2015/08/31(月) 17:03:19.96 ID:x+jBQMot
>>360
お前もな

363 :深山と愉快な仲間たち:2015/08/31(月) 18:36:21.65 ID:x+jBQMot
解脱ができるかできないか?
結局は、教祖ができていない時点でアウト!でしょ
一来甫はまだ横変しの因縁がでてないだけでしょ
明日かもしれないから気をつけなよな

364 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 18:47:16.46 ID:26+QZDMg
>>363
お前モナ

365 :深山と愉快な仲間たち:2015/08/31(月) 19:21:22.98 ID:x+jBQMot
因縁修行宝鑑に
肉体障害強くして横変死の因縁あり
癌の因縁あり または、脳障害因縁あり
夫婦縁障害の因縁あり
家運衰退の因縁あり
このあたり強弱でみんな書かれてたよな〜
何時因縁が出るかみんなビビッらされたよな〜wwwww
原因は、3代前の横変死した先祖あり
至急解脱供養するべし
拝受後は宗務局前は10万円持った会員の行列だったよな

因は横変死した先祖・・・縁は黄変死
これが阿含宗の因縁です。てかwwwww 一来甫さん

366 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 20:09:10.40 ID:26+QZDMg
>>362
>お前もな

これ、フカヤマサンもセイシンショウガイだという意味だよな。

367 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 20:17:09.10 ID:9prvl6ZH
君と麻原の思考はとても似ている、気をつけなさい。
修業や瞑想で悟りや解脱に至れると思っている。

本末転倒してないかよく考えなさい。

368 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 21:35:32.77 ID:XJKSX1MM
今夜も ハッスル!www

369 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 21:49:50.17 ID:XatcmWMh
別に横死、変死したって、それまでの生き方が充実していたら、死に方なんて些細なことだと思うんだがなあ。
谷啓さんは自宅で転んで亡くなったけれど、日本のエンタテインメントに貢献したし、立派な人生を全うしたのでは。

ところで「黄変死」なんていう単語は変だよなあ。辞書にも載っていない。

370 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 22:28:37.41 ID:sdFI2caK
>>366
いや深山さんの書いていること仏教教学には私は疎いので何とも言えないが
阿含宗道場でのことほとんど事実です。
なお、深山さんの知らない地方道場(私の所属してたとこ)でも同じような例あります。
ウツで仕事辞めて道場で梵行してたがどうにもならず。自殺した人とか
まあ、この人は病気になってから入信した人だったから手遅れということ?も言い訳できるかもしれないが
普通に健康体で千座行はじめていたのに因縁きれず分裂症になった人もいました。
なんのききめもありません。
阿含宗はおかしい・・・その事実を書くことのどこがセイシンショウガイなのだ?
いいかげんにしろ!

371 :神も仏も名無しさん:2015/08/31(月) 23:28:01.39 ID:XatcmWMh
阿含宗信者は、精神は健康で仕事をしているが、心が満たされなかったり、正当な評価を受けていないのが不満だったり、
既成宗教に疑問があったり、やっぱり密教が好きだったり、イベントで集まるのが楽しいとか、そういう健康な人たちなんじゃないかと思いますね。
そういう信者さんが「お導き」で、人生が上手くいっていない人を善意で勧誘するんですよ。
人生が上手くいっていない人は精神が先祖の悪因縁がわるいことをしているから、10万円で断ち切る方法がありますよ、
と善意で勧誘するんですよね。悪因縁を断ち切って運が好転すれば精神が治るみたいな考え方なんですよ。
釈尊がそんなことを言いますかね。桐山さんは言ったのでしょうか。言って、実績があったのでしょうか。
実績があったとしても、それはもともと健康なひとがさらに健康になって仕事も上手くいって、
阿含宗さまさまじゃあ、とお金を貢ぐだけになっていませんか?
効き目がない人は排除されるとか、とても釈尊の教えとは思えません。桐山の教え?そんなの要りませんから。

372 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 07:50:19.26 ID:1Cj624p8
 
深山双子   http://www.accorder.co.jp/nakayamadera/baby/090315hatsuHaru.htm

373 :一来補:2015/09/01(火) 11:17:24.12 ID:INE2Y34v
370
普通に健康体で千座行はじめてたのに?
ですって?
健康体なら千座行などする必要はない。
精神的にも健康ならだよ。
健康体に薬飲んだら、おかしいだろう。
仏教は苦滅の為の法だからさ、苦のない人は近づくものではないよ。

煩悩の元は因縁だとレスしたら、深山くんが一来補説として反応したけどさ、それは釈尊の説ですよ。縁起の法則ですよ。
諸法は因縁によりて生じる、が縁起の法です。
煩悩も諸法に含まれるのですよ。
まさか、煩悩だけは最初から独立して存在していると考えていないでしょうな?

煩悩の元は因縁、苦の元も因縁、それを説いたものが12因縁でしょう。煩悩と苦は単独で存在しているのではなく、その関連を説いたのが12因縁でしょう。
だから桐山師の因縁手鏡表には、○○の因縁とそれに対応する煩悩が書いてあるでしょう。
鶏と卵の関係が、煩悩と苦の関係ということではないですか。

374 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 11:43:08.24 ID:WaO8YENg
@三学と八正道は同じ修行方法だった!!!

三学は、初歩から解脱までの修行過程を順々に示す「段階的な修行道」。
八正道は、修行道であると同時に聖者の功徳を示す「螺旋的修行道」。
両者の修行方法には変わりが無い。

三学の修行法
戒から定(四禅)に進み慧が得られる。定と慧を繰り返し修習することで、漏・煩悩が完全に断除され、
解脱と解脱知見が得られる(戒定慧解脱解脱知見)。

八正道の修行法
有漏の正見→有漏の正思惟→有漏の正語・正業・正命→有漏の正精進→有漏の正念と進み、
正定(四禅)に入ると慧が得られる。
定と慧が影響し合い増大しながら、煩悩が徐々に断除され、有身見・疑惑・戒禁取が完全に断除されると、
八支全体は〔聖・無漏〕の段階に入る。この段階から先は八支は同時に行ぜられ、漏・煩悩が完全に断除されると、
聖・無漏の正見(慧)が得られ、最後に十無学法の正解脱(解脱)と正智(解脱知見)が得られる。
同時に、八正道の八支も十無学法の最初の八支と変わり、正解脱・正智と合わせて阿羅漢の十無学法となる。

八正道で、四禅(正定)が八支の最後に来ているのは、
慧を四禅の前に置いて、正見の内容とした方が、八支全体がよくまとまり、
同時に実践されるという意味が鮮明になって、聖者の功徳を示すのに適切であるからです。
八正道は修行の過程を示すだけでなく、修行によって到達する境位、聖者の功徳(預流、一来など)も示すのです。

ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/6940/1/ib004001.pdf

375 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 11:49:47.38 ID:WaO8YENg
@批判側は仏典を歪めています!!!

智慧なき者に禅定なく、禅定なき者に智慧なし。
智慧と禅定を具えた者は、涅槃の近くにあり。
        (法句経第372偈)

沙門果経などに説かれる三学には、修行過程が説かれている。
八正道にも三学と同じ修行過程が説かれている。
八正道では、四禅が八支の最後にあるが、
これは四禅で解脱するという意味ではなく、
聖者の功徳を示すのに適切だからという理由による。

376 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 11:52:32.64 ID:WaO8YENg
以下はすべて間違いです。
批判側は素人解釈によって仏典を歪めています。
これは断じて許される行為ではありません!!


>>71 :神も仏も名無しさん
だからこそ「沙門果経」との題がついている訳で、どんな功徳(果報)があるかを説明して
いるのであって実際の修行の流れを示しているのではありません。

>>145:深山
「沙門果経の四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」という
文章の意味があなたには理解できず、これを

>>151:深山
92さんから、沙門果経は果報を述べているのであって、修行の順序そのもの
ではないと指摘されても、あなたは反発するだけで、受け入れない。
ユビキタスさんからも同じ事を言われても、拒絶したと述べていますね。

>>202 :神も仏も名無しさん
そして最後の【漏尽智】の部屋に入って四聖諦を如実に知って解脱し解脱の智を得た となります。
これは釈尊自身が述べた内容です。
ですから
<四禅の段階で涅槃を得た>と釈尊が言った と解釈できますね。

>>367 :神も仏も名無しさん
君と麻原の思考はとても似ている、気をつけなさい。
修業や瞑想で悟りや解脱に至れると思っている。
本末転倒してないかよく考えなさい。

377 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/01(火) 12:00:23.13 ID:KimFGbjO
>>334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。
>導く努力とかは必要であるが、その人数では図れないのです。

一来補さんの「数ではない」はアゴン宗の教義ではない。
あなたはいつも数ではないというが、桐山さんは数であると言っているのです。
他の人も指摘しているが、数でないというなら、13運動は何なのだ?
三人導き、千座六度はいずれも「課行」、つまり信者ならば
しなければならない義務です。
三人、六人、13(12)人を導いて来いと桐山さんはいっている。
桐山さんは、自分の言う通りすれば因縁は切れるが、言う通りに
しなければ切れないと言っている。
つまり、これらの導きの数も義務であり、絶対必要だと言っているのです。
アゴン宗では数が徳を表しますから、あなたの数ではないという個人的な
見解はここでは無用です。

自己弁護ですよね?
自分が導きができないこと、護摩木を買わない事の言い訳です。
その見え見えの言い訳を偉そうに並べるところが、一来補さんらしい。
世俗の世界でもそうだが、数ではない、などと言えるのは、
数を達成してこそ言う資格も出てくる。
あなたみたいに何もできない人が数ではないなどと言っても笑われる。
学校の秀才なら「点数ではない」という資格もあるし、説得力もある。
零点の並ぶ生徒が「点数ではない」と言ったら、笑われる。
あなたはこういう生徒と同じです。
ただの見苦しい、みっともない、格好の悪い自己弁護です。

378 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/01(火) 12:05:49.62 ID:KimFGbjO
>>334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。

なぜ、あなたが導きをしていないとわかると思いますか?
あなたが数字ではないといつも言うからです。
なぜ、あなたが護摩木などほとんど書いていないとわかると思いますか。
あなたが数字ではないといつも言うからです。

桐山さんの法話どおりに、小桐山となって布教をしたのなら、
導きがゼロってバカな話はないでしょう。
桐山さんは「布教しろ」、つまり導きをしろと言ったのです。
そう言われても普通の信者は徳が無いからなかなかできない。
あなたは「徳と力量」があると自惚れた。
徳が無いから導きができかなった、というならわかる。
徳のあると自慢するあなたが三十年間、どうしてただの一人も導きができないのだ?
まるで「おれは毎日十時間も勉強している」という生徒が毎回零点を
取っているようなものです。
自分には徳と力量があると自慢し、アゴン宗や仏教についてお説教を垂れるのに、
その御立派な話を聞いてくれる人が一人もいない?
あなたはそれがどうしてかわかりますか?

一来補さんも親族や周囲にアゴン宗の話をしたことがあるはずです。
ところが、誰も相手にしてくれなかった。
あなたの話を聞くことさえも避けましたねよ?
三十年の修行で、あなたは神通力を体得したアナゴンなのに、
周囲も知り合いも信者も誰もあなたを尊重するどころか、見向きもしない。
どうしてだと思いますか?
あなたの性格が悪いからです。

379 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/01(火) 12:11:56.91 ID:KimFGbjO
>>334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。

一来補さんの人間性が卑しいからです。
人品卑しい一来補さんの言う事など、誰も聞く耳を持たない。
宗教以前の問題です。
人間性が卑しいとは、あなたは猛烈な威張りたがり屋で他人を侮蔑して罵ることを気にしない、
実力もない癖に、何でも上に立って威張らないと気が済まない、
準シュダオン、一来補などと自前で準備するだけでなく、これを人前で
平然と名乗るくらい恥知らず、これらのことです。
威張る反動が、他人への侮蔑です。
ユビキタスさんへの罵りの連発などすさまじかった。
一行おきにバカだのアホだのと何カ月も書き続けた。
今でも何かというとバカ、アホを連発する。

一来補さんは極端な負けず嫌いで、絶対に自分の間違いを認めない。
今回もあなたは私に対して間違いをしたにもかかわらず、素知らぬふりです。
それでいて、他人が何か間違いをすると執念深くそれを指摘する。
週刊誌の名前を間違えただけで、あなたは何度これを取り上げたことか。
さもしく、いやらしい性格ですよね。
自分の事は徹底的に言い訳と言い逃れをして非は認めず、
他人の事はつまらない間違いでもこれでもかと追及する。

あなたは嘘がなんともない。
自分の嘘も平気だし、桐山さんの嘘も平気。
現実を無視した屁理屈を並べてでも、自分が勝てば良いと思っている。
こちらからの反論がわからないのではなく、無視する。
あなたはこれを平然とやってのけるが、現実世界で
相手の言う事を無視したら、まともな人間とはみなされない。
あなたは自分が勝つためなら、嘘がなんともないのです。
普通こういう人のことを恥知らず、人品が卑しいと言います。

380 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/01(火) 12:18:13.79 ID:KimFGbjO
>>334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。

ここまでのあなたの性格の説明を自分のことではなく、
周囲にいる他人の事だと思って読んでごらんなさい。
能力が低いのに自分では高いと信じ込み、ミスをしても反省をしないから、
また同じミスを繰り返し、助けてあげても感謝どころか、自分がエライからだと自惚れ、
それでいて他人のミスを責めて、威張り散らすが大好きで、他人を小馬鹿にして、
罵声を浴びせ、年下というだけで相手にマウンテングして自分が上位のサルだと誇示したがる。

この人物が信じている宗教の話を、あなたにしたとする。
「オレはアゴン宗に入ったおかげで人生が良くなった。本物だ」と
言われて、勧められたらどうですか?
相手の宗教の話を聞くどころか、話そのものをしたくない。
関わりたくない。
「良くなった結果が今のオマエか。じゃあ、前はよほどひどかったんだな。
教祖様にもっと変えてもらい、人並みになれよ」と口まで出かかっても、
あなたからの復讐を恐れて、誰も何も言わない。

381 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/01(火) 12:23:36.41 ID:KimFGbjO
>>334 :一来補:2015/08/30(日) 21:24:19.47 ID:zwnWQmMn
>人の徳を、導いた人数とか、ゴマ木勧進数で図ることは出来ないのですよ、深山くん。

宗教の話をした時の相手の態度を思いだしてごらんなさい。
憮然として行ってしまうとか、「急いでいるので」と話をさえぎって行ってしまった。
みんながいる席で切り出しても反応せず、話題が他のことに行ってしまう。
つまり、誰も聞いてくれなかったでしょう?
なぜだと思いますか。
一来補さんが嫌いで、誰もあなたを信用していないからです。
宗教でなくても、あなたのお勧めなら皆さん断る。
宗教なんていかがわしいから、信頼があっても、話を聞いてくれる程度です。
入信まではなかなか難しい。
ましてや、一来補さんみたいな人が持ってきたら、話を聞くもいやです。
簡単に言うなら、あなたとは「関わりたくない」。
一来補さんの話を誰も聞いてくれないのだから、導きがゼロなのは当然の結果です。
だから、導きや宗教に限らず、あなたの周囲には誰もいなくなる。
一来補さんは無師独覚のアナゴン様で、これからも独りで、
ここ以外では誰もあなたをまともに相手にする人はいない。

でも、喜びなさい。
あなたの性格が悪すぎることが原因で、導きができなかったのだから、
カルト宗教に人を入信させるという悪業を為さずに済んだのです。
ケチな性格のおかげでアゴン宗での浪費も少なくて済んだ。
これからも護摩木一本書けば、「数ではない」とお説教しながら、
威張って「護摩木祈願をしている」と言えますよね。
他人があなたのことをどう思っているのかわからないのだから、
ある意味であなたはとても幸せな人です。

382 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 12:42:25.18 ID:WaO8YENg
>>146 :深山
>だが、あなたの最初の不幸は、仏教を正しく説明してくれた相手が、
>大嫌いな深山だったことです。

383 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 13:23:23.31 ID:pDzrtHGO
>>365 手の白いF氏などの人達には思い寄りもしない事。
若くして信仰の道に入る人には、説明不可能な苦しみが
隠れていてソレを解決しようと居る場合が多々あるのです。
1憑依霊、2不成仏霊、3怨念に依る障害、4家庭の不和。
これ等の問題を苦しんでか楽しんでか知らんけど
解決するとアラ!不思議、他人の話を聞いて解決の方法を思案できるように
なるのですね。要は宗教である
神道、アーメン、アッラーでも同じですが、上に上げた123の問題に
関しては如何ですか?最後はお祈りしましょうとお答えするのですね。
人生過ぎ易し、早急に解決したいに人は如何したらよいでしょうか?
手の白い深山先生にお答えいただけますかね。

384 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 16:48:15.12 ID:Kz0pfq7H
>>373
>煩悩の元は因縁、苦の元も因縁、それを説いたものが12因縁でしょう。

頭おかしいんじゃネエのかこいつは
桐山大将のオンナが欲しい元は原因 んでその醜聞で苦しむ
元も原因ってなんだそりゃ 日本語解ってネエんじゃないの
苦の原因は煩悩だろが
その代表格が老死だよな
老死の原因を探るのが縁起説じゃないのかっての 
そこで無明→老死っちゅう起因連らなりがわかるんだろが
煩悩を滅すれば苦が滅される
つまり苦集滅道になるんじゃネエの
桐山の因縁解脱を補えばアホ解釈しかならんのだよ

385 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 17:32:19.91 ID:Tj36U+iM
理論的には、言葉と感情(意志カと想像力)の菩薩行道(因縁解脱)から霊障解除霊障供養リフレームから、そして、意識意念意生身(解脱供養)リフレッシュでの
作用とするのでなく作用作用本体で(ェうですけどもで、業報輪廻と如来蔵の霊障?から108体ぐらい逆修供養解脱させてとか

386 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 20:07:05.40 ID:oyO63DZh
ハッスルハッスル!www

>242 : ユビキタス ◆AFU2rOqH7nac [] : 投稿日:2012/12/02 10:18:45 ID:O7T4374y [6/8回]
>>永年コピペ犯は、知らない信者の方々に教えてあげたいという気持ちだけで他スレを何年も荒らしているそうです。

>桐山前科など信者は誰でも知っている。だからそれだけでは根本的に批判ネタにはならないのだ。
>これが桐山前科の貼り付けは元信者などによる批判側の仕業 ではないだろうと
>思う根拠だ。

↑この根拠がほんと「ガタガタ」なんだよ。ガタガタな論理を何「いかにも正しい」みたいな自信持って言っているのか。凄いよな。
ガタガタなのに自信持てるって。w
さすが元カルト信者だ。 愚か過ぎるから、自分に自信が持てるんだ。幸せだよな。w

桐山前科は、阿含宗スレではなく無関係なスレやブログにバラ撒かれている。
だから、信者を対象としてでバラ撒かれているわけではない。飽くまで、無関係な各所に撒かれている。だから苦情にもなるのだが、
これは「阿含宗の恥部」なので、それを信者が撒くと言うのは 無理がある。
犯人は、批判者である。
批判者が居るのは、このスレである。

それに対し、ユビ低脳は誤魔化したいがために、無理な屁理屈を言うわけだ。w
「桐山前科は信者は誰でも知っているからそれだけでは根本的に批判ネタにはならない」ので、
批判側の仕業ではない、と言う。
頭悪過ぎるよね? バラ撒かれているのは阿含宗関係者がいるところではない。いないところ。つまり
無関係な各所にバラ撒かれている。
無関係な各所に「阿含宗の恥部」がバラ撒かれている。それが、信者側の自作自演の可能性があると言う。

馬鹿杉でしょう。www
なんで信者が「阿含宗の恥部」を世間にバラ撒くのだ??? 無理有り過ぎだわ。w
仲良し家族が居て、その子が「親の恥部を世間に言い触らす」のか???? 触らさね〜〜〜だろ?wwwwww

387 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 20:26:52.59 ID:oyO63DZh
さらにユビ低脳は、
「他宗教の妨害説、単なる通行人の愉快犯説も出て来る」と言い放っている。これも愚か杉。w
他宗教の妨害ならなんで阿含宗の恥部だけが
バラ撒かれるのだ?
勝手なことを言うなカス。www

単なる通行人の愉快犯説?????????????? なんで単なる通行人が長年同じコピペを毎日数個繰り返すんだ?
言ってみろ。
ようはココの批判者はこのレベルである。深山も同レベル。それ以上の一般人なみの奴は、ここには居ない。

そして口調がみんな似ている。www
教授風に、真実味を加えて言うのが上手い。しかしその中身が「幼稚でガタガタ」なので、すぐ一般人に論破されてしまう。
そのレベルだから、カルトに入信してしまうのだ。www

>>87 :自分の師をゴキブリと言ったのは逆流さんだ。
↑こういう口調多いね。
>>85 :Rashin:あなたの連呼する唾きと違って、中身は豊富です。
↑これなんか、まるで深山かと思うなあ。w 元々同じレベルだから口調が似ているのか、
あるいは毎日ココに出勤しているから似たのか。 どっちでも恥ずいわ。ww

>>85 :Rashin:少しは気づく知性を取り戻したらどうですか。
↑これも深山クリソツ〜〜〜。うける。w

>>85 :Rashin:
>他人のHnを侮蔑で飾って喜ぶ性癖のどこに中身があるんだ?
↑この斬り方もねえ。w 似てる〜。w
中身に関しては、他人のHnを侮蔑で飾って喜ぶ、ってのが主目的じゃないからなあ。何とも言えませんし。w

388 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 21:19:05.14 ID:JrLHCIBh
ユビキタスは今、バレーを見てハッスルしている最中です

389 :神も仏も名無しさん:2015/09/01(火) 22:32:12.02 ID:rX95UGxX
まあ国太郎もあいかわらずつまんねえ奴だよなwww

390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
381の深山くん。
何で、話しをそらすのか?
導いた人数で徳は図れないのでえ。
麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

それにな、深山くんよりは、我の方が世間に信用があるよ。あんたよりは、重要な役職についているよ、今でもな。
だからあんたみたいに、くだらないレスをする時間は、少ないわけよ。
それよりもさ、因縁解脱の意味が分かったかな?
岩波仏教辞典の、さとりは縁起の滅した世界とされた、の意味が分かったかい?

391 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 00:19:31.87 ID:krVMQaxZ
>225 :神も仏も名無しさん:2013/10/20(日) 19:17:17.42 ID:Y454P/vk
>低脳君は女の人ですか?って聞くと逃げるんですよ、それが不思議で何度か

やっぱ 救いようがないレベルですね。(笑) ここは阿含宗を批判するスレッドでしたっけ?
その批判スレで、「性別」聞いてどうするんでしょうねえ。www

結局「その批判なり擁護なりが適切なのか否かが問題なはず」なのに、「性別を聞くまたは答える」ってなんか「重要事」なのでしょうか。
そんな的外れなことを言う時点で、恥を晒すために出て来てる(自虐趣味)ですか(爆
「言い返す言葉が思い付かないから」そうなるのでしょうけど。w

>まぁ、名前を変えても頭の低能も変わらず地獄行きも確定しているから意味ないけどさw

また言い掛かりですか。もしくはカルトの名残かな? 言い掛かりはいけません。ちゃんと「根拠」を添えないとねえ〜。

>209 :神も仏も名無しさん:2014/04/27(日) 15:01:20.21 ID:Gi0miTp+
>答えられないで逃げている。流石はチキン(爆

的外れさんの的外れな言い分に答えないと、逃げている〜チキン〜ですか。答えないのと答えられないのとは違いますしねえ。(笑)
プロキシ使っても敵地には踏み込めないのはチキンでしょうか。
また、的外れさんの的外れな言い分に答えないと、チキンでしょうか。www 

なんですか?「女の人ですか?」って。www

>二択なのだから答えられるでしょ。それともノータリンだから答えられない?

勝手に答えを2個に制限されてもねえ。ww
日本人なのに、「アナタは中国人ですか、朝鮮人ですか、二択なのだから答えられるでしょ。それともノータリンだから答えられない? 」
って言われてもなあ。(笑)ただ呆れるだけでしょ。どうですかお客さん。w

392 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 00:37:58.75 ID:krVMQaxZ
>62 :神も仏も名無しさん:2014/07/30(水) 21:56:33.81 ID:NeamAxw0
>阿含宗を擁護しようと思ったら荒らしして煙にまくしかありません なぜならばすべて嘘でつくられているものだから

そりゃあそうですよ 阿含宗低能批判者も、すぐ誤魔化し逃げますし。しょうがない奴ってのはいつも同じ有様です。w

>だから>60のような奴をつかって荒らしをおこなうのです。 でもそれはかえって自分の首をしめているようなものですw

自爆は阿含宗低能批判者に似つかわしい。何度も毎度、自爆している。すぐ語るに堕ちる。ww だから黙っていればいいのに。w
でも、黙ることもできない。すべて中途半端。w

>223 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2014/08/06(水) 22:30:36.33 ID:ucbmWvNH
>>荒らしの相手をするとつけあがりますので、できれば放置でおねがいします。
>211さんの意見に賛成です。 放置しましょう。

無理です。 そんな高等テクニックは阿含宗低能批判者には使えないわけです。w

>62 :神も仏も名無しさん:2014/07/30(水) 21:56:33.81 ID:NeamAxw0
>阿含宗を擁護しようと思ったら荒らしして煙にまくしかありません なぜならばすべて嘘でつくられているものだから

そりゃあそうですよ 阿含宗低能批判者も、すぐ誤魔化し逃げますし。しょうがない奴ってのはいつも同じ有様です。w

>だから>60のような奴をつかって荒らしをおこなうのです。 でもそれはかえって自分の首をしめているようなものですw

自爆は阿含宗低能批判者に似つかわしい。何度も毎度、自爆している。すぐ語るに堕ちる。ww だから黙っていればいいのに。w
でも、黙ることもできない。すべて中途半端。w

>223 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2014/08/06(水) 22:30:36.33 ID:ucbmWvNH
>>荒らしの相手をするとつけあがりますので、できれば放置でおねがいします。
>211さんの意見に賛成です。 放置しましょう。

無理です。 そんな高等テクニックは阿含宗低能批判者には使えないわけです。w 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)


393 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 01:11:00.05 ID:S7N+6Qxx
@深山さんは釈迦仏教を破壊した!!!

>>8:深山
>「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
>(『原始仏典 1』春秋社、96頁)
>学者たちも同じように上記を解脱と解釈しているから、
>釈尊の解脱を四禅三明であるとしているのです。
>>146 :深山
>だが、釈尊は「四禅で解脱する」とも「四禅では解脱しない」とも述べていない。
>「四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」だけです。

沙門果経では、比丘は四聖諦を知った直後に解脱すると書いてあります。

『そのように知り、そのように見るものには、欲の漏から心が解脱し、また有の漏から心が解脱し、
また無明の漏から心が解脱し、解脱したときに「解脱した」という智が生じます』

このようにハッキリと経典に書いてあるので、四禅の段階では解脱しません。
「四禅の段階で釈尊は解脱していると述べている」は真っ赤な嘘です。
また、三学や八正道では、定と慧を繰り返し修習することで、煩悩が除かれ解脱を得ると説かれています。
これが、原始仏教本来の教説です。

『智慧なき者に禅定なく、禅定なき者に智慧なし。智慧と禅定を具えた者は、涅槃の近くにあり』(法句経第372偈)

ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/6940/1/ib004001.pdf

深山さんは、四禅で解脱すると釈尊が述べた、とデタラメな解釈をして、釈尊の原始仏教を破壊しました。

394 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 01:12:22.99 ID:S7N+6Qxx
@深山さんは間違いを指摘した相手に平気で往復ビンタを食らわせる低劣な人格の持ち主です!!

深山さんは、自説が間違いであることを指摘されても、具体的に反論することができない。
経典に書かれていないので反論しようが無いのです。
しかし、それでは自分が負けたことになり、プライドが許さない。
そこで、相手の人格や性格などを誹謗中傷して、自分の主張が正しい様に見せているのです。
深山さんは、自分の間違いを決して認めず、間違いを指摘した相手に往復ビンタを食らわせるという、
非常に低劣な人格の持ち主なのです。

>>98:深山
無知、決めつけ、恥知らず、慢心、自惚れ、復讐心、執念深さ、天井知らずの自己評価、ピント外れ、これが彼らの姿です。
>>100 :深山
一来補さん、ペテン大作さん、宝生さん、その他のこういう変な信者こそが実はアゴン宗の真の信者です。
ペテン大作さんが経典や仏教用語を並べて、89のような無知な信者を騙せるように、桐山さんも阿含経を講義しながら、
書いていない因縁解脱や死者成仏が書いてあるかのように信者に錯覚させる。
>>142:深山
いえいえ、ペテン大作さんの文章の一行一句には独特の臭いがあり、その元は憎悪、侮蔑心、自惚れ、復讐心です。
抑えようがなんだろうが、元が元だから、臭いが漏れてくれる。
ペテン大作さんらしく、ここぞとばかりに精一杯の毒舌と攻撃を私に投げつけた。これがあなたの人間性です。
だから、あなたの根性は曲がっているだけでなく、捻じれていると指摘したのです。
>>146 :深山
さらにあなたにとって腹が立つのは、あなたは仏教が理解できないのに、なんと深山は仏教を理解していると言いやがる。
ユビキタスさんも理解しているという。十才の子供でも理解できるという。それなのに、ペテン大作さんは理解できない。

395 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 06:41:51.36 ID:OGAIVmjl
フカヤマサン、アナタ、キョウハクセイショウガイトジンカクショウガイアルヨ
セイシンカヘイクコトススメタイアルヨ。キョウセイニュインシカナイアルヨ

396 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 07:50:25.49 ID:uHd1wxBh
 
深山食材店  https://farmyard.world.taobao.com/shop/view_shop-2f9f6651ec5e32383792e1f6531e62bc.htm

397 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 09:53:16.02 ID:P4Ej1W4R
>>394
>深山さんは、自分の間違いを決して認めず、間違いを指摘した相手に往復ビンタを食らわせるという、
>非常に低劣な人格の持ち主なのです。

愛のムチだろう。
獅子は我が子を千尋の谷に落とすというからね。

398 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 11:23:21.05 ID:/2FX7LZ6
岩波仏教辞典第二版
「縁起」より抜粋引用

【初期仏教・部派仏教】
初期仏教時代の縁起説は苦しみ悩む有情が主題となったため、老死という苦しみの原因を
無明(無知)に求める〈十二支縁起〉(十二因縁)説が代表的なものであった。
続く部派仏教時代には、これを過去世・現在世・未来世の三世にわたる業の因果関係とみる
三世両重の〈業感縁起〉説として解釈することが行われたが(説一切有部)、
一般諸科学の発達に促されて世界観も広がったため、客観世界や客観的現象までも
説明しうる〈六因・四縁・五果〉(説一切有部)や〈二十四縁〉(南方上座部)
というような縁起説も説かれるようになった。
しかしこの段階までの縁起説は、迷いの世界(有為)のみを説明するものであり、
悟りの世界(無為)は縁起の中に含まれなかったから、悟りは滅や解脱と表現され、
縁起を超越し、縁起の滅した世界とされた。

399 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 11:54:54.13 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>381の深山くん。
>何で、話しをそらすのか?

>それよりもさ、因縁解脱の意味が分かったかな?
>岩波仏教辞典の、さとりは縁起の滅した世界とされた、の意味が分かったかい?

あなたの本題は因縁解脱、縁起解脱を釈尊が説いたか説かないかですよね?
そして縁起解脱=因縁解脱の根拠は岩波仏教辞典の縁起の項にある「悟りは縁起を滅した世界とされた」
に基づくものですよね。
ですからそれに対する反論は、もう何年も前から反論済みであり、話をそらしてなどいません。
その反論とは>>498に引用した岩波仏教辞典です。
一来補さんはそちらのことを端折っているが、これはわざわざ【初期仏教・部派仏教】と分けて記述してあり、
件の悟りは縁起を滅した世界とは、その一番最後に書いてあり、釈尊の仏教ではなく
アビダルマの部派仏教の時に示された考えだとわかる。
釈尊の仏教はもともとが体系化されていない随機説法だったのを、後世のアビダルマ論師たちが
体系化整理分類したもので、この業績により、今日の我々でも仏教をわかりやすく
整理して理解することに役立っています。
しかし余計な分析に励んでしまった部分もあり、実にどうでもよい解釈をしている部分も多いのです。
悟りは縁起を超越した、縁起を滅した世界というのも、一見もっともらしそうな論に見えますが、
実は正しく仏教を伝えないお粗末な論とも言えます。
と言うのは、釈尊が入滅した後ならばそれを適用してもよいですが、生きている時、
煩悩を離れ、悟りを得て、解脱・涅槃を得た釈尊をどう説明するのか?
やはり縁起の世界の中で縁起の法則に従い肉体上の制約を受けながら苦痛を受けるなど
縁起の世界にいる。これを考えると、縁起を滅した縁起解脱など生きている間は成立しない。
ましてや桐山因縁解脱とは輪廻を滅した世界だけでなく、ほとんどは生きている間に
病気などの苦しみから離れ、快適に生きることを説く道だから、縁起の中にある。
こういう反論を全く無視して、同じ主張を繰り返しているのが一来補さんであり、
話をそらしているのは一来補さんの方です。

400 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 11:58:43.87 ID:/2FX7LZ6
>>498ではなく>>398だったか。f^_^;

401 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:03:52.52 ID:gBMq5oCs
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。

あなたがどんなに何を吠えようが、アゴン宗では導きの数で評価されるのです。
導き、護摩木だけでなく、解脱供養も、冥徳供養の家系の数も多い方が評価されるし、
四十体、つまり最低400万円出さないと守護神はもらえない。
守護霊にいたっては総額で1500万円とか2000万円なんて話まで聞こえて来た。
山伏位階も星まつりの参加回数で決まる。
アゴン宗の沙汰は数字次第なのです。
導きは言うに及ばずです。
13救いの輪運動をあなたは何だと思っているのだ?

「この行を果たした人、世紀末の危機からの安全を保証します。
これは新しい意味での千座行と言っていいでしょう。」
(阿含宗報、127号、平成8年8月23日)

桐山さんは、法話では13(12)人導けば「命の保証をする」とまで言った。
逆に言うなら、13人という数字を出さなければ命が危ないぞと脅かした。
熱心な信者ほど桐山さんの予言を信じているから、青くなっていた。
桐山さんはこれで一気に百万人の教団にするつもりだった。
桐山さんの娘婿殿は当時、教団には8万人くらいの信者がいると思っていた。
100万人÷8万人=12.5 → 13人
娘婿殿はさすがは工学博士だけのことはある。
これが13運動の正体です。
百万人の大教団という桐山さんの野望のために、世紀末破壊をネタにして、
信者に13人導けという途方もない話で脅かした。
一来補さんと違い、桐山さんはひたすら数字なのです。

402 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:10:02.45 ID:gBMq5oCs
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。

百万人教団は桐山さんの昔からの夢です。
桐山さんは昔から、ご宝塔百万基をぶち上げて、はっきり数字を示していた。
なぜなら、百万人なら大教団として、議員などが日参するからです。
当時の桐山さんは逆に議員にお金を出して便宜を図ってもらっていた。
それが立場が逆になり、議員のほうからすり寄ることを他教団を見て知っていた。
大作さんが見本ではなく、ここでも立正佼成会です。
教祖の一人の庭野さんは、大作さんと違い、政治の表舞台には出ず、
票田を餌にして政治と政治家を動かしていた。
信者が数百万人規模の巨大教団だからできることです。
この桐山さんが導きの数を軽視するはずがあるまい。

桐山さんは巨大教団は無理としても、百万人規模の大教団を作り、
金と権力を手に入れたいと強く強く願っていた。
大作さんを歯ぎしりするように批判していたのも、うらやましいからです。
千座行を廃止するという思い切った決断も、これで信者数を増やせると
いう思惑があったからです。
実際には、仏舎利行になった三十年前は信者が減っていた。
二十年前、桐山さんは大教団を目指して、13運動で信者たちに脅かし、
鞭を当て、カケに出た。
結果が今のザマで、百万人どころか、逆に減った。
信者には誓願を出させて、達成しないと怒る。
桐山さん本人は数字を渇望し追いかけて、達成どころか、逆に減らした。

403 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:15:29.99 ID:gBMq5oCs
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。

桐山さんは今でも信者数という数字が欲しい。
渇望し、喉から手がでるほど欲しい、欲しい、欲しい。
だが、数字ばかり追い、信者や弟子の育成なんて何もできないから、
教団はどんどん衰退する。
私が宗教家畜というと信者さんたちは反発するが、
桐山さんは宗教家畜を飼育する能力もないのです。
世間のインチキ教団がなぜ信者を増やせるのか、不思議に思いませんか。
餌を与え、大事に飼育して、家畜を増やす努力をしているからです。
インチキ教団でも牧畜をきちんとすれば大きくなる。
ところが、桐山さんはそんなことさえもできない。
しないのではなく、できないのです。
彼が牧畜民ではなく、狩猟民族だからです。
その場で獲ってガツガツと食う事ばかりだから、家畜が増えないどころか、
だんだん減ってしまうのは当たり前です。
狩猟民族というと聞こえが良いが、要するに、普通の人よりも
欲望だけは強烈だが、その欲望に見合うだけの能力がない。
しかも、自分の欲望の強さにも、能力の低さにも気が付いていない。

404 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 12:19:29.02 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

これは実は全く異なります。
桐山さんの本音金儲け教学ではない建て前の美しく見える教学にも反対するものであり、
のみならず、世間一般における常識とも異なるのです。
まずは世間一般の常識感覚から考えますが、なるほど量ばかりに囚われてはならず、
質の問題も大切ではあるが、しかし量というものは無視してはならない重視すべき評価の指標です。
やはりある善いことをする人がいたら、善いことをすることが少ない人より高く評価される
のは当たり前ではないか?
そのような世間的な指標にも相俟って、桐山さんの説く指導もまたそうです。
昔は千座行を指導していた。今は千座行はなくなり必ずしも毎日勤行しなくても
おじゃんにはならないことになったが、しかし努力は継続してこそ実を結ぶものです。
千座行時代、毎日やらせる理由としてあげたのが、今日は気分がすぐれないから勤行をやめよう、
今日は気分がいいから時間をかけてタップリやろう、こんな話は修行ではない、
単なるレジャーだと示していた。
やはり毎日の繰り返し、積み重ね、回数、量というものを大切にしてやることが
修行の評価であり、量を無視した話はレジャーにしかならないと指導する。
そして因縁解脱を成し遂げる根拠の善行には、実は功過格三千条の実践という
明らかに量による基準が基本になっているのですよ。
功過格三千条を説明します。

405 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:22:54.50 ID:Rfi+6mjG
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。

信者さんたちは宗教奴隷と言われると反発するが、奴隷だって
可愛がれば貢いでくれる。
だが、桐山さんは奴隷を地球壊滅、悪因縁、霊障など鞭で叩くことしかしない。
たまに奴隷に餌を与えれば良いのに、自分がガツガツと食うことばかりです。
麻原彰晃はこういう点がうまかった。
弟子に大師などの尊称をつけてその気にさせていた。
桐山さんはこれを小馬鹿にしていたが、彼には意味がわからないのです。
桐山さんは麻原でもできたことができない。
桐山さんは他人の物を平然と盗むから、自分の物も盗られると恐れて、
タダの物も惜しむくらい、セコイ性格です。

位階なんてタダなんだから、配って弟子たちにやる気を起こさせればよい。
だが、見てごらんなさい、シュダオンだと正式に認定された信者さえもいない。
それでいて桐山さん自身は位階が欲しくて欲しくて、あるが上にも買い集めている。
自分が欲しがるのだから、弟子にも分けてやろうというような配慮もないから、
弟子がまったく育たない。
自分がうまい餌をガツガツ食うばかりで、与えることをしない。
昔、桐山さんがウナ重を食っているのに、弟子だった塚田さんには
コッペパンだったという記述があった。
ウナ重を少しでいいから分けてあげれば弟子は育つのに、
桐山さんは自己愛と猜疑心ばかり強すぎて、それができない。
この出来事に桐山さんのすべてが象徴されていることに気が付きませんか。
その結果、優れた弟子たちは去り、ここにいる信者みたいな連中しか残らない。

406 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:29:08.70 ID:Rfi+6mjG
>>310 :一来補:2015/08/30(日) 08:36:18.23 ID:zwnWQmMn
「それだけの徳と力量があった」

このように徳と力量があると一来補さんは宣言した。
そして私とユビキタスさんに「力量も徳もない」とお説教を垂れた。
アゴン宗では徳、不徳は非常に重要な教義で特別な意味を持っている。
悪因縁を持つのも、霊障のホトケになるのも徳が足りないからです。
逆に、桐山ゲイカが念力の護摩を焚けたのも、オシャカの成仏ホウを獲得できたのも、
すべては徳を積んだからだと説明している。
その最大の徳とは、如来へ供養であり、具体的には新しい信者を獲得することです。

その徳と力量があるという一来補さんが導きがゼロ?
私やユビキタスさんを小馬鹿にするほど一来補さんは徳と力量があるのに、
導きができないなんて、アゴン宗の教義から言ってもおかしい。
徳に応じてアゴン宗の応供の如来は力を貸してくれるはずです。
三十年も修行をして、徳を積み続け、自分ではアナゴンになったと
信じている一来補さんが、誰一人聞く耳を持たないというのはおかしい。
あなたには、アゴン宗のいう徳と力量さえもない。

桐山さんと同じで、現実の世界では勝負できないから、
徳などという目に見えないもので勝負するしかない。
導きの数という現実に引きずり出されると、あなたはまったくの無能無策です。

407 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 12:34:39.77 ID:3oAMVhkZ
だっただろうだが,ガンジス又は卵等にアートマンを問うよう純粋精神訊ねるだろう。
+108体++36体十12体+6体だったかだってないのか
あるいは神のみまぇの自由意志か。以上

408 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:35:10.53 ID:Rfi+6mjG
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>だからあんたみたいに、くだらないレスをする時間は、少ないわけよ。

そんなに忙しいなら、ここに来なければ良い。
くだらないレスをする時間がないなら、レスをしなければ良い。
誰もあなたに頼んでいない。
前にみたいにSCスレで一人で書きこんでくれるのが一番良い。
どうしてこっちに来たんですか?
あなたがこちらに来た時、私もユビキタスさんもショックを受け、
絶望的にガッカリした。
私はよほどのことがない限りSCスレには行かないし、読まないから、
お互いの健康のためにも前のように棲み分けしてはどうですか。

あなたはアゴン宗の教義でもないことをクドクドと書き続ける。
桐山さんが認めてもいないのに、桐山さんが何を言ってもいいと
あなたに認可したかのような勝手な解釈をしている。
白銀バイブを受信した、預流向になった、一来向になった、など
桐山さんが絶対に認めるはずのないことをあなたはここで主張している。
自分の個人的な宗教観を述べているにすぎない。
スレ違いなのです。
一来補教は批判側と信者側の双方に迷惑なのです。

前に私の書き込みを「読んでないW」と書いていましたね。
私もあなたのその態度を見習って、執念深く同じ事を書き続けている信者の
書き込みは、この人だとわかった段階で読むのをやめている。
私も一来補さんの文章は時々斜め読みだから、お互いさまで、
そんなに忙しいなら読まず、レスを付けず、前のように、
SCスレで独り言を書いていればいい。

409 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:40:22.59 ID:Rfi+6mjG
>>390 :一来補:2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>それにな、深山くんよりは、我の方が世間に信用があるよ。あんたよりは、重要な役職についているよ、今でもな。

あなたの役職は前に書いていた事でしょう?
警察で補導された青少年への補導員などのボランティアですよね?
そもそも希望者が少ないし、あなたは現役時代は公務員だったから、申し込めばなれる。
周囲から、是非にと推薦されたのではありません。
前の職場があなたを推薦してくれましたか?
頼むだけ無駄なのはあなたも知ってのとおりです。
公職の肩書がもらえるのと、青少年に偉そうにお説教できるから、
人の上に立ちたがるあなたの好みピッタリだからでしょう?
説教された青少年はおとなしく聞いているから、あなたのお説教を
有り難く拝聴していると思っているようだが、恒例のあなたの誤解です。
おとなしく聞かないと罰が加えられるからであって、彼らは腹の中では
「この糞ヂヂイ、勝手な事ほざきやがって」と思っている。
これを指摘するのは、彼らが街に戻って来て、あなたと会った時、
「あん時の糞ヂヂイだな」などと殴られるかもれしないからです。

一来補さんは、周囲があなたをどう思っているのかを推測する能力が皆無です。
昔、勤務先のお姉さんに話かけた時、一瞬目線をそらしたのは、あなたに気があるから
ではなく、「このオヤジ、また来やがった」と嫌悪したからです。
自分の話に夢中になっていないで、相手の顔、目、表情、仕草を見ることです。
それができないから、職場で総スカンという悲劇を生んだし、再就職先でも、
職場の総意で閑職に追いやられた。
しかし、暴力的な青少年なら、無視や閑職では済まない。
その年で骨折でもしたら、リハビリに時間がかかり、後遺症が残りますよ。
誰もあなたの有り難いお説教など聞いていないことを自覚することです。

410 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 12:43:23.84 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

功過格三千条の実践は、密教占星術1に出て来る話です。
中世中国のエン了凡が科挙に受からない、子どもができないと占われたことに対して、
雲谷禅師より運命転換、改善に努力するように示され、実践することにしたのが、
功過格表三千条の実践です。
それは毎日をふりかえって、今日は善いことをどれだけしたか、悪いことをどれだけ
してしまったかを克明に記録していき、善いこと悪いこと共に内容を鑑みて表の基準に従い、プラス何点、マイナス何点と
記録していき、プラスを増やしていくようにして千、三千の善行を為すことによって
運命も転換してしまおうという目標です。
つまり一日一善ならば千日千善だが、一悪があったらマイナスされてしまうから
千善の実践の道は険しい。しかしそれでも三千の善事を成し遂げたから、エン了凡は
科挙に合格して、子どもも出来て運命は転換されたとする話です。
この千、三千の善事を実行しなければ運命は改善されないという話こそ、まさに
量こそが基準ではないか?
もちろん質も大切だ。だからこそ功過格表の基準がある。
この善事は一善に相当するのか?十善に相当するのか?百善に相当するのか?
質の価値基準を計るにも量が指標なんです。
量ばかりが指標でない、質が大切だと言うならば、ではその質はどのようにある量の
ものと比較するのだ?ということです。
そして実はこの功過格表三千条の実践の話は、後のアゴン宗になってからの
積徳による因縁解脱の基準にも関連してくるのです。

411 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/02(水) 12:47:53.11 ID:Rfi+6mjG
>愛のムチだろう。
>獅子は我が子を千尋の谷に落とすというからね。

いえいえ、これは善意から来る誤解です。
私には彼らへの愛も慈悲もまったく完全完璧にありません(笑)。
性格の捻じれた、ねちっこくて、〇ンナの腐ったような中年に愛なんてあるはずがない。
きれいなお姉さんにストーカーされるならうれしいけど、憎しみと復讐心で、
目をテラテラさせた中年など、そばに寄られるだけでゾッとする。
千尋の谷だろうが、どこにでも早いところ逝ってよし。
私が千尋の谷に彼らを落としたのではなく、彼らが勝手に
ドブ川のアゴン宗に浸りきってるだけです。
ペテン大作さん、一来補さん、宝生さんはそのゴミとアクタの
浮いた桐山ドブ川が大好きらしいから、アゴン宗は彼らに向いています。
桐山さんと嗜好が似ているから、馬が合うのでしょう。
頼むからそのまま留まって、こっちに来ないでほしい。

412 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 13:04:58.12 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

桐山さんは因縁解脱を果たすには徳が必要だとする。徳がなければ因縁解脱ができない。
普通は世間一般で徳と言うと、人徳とか、その人の優れた人格を指すものです。
しかしアゴン宗の徳はそれとも少し異なり、選択能力ではなく被選択能力としている。
つまり世の中に受け入れてくれる点数制の指標のようなものです。
人生は能力(選択能力)だけあっても切り開けない。
被選択能力たる徳があるから安定幸福なる人生があるとするものである。
ましてや桐山さんのいう因縁解脱を成し遂げるためには世間一般の人徳では駄目なんです。
それはやはり善事の実践をどれだけ為したかにより徳の点数が決まるのだが、
エン了凡の功過格表三千条は、世間的なボランティアを含むその累積ですよね。
しかし桐山さんはそのような世間的なボランティアは、それをすることにより
確かに来世の幸福を得るタネにはなるが、現世に自分が持ってしまった悪因縁を転換するタネにはならない。
なぜならばボランティアにより得る福は世間福であり、来世の幸福につながる因縁のものでしかない。
これに対して出世間福とは世間を超越したホトケの世界でのみ得られる福である。
この福により人は世間を超えて現世に約束されていた悪因縁をも切って変えてしまう。
つまりホトケに関わる善事でなければ出世間福は得られない。
ところでこの世間福、出世間福という用語は阿含経にも出て来る仏教の用語であるのだが
桐山さんのこの分類解説は全く間違っていることは何度も指摘しており割愛します。
そこでこの因縁を切る桐山出世間福を考えてみましょう。

413 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 13:06:31.21 ID:pN+VnLYM
守護神霊と是非にもご縁が出来て修行を進めたい人の為の要点。

真理ということは思ったよりも簡明なものです。
他人を助ける為に一心になって信仰を努めよ、さすれば
じゃ俺も積徳のため一口乗ってみるかなと神様が寄ります。
 但し、願望が叶うようになり無理なお願いをすると去ってしまうのです。
生兵法は大怪我の元、呪詛を為して明いてから返されたら即死になったりします。
当然この場合は守護神は相手側に引越しします。
 それからですな、此処で行われているアゴン経の解釈論議は全部無駄。
古の人たちが編纂をした時点で肝心が抜けているのですな。
何を言いたいのかというに、お釈迦様の孫弟子までは成道したがその後は成道者が
絶えた。つまり肝心がなくなった経を論じても無駄なんですよ。
其の肝心を密教に発見したと桐山師が仰るのですが、密教を何も学んでいない
深山センセー以下は反論がなっていない。
反論はある程度、弘法大師の密教を学んでから言うのが良心的。

414 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 13:14:54.70 ID:zqbneDFi
なるほどねえ すごい数字執念ってエか
教団経営には数字がすべてだってのが
桐山教祖だってのがイタイよな
オレの親なんかもずいぶん搾り取られたんだろな
まあ狂信まで行ってなかったから遺産も残って
そのおかげで今のオレの安泰があるんだから
危なかったなって思いだぜまったくもってよ
しかしもしオレのような親が子にまで信仰を
押しつけているんならその子の将来の家計は
悲惨なもんだろなっての
カルト教団ってのは親子何代ってのが当たりめえの
世界だろうから早く気付くことだよな
ま 信仰などに頼らずに生きていけるのがいっちゃん
いいってことだよな
原始仏教だって生活の糧には なあんにもならんしよ
日本人のメンタリティを大事にするほうが
人間としては生きやすいんだからな
そういう点で日本人ってエライよな
仏教的道徳をシツケに取り入れ和を大事にして
祖先に学ぶ態度をよしとするんだから
信仰なんぞに溺れてると日本人という型が
壊れっちまうっていい例がここにワンサカいるからな
しかもゲダツゲダツって標語信仰は悪い日本型だと
よおく解るわな
ゲダツってのは下に立って物を見る下立だよってなこりゃさ

415 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 13:24:44.59 ID:zmZQq06l
410 ユビキタスくん。
普通の人には、親戚の中に、子どももなく、お金はあるご老人の一人や二人はいるだろう。
我の親戚にもいますよ。
そういう人に取り入って、多くのゴマ木を強引に買わせることは、我にも可能です。
しかし、我はそういうことはしない。
量ではないと考えているからね。
だから、他人のゴマ木勧進数などに関心を持つ深山ユビキタスくんには、まだまだ境界が低いのだなあ、と思うわけです。
他人と比較するのは、境界の低い証拠です。
ましてや、比較して相手を低く見て、己を高く見るなどは愚の骨頂と知るべしです。

416 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 13:34:43.46 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

桐山出世間福とは世間を超えたホトケの世界の福であるから、因縁解脱したホトケの
世界に関わるものでしか得られない。
具体的にはアゴン宗が実践している抹殺されたアゴン経の復権のために(実は抹殺などされてません)
日夜布教努力するアゴン宗の活動に対して、縁の下の力持ちでもよいから
協力を惜しまず奉仕することです。
この奉仕のことをアゴン宗では梵行と呼ぶ。
本当の仏教用語の梵行はとりわけ性交を断つ禁欲の清浄行を指すのだが、
アゴン宗ではなぜか、出世間福(梵福)→梵行などと意味を改変して示してしまっている。
それはさておき、アゴン宗はこのような奉仕ボン行を以て、因縁解脱を得るだけの積徳行としている。
ナモナモ礼拝しているだけでは駄目なのです。
千座行から仏舎利尊解脱宝生行に変わってからは、今まで礼拝の時間に充てていたのを
奉仕ボン行に充てよとの指導だから、奉仕ボン行こそが最大の質のものであり、
奉仕ボン行なしに因縁解脱はできない理屈になります。
ところでこの奉仕ボン行の最上の質なるものがお導き布教です。
どうしてお導き布教が最上なのか?
それはその人の命を救う善事の営みだからです。

417 :一来補:2015/09/02(水) 13:43:27.89 ID:zmZQq06l
因縁解脱に徳が必要だと言うのに異論はない。
ゴマ木勧進で徳を積むことにも異論はない。
だが、徳はゴマ木勧進数に比例はしないだろ
うと我は言うのです。
金持ちの老人を騙して千本買わせた人と、
コツコツと多くの人から、苦労して百本勧進
した人の徳を、単純に本数で比較は出来ない
だろうと我は言うのです、ユビキタスくん。
だから、人に本数を訪ねて比較するのは、
止めなさいと言うのです。

418 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 14:00:31.70 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

功過格表三千条の善事実践でも、人の命を救うことが最大の点数を有しており、
これはもっともなことでしょう。
しかし人の命を救うなどと言うが、どうやってそんな機会に遭遇するのか?
橋の袂に立って身投げ自殺をする人に待ちなせい、と思い留める働きかけをすることか?
実際に東尋坊にはそんな人もいたそうですが。
しかしそんな暇な時間がある人はいません。橋の袂に3年間立ち続けて収穫ゼロが当たり前です。
それに奇遇にしてそんなケースに成功したと言って、それは本当にその人の横変死の因縁を
切ったことに成功したと言えるのか?もともと横変死の因縁がなかった人なのかもしれない。
第一そんなこと言ったらレスキュー隊は皆自分の因縁も切れる善事をしていることになる。
しかしレスキュー隊は因縁解脱しているなんて説かないのは無償でないからなんて理由ではない。
つまり凡夫がいかに人助けなんて考えても因縁は人智の届かないところに根ざしている。
これを根絶するには、今ではアゴン宗の中でしか復権していないシャカの成仏法を
教えて因縁解脱の道にお導き勧誘するしかなーい!
だからこそお導き勧誘こそが最上の質の善事であり、出世間福を得る大ボン行なのであり
成仏法の法の力と自身行動して得た徳とが相俟って初めて因縁が切れるのでアール!

419 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 14:00:44.69 ID:s81YKxZK
求聞持サプリメントを飲んでも健康にならない者は霊障が強い、
と、阿含宗徒は言う。

420 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 14:22:13.11 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>導いた人数で徳は図れないのでえ。
>麻原みたいな馬鹿を百人導いたら、大変だろ。
>ゴマキの数もよ、認知症の金持ちを騙してさ、一万本買わせることもよ、やろうと思えば出来る。だから数ではないと、昔から我はいっているのだよ。量より質なのだよ、馬鹿ものが。

そしてその真なる人名救助にあたる、お導きの善行は、エン了凡の三千の善事実行にも
比定することもできようが、このお導きがたった1人よりも何人でも多い方が
善事としては高く評価され、桐山仏教的にホトケからも高い評価を受けて
次々に悪因縁も切れていく徳が倍加されるのも当然の理屈ではないか?
一来補さんはどうしてこれを量でないなどと言うのか?
あなたが質を重視すると言うのなら、じゃああなたはどんな質の高い実践をしたと言うのか書いてみなさい。
あなたは比較する話が極端なんです。認知症の高齢者を騙して護摩木を一万本巻き上げた
話としか比較できないのですか?
そんな問題外の例でなく、マトモに真面目に新興宗教への勧誘という難題に
取り組んでいる人の話をしているのです。
そう言ってもあなたの屁理屈の因縁は切れそうにない。
たくさんお導きしても諸行無常なんだから導いた相手がいつ 退会するかわからないと。
じゃあ退会する恐れもあるから導かないのか?
普通は逆でそういうこともあるから多く導こうと考える。
営業マンの考えですね。役所で民間業者に威張り散らすだけで、民間業者が外に出て
どれだけ営業努力してるか知らない、経験がないのですね。

421 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/02(水) 14:52:29.15 ID:/2FX7LZ6
>>390 一来補 2015/09/01(火) 22:46:08.40 ID:INE2Y34v
>それにな、深山くんよりは、我の方が世間に信用があるよ。あんたよりは、重要な役職についているよ、今でもな。
>だからあんたみたいに、くだらないレスをする時間は、少ないわけよ。

いや、私にはあなたの方がのべつ暇なく書き込みをしている暇人としか思えません。
深山さんは昼休みの時間帯とあとは帰宅してからでしょう、夜遅くにならないと
書かないことが多い。
多く書いているように見えるのは、彼に短時間で多くの文字が打てる
パソコンキーボード入力のスキルがあるからです。
ちなみに今日の私は仕事は休みなんで、こんな時間でも書いている。
しかし朝から果たさねばならない仕事はいろいろあって合間を見ながらだが。
随分時間の融通のきく要職なんですね。羨ましい。
年齢は定年を過ぎていても能力ある人は現場に残ってくれるように懇願されるから
高齢でも忙しい。
しかし要職とか吹聴するのはよいが他人と比較するのはいかがなものか?
私の亡父ももう10年以上前は、現役は引退していたが、市のシルバーセンターに登録して
1週間のうちの限られた週、1日のうちの限られた時間を、駅の行政サービスセンターに通い
住民票などを交付する窓口業務などもしていたこともあり、あれだって要職と言えば要職です。
要は職業に貴賤なしです。
あなたは他人と比較して相手を蔑み、自分の自慢をするが、その差別意識こそが
アゴン宗の信仰目的そのものであって、これはアゴン宗の本質そのものと言える。
本来ならば宗教の信仰に励んでいるならば、職業に貴賤なしを基本に、相手や自分が
どんな職業であろうが、収入がどうあろうが、人間を計る価値はそんなものではないと
それこそ本来の人徳の話をするものでしょうが。
そうです。差別意識、劣等意識とそれを見返したい醜い欲望こそがアゴン宗信仰の基本です。

422 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 16:11:35.53 ID:s81YKxZK
病気で苦しんでいいるのを家族が無視した場合、
それは本人に原因がある、
と、阿含宗徒は言う。

423 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 16:25:27.38 ID:zqbneDFi
>>417
>>金持ちの老人を騙して千本買わせた人と、
コツコツと多くの人から、苦労して百本勧進
した人の徳を、単純に本数で比較は出来ない

オレからいわせればどっちもダマシじゃネエの
ニセ仏教をホンモノだというんだからな
それじゃ成果を出せネエ悔し紛れのただの詭弁だあナ
本質が真っ黒なんだからそれってどこまでいっても
黒は黒じゃネエのかっていう単純な話しよ
自分だけでの信仰じゃなく他人まで巻き添えにしなきゃ
ならネエ宗教なんざ オレオレ詐欺と変わらネエんだろ
しかも言うに事欠いてなあにが勧進積徳っちゃあ 
オドれも吐いた唾は飲まんとけよ 牛の糞も段々があるんで
知っとるンかいワレは ってな

424 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 17:45:19.63 ID:pN+VnLYM
>>423 
供養する事で善き感応道交を得る事がある。
貧者の一灯長者の満灯、自らの分際に応じた供養こそ最も適切である。
君423氏よ仏法上の違反ならば罰が当たるから心配いらぬものだ。
 
論外な実話では、故小原保なる男が誘拐して得た金を自分の信仰する
ある教団に寄付金として志納したという捜査取調べ記録があるそうだ。
結論これは駄目な実例である。

425 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 18:01:32.83 ID:kOwQ34nQ
阿含宗サイトの各本支部ブログが更新されてますね。行ってみてください。

426 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/02(水) 19:45:00.92 ID:W8sS96rs
>>417
>>金持ちの老人を騙して千本買わせた人と、
コツコツと多くの人から、苦労して百本勧進
した人の徳を、単純に本数で比較は出来ない

それで結局は、信者が自腹切て護摩木買って自分で書いてるだけでしょ
今時の信者で勧進なんかしている人などいないでしょ
外部に宗教の話できる人もいない。隠れ阿含宗とは有名ですよ。
一来補さん、宝生さん、大作さんもその口でしょ
護摩木勧進でなく護摩木購入でしょwwwwwwww



お金はW田さんの懐に

427 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/02(水) 19:53:25.03 ID:W8sS96rs
>>426

一来補さん、宝生さん、大作さん達はすでに桐山の弟子であらず

弟子をなのるなら最低2000本は買わないと
教団では相手にされない。
意見すら聞いてもらえないみじめな境涯ですよね。
偉そうに小桐山を名乗るなら最低でも3000本は買わないとwwwね

428 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 21:15:43.76 ID:pN+VnLYM
>>427信仰の自由は思想の自由であり
  自己資金の使い道の自由でもある。
  拒否も承諾も自由なる意志だ。  
  然し仏罰が在る、恐れを知って行動を慎むことも戒めの一つ。
  君も信仰する喜びと厳しさに目覚めるべきだろうよ。
  
  

429 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 21:19:11.16 ID:qrNORdTo
>>424 君423氏よ仏法上の違反ならば罰が当たるから心配いらぬものだ。

感応道交 仏と人間の気持ち、また教える者と教えられる者の気持ちが通じ合うこと

心と心がふれあってえエエ エ
なあんて おいオイ 気味悪いよな
終いには道交が性交にまで逝っちゃうんじゃネえの
バチがあたるとかなんとかたってな
桐山大将には誰があたえるのっての
仏教的には 業の結果だろ

ワレ 知らん仏より知っとる鬼の方がマシじゃけんの

430 :一来補:2015/09/02(水) 21:45:12.80 ID:zmZQq06l
420 ユビキタスくんは我の方が深山くんより暇に思うそうだ。それがあんたら、得意の推測、我見というのです。
我は暇もあるが、ネットを使う時間は、一日に1時間以内だな、仕事で使う時間を含めてな。
その余った時間を阿含宗スレに使うだけでな。

深山くんの、縁の滅尽はあっても縁起の滅尽はない、と言うレスを見てさ、深山ユビキタスくんの、仏教音痴に気づいたよ。初めはジョークだと思ったよ。因=縁=因縁=縁起、であることは、原始仏教の常識であるからさ。
深山ユビキタスくん等は、それさえ知らなかったのであるな。
それでは、桐山師の因縁解脱の意味は理解出来ないはずだな。
では、レベルを落として、説明してやるから、今からでも理解することです。
正しいことを知って、損はないですからね。

431 :一来補:2015/09/02(水) 22:04:55.65 ID:zmZQq06l
深山ユビキタスくんは、岩波仏教辞典を持うだから、
「業感」を引いて調べてご覧なさい。
さい。そこには、惑→業→苦の12因縁の
説明があります。つまり、苦は煩悩と業から
生じる、業は煩悩と苦から生じる、煩悩は業
と苦から生じる、ということが書いてあります。
煩悩は業と苦から生じるのですよ。
だから、煩悩を無くせといってもね、モグラ
叩きと同じでね、カルマ業と○○の因縁苦を
無くさないと、煩悩も切れないわけですよ。
諸法(煩悩も)は、因縁によりて生じるのです
からね。

432 :一来補:2015/09/02(水) 22:26:07.91 ID:zmZQq06l
般若心経瞑想本には、12縁起の説明があり
ます。その本の138ページに、縁起の追求は
無明によって究極となる、と説明しています。
厳密に考えれば、無明もまた縁によって起こ
るのであろうが、と桐山師は書いています。
釈尊は、無明から縁起の説明を始めています
が、無明が何から生じるのかは説明していま
せんね。

無明は特殊な煩悩であって、そもそも無明、
知らないことは、煩悩なのかという疑問点も
ありますね。煩悩とは心身を悩ます心の働き
なのであって、知らないことは、悩みなのか?
何も知らない赤ちゃんに、
知らないことは、悩みですか?
とか聞いたら、いいえ、と答えそうです。

433 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 22:30:59.90 ID:0znpbABy
一来補さんて法友つまり信者の友達とか仲間とかいないでしょうな
よくわかりますよw

434 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 23:51:10.01 ID:S7N+6Qxx
@深山さん、「藪をつついて蛇を出す」とはこれです!!!

「四禅の説明の段階で釈尊は解脱していると述べている」(>>146
という深山説を証明するのに八正道は切り札でした。
八正道では、定(四禅)が八支の最後に出てくるからです。
批判側と思われる方が、それを教えてくれました(>>35
あなたは、すっかりこれに惚れ込みましたよね。
ところが、四禅が八支の最後に出てくるのは或る理由があり、
八正道の修行そのものは三学と丸きり同じだった。

「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に除かれる」

八正道でも、四禅の段階で解脱してるなんて、釈尊は述べていないのです。
正直に言うと、まさか八正道が三学と同じ修行法だったとは、
私もつい最近まで知らなかったのですよ、ははは。
それを、あなたの同志が、八正道を取り上げてくれたお蔭で発見できたのです。
あなたにとっては、こういうのを「藪をつついて蛇を出す」と言うのでしょうね。

435 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 23:53:47.88 ID:UUNF6okS
>>3
何言ってんのー!
アホとちゃう?w
自惚れも程々にね お馬鹿さんw

436 :神も仏も名無しさん:2015/09/02(水) 23:54:05.26 ID:S7N+6Qxx
@原始仏教の教説を破壊した深山さん!!!

「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
が解脱を意味していないことは、経典を読めばすぐに分かる話。
まったく馬鹿げた事を言い続ける人もいるもんだ。
個々の単語に捉われて、経典全体を見ていないから誤訳するんだ。
でも、この御仁には誤訳ではなくて真実だから、何言っても仕方ないか。
この人にとっては、経典よりも自分の解釈が絶対なんだ。
こういうタイプって、宗教団体には結構いるのかも知れない。
今は教団をやめたと言っても、この人の本質は全然変わって無い。
物凄く異常な感じがする。

437 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/03(木) 00:00:47.83 ID:9U2TxHbB
ペテン大作さん。一生懸命書くのはいいけど、深山さんに読み飛ばされていると思いますよ。
私も読み飛ばしているので、あなたが今何を論じているのかすらわかりません。

438 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/03(木) 00:05:26.92 ID:9U2TxHbB
一来補さんのも読み飛ばすようにしようかな?
昔から回答済みの話を蒸し返してるだけで何の進歩もないから。

439 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 00:18:56.16 ID:U6W7cFhl
>>430-432
>無明が何から生じるのかは説明していま
せんね。
>何も知らない赤ちゃんに、
知らないことは、悩みですか?

くだらネエデタラメや例えなんか持ち出してよ
おメエってほんとアホの典型だよなっての
無明 知りたいんか どっから生じるかってよ
そもそもはだな 煩悩のキングなんだよんっての
連綿なる生存の根原だって言っても 
とてもおメエには解らんだろがな
おメエ流に成り下がって言えば生じる原因ってことよ
こんなは 慢不斷故捨此陰已與陰相續生って知っとるかや
赤ん坊が生じたことじたいその原因は無明なんだっての
その無明の赤ン坊に聞いたらってのがもうすでにそれが
無明なんだってことよ
おメエの頭であれこれ苦心するより桐山センセに従えや
そのほうがよっぽどお花畑が見えるぜっての

440 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 00:27:56.72 ID:3411Xg0d
ユビキタス。
ずっといなかったのにこの頃何でまた出てきたの?
ひょっとして誰かのレスに反応した?

読み飛ばし、結構ですよ。
反論できずに悔し紛れのビンタは痛いからね。

441 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/03(木) 01:02:39.96 ID:9U2TxHbB
まあ煩悩に悩という漢字が使われているからと言って煩悩を悩みと捉えているところが痛いね。
快楽に耽り楽しくて楽しくてたまらない人生も、優越感に浸り自慢ばかりしている人生も
煩悩だらけの人生なんだな。
これは実は桐山さんも共通で私は、記憶ではあるが、桐山例祭法話で
「いまどき煩悩なんかに悩み苦しむ人なんていませんよね?」という意味のことを
口にしたのを聴いたことがある。
仏教者として耳を疑いたくなりますね。
いまどきも何も煩悩がなんたるかをわかっていないアゴン宗管長です。
無明は煩悩に決まっているではないか?
煩悩は貪瞋痴の三毒煩悩に代表され、貪瞋痴に集約される。
痴とはおろか、無知ということです。
無明とは無知のことです。
だから無明無知は痴の煩悩です。
根源的、原初的な無知だろうが、無知は無知で煩悩に変わりありません。

442 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 02:00:07.63 ID:I5DYOIao
>>440 高校野球が終わったからだよ。
あんたも難癖つける癖にユビ氏の動向くらいわかっておきなよ。

あ、無知だからわからんかw

443 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 07:50:23.72 ID:P5tP9PXT
 
深山白雪   http://dp.pconline.com.cn/photo/2020949.html

444 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 11:03:04.16 ID:3411Xg0d
>>442
その無知な奴に文献をもって反論できず、ただ個人攻撃を繰り返すだけ。
批判側は読者に対して、常に勝っているように見せなければいけないからな。
悲しいね、砂場以外に遊び場の無い奴等ってw

445 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/03(木) 11:09:14.33 ID:/qIiHWtC
>>428
仏罰とか祟りとか、そうやって脅して勧進するのか?
勧進欲しさの一時鎬だろ、勧進した後はほったらかしか
金の使い道は自己責任てかwww
だから阿含宗は会員が減る一方衰退していくのです。
元信者として情けない限りです。

446 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/03(木) 11:16:33.08 ID:/qIiHWtC
>>428
ところであなたは何を信仰しているわけ?
まさか阿含宗?

447 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 11:39:13.17 ID:3411Xg0d
もう深山さんはスルーするだろうから、他の読者向けです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
@深山さんはカルト信者だった!!!

深山さん、ちゃんと反論してたんだね。
これは失礼、見落としていました。



>>145:深山
>あなたには理解できないだろうが、仏教を理解したら、
>「四禅で解脱する」なんて言うはずがないのです。

皆さん、これが「四禅で解脱する」の根拠だそうです。
仏教を理解したら分かるんだってさ。 
分かる人には分かるなんて、まるでカルト信者そのものではないか?
それで仏教を理解した学者たちも当然そう答えるんですよね?

>332 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:25:05 ID:lnhRYV0M
>「心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで確立し不動」
>とは、煩悩が消滅して解脱したという意味です。
>仏教学者に上記の文章の意味を聞いてごらんなさい。
>全員が、これは解脱したことを意味すると解釈するはずです。
>この段階で釈尊はすでに解脱しているのです。

結果はどうなりました?
あっ、スルーしてるから答えなくてもいいのか。
愚問でした。

448 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 11:43:04.27 ID:3411Xg0d
×「四禅で解脱する」の根拠
○「「四禅で解脱するなんて言うはずがない」の根拠

449 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 11:47:24.82 ID:3411Xg0d
×皆さん、これが「四禅で解脱する」の根拠だそうです。
○皆さん、これが「四禅で解脱するなんて言うはずがない」の根拠だそうです。

う〜ん、何が何だか分からんな。
ま、いいか。
どうせスルーされるんだし。

450 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:02:18.42 ID:yfY0wPQn
>>430 :一来補:2015/09/02(水) 21:45:12.80 ID:zmZQq06l
>420 ユビキタスくんは我の方が深山くんより暇に思うそうだ。それがあんたら、得意の推測、我見というのです。

お忙しい一来補さんがバカでアホな深山やユビキタスさんを相手にする必要はなく、
SCスレで信者さんたちに仏教とは何かを説いて聞かせてはどうですか?
どうしてあなたはこちらに来たのだろう?
あなたがSCスレに留まっていた時、どれほど私もユビキタスさんも幸せだったことか。
一来補さんの目的は信者に批判側が間違った仏教を教えるといけないからだと
前に書いていましたね。
それなら簡単で、SCスレはここと同じ書き込みが出ますから、
その間違いを指摘すれば良いだけで、こちらに来る必要はない。
あちらもネット上のオープンで対等なスレだから、正しい仏教を説く一来補さんの
書き込みを信者さんたちは喜んで読むでしょう?
あなたはSCスレでアゴン宗批判に反論を加えて、オハコの縁起滅や、
お得意の惑業苦を死ぬまで叫び続けることができて、きっと信者さんたちも
読んでくれるから、何の問題もないはずです。
お忙しいのに、どうしてこっちに来たのですか?
違いはたった一つです。
あちらでは、誰もあなたをかまってくれない。

451 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/03(木) 12:06:41.95 ID:9U2TxHbB
そうですね。
どうせレスしてもらえないから、他の読者に読んでもらうように書き込むことは自由と言えます。
私もまたペテン大作さんにレスを付けるのではなく、他の読者のために四禅解脱イチャモンの
経緯と構図と双方の言い分を解説したわけでして。

452 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:07:44.47 ID:yfY0wPQn
>>430 :一来補:2015/09/02(水) 21:45:12.80 ID:zmZQq06l
>420 ユビキタスくんは我の方が深山くんより暇に思うそうだ。それがあんたら、得意の推測、我見というのです。

あなたの本当の目的は、信者に正しい仏教を伝えることなどではなく、
ここで互角に構ってもらえるのがうれしいからでしょう?
職場でも今の公職でも、周囲はあなたに慇懃だが、まともに相手しない。
唯一、まともに正面から相手してくれるのは深山とユビキタスさんくらいです。
まともに相手にもらえるのはあなたにとっては若い時以来、しばらくぶりですよね?
我々は一来補さんがいないほうがうれしいが、
一来補さんは我々がいないと困るのでしょう?
SCスレで反論や独り言を書いていたが、誰もレスを付けてくれないので、
寂しくなって、こちらに来た。
どんなにドツカレテ、ピエロにされても、あなたは鈍感だから感じないだけでなく、
相手にしてもらえるのが何よりもうれしいのです。

繰り返すが、私もユビキタスさんも、あなたが居ても居なくても良いのではなく、
居ないほうが良い。
我々の反応は、あなたの現役時代の職場の人たちと同じです。
バカ、アホと罵りながら、我々に相手してもらいたくてこちらに来たのです。
違うというなら、SCスレに戻られてはどうか。
あちらで吠えている分には導きゼロを追及される心配もない。
ここに居なければならない理由をあなたは必死に考えて書くでしょうね。
いつもの見え透いた見苦しい言い訳を鼻をつまみながら、読んであげますよ。

453 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:14:21.11 ID:yfY0wPQn
私は信者さんたちに、仏教もアゴン宗の教義も正確に理解してほしい。
その上で何を信じるかは各人の自由です。
信者さんたちは認めないだろうが、桐山さんの説いた仏教は仏教ではない。
解脱の定義も間違えているほどのオカルトです。
信者さんたちが仏教にまったく関心がないのなら仕方ない。
だが、アゴン宗にいるということは、多少は世間の人たちよりも関心があるはずです。
ところが、釈迦仏教を標傍するアゴン宗が、解脱の定義さえも間違えて、
阿含経の教法とは似ても似つかない内容を仏教だと説いている。
それを信者さんたちが信じ込んで一生が終わるのは喜劇と笑いたいが、
輪廻転生を考えれば悲劇です。

中国や日本の仏教史を桐山さんから習った時、悲劇だなあと思いませんでしたか。
仏教を求めて中国の僧侶はヒマラヤを越え、日本の僧侶は荒海を渡り、
その多くが命を失った。
やっと経典を手に入れて、これが仏教だと信じて学んだのが、
法華経や阿弥陀経など大乗経典です。
あろうことか、阿含経を低いオシエだと唾棄した。
これが中国仏教は二千年、日本仏教は千五百年もしていたことです。
日本人がようやく本当の釈尊の教法がわかるようになったのは明治以降ですから、
日本人が仏教を知ったのはわずか百数十年前です。
しかも、未だに法華経や阿弥陀経を奉じ、伽藍を誇り、国宝の仏画や仏像を
仏教だとテレビで自慢気に紹介するほど愚かな僧侶たちがほとんどです。

454 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:22:22.17 ID:yfY0wPQn
こういう日本仏教の体たらくの中、桐山ゲイカは阿含経に基づく真の仏教を
自ら体得し、現代に蘇らせると宣言した。
いよいよ日本に本物の釈尊の説いた仏教が生まれ根付く時が来た・・・と
私などは期待して入信したのだが、学べば学ぶほど、教義も現実も
嘘、デタラメ、ゴマカシ、オカルト、そして理解力の低さから来る曲解など、
仏教の基本さえも桐山さんは理解していないことがわかった。

そういうと、「凡夫のオマエごときに何がわかる。ゲイカは仏陀の智慧を持つ
解脱者だぞ」と信者さんたちは反発する。
私が凡人であることは認めるが、桐山さんが仏陀の智慧を持つ解脱者だと
信者さんたちはどうしてわかるのですか?
その判断をしているのは信者さん自身ですよね?
同じように凡人にすぎない信者さんたちが、どうして桐山さんに
仏陀の智慧があり、解脱者だと判断できるのだ?
自分の言うことは正しいという自惚れにすぎないことに気が付いてください。
あなたの思い込みにすぎないのに、これが正しいというのは、
自分は常に正しいと信じる慢心にすぎない。
どこにも桐山さんが仏陀の智慧を持つ解脱者だという証拠はありません。
現実の桐山さんを見ても信者さんたちが解脱者だと
信じているのは、あなた方は仏教の基本を理解していないからです。

455 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:27:40.83 ID:yfY0wPQn
解脱「仏教では煩悩から解放されて自由な境涯になることをいう。
(『岩波仏教辞典』)」

この仏教の解脱の定義はほぼ議論の余地がありません。
因縁切りでも因縁解脱でも、神通力でカルマを断ち切ることでも、
紫磨黄金のオーラをピカピカさせることでもない。
ましてや霊障解脱とか死者成仏なんて、仏教の解脱には出てきません。
煩悩に囚われないようにするという極めて地味で単純な内容です。

「真の仏教はそんな倫理道徳ではない」と信者さんたちの中には思う人も
いるでしょう。
だが、そこで一つ考えてほしいのは、あなたは二千五百年間の僧侶や
学者たちの一致した見解である上記を否定できるほど仏教に詳しく、
頭が良いのか、という点です。
倫理道徳とツバを吐き掛ける前に、「自分に倫理道徳にしか見えないのは、
自分の理解力が低いからではないか。何か誤解しているからではないか」と
どうして自分を疑わないのですか?
一来補さんや宝生さんみたいに実力もないのに自惚れる前に、
自分の知性を疑うこと、それこそが知性です。

456 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:33:03.61 ID:yfY0wPQn
解脱「仏教では煩悩から解放されて自由な境涯になることをいう。
(『岩波仏教辞典』)」

煩悩からの解放、これが解脱であり、仏教の唯一のそして究極の目標です。
これが基軸、基礎、基本、前提であり、仏教の教義はすべてこれを
土台にして作られている。
仏教を理解したいなら、これを頭の中心にまず置くことです。
様々な教義を学ぶ時も、常に上記の内容を思いだすと理解できる。
阿含経も、釈尊が上記を説いているのだとわかると、内容が良く理解できます。
三十七道品、三善根、出世間福など様々な教義や言葉が出て来るが、
実は別なことではなく、上記のたった一つのことを様々な表現や
切り口で、何度も何度も繰り返し説いているのだと理解できます。
そうすれば、三十七道品が七種類の修行法だとか、三善根には二つの意味があるとか、
出世間福という御利益を説いたなんて知性の低い解釈はできなくなる。

「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
(『原始仏典 1』春秋社、96頁)

という文言の「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
とは、解脱を表現を変えて繰り返していると理解できるようになります。
心が欲望などで悩乱されないから安定し、煩悩という不浄がないから、
清純で純潔で汚れがなく、大きい煩悩はもちろん、小さい煩悩もきれいに
掃き清め続ける、これを解脱というのです。

457 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 12:38:02.02 ID:3411Xg0d
@深山さんの爆笑レス!!!

深山さんによると、仏教学者は全員仏教を理解していないそうです。

>>145:深山
>あなたには理解できないだろうが、仏教を理解したら、
>「四禅で解脱する」なんて言うはずがないのです。

>332 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:25:05 ID:lnhRYV0M
>「心が統一され、清浄で、きよらかで、よごれなく、汚れなく、柔らかで、巧みで確立し不動」
>とは、煩悩が消滅して解脱したという意味です。
>仏教学者に上記の文章の意味を聞いてごらんなさい。
>全員が、これは解脱したことを意味すると解釈するはずです。
>この段階で釈尊はすでに解脱しているのです。

458 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:38:36.83 ID:yfY0wPQn
解脱「仏教では煩悩から解放されて自由な境涯になることをいう。
(『岩波仏教辞典』)」

釈尊の説く解脱とは、ものすごく単純で簡単な内容だと気が付きませんか。
因縁解脱、霊障解脱なんて言われても、信者さんたちは悪因縁も
霊障のホトケも霊障のカルマも捉えることができない。
今でもこれらを霊視できるのは桐山さん一人です。
だが、釈尊はそんな一般人に理解できない物を対象としたのではなく、
煩悩という、言われてみれば誰でもが理解し自覚できる物を対象としたのです。
だから、十歳の子供でも理解できる。

これを理解したら、どうやって桐山さんを解脱者だとみなせるのだろう?
煩悩とは欲望、執着、怒り、憎しみ、そして仏教の道理を理解しないことです。
つまり、解脱者とはこれらの煩悩にいっさい囚われない人のことです。
解脱者であるかどうかを見分けるのは簡単で、その人の言動を見れば良い。
霊能力なんていらないのです。
欲望や怒りに囚われているかどうかは、霊能力なんてなくてもわかる。
身体、言葉、心にいっさいの煩悩に囚われない人が解脱者だから、
逆に言うなら、身口意の行為(業)に煩悩があったら、その人は解脱者ではない。
欲望に囚われている人は解脱者ではない。
怒りに囚われている人は解脱者ではない。
そういう目で解脱者を自称する桐山さんを見てください。

459 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:44:10.61 ID:yfY0wPQn
「食いしん坊だから大食いするけれども、食べた食物が
脂肪になったときにその脂肪を燃やしてしまうようにしているのです。」
(ダルマチャクラ、175号、2004年、31頁)

これは2004年、つまり桐山さんが有余依涅槃の聖者を宣言した後の話です。
食いしん坊って、食欲が我慢できない人のことです。
食欲とは煩悩の一つだと信者さんたちは知っていますよね?
食欲という煩悩に囚われていることを自慢しているのです。
仏教の解脱の意味を理解した者から見たら、唖然、絶句です。
桐山さん自ら、解脱していないと宣言しているのがわかりませんか?

桐山さんは仏教の解脱とは何かを理解していないのがわかる。
煩悩から解放が解脱だと理解したら、上記のようなことは
恥ずかしくて話せません。
自称裁判官が万引きに成功したことを自慢しているようなものです。
仏道の修行者は食欲に囚われていても、マズイと自覚して恥じて隠す。
だが、桐山さんは明らかにグルメである自分を自慢している。
彼はまったく解脱の意味を理解していないのです。

460 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:49:26.20 ID:yfY0wPQn
「以来、かれの胃腸は快調そのものである。人の二倍はたっぷり食べる。
或る弟子の一人が、「先生と食事を御一緒してびっくりした。こっちが気持悪
くなるほどよく食べる」と人に語ったと聞いて、かれはそれ以来、食卓を共に
する弟子たちに、テレ隠しに時々こういうことを言うようになった。
「私は、人の三倍食べて五倍はたらくんだ。君たちも見習い給え。但し、その
反対はダメだよ。破産するから」
(『求聞持聡明法秘伝』76頁、1989年)

煩悩からの解放をめざし、食欲を抑えて、肉体を維持するのに
必要最小限の一日一食に留めるのが仏道修行です。
それをしているはずの桐山さんが、「人の二倍はたっぷり食べる」
「気持悪くなるほどよく食べる」「人の三倍食べ」??
食欲という煩悩に普通の人よりも何倍も囚われ、しかもそれを自慢している!
法律の番人である裁判官が、コンビニだけでなく、スーパーでも万引きして、
他の万引き犯よりもたくさん万引きしたことを滔々と自慢しているような光景です。

信者さんたちは上記の桐山さんの有り方が仏教的には異様であり、
あってはならないことに気が付くべきです。
そのためには最初に申し上げた、仏教の解脱の定義を何度も読んで、
意味を理解し、その目でこの桐山さんの行状を見ることです。

461 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 12:55:20.53 ID:3411Xg0d
>>456
>という文言の「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
>とは、解脱を表現を変えて繰り返していると理解できるようになります。

では何故、経典では「四聖諦の後に比丘が解脱する」と書かれているのですか?
深山さんは、この質問に答えることはできません。
経典に書かれていないことを主張してもそれは妄想に過ぎません。
「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
は、解脱ではありません。
深山さん自身が、すでに、>>145で書いています。

>仏教を理解したら、「四禅で解脱する」なんて言うはずがないのです。

今になって弁解しても遅いです。
醜態を晒したければどうぞ続けてください。

462 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/03(木) 12:56:04.44 ID:yfY0wPQn
「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」

これが解脱なのに、現実の桐山さんは、心が欲望に囚われて安定せず、
一般人よりも煩悩が多く、不浄で不純で汚染され、大きな煩悩は言うに及ばず、
小さな煩悩も離れることができない。
桐山さんは、
1.煩悩からの解放が解脱だと知らない、
2.食欲に囚われ大食いすることが煩悩だと知らない、
3.食欲という煩悩に囚われることを恥じるどころか、むしろ自慢している。

信者さんたちは仏教の解脱の定義をもう一度良く見て、こういう桐山さんが
本当に解脱者だと思いますか?
解脱者どころか、彼は仏道とは何かを知らないのだから、仏教の信者でさえもない。
こういう人の後を信者さんたちは付いていって、仏教の解脱に到達できる思いますか。

463 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 13:00:58.89 ID:D3HI3LoV
>>447 もう深山さんはスルーするだろうから、他の読者向けです。

おメエは何を言いてエのかって 過去ログをたどって
見てみてわかるんだが 比丘は三明の前で解脱してた
ってことを批判は言ってたんだがやネエの
ようするに神通力で解脱をしたんじゃネエのよ
ってことが主題だったと思うんだがな
それを言ったら彼の経は三明の前の描写は四禅だから
深山批判説は四禅解脱を言ったなんて短絡的にとらえた
ってことで今にあるって 違うんかいどうなんだべ
オレは思うに仏教で通力による解脱なんてネエと
解釈してるんだが 例えに出た沙門果経は解脱へ至る
詳細な順序を省いてるんだろな
経が理解させたい主眼がそもそも違うってことよな
阿含宗の桐山センセは そこんとこどうなんだろな
念力を強調し神通で解脱するなんてことを匂わせてるよな
このあたりへの批判と援護が経の解釈で入り乱れ取るンや
まあ修行者は出家してどんな果報があるんだっちゅう目で
経を読んでいきゃあ 戒定恵によって解脱を得るっちゅう
話しで文句はネエだろが

464 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 13:35:18.55 ID:3411Xg0d
>>463
これ、どこの方言だい?
四禅三明は三明という神通力で解脱するのではない。
定と慧で解脱するのだよ。

「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」
(『ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道』P6、10)
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/6940/1/ib004001.pdf

三明という神通力で解脱するなんて桐山管長だって言わないことを
深山が勝手にでっち上げてイチャモン付けてるわけさ。
深山は、四禅三明を四禅で解脱し、三明で解脱を確認するのだとデタラメ解釈した。
確かに三明の漏尽通は解脱を確認する智慧ではあるが、
だからといって、四禅で解脱してるわけではない。
経典にだって、解脱は四聖諦の後になっている。
深山は四禅を説明した文句(心が安定…)を解脱だとしたが、
これは完全に間違い。
経典に無いことを勝手に解釈することは、経典を改ざんしてるのと同じだ。
それを追求してるわけ。
分かったかい?

465 :一来補:2015/09/03(木) 14:20:20.73 ID:Bu33AlHl
458  深山くん。
深山くんは、初歩的なことを間違えているから、すべて間違えてしまうのです。
煩悩から解放されることが解脱というのはよろしい。だが、食欲は煩悩ではない。

煩悩の定義は、
煩悩→心身を乱し悩ませ正しい判断を妨げる心
   のはたらき。
  (岩波仏教辞典 煩悩の項)

 とあるだろう。
食欲が心身を乱し悩ませるか?
馬鹿ものが。食欲は旺盛なほど健康で良いことなのだ。食欲がないほど心身の悩みだろが。
食が細いのは心配のタネだろが。

ということで、食欲は煩悩ではない。
人の二倍や三倍食べても少しも問題はない。
二十倍食べていたら問題にしな。

煩悩とは、深山くんのようなレス依存症とかな、心身を乱しているものを言うのです。
煩悩まみれだから深山くんは、病的なレスを止められないのです。傍目から見たら深山くんは病気です。だからNHKのオウム番組では、頭を壊した元信者に、深山(みやま)という仮名を付けたのです。

深山くんは、早く己の間違いにきづくことです。さもないと、ますます病が重くなりますよ。

466 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 14:39:32.32 ID:3e12C1r3
>>460 深山君の文章は悪意の塊さ
大事な文才が無い そして
説得力は人道主義者にのみ備わるのである。

467 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 15:20:06.94 ID:D3HI3LoV
方言ってか播州姫路とアイノコの江戸っ子デい

>三明という神通力で解脱するなんて桐山管長だって言わないことを
深山が勝手にでっち上げてイチャモン付けてるわけさ。

へえ オレは信者経験がネエもんで桐山語録にやあ疎いんだがよ
過去ログ批判で桐山センセは 四神足の修行でブッダは解脱を
得たっちゅうのを見たんだがね
オレの記憶が違ってるんかいな

>深山は四禅を説明した文句(心が安定…)を解脱だとしたが、

まあ四禅の前段階では不還果っちゅう五蓋の捨断があるんからのう
言ってみりゃあ 般涅槃の行程に身を置いていたんだろ
不還果の境涯だって二度と娑婆に戻らねえほどの実力者ってもんだ
死んだらそのまんま涅槃へ一直線じゃネエの
その情景が解脱者のものなんか不還果のものなんかってのを
白黒つけるなんざあ あの経では解らねえんじゃないの
どうであれ解脱した心風景を四禅に重ねていつだのってのも
ラチが明かんじゃろが
凍結した仮死のような滅尽定が涅槃ってえのも意味がネエぜ
ドデえ四果の区別だってよ部派仏教のもんで釈迦の時代の
経の分別は煩悩から解放の状態こそを賛美されてて阿那含で
十分だったてことだアネ
大事は煩悩よっていやあボンノは菅谷政雄デぇイってな
ところが今じゃあボンノ代表は桐山センセだってよ

468 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 19:46:28.52 ID:icIcoQZM
深山ハッスルハッスルwww カルト信者やめてカルト批判者三昧。

深山のマスタベイションは死ぬまで止まらないwwwwwwwwwwwwww

469 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 22:03:16.36 ID:KQcMdwMc
しかしあれだ擁護側こそ守護佛の御加護を受けていて仏罰を受けるのは批判側だと思うとるし
批判側は批判側で如来の仏罰を受けるのは擁護側だと思うとるし

お互い仏罰を投げ合う@猿蟹合戦みたいだ

470 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 22:14:55.06 ID:OjT7y8jP
まあどっちにしろ阿含宗なんて詐欺なんだけどなw
こんなのに関わるなという忠告としてみるならば批判は当然だなw

471 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 22:29:57.00 ID:mfBXI9cE
>>465食欲が心身を乱し悩ませるか?

うーむ、桐山の美食から糖尿病になり脳梗塞になったことをみれば煩悩だわな。
粗食で腹八分が健康なのだよね。
人の三倍も食う・・・アホですか?
自分の欲望に負けている←煩悩でしょう。

472 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 23:47:52.21 ID:OjT7y8jP
しかも内弟子と称して愛人かこってたんだぜw
名前変えりゃいいってもんじゃねえだろ
内弟子=愛人・・・なんだこりゃ?

473 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 00:51:34.70 ID:r18jym7X
★NEW!!!

・「いつものパン」があなたを殺す:脳を一生、老化させない食事 (デイビッドパールマター 2015/1/16)

・ダダモ博士のNEW血液型健康ダイエット (集英社文庫)
 O型とB型は小麦、とうもろこし、蕎麦を食べると体調が悪くなり太ります

・炭水化物が人類を滅ぼす糖質制限からみた生命の科学 (夏井睦 光文社新書 2013/10/17)

・統合失調症、うつ病、パニック障害は糖を抜くと3日で治った。

・チョコレートは超危険食品 強い依存性、糖尿病の恐れ…妊婦や子供は摂取要注意
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1440298818/659-661

・すべての不調は首が原因だった!
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1440881844/136

小麦に含まれてるグルテンは脳を炎症させます。→精神病、ウツ病の原因に。

O型とB型は小麦を食べると腸に血が集まりアレルギーのようになり吸収が遅くなりタンパク質を脂肪として吸収してしまうため太ります。

炭水化物(小麦、米)=砂糖

小麦はドクです。

474 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 01:33:03.07 ID:m78A36nN
>>464
>「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」

これは八正道の説明でした。
三学系統の修行道(沙門果経など)の説明はこちらです。
「定によって慧が得られ、定と慧が繰り返し修習されることで煩悩が断除される」
まあ、同じか。
要は八正道も三学も、定と慧が協力し合って煩悩を絶つことが説かれているのです。
これが、釈迦仏教の教説です。
その釈迦仏教の教説を深山さんは否定している。
阿含宗は釈迦仏教ではないと批判していながら、
実は自分自身が釈迦仏教を否定していたのだからシャレにもなりません。
深山さんは自分のミスを素直に認めれば良いのです。
「確かに自分はこの点は間違いだった。しかし、阿含宗のここは間違いだ」
と続ければ、四禅の議論に無駄な時間を取られることなく、
思い切り自分の批判を展開できたでしょう。
ところがそんな度胸は持ち合わせていないようです。
ミスを認めることで砂場から追い出されるのでは、と怖れているのでしょう。
きっと気が小さくて臆病な人なんでしょうね。

475 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 07:50:23.47 ID:RrK58nlz
 
深山工場   http://blog.ap.teacup.com/railway-photo/210.html 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:87f20c3c9ee883ab649a4d7f8b996d63)


476 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 11:34:24.85 ID:X+oRXgSW
>>474
>まあ、同じか。
要は八正道も三学も、定と慧が協力し合って煩悩を絶つことが説かれているのです。

そ 同んじだろッテのガムよ だから何言いたいんかね
オメッチは完全にアビダンマの学者によって
振り回され惑わされてるんチャな
戒定恵も八正道なんだってのよ
んで覚りの方はどっちかっちいえば三法印や縁起とか
四聖諦って方向だべ
オメッチの言いたい修道とは八正道だっての
瞑想しただけじゃ煩悩は減らんのだよ
小リクツ並べようが釈迦の修行解脱は学問的に
考え習うことなんかじゃネエんだよ
周利槃特がだよ そんな小賢しい理屈で解脱したか
ってのよ
お経の数だけ修行法があるわけじゃあネエんだよ
学者ってのはそれを体系別にしたがるわけさ
何故かってえとアタマで理解したがるからだってのよ
そこんとこのタマを握ってなきゃあな
ワリャ 桐山センセに何度も騙されんど

477 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 11:58:22.25 ID:49zQpi6c
>>465 :一来補:2015/09/03(木) 14:20:20.73 ID:Bu33AlHl
>食欲が心身を乱し悩ませるか?

一来補さんて本当に自分の姿を見た事がないのですね。
あなたは業者にたかり、親戚知人を訪ねては、タダ飯を食欲に任せて
ガツガツ食らい、タダ酒を欲望に任せて飲み続け、その結果、糖尿病なった。
あなたの他人の物を取ろうという貪りの煩悩と、
食欲という煩悩がその病気をもたらした。
「食欲が心身を乱し悩ませ」ている実例は一来補さんです。
いや、あなたが悩んでいなくても、あなたの欲望が招いた病気を
健康保険で治療しているのだから、国民を悩ませている。

こんなふうに言い返されることをあなたは予想できないのですね。
黙っていれば、あなたの醜態をここでさらされることもないのに、
自虐ネタが好きというよりも、本当に予想できないのでしょう?
一来補さんをちょっとからかうと、その直後、前後も考えずに、
こちらに反撃しようと飛び出して来て、すべって思いっきりコケル。
威張りながらコケルから笑いの自虐ネタとしてはすごい。
私が何かしたのではなく、あなたがいつも自滅する。
普通の人は一度か二度それをすると、次からは用心する。
犬や猫でも用心する。
ところが、あなたは十年間これを繰り返している。
あなたは自分では相当に賢いつもりなのだろうが、毎回、こうやって
自分がコケルのをいったいどう見ているのだろう。
もしかして、自分がコケタこともわからない?

478 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:04:45.17 ID:49zQpi6c
>>465 :一来補:2015/09/03(木) 14:20:20.73 ID:Bu33AlHl
>食欲が心身を乱し悩ませるか?

桐山さんも同様で、都内の有名レストランを食べ歩き、美食飽食を続けた結果、
糖尿病になり、そこから定食コースで脳梗塞を発症した。
因縁を切ったはずの桐山ゲイカが脳障害の因縁を丸出しにした。
アゴン宗の教義を自ら壊した。
心身を乱し悩ませるどころか、アゴン宗そのものが揺らぐほどの打撃です。
でも、一来補さんの知性では、この明瞭な原因と結果が見えないのですね?
さすがは「縁の滅」と「縁起の滅」の違いを何度説明されても
未だに理解できないだけのことはある。

>人の二倍や三倍食べても少しも問題はない。

これはあなたの食事の現状の言い訳ですね?
老人の食生活を変えられたら奇跡だというが、ほんとうにそうです。
糖尿病からあなたも小梗塞をすでに発症しているのに、まだ
そうやってガツガツと食べ続けているのだ!
一来補さんはテレビの健康番組を観ていないのだろうか?
二倍食べても問題ないどころか、大いに問題だと医者は指摘している。
過食がどれほど身体に悪いか、今の社会の常識です。
あなたが小さい頃は食べ物もなかったから、ガツガツ食う事ばかり考えていたの
だろうが、今の人たちは、いかにして食べないかを考えているのです。
悔し紛れに口から出まかせを吐き出すのはあなたの自由だが、
知性と見識のなさは新たに示さなくても、読者は十分に知っています。

479 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:11:19.23 ID:49zQpi6c
>>469 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 22:03:16.36 ID:KQcMdwMc
>お互い仏罰を投げ合う@猿蟹合戦みたいだ

もう少し丁寧に読まれてはいかがでしょうか。
仏罰を出したのは批判側ではなく、>>428の宝生さん、つまり信者です。
これに対して、>>445さんは仏罰で脅かすアゴン宗と宝生さんをたしなめている。

私もアゴン宗に仏罰が下るなどと書いたことはありません。
仏罰ではなく、自業自得だと書いているのです。
仏教では悪業を為せば輪廻を越えてその報いを受けると説く。
善因善果、悪因悪果は基本中の基本です。
しかし、これは仏罰ではありません。
自業自得といって、自分が投げた石が自分に戻ってくるという意味です。
仏罰と自業自得ではまったく意味が違います。

宝生さんなどアゴン宗の信者は、仏を、キリスト教の神みたいに
賞罰を下す存在だと思っている。
だが、仏教には仏罰なんてありません。
仏を罵ろうが、ツバを吐き掛けようが、入滅した仏が何か反応することはありません。
逆に、どんなに礼賛しても、何を供養しても、助けてもくれないし、
何もしてくれない。
なぜなら、釈尊や解脱した弟子たちはこの世界にはいないからです。
桐山さんから、仏の加護などといかにも神仏が何か力を
貸してくれるかのように教えられて、信者たちは本気にしている。

480 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:16:25.63 ID:49zQpi6c
「けだし諸の完成者(如来)はただ道を示しただけである。」
(『真理のことば・感興のことば』中村元、196頁)

桐山さんのインチキ話と違い、現実の釈尊は上記のように
道を示すだけで、何もしてくれない。
学校の先生が勉強を教え、励ましてはくれても、受験合格には
まったく関係なく、合格できるように加護もできなければ、
罰を加えて落第させることもできない。
これと同じで、釈尊とはただ道を示すだけで、加護もしなければ
仏罰も加えない。
だが、これでは信者を洗脳してお金を集めたい桐山さんには
都合が悪いから、アゴン宗のいう事を聞けば、仏の法力の加護が得られ、
いう事を聞かないと悪因縁や霊障という罰が下ると脅かす。
こうやって、加護と称する御利益と仏罰など霊的な脅かしで、
アメとムチを使って信者を支配する。
また、愚かな宝生さんのような信者は付和雷同して、仏罰を叫ぶ。

481 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:23:22.57 ID:49zQpi6c
「『所以は如何。如来の所説を信ぜざる者有らば是れ愚痴の人にして、
長夜に当に饒益せざる苦を受くべければなり。』
つまり、
「如来―ブッダになられたかたから発せられることばを信じない者は、
仏罰によって、饒益せざる苦を受けるようになる、
つまり、地獄に落ちるのである。そうなるとその者がかわいそうであるから、
自分は言わないのである。」
シャカのいわれたことを信じない者は、モッガラーナの見た不成仏霊とおなじようなってしまうのである。」
(間脳思考、164頁)

ご覧のように、如来を信じないと仏罰が下ると書いたのは桐山さんです。
まるで阿含経の中で釈尊が「仏罰によって」と述べたかのような書き方だが、
原文を見ればわかるように、そんな言葉は一言も出てきません。
原文の意味は「如来が説いた内容を信じない者は愚痴という煩悩を
持っているから輪廻転生が止まず、その間に苦を受けることになる」と
いう仏教の当たり前を言っているだけです。
愚痴とは、釈尊の教法を理解できない無明という煩悩のことです。

仏罰などと一言も釈尊は言っていないのに、まるで仏罰を
説いたかのように読者に錯覚させている。
これには桐山さんの目的がある。
桐山さんの言う事を聞かないと仏罰が当たるぞと脅かしたいのです。
桐山さんは自分は阿含経からオシャカの成仏ホウを体得したのだから、
オシャカの代理人だと言いたい。
オシャカ大先生から任されたのが桐山先生であり、
大先生は、いう事を聞かないと仏罰が当たる、とおっしゃっているように、
桐山先生のいう事を聞かないと、大先生が仏罰を下すぞと言いたいのです。

482 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:29:02.62 ID:49zQpi6c
「仏罰によって、饒益せざる苦を受けるようになる、」

桐山さんはこれまで阿含経を使い、まるで釈尊が因縁解脱、霊障解脱、
死者成仏、三福道を説いたかのような嘘を並べてきた。
いくらこれらの悪業を為しても釈尊が罰を加えるなどありえない。
ただ自分の為した行為の報いを受けるだけです。
現実の桐山さんはすでに自業自得の大きな苦をうけています。
桐山さんの最近の最大の苦は脳梗塞よりも、E川裁判でしょう。
脳梗塞も自分で因縁解脱の教義を壊したという点で大きいが、
E川裁判はその比ではない。

仏教の宗教家を標傍する者が、八十才をすぎてから、愛人から
裁判に訴えられるというのは桁違いの大恥です。
桐山さんが会社の社長なら艶福家で済むが、仏教の宗教家とは欲を
減らし、断つことを求められる。
食欲や睡眠欲などはゼロにするわけにはいかないが、性欲はゼロを求められる。
だから、欲の中でも、一番笑いものになるのが、明瞭にわかる性欲です。
欲を制御し、欲を断っていると宣言した解脱者様が愛人に訴えられたなど、
仏教の宗教家ならもっとも避けたい恥さらしです。
その大恥を桐山さんはかいた。
全国の皆さんの前で愛人からパンツを下ろされた。

483 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:34:27.69 ID:49zQpi6c
「仏罰によって、饒益せざる苦を受けるようになる、」

桐山さんはものすごく自己愛が強く見栄っぱりです。
鏡を見て自分の顔に卑しさが浮かんでいないか確認すると言っていた。
これ、変でしょう?
卑しい心を持たなければ、顔に卑しさなんか出てこない。
鏡ではなく、自分の心を確認するべきです。
心に卑しさがあるから、顔に出ないか心配していた。

こんなふうに格好を付けるのが大好きだから、恥などかこうものなら、激怒する。
職員に許可を出したのを忘れて、信者の前でその職員をしかりつけた。
職員が反論したから、桐山さんは信者の前で大恥です。
半年ほど後に、その出世コースにいた職員は辞めることになった。
桐山さんのミスなのに、自分に恥をかかせた者など許さない狭量な男です。
こういう見栄っぱりで、自己愛の強い人が、愛人から裁判に訴えられて、
週刊誌に大々的に報じられたら、どうでしょう?
「饒益せざる苦を受け」た。
釈尊と阿含経をさんざんに自分の利益のために利用して、信者と世間を
騙して、甘い汁を吸い続けたその結果、八十代にして一番かきたくない恥をかいた。
「晩節を汚す」「老醜をさらす」を絵に描いたような光景です。

484 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:39:46.34 ID:49zQpi6c
「仏罰によって、饒益せざる苦を受けるようになる、」

この裁判での最大の苦は、和解のために桐山さんが引きずり出されたことです。
和解するには原告と被告の双方の本人の出席を求められる。
桐山さんは裁判に出たくないから、病気を理由に逃げ回っていたが、
例祭で法話をしているのだから、裁判に出られないはずがない。
結局、逃げきれず、桐山さんは裁判に引きずり出された。
これは彼にとっては大苦痛です。
愛人問題という仏教宗教家として超恥ずかしい内容だというだけでなく、
裁判は、桐山さんのトラウマの一つだからです。

偽ビール事件で有罪になったことは自己愛が強く、天井知らずの自己評価の
桐山さんにとっては耐え難い苦痛だった。
我々から見たら自業自得なんだから、当たり前のように思うが、
彼は他人の苦痛は十分の一しか感じないが、自分の苦痛は十倍くらいに感じる。
前科という傷は治っておらず、今でも桐山さんの中ではジクジクと
膿んで彼を苦しめ続け、そのたびに桐山さんは怒りと復讐心を燃やす。
だから、裁判に被告として出るなど、その傷を押し広げるような大激痛なのです。
裁判に引きずり出されることだけは避けたかった。
だが、桐山さんは元愛人から裁判に引きずり出され、
さらにはその元愛人とご対面することになった。
桐山さんの大嫌いな現実と、頭を押さえつけられ、向き合うことになった。
煩悩のまま悪業を為したから「饒益せざる苦を受け」た。

485 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/04(金) 12:44:57.66 ID:49zQpi6c
>>469 :神も仏も名無しさん:2015/09/03(木) 22:03:16.36 ID:KQcMdwMc
>お互い仏罰を投げ合う@猿蟹合戦みたいだ

仏罰でも何でもなく、桐山さんが為した行為の報いで桐山さんが苦を受けている。
もし、桐山さんが釈尊の説く、煩悩を減らし無くせという教法を
守ったならば、このような「饒益せざる苦を受ける」ことはなかった。
彼は自分で為した悪業に今生でも報いを受け、来世においても報いを受けます。
それは批判側が言っているのではなく、阿含経にそのようにあるからです。
桐山さんがいっている仏罰など阿含経にはないが、因果応報は
阿含経に至るところにある。

「大空の中にいても、大海の中にいても、山の中の洞窟に入っても、
およそ世界のどにいても、悪業から逃れることのできる場所はない。」
(『ブッダの真理のことば感興のことば』中村元、28頁)

469さんは泥仕合だとおっしゃりたいようだが、
信者側はありもしない仏罰を投げつけているのは事実だが、
私など批判側は仏罰などと言っておらず、阿含経に基づき、悪業の報いは
本人に返る、と言うよりも、すでにその一部は桐山さん本人に
返っていると主張しているだけです。
その違いを良くご理解ください。

486 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 15:32:03.79 ID:B2q5jrUW
以上の蛇足、、、原始開闢に寂しさはあれど憎しみはなく、病んである獅子、象、焚き木らを天地封禅(各部名各)とする日の法かο

487 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/04(金) 19:16:40.90 ID:40XVBgQX
毎日スレ読んでると、阿含宗もいよいよ終焉のような気がしますね。
誰も阿含宗の修行に関して擁護しようとする人がいなくなったしィ〜
一来甫さん、宝生さん、大作さんは完全に阿含宗の教義からズレているよね
スレ見てる信者さん達も意見があれば、意見すればいいと思うよ。
オレなんかも、桐山さんからネットを見るなとか言われて、
10年やめるの遅れたし、最後の10年は本当に無駄なお金と
時間を使ってしまったよ。職員さん達にも意地悪されたしな〜
自分で入った宗教だったから楽しかったこともあったけど
阿含宗の修行は3年でよかったかな。と今は思いまね。

488 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/04(金) 19:50:34.40 ID:40XVBgQX
30年間、阿含宗の修行も色々変わったけど、
今は、完全に釈迦仏教どころか桐山密教からも離れた
意味をなさない教団になったと思うな〜
目標でいえば、超能力獲得、因縁解脱なんか、
信者さん達もあきらめてるでしょ。できないと思っているでしょ。
実際できないものね。
期待してた先達たちも次々やめていくしね。
それが解ってて、なんでまだ、信者しているのかな〜?
批判に耳を傾けて、よく考えたほうがいいと思うよ。

489 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/04(金) 20:03:05.57 ID:40XVBgQX
一来甫さん、宝生さん、大作さん達は、信者さん達のように
真面目に阿含宗の修行なんかぜんぜんしてないでしょ。
各自、教団と別のことして解脱したとか幸せになったとか
言ってるでしょ。 彼らの文章読んでると、
真面目に阿含宗の修行しなくても幸せになれるてことが
よくわかりますよね。

490 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 20:57:06.91 ID:bFy79ZN2
>>444 あいかわらずひねくれてるな。だから粘着扱いされるんだよ
このスレに毎度来ているくせにユビ氏の動向も知らずに言うから言ってやったのが気に食わない?

元信者だかまた阿含宗に戻った馬鹿だかわからんが、アホウも程度がある。
阿呆は一来補だけで沢山だ

491 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 22:29:48.86 ID:s9NqYnT1
アホっていうか今、阿含宗の信者って職員もふくめマジでおかしくなっているぞ。

492 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 22:46:41.39 ID:VFFd8sVL
「♪赤とんぼ 赤とんぼ〜の 羽を取ったらアブラムシ アブラムシ アブラムシ〜の 足を取ったら 柿の種・・・」

「♪ユビキタス ユビキタ〜スから 2cHを取ったら、何も無い 何も無〜しのユビキタ〜スは 鬱病になる・・・」

493 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 22:48:41.87 ID:5HrSvU6k
>>489 教団から受け取る勤行式では最小単位の供養法である。
  加えるに自分で工夫したらば不可かね?
  君のように根性の狭い人は仏前勤行も出来まいて。

494 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 23:19:52.01 ID:m78A36nN
>>476
>オメッチの言いたい修道とは八正道だっての
>瞑想しただけじゃ煩悩は減らんのだよ

お前なあ、もっと普通に話せないのかい?
「大四十経」には、八正道では、正定(四禅)が中心であり、
他の七支は正定の補助具だと書かれておるそうな。
だから煩悩を減らすにはいわゆる瞑想が一番大事なわけよ。
ただし、瞑想するにはそこに至までの修行が必要なわけだから、
瞑想さえしていればすむ話じゃないこと位、常識があれば理解できる。
だから他の七支も大事だが、それは全部正定を修行する手段だということ。
お釈迦様が正定が中心だと言ってるんだから凡夫が口を挟むことじゃない。
深山と同じで何で批判側の連中は自分で勝手に解釈するのかね?
ちょっとばかり仏教をかじったからって深山のように天狗になるんじゃないの。
仏教徒なら、お釈迦様が言うことには素直に耳を傾けなけりゃいかん。
経典を自分勝手に翻訳するなんてもってのほかだぞ。

495 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/04(金) 23:20:26.27 ID:VVTQl7ae
>>492
初老のおっさん乙。
この歌知ってること自体初老の証明だろが?
いや、初老ではなく老人かな?

496 :神も仏も名無しさん:2015/09/04(金) 23:51:28.01 ID:KgL6iJKI
>>494
>お前なあ、もっと普通に話せないのかい?
「大四十経」には、八正道では、正定(四禅)が中心であり、
他の七支は正定の補助具だと書かれておるそうな。

は ターナヴットービックなんて難しすぎるぜ
それも正定正定ってよは四禅じゃネエのかって
ほら ビックらこいたろ
それによどんな書き表現だろがオラの勝手だって
やなら読み飛ばせ
オレっチは堅苦しいのが苦手でなってなの
批判は誰えエも四禅解脱っちゃあ言ってネエぇだろ
おメっチはよ しつこ過ぎやしネエのかっての

>お釈迦様が正定が中心だと

おどりゃ嘘つくじやネエ 吐いた唾は呑めんどおうってな

497 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 07:50:17.93 ID:cQBI2OAB
 
深山会席   http://www.taishoukaku.com/info/1060/

498 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 08:23:07.74 ID:8oM0vgQ6
ユビキタス、てめえこそ、同じ行動を繰り返す癖の多い老人じゃねえか(大笑)

499 :一来補:2015/09/05(土) 08:44:07.24 ID:tuooc5p+
食欲を煩悩だと言う馬鹿ものには、言うことがない。馬鹿は死なねば治らない。経のどこにも食欲が煩悩だとは書いてない。
もしも、釈尊が食欲を煩悩だと言うのならば、釈尊は狂っている。

釈尊が説いたのは、因縁解脱ですよ。
煩悩と業と苦を因縁として説いたのが12因縁だよ。岩波仏教辞典で、業感とか12因縁を引いて勉強しなさい。煩悩は業と苦から生じるのですよ。だから、煩悩だとなくそうとしても無駄なのです。業と苦も断たねばいけない。
それを説いたのが12因縁だよ。
6処→接触→感受→渇愛、だと説い手いるだろう。渇愛煩悩は、接触感受という業苦から生じると説いたのですよ。
深山くんは、煩悩は最初から独立して存在していると勘違いしているわけだなぁ。
煩悩も因縁によりて生じるのです。
諸法は因縁によりて生じる、のですからね。

深山くんのレス依存症煩悩も、因縁から生じたのです。桐山師の教えを我見によるキメツケで誤解解釈し、失敗して桐山師に恨みを持ち、レス依存症までになった。それが深山くんの因縁です。

500 :一来補:2015/09/05(土) 09:05:31.84 ID:tuooc5p+
桐山師の因縁は、刑獄の因縁、ガンの因縁、
中途挫折の因縁、が主な因縁だったという。
刑獄の因縁もガンの因縁も切ったから、今
も安泰に暮らしています。
中途挫折の因縁も、切ったから総本殿や
錬成道場やブータン堂も完成させたのです。

それから見たら、糖尿病なんてのは因縁の
うちには入らないね。重症なら別だが,今
や日本で1千万人もの糖尿病の人がいる。
重症以外は、糖尿病など病気のうちでない。
現に、桐山師も高齢なのに安泰に暮らして
いますよ。
健康者とどこが違うの?
健康者でさえ、90歳まで生きるのは大変だろ。

501 :一来補:2015/09/05(土) 09:27:09.48 ID:tuooc5p+
阿含仏教の成仏とは因縁解脱であることをしらねばいけない。煩悩解脱は当たり前だ、煩悩も無くさねば因縁解脱もないのです。
因縁解脱を否定する学者が、一人も出て来ないのは当たり前です。阿含経のさとりは因縁解脱だからです。学者たちは皆、そのことを知っているからです。
もしも、因縁解脱が間違いならば、それを指摘する学者がいるはずですね。
何も阿含宗を名指しする必要はないのですからね、某教団なり、ある教団、でいいのですから。ところが、間違いだという学者はいない。

因縁解脱を否定するのは、何も知らない、
深山ユビキタスくん、だけです。
滑稽哀れです。

502 :123:2015/09/05(土) 10:37:25.43 ID:g3jmBW0e
501.
因縁解脱か。
それを否定すれば良いのか。
それは簡単である。
第一。
因縁に拘束されているのか。それは否定されることになる。
第二。
よってして、因縁から、解脱する必要がないことになる。

503 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/05(土) 10:57:34.60 ID:FFakX5WJ
一来甫さんも阿含仏教と桐山教祖の説いた因縁解脱を
くっつける作業大変だね。
今、阿含宗道場で因縁解脱という言葉は死語にちかい。
職員から 「あまりインネン、インネン言わないでください。
一般参拝者や新入行者が怖がりますから」って叱られます。

504 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/05(土) 11:03:38.07 ID:FFakX5WJ
そういえば、昔布教に使ってた
「人はどんな因縁を持つか」の小雑誌
廃版というか使用禁止になったよな。

505 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 11:27:03.02 ID:Nl02aRx6
世を救う大聖業をなすと妄想する信者達。

いや違う我が過ちを正す大聖業をなすと妄想するユビキタス。

善悪の型に嵌った妄想コンビネーションなのである。

彼らは勿論、来世でもドツキ合っているのである。

506 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 11:33:04.66 ID:PsF/XZzJ
>>499 :一来補:2015/09/05(土) 08:44:07.24 ID:tuooc5p+
>食欲を煩悩だと言う馬鹿ものには、言うことがない。馬鹿は死なねば治らない。経のどこにも食欲が煩悩だとは書いてない。
>もしも、釈尊が食欲を煩悩だと言うのならば、釈尊は狂っている。

日本酒を飲んではいけないと経典に書いていないから、
桐山さんやあなたは酒を飲むのでしょうね・・いや、桐山さんの場合、
龍神が飲んでいるのであって桐山さんが飲んでいるのではないという教義でしたね。
シャンパンもフランスワインも経典では禁止されていない。
満漢全席も高級レストランも経典では禁止されていないから、桐山さんは
美食飽食を続けて、糖尿病になった。

経典には不邪淫戒はあるが、愛人を作ってはいけないとは書いていない。
愛人にお手当をあげてはいけないとか、ホテル・オークラに一緒に長期滞在しては
いけないとか、ロールスロイスでドライブしてはいけないとか、
「君の名を問う」なんて下手糞や恋歌を贈っていけないとか、
阿含経にはいっさい禁止されていないから、かまわない。

一来補さんみたいに、経典に文言が出ておらず、禁止されていないから
かまわないというなら、こんなふうになる。
「先生は、勉強しろと言っただけで、算数をしろと言わなかった」と
屁理屈をこねて、宿題をしない子供みたいです。
南方の上座部仏教の一部の僧侶は、経典にも戒律にも禁煙とはないからと、
実際に吸っている愚か者がいるそうです。
一来補さんと同類です。

507 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 11:39:07.45 ID:PsF/XZzJ
>>499 :一来補:2015/09/05(土) 08:44:07.24 ID:tuooc5p+
>食欲を煩悩だと言う馬鹿ものには、言うことがない。馬鹿は死なねば治らない。経のどこにも食欲が煩悩だとは書いてない。
>もしも、釈尊が食欲を煩悩だと言うのならば、釈尊は狂っている。

貪という煩悩に含まれるあらゆる欲望がその制御の対象になるのです。
食欲、睡眠欲、性欲、名誉欲など欲望と名前がつくのはすべて煩悩であり、
それらは出家も在家も最小限か、もしくは全面停止か、どちらかです。
食欲が必要最小限でないなら、なんで出家は一日一食なのだ?
普通の人間の食欲からいったら、一日三食です。
世界中で食物の足りない世界以外で一日三食が定着しているのは
偶然ではなく、人間の食欲に応じた数です。
一食では普通の人には圧倒的に足りない。
では、どうして釈尊と弟子たちは一日一食だったのだ?
肉体を維持するのに必要最小限の食事しかとらないからです。
健康な人の食欲なら三食だが、釈尊は食欲を抑えることを説いたから、
一日一食になったのです。

托鉢にもそれが現れていて、集落を一周しても何ももらえないなら、
もう一度周るということはしない。
経典の中に飯がもらえなかったこともあったことが書かれている。
つまり、この日は飯無しです。
食欲を制御しようとしないなら、健康な食欲はかまわないというなら、
飯がもらえるまで何周でも、また他の村など托鉢すれば良いではないか。
だが、食欲という煩悩に支配されないために、決めた規則どおりに、
托鉢してももらえない時は、空腹のままでいた。
彼らはオバケではないから、前日の一食以来何も食べていなければ、
猛烈な食欲が起きて来る。
だが、彼らは食欲という煩悩に囚われず、打ち勝って、空腹のままでいたのです。

508 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 11:45:18.09 ID:mBZTJJN8
>>496
>批判は誰えエも四禅解脱っちゃあ言ってネエぇだろ
>おメっチはよ しつこ過ぎやしネエのかっての

>>455 :深山
>解脱「仏教では煩悩から解放されて自由な境涯になることをいう。
>(『岩波仏教辞典』)」
>>456:深山
>「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
>(『原始仏典 1』春秋社、96頁)
>という文言の「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
>とは、解脱を表現を変えて繰り返していると理解できるようになります。
>心が欲望などで悩乱されないから安定し、煩悩という不浄がないから、
>清純で純潔で汚れがなく、大きい煩悩はもちろん、小さい煩悩もきれいに
>掃き清め続ける、これを解脱というのです。

「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
という文言が解脱ではないことは、過去に何度も説明しているが、
頑迷なカルト信者そのものである深山さんは絶対に受け入れません。
こんな人はお釈迦様でも説得できませんので放置しましょう。
「心が安定」の文言が解脱ではないことは、
比丘は四聖諦を知った後で解脱すると経典に書いてあるので
議論の余地は全くありません。
スマナサーラ氏は、四禅についてこう述べています。

禅定が壊れないまま死を迎えられた修行者は、梵天に生まれ変わります。
そこでは気が狂うほど長い時間、喜悦感のみに溢れた存在となりますが、
そのエネルギーが消えれば、やはりまた輪廻転生の世界に戻るのです。
ですから、サマーディ瞑想で禅定に達した修行者は、
輪廻転生を乗り越えて解脱に達するために、
智慧の開発に挑戦する観察瞑想に入るのです。
(アルボムッレ・スマナサーラ著『沙門果経』)

509 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 11:45:59.00 ID:PsF/XZzJ
>>499 :一来補:2015/09/05(土) 08:44:07.24 ID:tuooc5p+
>食欲を煩悩だと言う馬鹿ものには、言うことがない。馬鹿は死なねば治らない。経のどこにも食欲が煩悩だとは書いてない。
>もしも、釈尊が食欲を煩悩だと言うのならば、釈尊は狂っている。

桐山さんや、一来補さんやペテン大作さんを見て愚かだと思うのは、
滅尽定という神秘的な瞑想や、四神足などの摩訶不思議な練行によって、
神秘的な現象が起きて神秘的な解脱するのだと思っている点です。
アニメやオカルト映画の見すぎです。
そうではないとペテン大作さんには何年も何回も説明してもわからない。
常に〇〇法という修行法で解脱すると決めつけている。
だから、漏尽定で解脱するなんてピンボケを偉そうに言う。
いや八正道だと言われると、今度はその順序や正定で解脱するのだと思い込む。
托鉢しても飯がもらえず、空腹のまま食欲に囚われないようにすること、
これが解脱への修行であり、囚われないことを解脱というのです。
と、いくら説明しても、こんな簡単なことが理解できないらしい。

仏教では飯を食うことも食わないことも、滅尽定と同等の修行の時なのです。
これを理解すれば、食欲が煩悩ではないなどいうアホウな発言はできなくなります。
桐山さんも一来補さんも一番戦わなければならない食欲を敵ではなく、
味方だと思い込んでいる。
糖尿病になるほど美食飽食をした二人は、食事の時こそが一番の仏道修行です。
と言われても一来補さんもペテン大作さんも意味がわからない。
煩悩が大好きなんですよね?
桐山さんは何が敵なのか、何と戦うのが仏道なのかも知らずに、戦支度をするという。

510 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 11:51:37.26 ID:PsF/XZzJ
>>499 :一来補:2015/09/05(土) 08:44:07.24 ID:tuooc5p+
>食欲を煩悩だと言う馬鹿ものには、言うことがない。馬鹿は死なねば治らない。経のどこにも食欲が煩悩だとは書いてない。
>もしも、釈尊が食欲を煩悩だと言うのならば、釈尊は狂っている。

瞑想や飯を食うそのこと自体が修行なのではなく、どのような行為の最中にも、
常に煩悩に囚われないようする、これが仏道です。
なぜなら、煩悩は常に存在する。
煩悩は四六時中存在するから、四六時中戦うのです。
一瞬の気も抜かず、夢を見ている間も気を抜いてはいけない。
瞑想もトイレも同じだと前から書いているとおりです。
だから、釈尊の説く仏教を理解したら、瞑想だけが特殊なのだとか、
正定という瞑想で解脱するとか、逆に食欲が煩悩でないなんて、
ピンボケな主張はしなくなる。

桐山さんはもちろん仏教など理解していないから、ありもしない霊障の
カルマという敵を作って、格好良く戦う自分を演出する。
敵が外にいるのではなく、自分の内にいる欲望という煩悩だという
基本さえも理解していないから、平然と食いしん坊だなどとグルメを公言し、
食欲という原始的な本能すらも制御できない。
そこの信者も自分の食欲を抑えたくない一心で、食欲が煩悩ではないなどと、
無知の垂れ流しをする。
煩悩に負け、煩悩と大の仲良しなのを自慢する。

511 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 11:56:49.96 ID:PsF/XZzJ
>>500 :一来補:2015/09/05(土) 09:05:31.84 ID:tuooc5p+
>それから見たら、糖尿病なんてのは因縁の
>うちには入らないね。重症なら別だが,今

一来補さん恒例の無知と自己弁護が始まりましたね。
アゴン宗では糖尿病はれっきとした悪因縁の一つです。
『人はどんな因縁を持つか』(平成元年版)というパフンレットの中に、
因縁と病気の対応表があり、餓鬼界の因縁の一覧の下の「運命の現象」という所に、

「胃ガン、肝臓ガン、子宮ガン、すべての胃腸疾患、肝炎、糖尿病・・・」

とあります。
つまり、糖尿病とは餓鬼クラスの因縁の表れだというのです。
どこにも「重症の糖尿病」とはないから、あなたの説とは違い、
糖尿病はすべて餓鬼クラスの因縁だというのがアゴン宗の教義です。

桐山さんは病気でも何でも、他人の不幸に因縁を付けるのが商売です。
彼は霊感商法の草分けが、糖尿病という国民病を見逃すはずがない。
糖尿病やガンなど今の医学では完治できないから、人々の弱みに付け込み、
さも因縁を切れば病気にならない、あるいは治るかのような嘘で人を釣った。
霊的に脅かして信者を集めるのが桐山さんの得意技なのだから、
糖尿病なんて一般的な病気に因縁を付けないほどマヌケではありません。

512 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 12:00:31.94 ID:vBWI0nII
桐山さんは明らかに間違ってることを皆知っていて傍観してるんだ。
裸の王様って格好悪いから、指摘してやることは親切になってしまうだろ?。

513 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 12:00:46.42 ID:cQiH/hrH
また昼間からハッスルか。www ご苦労様で〜すw あ、いずれにしろここに出勤しないと生きていけないんだっけ?w

514 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 12:02:26.25 ID:PsF/XZzJ
>>500 :一来補:2015/09/05(土) 09:05:31.84 ID:tuooc5p+
>桐山師の因縁は、刑獄の因縁、ガンの因縁、
>それから見たら、糖尿病なんてのは因縁の
>うちには入らないね。重症なら別だが,今

あなたも桐山さんも自己弁護が大好きです。
自分は間違っていない、正しい、と言いたい。
そのためなら、何をどう捻じ曲げようが気にしない。
一来補さんが糖尿病になったのはアゴン宗に入ってからですよね?
悪因縁が切れていないではないかと言われるのが嫌なんでしょう?
不思議でもなんでもない。
アゴン宗の修行で悪因縁が切れるなんて真っ赤な嘘だから、仮に
一来補さんが桐山さんの指示に従い、アゴン宗で必死にボン行をして、
解脱供養や冥徳供養を出し続けたとしても、糖尿病になりました。
アゴン宗の因縁切りと糖尿病は何の関係もないからです。
体質以外の糖尿病は悪因縁でなるではなく、その多くは暴飲暴食が原因です。
桐山さんが美食飽食をしたから糖尿病になり、一来補さんは
タダ飯タダ酒をがっついたから、糖尿病になったのです。

アゴン宗の因縁切りが嘘だと、一来補さん自身が身体を使って
証明しているのに、あなたは頑迷に因縁切りは本物だと言い続ける。
現実がどうであろうが、まったく無視して言いづけるのだから、
頑迷不屈な負けず嫌いです。
負けず嫌いというよりも、自分の非を認めることを絶対にしたくない。
親からシツケされ、子供の頃からのあなたの癖です。
アゴン宗を選択したという自分の判断が間違っていたことを
認めるのが死ぬほどイヤなんでしょう?
だから糖尿病は悪因縁ではない、なとど自己弁護のためなら、嘘も平気。
だが、あなたの尊敬する桐山さんはしっかりと糖尿病は餓鬼界の因縁の
表れであると書いてしまった。
批判側ではなく、一来補さんが擁護している桐山さんがあなたにトドメを刺している。

515 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 12:04:59.83 ID:vBWI0nII
1行2行ならどこからでも打てる。
ハッスッルは長文を必死こいて書きまくってる人のこと。

516 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 12:08:45.51 ID:PsF/XZzJ
>>500 :一来補:2015/09/05(土) 09:05:31.84 ID:tuooc5p+
>現に、桐山師も高齢なのに安泰に暮らして

あなたは糖尿病を軽く見ているから、食生活も変えないのだろうが、
糖尿病は万病の元ですよ。
糖尿病自体は死病ではないが、他の病気の下地、巣窟です。
桐山さんはあなたと違い、人寄せパンダ、ドル箱のアイドルだから、
最高の医療を使って糖尿病も脳梗塞も治療しているから、なんとか保っている。
だが、一来補さんはそうではない。

悪化してから治療すれば、あなたも苦痛かもしれないが、
それ以上に医療費は桁違いに跳ね上がる。
あなたが周囲の警告を無視して、他人の二倍食べて、酒もやめようと
しないのは自由であり、その結果、どう苦しもうが知ったことではないが、
その医療費を負担するのは他の人たちだという点が問題なのです。
そうでなくても医療保険制度は危機的な状況です。
病気は互いに助け合うのが当然だが、あなたみたいにワガママ勝手な
生き方をして、そのツケを払わされたのではたまらない。
あなたは十年前に小梗塞を起こしており、記憶はマダラです。
脳の断層撮影を受けてはどうかと助言されても、しない。
おまけに食事の節制も、しない。
ここから今後あなたがどうなるかはたいていの人は推測できる。
一来補さんを心配しているのではなく、あなたの身勝手で他人に
これ以上迷惑をかけないでくれと言っているのです。

517 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 13:05:34.51 ID:mBZTJJN8
>>509 :深山
>桐山さんや、一来補さんやペテン大作さんを見て愚かだと思うのは、
>滅尽定という神秘的な瞑想や、四神足などの摩訶不思議な練行によって、
>神秘的な現象が起きて神秘的な解脱するのだと思っている点です。

釈尊の仏教は神秘的な解脱など説いていません。
定と慧で解脱するというごくシンプルなものです。
ところが深山さんはそんな釈尊の仏教を全然理解できなかった。
釈尊の四禅三明を神通力でエイヤッと掛け声一発で成仏する方法だと勘違いしている。
7年前から続く彼の四禅三明の解釈を見れば、彼の誤解がいかに酷いものかが分かります。
彼が何故、心が安定=四禅で解脱することを主張するか。
三明を神通力だと勘違いしているからです。
三明は神通力だから解脱には関係ないだろ?
それが言いたくて、心が安定は解脱を意味するのだと主張し続けるのです。
すべては、彼の認識不足、勉強不足が引き起こした醜態です。
私から間違いを指摘され続け、彼はもう反論することが不可能となった。
そこで正面から私に反論することはやめ、一来補さんに対するレスの中で、
こっそりと私への批判を潜り込ませることしかできないのです。
哀れですね。

518 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 13:33:25.70 ID:w/cSy3EJ
>>517

実はね、「無常・苦・非我(無我)」も智慧なんです。知ってましたか?
これは見解などではなく実践で使うものです。
実践で使う道具のようなものです。
釈尊は四念処などでヴィパッサナー瞑想と併用して使っていますよ。
何の為に?
勿論、執着,煩悩を断ち切るために です。

519 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 13:33:46.54 ID:cQiH/hrH
>515 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 12:04:59.83 ID:vBWI0nII
>1行2行ならどこからでも打てる。 ハッスッルは長文を必死こいて書きまくってる人のこと。

必死というか、ここに連日出勤してないと死ぬわけだからな。阿含宗低能批判者は。 カルト脱退後の心の穴はそうでもしないと埋まらない。www

520 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 14:57:11.64 ID:Nl02aRx6
【衝撃】芸能人が所有している車が凄い!【女優・アイドル編】
https://www.youtube.com/watch?v=khOpIuokUf0


by・ユビキタスの自動車への拘り@980円カーで充分ですたい。
https://www.youtube.com/watch?v=pAOACAmS5lg

521 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 16:53:13.10 ID:nFEM9MIS
>>508
>比丘は四聖諦を知った後で解脱すると経典に書いてあるので

けっ オレッチでも苦集滅道は理解できるんじゃけエ
じゃあオレは阿羅漢だってかよ
オラあ聖者サマなんだゼイってな
笑っちゃうだろうが いくらなんでもよ
んなことより更に四六時中仏説を研究してる学者は
とっくに解脱しちまうってことになるんだぜってのに
おメッチには気づかんだろがな  ま気づくこったな
たとい非想非非想処なんチっても それがどうしたの
梵天だあっち観念したってよ 解脱はこの世での修養
じゃネエのか え
いうなら現在進行形が解脱で涅槃は無記だっちゅうねん
そこにこだわるんからシツコイってなるんだべ
それが正定正定って 田園調布もあるだぞイって言っても
東京モンしか分からんか
まあそんな考えじゃあ いつまでもたってもよ
桐山センセは聖者サマで大ゲダツ者サマって騙しから
解脱はできんぜい
つまりはな 騙し屋宗教から抜けられんわなあってな

522 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 19:26:18.66 ID:/cQnhH9U
戦没者の供養、というのがずっと教団のテーマの一つになっているが、安保法制についてはなにか発言してるの?
阿含宗のサイトにはABCD包囲網に対抗するために戦争はやむをえなかった、日本は被害者みたいな記事があるが、最初に中国に手を出したのは日本だし、一方的には言えないと思うな

523 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 20:30:24.58 ID:bChPHMRL
>>522 太平洋戦争の原因である、この場合は日本が帝政ロシアに勝って
 アメリカの敵が現ると認めたのが最大だろう。
 米国人が中国に対して抱いていた幻想がやっと解けたのはつい数年まえだ。
 時代は大きく動いている、日本は自主憲法を必ず制定する。
 理由はアメリカの日本支配が消えるからである。
 在日本米軍基地は横須賀港に少しと沖縄になろう。
 真の独立国家日本を見る日は近いと言える。
 戦前の世界にあって有色人種で議会を持ち民主的選挙を行い、自主憲法を
 有して居たのは日本一国のみであった。

 ソレは見方を変えれば神国日本の復活でもある。
 

524 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 20:45:15.66 ID:YhViJh4w
戦没者の供養は、国民感情受けを狙ったとも言えるし、桐山氏本人が本気で供養したいと思ってやっているかもしれない。
だがアウシュビッツで悲惨な死を遂げた犠牲者が成仏できなくて、悪因縁となって霊的に世界に悪影響をもたらしており、
それを成仏させてあげますよ、というのは、いくらなんでもユダヤ人には余計なお世話では。

525 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 20:48:02.22 ID:8oM0vgQ6
深山ユビキタスの老後

https://www.youtube.com/watch?v=QjaGvsinM4M

526 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 20:50:16.92 ID:YhViJh4w
そしてイスラエルの空爆で殺戮されたパレスチナ人も、阿含宗の教義からいえば悲惨な死を遂げて悪因縁の素になったはずでしょう。
なぜパレスチナ人を供養してやらないのか。

527 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 22:31:27.04 ID:iaaYjT2w
とにかく深山が憎いから一言書かないときがすまない奴こそ低能者じゃんw
なにがハッスルだよ馬鹿じゃねwww

528 :一来補:2015/09/05(土) 22:35:52.62 ID:tuooc5p+
よけいなレスは止めて、因縁解脱を否定している学者を挙げて見たまえ、深山くんよ。
そうすれば、議論にケリがつく。
深山説などに用はない。

それとも因縁解脱を否定した己の馬鹿を認めるか?

529 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/05(土) 23:03:52.07 ID:PsF/XZzJ
>>528 :一来補:2015/09/05(土) 22:35:52.62 ID:tuooc5p+
>よけいなレスは止めて、因縁解脱を否定している学者を挙げて見たまえ、深山くんよ。

あなたはこれを初めて質問すると思っているのでしょうね。
だが、あなたはこの愚問をこの二週間ほどに何度もしている。
以下のように、あなたの発作はちょうど一週間ごとに起きています。

>>259 :一来補:2015/08/29(土) 08:11:07.45 ID:uHlCkByJ
>縁起説について、ユビキタス説を聞いても仕方ないや。因縁解脱を否定している学者がいたら、その説を紹介してくれたまえ。
>>280 :一来補:2015/08/29(土) 14:04:12.62 ID:uHlCkByJ
>深山くんにも言うけどさ、仏教に因縁解脱なんてない、と言っている学者がもしいたら紹介してくれたまえ。

すでに私はこの質問には丁寧に反論している。
わずか一週間前に反論されたことさえもあなたは記憶していない。
記憶がマダラだと批判されたら、少しは気を付けてはどうか、と言っても無駄でしょうね。
だが、私は老人介護のために一週間おきに同じ反論を書くつもりはない。
議論をしたいのなら、私の反論を読んで、それに対する新しい主張をしてみなさい。
議論とは相手の反論を無視してはありえないことくらい知っていますよね。
他人をバカ呼ばわりするくらい頭が良いなら、自分の主張や私の反論くらい記憶したらどうか。
それとも、一来補さんもペテン大作さんも相手の主張や反論は無視するか、
こちらが書いてもいないことを勝手に捏造するしか能がないのですか。

530 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 23:38:51.48 ID:lBvrlg7F
>>528よけいなレスは止めて、因縁解脱を否定している学者を挙げて見たまえ、

因縁解脱を否定している学者は知らないけれど、阿含宗管長桐山靖雄が否定
しているぜ(笑)
たとえば「中途挫折の因縁」
密教占星術T
この術、難解にして学ぶ者絶え、幻の運命学と呼ばれる。わたくし、浅学を
かえりみず、いま、ここに、六巻に分けてこれを説こうとする。−中略ー
ねがわくば、世のひと、全巻完成まで数年の時をかしていただきたい。

数年って・・・いったい何十年経っているんだ〜(笑)
これを「中途挫折の因縁」と言う。

531 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 00:43:56.02 ID:RfzJZ5dm
深山あしたもハッスル! ま、死ぬまでこのまま行くだろうな。いいよな〜年金暮らしって。www

532 :阿含宗批判者:2015/09/06(日) 01:07:27.10 ID:BZiMBI8d
一来補にしても深山にしても水掛け論をしているただの馬鹿!
一来補と深山 の水掛け論に周りも口挟むなよ
勝手に論戦していればよい
誰か阿含宗の事相を批判する方いらんかな?

533 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 01:51:34.12 ID:RfzJZ5dm
死ぬまで乳繰り合う 阿含宗低能批判者と現役信者。仲良し過ぎるわ。ま、同じ穴のムジナだからなあ。www

534 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 06:47:17.97 ID:itX/b6pz
阿含宗って嘘ばっかりだったよな。まだ信じてっていうかマインドコントロール
なんだろうけどいくらなんでもこれだけあからさまにインチキばれると
ダメだろ、オレは目が覚めたけどいまだに最高真実の仏教だ!ってやっている人は
本当に信じているんだろうか?マインドコントロールにも深さとかがあって
オレはまだ軽傷だったのだろうか?
ここで発言している信者を見るともう阿含宗擁護じゃなく自分擁護になって
自分の信仰をかたくなに守ろうとしているのがみえるのだがそれって阿含宗
そのものに何の関係もなくねえ?

535 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 07:50:33.51 ID:0SRgLcZ+
 
深山佛影   http://bbs.zol.com.cn/dcbbs/d232_475906.html

536 :一来補:2015/09/06(日) 08:18:47.77 ID:Dd56RCa0
因縁解脱を否定している学者を挙げて見たまえ、深山くんよ。
あんたの説や反論を聞いても仕方ないだろ。
馬鹿げているのだからよ。

我は、自説経の増谷訳を示したろう。
諸縁の滅尽を知れる、だよ。それがさとりだ。
岩波仏教辞典の、さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた、も昔から示している。
深山説など、意味ないからさ、
学者の説を出しなさいや。

537 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 08:36:57.97 ID:MwiSDl8D
小保方晴子「STAP細胞はあります!」
桐山靖雄「因縁解脱はあります!」

どちらも再現どころか、もともと存在しなかった。
本当に存在するなら、人類にとても役立つのにね。
本当に存在するなら、世界中が大騒ぎになるのにね。

538 :一来補:2015/09/06(日) 08:38:44.17 ID:Dd56RCa0
岩波仏教辞典に「縁起」の項を調べてご覧なさいよ。初期仏教時代から部派仏教時代のさとりを説明しているだろ。
「さとりの世界は縁起の中に含まれず、さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた。」
と、ある。
大事なことだが、縁起と因縁は同じ意味だからね、さとりは因縁の滅した世界とされた、ということなのです。

だから、因縁解脱を否定する学者がいるわけがないのです。
因縁解脱を否定することは、岩波仏教辞典を否定することなのです。
そういうアホは、深山ユビキタスくん、だけでしょうな。

539 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 08:45:30.69 ID:itX/b6pz
ちがいますね、そもそも「因縁解脱」なんて四文字熟語は仏教には
ありませんでした。ないものは学者が相手にするわけない
だいたい岩波仏教辞典に「因縁解脱」って載っていないじゃんw
屁理屈書いて情報操作しようとしたって無駄んなだよ
一来補さん
あんたうざいから!もっとまじめに勉強したら?

540 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 08:48:27.36 ID:Uce7q5X9
おいっ、一来補
>>530を読め

541 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 09:06:35.92 ID:bIhRfiMP
>>538
>因縁解脱を否定する学者がいるわけがないのです。

祈願したら運命が変えられるとか、いわゆるカルトが金儲けのために作った因縁解脱を、
まともな学者がわざわざ否定する必要はありません。
仏教には、因縁解脱はないので、ないものをなぜわざわざ否定しなければならないのでしょうか?

542 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 09:56:24.96 ID:fsv45LRm
>>537

本当に現実をよく見ろといいたいよね。
小保方晴子が記者会見で偉そうにほざいたが、その当人が作って見せることは出来なかった。
桐山も因縁解脱して聖者宣言までしておきながら
後に次から次と悪因縁をさらけ出し、信者はしらけ呆れ果ててしまった。
いったいどこに因縁解脱した人がいるんでしょうかね。
この二人の共通性は何でしょう?
世間の人々を堂々と騙す詐欺師ですよ。

543 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 10:39:11.88 ID:yG8BTQDE
@子分がこれでは親分も気の毒

>>521 :神も仏も名無しさん:2015/09/05(土) 16:53:13.10 ID:nFEM9MIS
>>508
>比丘は四聖諦を知った後で解脱すると経典に書いてあるので

>んなことより更に四六時中仏説を研究してる学者は
>とっくに解脱しちまうってことになるんだぜってのに
>おメッチには気づかんだろがな  ま気づくこったな

おメッチこそ論点がずれてるのに気づくこったな。
経典に書いてないという事実を問題にしてるのであって、
学者の説はそれを補完してるだけ。
反論したいのなら経典の話をしなさい。
経典のどこで比丘は解脱したのか言ってみなさい。
字は読めるのだろうから。

544 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 10:52:39.88 ID:yG8BTQDE
>>529:深山
>それとも、一来補さんもペテン大作さんも相手の主張や反論は無視するか、
>こちらが書いてもいないことを勝手に捏造するしか能がないのですか。

また一来補さん相手のレスに私の名前を入れて批判しましたねw
あなたの主張や反論は無視してませんよ。
ちゃんとあなたの経典解釈にレスをつけてるじゃないですか?
あなたこそ、私を主張を無視しています。
543と同じ質問をします。

沙門果経のどこで比丘は解脱したと書いてあるか言ってください。
あなたの解釈なら要りません。

545 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 11:24:26.84 ID:i8jFxUme
>>536 :一来補:2015/09/06(日) 08:18:47.77 ID:Dd56RCa0
>あんたの説や反論を聞いても仕方ないだろ。

そのとおりで、一来補さんの説を聞いても仕方ない。
まず、因縁解脱と説いている阿含経を示すべきです。
誰も認めていない説を出すなら、出したほうが証明するべきです。
学者は因縁解脱なんて言葉も知らない。
その学者がなんでこれを否定できるのだ?
あなたのように主張を詭弁といい、勤務先では周囲をそうやって
煙に巻いて来たかもしれないが、ここでは通用しない。

新興宗教の教祖が唱えたインチキ説をいちいち学者が取り上げて、
これを議論するなんてしません。
因縁解脱を唱えるのは信仰の自由です。
学者とは厳密な学問の世界の範囲で議論しているのです。
新興宗教は一部の学者の研究対象ではあっても、その教義に
批判を加えるなんてしない。
「オシャカがイワシの頭を信仰しろと言った」と頭のおかしい教祖が
主張して、多くの信者を抱えても、学者はこれを批判したりしません。
それが仕事ではないからです。

546 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 11:30:00.38 ID:i8jFxUme
>>536 :一来補:2015/09/06(日) 08:18:47.77 ID:Dd56RCa0
>あんたの説や反論を聞いても仕方ないだろ。

因縁解脱なんて新興宗教の教祖にすぎない桐山さんの発明です。
新興宗教の教祖が何を唱えようが、学者はいちいち口をはさまない。
なぜなら、そんなことは仏教学の分野ではないからです。
彼らは阿含経の仏教を研究しているのであって、新興宗教の
教祖がどんな狂ったような解釈をして本に出しても、口を出さない。
信仰の自由があるからです。

たとえば新興宗教の教祖が「慈悲解脱こそがオシャカの説いた解脱だ」と主張しても、
仏教学者たちは慈悲解脱などない、などと批判したりはしない。
学者たちは慈悲解脱なんて言葉は知らないから否定も肯定もしないのは、
それは正しいか間違いかではなく、彼らの学問の対象ではないからです。
信仰の自由で、何をどう解釈しようが信じようが、オカルトを唱えようが、
教祖の勝手だから、学者たちは口を出さない。

ただし、桐山さんが学術論文誌に因縁解脱が解脱だと主張する
論文を投稿したら話は別です。
学者たちはきちんと反論するでしょう。
そもそも因縁解脱を主張する論文の掲載が認められるはずがない。
因縁も解脱も仏教にはあるが因縁解脱なんてない、縁起は解脱する
ものではないと指摘されて、却下、門前払いです。
桐山さんが査読のつく学術論文を学者たちに提出したことはありません。
だから、新興宗教の教祖の作ったオカルト教義をわざわざ否定などしません。

547 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 11:35:55.68 ID:i8jFxUme
>>536 :一来補:2015/09/06(日) 08:18:47.77 ID:Dd56RCa0
>あんたの説や反論を聞いても仕方ないだろ。

信者さんたちにお聞きするが、Stap細胞があるかないかは、
主張した側が証明するべきか、否定する側が無い事を証明するべきか、
どちらだと思いますか?
一来補さんの主張では後者だそうです。
だが、世間では前者です。
新しい事を主張した側が存在を証明するべきです。
つまり、桐山さんが阿含経にある因縁解脱や因縁切りを
出して証明するべき「義務」がある。

しかも、批判側は、無い事の証明をすでにしている。
なぜなら、阿含経には因縁解脱や因縁切りなんてどこにもない。
嘘だと思ったら、信者さんたちはネットにある大正新脩大蔵経の
阿含経に検索をかけてみるとよい。
因縁も解脱もヒットするが、因縁解脱なんてありません。
因縁解脱など無い事はすでに証明されているのです。

学者が無いと書いているのを引用する必要もない。
学者でなくても、素人でも今検索すれば、阿含経に
因縁解脱などないことがすぐにわかるのです。
信者さんたちも一来補さんと一緒にされたくなかったら、
自分で検索して調べてください。

548 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 11:42:42.74 ID:i8jFxUme
「釈尊が説かれたのは因縁解脱です。」
(『阿含宗報』129号、1996年、3頁)

因縁解脱について私と一来補さんは重要な議論をしている。
「因縁解脱は阿含経のどこにあるのか?」
というアゴン宗にとっては根本的な疑問というか、疑惑です。
アゴン宗では因縁解脱こそが解脱だと説いている。
だが、因縁解脱など阿含経どころか、大乗仏教にもないと
ここでずっと指摘されて、批判されてきた。
これに反論するのは簡単でしょう。
因縁解脱とズバリ書いてある阿含経を示せばよいだけです。
だが、そんな経典は存在しないから、出せない。

三十年前、『超脳思考をめざせ』で対談相手から質問され、
桐山さんは縁起や四諦の話でお茶を濁すだけで、
「因縁解脱せよ」と書いてある阿含経を示せなかった。
これが、桐山さんが因縁解脱と阿含経の関係を説明した唯一の文章です。
あれだけ阿含経講義をしているから、因縁解脱を説いた阿含経を
たくさん出しているかのように信者さんたちは錯覚しているが、ありません。
私も探し出せず、『超脳思考をめざせ』にあることを一来補さんに教えてもらい、
この点は今でも彼に感謝しています。
「釈尊が説かれたのが因縁解脱」なら、阿含経のあらゆるところに
出てきているはずです。
それがどうして皆無なのですか?

549 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 11:49:22.71 ID:i8jFxUme
「釈尊が説かれたのは因縁解脱です。」
(『阿含宗報』129号、1996年、3頁)

信者さんたちは一来補さんのグチャグチャな屁理屈の意味も
良くわからないのだろうし、理解する必要もありません。
見なければならないのは、阿含経からズバリ因縁解脱という
言葉を出せないから、一来補さんは必死に屁理屈を並べているという点です。
彼が意味不明の屁理屈を並べているのは、
阿含経には因縁解脱などないという何よりの証拠です。

ペテン大作さんも同様で、阿含経に因縁解脱などない証拠です。
彼もまた私からの質問にいっさい答えない。
なぜなら、答えられないからです。
そして彼が反撃できるような、私が書いてもいないことを作り上げて、
これを批判して「深山め、答えられないだろう」と一人で悦に入る。
信者さんたちは、彼がアゴン宗の教義を正面から議論しようとしないことに
気が付いていますか。
「因縁解脱は仏教の解脱と違う事を認めるのか」
こういった都合の悪い質問には彼はいっさい答えない。
正面から答えたら、主張の矛盾を指摘され、負けるからです。
彼は私をコテンパンにやっつけたくてウズウズしている。
やっつけるのは簡単で、因縁解脱と書いてある阿含経を出せばよい。
だが、憎しみで目をテラテラしている彼でさえも、出せない。
このペテン大作さんの態度もまた、因縁解脱など阿含経にはない、
という何より証拠です。

550 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 13:26:15.85 ID:DTJ3zxIo
君らってプロスポーツの選手を外野から批評する人達と同じだな。
例えるとだな
実際のマウンド、グリーンに出て勝負する恐ろしさを一度も未経験。
だから此処で書き込んでも「アアまたかよ 何か世間に出してみろ」と
言うくらいの評価しかもらえない。
他の教団専従職員はお仕事だからその話は別だろうけどね。

551 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 13:57:06.03 ID:DTJ3zxIo
因縁解脱の目的は、「(個人が悲惨な先祖の運命を反復する事)を
<回避し全ての抑圧とトラウマからの開放を得て>”仏陀となる事”>」
()内が因縁で《》解脱であり””が真の目的である。
なるほど書き込んでみると批判派の諸君は仏陀となる方法を
開示できないわけだ。
桐山師はソレを密教の技法と初期仏教のアゴンを融合させている。
私の見解はあるにしても諸君の見解をお聞きしたいのだ。
 思い出したのでホントニ余計なことだが書き込む。
アゴンの火祭りを盛大な焚き火と揶揄した女性漫画家が居る。
小生は彼女の作品を実に楽しく拝見する一読書である。
その彼女は人生の歩みを作品の上で洗いざらいとまでは行かないが、
相当詳細に表わしている。
私が彼女の来歴を眺めるに、母親の人生を反復して歩んでいる。
としか考えられないである。これは彼女に対する好き嫌いや
悪口で決してない。知能指数も人並み以上であり才能、容姿も充分であるが、
母親の運命を相当に反復していると見るのだ。彼女の生活は安定し
現在は幸福な様子であるから幸いと思うのである。

552 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 14:07:21.23 ID:RfzJZ5dm
>550 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 13:26:15.85 ID:DTJ3zxIo
>君らってプロスポーツの選手を外野から批評する人達と同じだな。

なんだ?オマイは。阿含宗低能批判者なのか?現役カルト宗教か。 ま、いずれにしろ一般人未満だ。
そういうレベルだと、価値ある人生は歩めない。
すぐ死んでいいぞ。 深山と一緒に死んでしまいなさい。生きてても、世界のためにならないから。www

553 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 14:16:25.32 ID:WWBDnEQ8
★NEW!!!

・「いつものパン」があなたを殺す:脳を一生、老化させない食事 (デイビッドパールマター 2015/1/16)

・ダダモ博士のNEW血液型健康ダイエット (集英社文庫)
 O型とB型は小麦、とうもろこし、蕎麦を食べると体調が悪くなり太ります

・炭水化物が人類を滅ぼす糖質制限からみた生命の科学 (夏井睦 光文社新書 2013/10/17)

・統合失調症、うつ病、パニック障害は糖を抜くと3日で治った。

・チョコレートは超危険食品 強い依存性、糖尿病の恐れ…妊婦や子供は摂取要注意
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1437462672/526-528

・すべての不調は首が原因だった!
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1440469218/620

小麦に含まれてるグルテンは脳を炎症させます。→精神病、ウツ病の原因に。

O型とB型は小麦を食べると腸に血が集まりアレルギーのようになり吸収が遅くなりタンパク質を脂肪として吸収してしまうため太ります。

炭水化物(小麦、米)=砂糖

小麦はドクです。

554 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 14:31:48.90 ID:Uce7q5X9
>>551桐山師はソレを密教の技法と初期仏教のアゴンを融合させている。

いくら言葉や本で融合させても、実態の桐山は因縁丸出しだから(笑)
君は現実をよく見ることだ。

555 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 14:36:09.47 ID:MwiSDl8D
>>551
>批判派の諸君は仏陀となる方法を 開示できないわけだ。

阿含宗にとって仏陀とは何ですか?
まさか桐山靖雄のような人を仏陀と呼ぶの?
信者のみなさんは、桐山靖雄のような人を目指しているんだろうね。
こりゃ駄目だ。外野からでも思わずツッコミ入れてしまうw

556 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 16:58:23.32 ID:KWYxmKOF
>>543
>経典のどこで比丘は解脱したのか言ってみなさい。
字は読めるのだろうから。

おメエのアタアってよっぽど四角四面でしか
考えられネエ構造してるんだな
どこでじゃなく ニカーヤ見ればな 煩悩を滅して
解脱したっち場面は至る所で語られるのが見えネエのかあ
どこでって いってェなんなんだよソレ
おメッチの糾弾ってよお 過去ログで解るようになったが
批判の深山説にネエことを論点に作り上げてさ
どうなんデイ って真顔でシツコク聞いてんだよな
桐山センセも講義上はな四禅三明説をあげてるがな
だがよ四禅解脱って いってェどっから出てきたんだっての
って言えば おメッチが反論で行き着いた空想だろが
おメエはよ 沙門果経だか読んで比丘は四聖諦を知った後で
解脱すると経典に書いてあるっちゅう読み方なんだろうが
違うんだってのよ
んじゃそれって四聖諦解脱なのか んなわけネエくらい
おメエだって知ってんだろ
ありゃ沙門になったメリットを序列的に抽出し語ってんであって
それを体系的にまとめたお経なんだよな
それも釈迦滅の後の部派仏教の特性である大別まとめ型が
濃厚なお経だろが
まあ経の読み方くらいよく考えるんだな
釈迦がいってェ何を示したかってことをな
それがわかりゃ騙し屋宗教の目的も見えてくるってのよ

557 :深山と愉快な仲間たち:2015/09/06(日) 19:13:32.37 ID:jOw4sw3O
>>555
なるほど、熱心な信者さん達は、ブッタ/桐山さん目標にしているわけかw
具体的に何を真似したいか教えてほしいなwww
当然、W田財務局長なんかも目標なんでしょ? 金儲け?

558 :一来補:2015/09/06(日) 19:47:03.04 ID:Dd56RCa0
深山くんが我のことを屁理屈だとさw。
我は仏教辞典をそのまま示しただけだよ。
深山こそが屁理屈垂れてるだけです。

肝心要だから、また提示しよう。
これが解れば、阿含仏教が解るのです。
初期仏教時代から部派仏教時代までのさとりの説明は、岩波仏教辞典では、
「さとりの世界は縁起の中に含まれなかったから、さとりは縁起を超越し縁起の滅した世界とされた」と説明しています。

これのどこが屁理屈なのだ?
岩波仏教辞典の説明を提示したら、屁理屈だとさw。
深山くんのような大馬鹿には、馬鹿しか騙されないのだよ。あんたは桐山師の教えを馬鹿な勝手解釈で間違えていたのだよ。
それを我見というのです。

559 :一来補:2015/09/06(日) 20:12:38.36 ID:Dd56RCa0
仏教は煩悩を無くせと教える。
こんなことは、子供でも知っている。 
我は、小学生の低学年で知っていた。
日本人ならば、多くがそうだろう。
大晦日、テレビで紅白歌合戦が終わると、
お寺の除夜のかねがNHKで中継された。

それが我の子供時代の定番だった。
除夜のかねは、百八っつ。子供時代に煩悩
の数は百八っつ、と教えられて育ったよ。
初めて輪廻する葦の本を読み、煩悩の数が
百八っつではないことを知ったよ。

そして、仏教が煩悩を無くす教えであること
は子供時代から知っていたが、我見から
無くす教えは、輪廻する葦で初めて知った。
深山くん等が、煩悩を無くすことをことさら
強調する。子供でも知っていることを、
何で強調するのかね?
深山くんは、知らなかったのだろう。

桐山師は、煩悩の無くす順番まで教えている
のです。

560 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 20:43:04.95 ID:fsv45LRm
>>556

確かにね〜 四聖諦を知ったから解脱できるってもんじゃないよね。
知ることで出来るなら、あなたが言う通り学者はみんな解脱している。
知ることと悟ることとはどう違うのか。
言葉や理屈を手がかりに得た知識を踏み台にして、でも最後はそれを超えた別の感受系での認識。なのかな?
それを可能ならしめるには煩悩を減らす努力が必要なんだろうね。

>>559

「諸悪莫作、衆善奉行」、知っていてもなかなか戒を守れないのが人間。
煩悩滅も同じでしょ。

561 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 21:03:19.92 ID:DTJ3zxIo
>>555 古来からの問題になっている。
 人がどうなったら仏か?誰が認定するか?その本体とは何か?
 此れを示すべきでしょうな、ソレが誠実さと言うことだな。

562 :一来補:2015/09/06(日) 22:07:24.38 ID:Dd56RCa0
知ることと悟ることの違いは、理屈と体得の違い。
自転車乗りの理屈は、聞いて知ることが出来るけど、理屈を知っても乗れやしない。
練習して体得しなければ乗れやしない。

我見を無くすには、己の我見を自覚せねば無くすことが出来ない。
自転車に乗れるためには、乗れない自分を知った上で、乗る練習に入るわけです。
だから、我見の

563 :一来補:2015/09/06(日) 22:19:34.71 ID:Dd56RCa0
562の続き

我見の自覚がない深山くんには、
我見を無くすことは無理なのです。
こういう人が信仰を持つと、我流解釈に
なって、麻原みたいになる危険があります。

信仰を止めて、今みたいな、倫理道徳に
収まっているのが無難だろう。
でなければ、愚か者の信仰は、子供の
火遊びのように危ういのです。

564 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/06(日) 23:00:28.82 ID:BFC9hAvq
>>464 神も仏も名無しさん 2015/09/03(木) 13:35:18.55 ID:3411Xg0d
>「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」
>(『ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道』P6、10)

「経典のどこで解脱したか示してみなさい」と言うペテン大作さんに質問します。
あなたが引用した上記こそが解脱の条件であるとあなたも支持するわけですよね?
なぜなら、あなたはこの後

>深山は四禅を説明した文句(心が安定…)を解脱だとしたが、
>これは完全に間違い。

と深山さんが沙門果経においては四禅の段階の説明のところに過ぎない「心が安定…」の
記述をこれは解脱の境地に他ならないと発言したことに対して、あなたはそれはおかしい、
四禅だから定はあるが、まだ慧が無いではないか?どうして定・慧そろわない場所で
解脱してしまうのか?ってのが、あなたの主張ですよね?
これを対比に出したということは、その「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」
その成果こそをはじめて解脱と認めるわけですよね?
ならばその記述の解脱は沙門果経の中のどこを指すのですか?
四禅の説明で解脱はおかしいと深山さんに指摘したあなたならば、当然四禅の説明よりも
後になり、それ以前であるはずがない。
つまり三明による最後の仕上げ段階とでも言うべき観察を果たした
場面しかないことになる。あなたの下手な窮屈な理屈だと。
つまり前世をずっと遡って輪廻の諸相を観察し、また今自分が煩悩が尽きてなくなった
ことを知って解脱したことを知る覚者となるわけだ。
これが「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」記述なんでしょうか?
私にはここの段階の沙門果経記述は煩悩が徐々に断除された表情にはどうしても読み取れません。
あの沙門果経の三明記述の中で、どんな煩悩が断除されていく過程を綴ったのか
私にはわからない。また初夜とか中夜とか後夜とか非常に短い時間の中で観察がなされた
わけですが、とても徐々に煩悩が断除なんて読み取れない。
この点ペテン大作さんはどうお考えですか?

565 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 23:14:09.48 ID:aWj5pLJ6
>>563
阿含宗の教義と阿含経の我流解釈をしているのはあなたでしょう。
なにが小桐山だよ。
あなたは一日一時間レスするんじゃなかったですか。
朝の8時から夜の10時まで書き込みまくっているんですけれど。

566 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 23:17:22.54 ID:yG8BTQDE
@「心が安定し」とは、「第四禅に入ったことを表現した言葉」だった。

次は片山教授以外の学者による「心が安定し」の解釈です。


『神通を行なうときには、その前に色界の第四禅に入定し出定しなければならないとされる。
この禅は「基礎となる禅」と呼ばれる。
ここの「心が安定し」はその基礎となる禅に入ったことを表現している』
(『原始仏教T』605頁、中村元監修、森祖道、浪花宣明、橋本哲夫、 渡辺研二)

この本は、深山さんが度々紹介する「岩波仏教辞典」の中村元博士が監修をされています。
この本の説明によれば、「心が安定し」とは、
「基礎となる禅」=「第四禅」に入ったことを表現した言葉だそうです。
第四禅を、出たのではなく入ったのです。
あははは。まったく、解脱なんて程遠い話ですよね。
片山教授は「八等至の自在」。そしてこの本では「四禅に入ったところ」。
この二例を見れば、仏教学者の意見はもう決まったと見ていいですよね。
「心が安定し」は解脱ではないことに確定です(パチパチ

567 :神も仏も名無しさん:2015/09/06(日) 23:18:36.54 ID:yG8BTQDE
566続き

おそらく仏教学者の解釈を示しても、深山さん等批判側は、学者が何だ、
学者だって間違えることがあるさ、と言って難癖を付けるでしょう。
彼らは増上慢を起しているから、学者より自分の方が仏教を知っていると自惚れているのです。
ところが、経典をよく読めば、「心が安定し」は解脱の意味ではないことが誰にでも分かります。
それは、第二禅の説明です。

『比丘は、大まかな考察・細かな考察が消え、内心が清浄の、心の統一された、
大まかな考察・細かな考察のない、心の安定より生じた喜びと楽のある、
第二の禅定に達して住みます』(原始仏教第2号、53頁、中山書房仏書林)

『すすんで比丘は、(第一の禅定の)観察と考究とをやめることによって、第二の禅定にはいり、
そのなかにいます。それは、内心における平穏(内等浄)であり、心の一点への集中であり、
観察と考究とを離れた心の安定(三昧)から生ずる喜びと安楽とであります』(世界の名著1、530頁、中央公論社)

ご覧のとおり、すでに第二禅で、清浄・心の統一・心の安定といった言葉が出てきている。
深山さんは、これらの言葉は全部、解脱を意味すると書いた。
ならば、比丘は既に第二禅において解脱していることになるではないか?
これ、おかしいでしょ?
これで「心が安定し」は解脱の意味ではない理由が深山さんにも理解できた筈ですがw
前から言ってるように、深山さんは、個々の語句だけを見て、経典全体が全然目に入っていない。
木を見て森を見ずなんです。
元々国語の読解力が無いのは確かだが、それに加えて桐山管長への憎悪が解釈を誤らせたのでしょうね。
深山さんは完全に間違えています。
もし、良心があるのなら素直に認めるべきです。
私への個人攻撃を繰り返したところで何ら反論にはなりません。
ご自分の本性をネットに晒すだけだからお止めなさい。

568 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/06(日) 23:28:24.10 ID:i8jFxUme
>>558 :一来補:2015/09/06(日) 19:47:03.04 ID:Dd56RCa0
>初期仏教時代から部派仏教時代までのさとりの説明は、岩波仏教辞典では、
>「さとりの世界は縁起の中に含まれなかったから、さとりは縁起を超越し縁起>の滅した世界とされた」と説明しています。

あなたの上記に批判側はどう反論したか、またそれのどこがおかしいのか、指摘してみなさい。
最近ではユビキタスさんが反論していた。
それを引用して、ユビキタスさんの反論のどこがおかしいか指摘してみなさい。
批判側は何度も何度もあなたの上記の主張がおかしいことを反論した。
だが、あなたは反論を完全無視して、同じ主張を何年も何年も繰り返す。

あなたの卑怯な点は、都合が悪くなると沈黙し、反論はさっさと忘れる。
記憶力が衰えている所に、自分のミスや都合の悪い事を覚えようとしないから、
反論はきれいに忘れて、また同じ主張を始める。
私はあなたと違い、過去を記憶しているから、
あなたのように同じ所を何年にもわたってグルグルと回り続けるなんて
認知症の老人のような真似はできないし、付き合うつもりもありません。

569 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/06(日) 23:28:48.75 ID:BFC9hAvq
>>567 神も仏も名無しさん 2015/09/06(日) 23:18:36.54 ID:yG8BTQDE
>ご覧のとおり、すでに第二禅で、清浄・心の統一・心の安定といった言葉が出てきている。
>深山さんは、これらの言葉は全部、解脱を意味すると書いた。
>ならば、比丘は既に第二禅において解脱していることになるではないか?
>これ、おかしいでしょ?

四禅でも二禅でもなんでもよいが、やはり解脱の境地の表現には変わりないでしょうね。
なにしろ「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」わけですから
二禅においても四禅においても、その定は慧と影響しあい、増大することで
煩悩を徐々に断除する解脱を完成に向けて進めているわけですよね。
二禅とか四禅とか禅定の瞑想世界しか条件として読み取れないところにあなたの誤謬が見えます。

570 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:06:52.85 ID:Hgmo0lwK
テスト

571 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 00:13:23.27 ID:Hgmo0lwK
ペテン大作さんの四禅解脱に関する誤解の構図の説明と、反論は>>182から>>224に至るまでの
私の書き込みにほとんど全て書いています。
>>564の質問に対する回答ってか、その設問の馬鹿馬鹿しさや、>>569の意味することも
これを読めばわかるはずです。
ペテン大作さんにおかれましては、そちらに対する反論もまたできるものならばお待ちします。
反論できない事情はお察し致しますが。

572 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:13:30.19 ID:NTTxSMEs
このスレって、正しいことを言っても駄目なんだよな。
どんなに否定されても最後まで書き続けている奴が勝利者なんだ。
だから深山もユビキタスも必死になっている。
屁理屈でも何でもいいから兎に角何か書けばいいわけよ。

四禅で解脱したとは釈尊は言ってない。
経典にはそんなことは書いて無い。
学者の説も経典に沿っている。

阿含宗の元信者だけが違う説を唱えている。
人は彼等をカルト信者だと見る。

573 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:21:18.80 ID:NTTxSMEs
異陰が経典に無いのと同じ。
批判側がどんなに頑張っても駄目だ。
ユビキタスが何を騒いでも無駄。
大体、あなた、私とは話したくないと言ってたでしょ?
男子に二言無し。

私はね。
正直に言うとあなたに同情している部分がある。
あなたは悪い人でない、どちらかというとお人良しの部類だろう?
こういう人とはあまり議論したくないのだよ。
闘志が沸かない。
だからレスをつけて来るのは構わないが読む気がしない。
私ではなく読者に向けているのなら続けてくれたまえ。

574 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 00:26:54.79 ID:Hgmo0lwK
>>573
そうやって真っ向から内容に反論しない、読みすらしないと逃げることも
あなたの自由であり、そこがあなたが反論できない事情はお察し致しますと書いた所以です。
各自に判断してもらいましょう。
私はペテン大作さんの論の狭量にして、偏見あり、おかしな点を指摘しました。

575 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:35:11.35 ID:oVY+Ek22
私は、アゴン経全体に付いてこんな見解を抱いている。
それは当然、上座部といわれているお釈迦さまの教団の教えと法である。
御釈迦さんの孫弟子までは成仏する比丘、比丘尼が出ていた。
それ以後は皆無。それの理由である何故に皆無と成ったか?
 話をもっと身近な日本的な例えにしてみよう。
飯米の事を採りあげてみる、「日本人は米を炊いて食う」なるほど間違いあるまい
ではどうやって日常、炊いて食っているか?
此れを文章で、茶碗に盛る、お握りにするまでを正確を期して伝える事は中々に
困難では在るが可能だ。
これは全く米と言う植物を知らない文化圏に伝えることを想定した話題だ。
話を仏教のアゴン経に戻す、成仏と言うご馳走を食いたいがために出家したのだが
料理法が無いために形態は僧だが、一生残念、空腹で命終した上座部の僧侶たち五万。
要するに早い話がこうなるのである。
君らがアゴン経に付いて論ずるも無駄だ、と言うのは肝心の料理方法を欠落させた
経文を今更にも取り沙汰しているに過ぎないからだ。
印度の教義学者がこねくり回した末にとうとう結果が出ない(成仏できない)ものと等しい。
それが欠落していなければ、印度で今も尚、上座部は残りそして栄えている筈だった。
我が朝にても文字が読める坊さん達が阿含経典を軽視していないのは平安時代から伝承の解説書を
見ても理解できる、そして彼らは何度も何度も読み返して探しているのだ。
一切経に在るべきと思われるそれこそ成仏の方法である。
ココデ今日はお終い。

576 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>>574
そんなに言うならすぐ反論できますよ。

>二禅においても四禅においても、その定は慧と影響しあい、増大することで
>煩悩を徐々に断除する解脱を完成に向けて進めているわけですよね。

そうです。
二禅においても四禅においても、徐々に断除してる。
しかし、あなたは忘れているのか誤魔化してるのか知らんが、
深山さんは、四禅で解脱していると書いた。
そして、三明で解脱を確認したと言ったのです。
これは「完全に」解脱したという意味ですよ。
煩悩が薄まっているのではなくて完全に煩悩を無くして完全に解脱したという意味です。
そしてその根拠が「心が安定し」の文句が解脱を意味しているのだと言う。
ところが、「心が安定し」はすでに二禅でも使われている言葉だった。
だから「心が安定し」は解脱ではない。
これが私の主張です。
理解できました?
常に私は深山さんの言葉を念頭に書いている。
だから、私を批判するなら常に深山さんの言葉を参照してくださいね。
でないと、ピントはずれになりますよ。

577 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:51:24.32 ID:NTTxSMEs
ユビキタス、もういいって。
深山さんの為に時間を使うのはやめた方がいい。
もっと有効なことに使いなさいよ。
深山さんは自分でちゃんと後始末の出来る人だから、
世話を焼く必要はない。

578 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 01:35:06.47 ID:Hgmo0lwK
>>576
それに対するレスはまあまた明朝以降時間がとれれば付けるが、>>564の質問にも
答えていただくとありがたい。
「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」解脱は
沙門果経では比丘はどの段階でその解脱を果たしたのかという回答です。
私だったら質問自体がナンセンスと答え、その理由も書きますが、あなたはどうするか?
私には三明の前世の観察作業の記述では、とても徐々に煩悩断除なんて話にはならない
と思うのだが、あなたはどう考えるのか?
私には「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」とは
入門時から始まる三学の道、八正道の努力の成果がなったものであり、煩悩に左右されない
解脱は得ていたからこそ、最後の三明の観察でも自身の解脱が確認できて、
その確信こそが悟りというもので、かくしてボサツは覚者仏陀となった。
四禅以降に煩悩を断除する特殊な智慧パワーの作業なんて実はない。
二禅だろうが四禅だろうが、そんな意識レベルなんか関係なく、深い瞑想すらしていない
日常生活で解脱していたのです。

579 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 07:50:31.97 ID:LYJsNkLh
 
雨の深山渓谷   http://tokihira.exblog.jp/20681956/

580 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 08:11:57.39 ID:Hgmo0lwK
>>576 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>そうです。
>二禅においても四禅においても、徐々に断除してる。

なるほど、あなたもそれを認めるのならば、一つ確認できたことがある。
それは定・慧の慧は最終の三明の時にようやくノコノコと発揮されるものではなく、
実はもっと以前から定だけでなく慧の実践もしていたという結論になりますね。
あなたもそれを認めたことになる。少なくとも二禅の段階で。
これは当たり前の話で、私が先月スマナサーラさんのホームページの沙門果経の現代語訳と
その解説文を引用しましたが、正念・正知は、なんと戒の説明のところで出て来る。
正知は知とあることから慧の実践に他ならない。ありのままの自己観察です。
これ(慧)が実は戒の説明の段階で定と共に経典記述で説かれている。
つまり決して戒の説明の時は戒しか修行しておらず、二禅だの四禅だの説明の時には
定の修行しかしておらず、これらが終わってから慧の修行に入ったなんて順番の話ではない。
そんな読み方をしていると全てを見誤るのです。

581 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 08:32:19.53 ID:Hgmo0lwK
>>576 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>深山さんは、四禅で解脱していると書いた。
そして、三明で解脱を確認したと言ったのです。

いいえ、実はそんなことも言ってはいないのです。
深山さんは「心が安定…」の経典記述は、解脱の境地そのものに他ならないと言っただけです。
そこをあなたは、それならば四禅の段階で解脱したことになるではないか?と
あなたの狭い間違った見解で解釈しただけです。
議論のやり取りの中で滅尽定で解脱したと主張するあなたに対して、深山さんは
いいえ、この記述を読むと四禅の段階で解脱したことになりますよと発言したことはあると思う。
しかしそれはそちらの間違った指標に合わせての発言であり、決して四禅の段階で
解脱したなんてことを言いたいのではなく、ましてや四禅の力を以て解脱したのではない。
ではいつ解脱していたのかと言うと、それはいつの間にか解脱していた。
決して二禅が四禅がなんて話ではない。
それは瞑想の意識水準の指標ではあるが、それが解脱を完成させたのではない。
戒・定・慧の三学を修行してきて解脱を得たのです。
それは二禅に意識をおいた時も解脱の状態にあり、四禅に意識をおいた時も解脱の状態にあった。
二禅や四禅の深い瞑想なんかより実は食事や手洗いなど日常生活をしている時に
煩悩が残っていないかの方こそ大切な指標です。
それは釈尊と言えども長い時間をかけた修行習慣により成し遂げられていた。

582 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 08:41:38.67 ID:Hgmo0lwK
>>576 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>これは「完全に」解脱したという意味ですよ。
>煩悩が薄まっているのではなくて完全に煩悩を無くして完全に解脱したという意味です。
>そしてその根拠が「心が安定し」の文句が解脱を意味しているのだと言う。
>ところが、「心が安定し」はすでに二禅でも使われている言葉だった。
>だから「心が安定し」は解脱ではない。
>これが私の主張です。

完全に煩悩が沸き起こらないことが二禅でも四禅でも確認できたのでしょう。
しかし実は完全に解脱を成し遂げてですら、また元に戻ることはあるのですよ。
ゴーディカなどは何度か解脱したが何度も転んで煩悩が出てしまい、解脱を得て
煩悩が起こらぬうちに自殺した例まである。
しかしこれはゴーディカが解脱を完成してなかったから、こんなザマだったのでもなく、
修行完成者釈尊と言えど、解脱を果たして仏陀となって尚も煩悩を出して解脱から
転げ落ちぬように一生注意を続けていたのです。

583 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 08:51:00.28 ID:Hgmo0lwK
>>576 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>これは「完全に」解脱したという意味ですよ。
>煩悩が薄まっているのではなくて完全に煩悩を無くして完全に解脱したという意味です。
>そしてその根拠が「心が安定し」の文句が解脱を意味しているのだと言う。
>ところが、「心が安定し」はすでに二禅でも使われている言葉だった。
>だから「心が安定し」は解脱ではない。
>これが私の主張です。

解脱とは例えばクンダリニーが上昇してサハスララ・チャクラに到達して
その過程においてブチブチブチと煩悩を撃退してしまうなんて話ではない。
それ(煩悩の撃退)は不断なる日常生活の地道な努力によって成し遂げられるものです。
瞑想もするが瞑想だけではない。
ましてや瞑想の深さの意識段階の話ですらない。

584 :一来補:2015/09/07(月) 09:39:46.79 ID:hhG1sdCZ
般若心経瞑想法本の79ページから、自説経を引用して、縁起の法を解説しています。
ただし、ここでは、
「縁起の法を知れるがゆえであった」
(80ページ)、という、さとり1の部分です。
次に、
「諸縁の滅尽を知れるがゆえに。」という
さとり2の述懐になるのですね。
諸縁の滅尽=諸因縁の滅尽、であることが分かりますよね?因縁の滅=因縁解脱ですね。

縁が滅するのだから、縁起のあろうはずがない。縁滅だろうが縁起滅だろうが、同じだろ。
縁の滅尽はあっても縁起の滅尽はない、と深山くんが言った。
なんというジョーク!マンガ!?
それとも無知!?
いずれにしても、笑えるや。

585 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:27:07.59 ID:jKmDtKsO
>>566神通を行なうときには
その前に色界の第四禅に入定し出定しなければならないとされる。
この禅は「基礎となる禅」と呼ばれる。


だろ
片山著説では 解脱した比丘が神通を
行うときなんだろさ
なあんも解脱に至ることっチ関係ないべ

ようはだ 解脱者が神通を行うときには
基礎となる禅定へ入る模様を言ってるんだべな
解脱者の禅定だっぺ
あんまりさ 鬼の首を取ったようなハシャギ方はよ
おどりゃ 吐いたツバ飲めんど ってことになるぜ

586 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:31:20.57 ID:NTTxSMEs
>>580:ユビキタス
>正知は知とあることから慧の実践に他ならない。ありのままの自己観察です。

知が付いてるから慧の実践だって? またボロを出しちゃったねw
三学の「正念正知」は慧ではありません。ニカーヤの論文をよく読んで勉強し直し!!

>>581 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/07(月) 08:32:19.53 ID:Hgmo0lwK
>深山さんは「心が安定…」の経典記述は、解脱の境地そのものに他ならないと言っただけです。
>そこをあなたは、それならば四禅の段階で解脱したことになるではないか?と
>あなたの狭い間違った見解で解釈しただけです。
>ではいつ解脱していたのかと言うと、それはいつの間にか解脱していた。
>決して二禅が四禅がなんて話ではない。

解脱の境地そのものに他ならないなどと、表現をぼかして誤魔化さないこと。
「心が安定し」は四禅が終わった比丘のことを説明した文言。
この文言を解脱と解釈したことは、四禅で比丘は解脱したと解釈したことになる。
また、そうでなかったら深山の狙いは達成できない。
四禅で解脱し、三明で解脱を確認するというのが深山説。
三明で解脱を確認するには、比丘は四禅で完全に解脱している必要がある。
だからそれを証明しようとして「心が安定し」を解脱だと解釈した。
すべては、深山が仕組んだトリックだ。

>>582:ユビキタス
>>583:ユビキタス
こちらは最初から深山の批判をしています。
あなたのレスは、全然、深山の擁護になっていません。
解脱の解釈を披露されるのはあなたの自由ですが、やりたければ他所でやってください。

587 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:33:22.94 ID:NTTxSMEs
@「心が安定し」が、解脱ではない理由(まとめ)

1.経典の記述では、比丘が解脱するのは四聖諦を達観した後であり、四禅の後ではない。

2.経典の記述では、「心が安定」「心が統一」「清浄」は、「第二禅」に出てくる。
これ等の言葉が(完全)解脱を意味しているなら、比丘は第二禅で(完全)解脱したことになってしまう。

3.仏教学者が「心が安定し」を解脱とは解釈していない。
「心が安定し」は、「八等至」(四禅+四無色定)の意味(『パーリ仏典入門』片山一良著)
「心が安定し」は、「基礎となる禅」(第四禅)に入ったこと(『原始仏教T』春秋社、中村元監修)    


@阿含宗を糾弾する元信者は原始仏教を破壊したカルト信者!!!

深山等が、「心が安定し」を解脱だと解釈した理由は、
「四禅三明説」を、「四禅で解脱し、三明で解脱を確認する」という説に改造したかったがため。
だが「心が安定し」が解脱でないことは、今や完全に崩壊した。
いまだ自説に固執する深山等はカルト信者の典型です。
「心が安定し」を解脱と解釈することは、経典の記述に反し「仏教の三学」の否定に繋がる。
これは、原始仏教の教説を破壊する悪質な行為です。

588 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:33:40.81 ID:jKmDtKsO
>>585の訂正だ
しかし 意味は変わらんど


誤 片山著説では 

正 片山著説以外の学説では

589 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:43:19.27 ID:jKmDtKsO
>>566
>『神通を行なうときには、その前に色界の第四禅に入定し出定しなければならないとされる。
この禅は「基礎となる禅」と呼ばれる。
ここの「心が安定し」はその基礎となる禅に入ったことを表現している』


神通を行える通力を持ってる出家者ってよ
すでに解脱を果たしてるんだよな
批判の論スジはこう下地があった筈だよな
だったらばだ この学説は解脱者が神通を
発揮するときにやらねば成らネエ禅定の話しだろ
そういう意味で読んだら心の安定も分かろうって
もんだろ
解脱者が行う四禅ッちゅうことじゃネエの

590 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 11:49:51.05 ID:jKmDtKsO
オレが>>585で言ったようにだ
オメッチの話は 
神通を行なうときには 
なんだろっての
あんまり言いたかねえけど
自分で出した引用なんだからよう
責任は自分で取れよな

591 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:02:14.19 ID:DcyzDYwG
>>576 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>深山さんは、四禅で解脱していると書いた。
>そして、三明で解脱を確認したと言ったのです。

私にレスをつけてほしくて、こういう私が書いていないことを
書いた書いたと繰り返すのでしょうね。
あなたには何を書いても無駄なのは知っているから、
これはペテン大作さんへのレスではなく、読者に判断をゆだねるために書いています。

私は、
「四禅で解脱する」「三明で解脱を確認した」
このようなことは書いていない。
私が書いたのは、
「沙門果経の四禅の説明の所で釈尊は解脱していることを述べている」
「漏尽通とは解脱を確認する神通である」
と書いたのです。
念のために申し上げるが、これらの主張は私の解釈などではなく、
阿含経に書いてあるまま、漏尽通の説明も辞典に書いてあるままです。

四禅で解脱するなどと書いておらず、私が書いたという証拠を出せと言われて、
ペテン大作さんが昨年出した私の文章にはどこにもなかった。
そして今年は、私の文章の一部のみを切り取りして、主張の根拠とした。
非常に悪質です。
だから、私は彼の文章を一部のみを切り取って、
彼も四禅で解脱したと書いている例を示してあげた。
彼は根拠を示せないのです。
七年前からこうやって繰り返し繰り返し、執念深く非難を繰り返す。
異様です。

592 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:07:28.39 ID:DcyzDYwG
>266 :神も仏も名無しさん:2008/12/27(土) 16:34:10 ID:dwpSi7Nw
>そしてその後、第四禅からニルヴァーナに入った。
>62 :神も仏も名無しさん:2008/12/21(日) 15:51:04 ID:9be/v++M
>桐山ゲイカは三明の神通力で解脱すると説かれる。

これは七年前にペテン大作さんが書いた文章です。
釈尊は四禅で解脱した、桐山さんの説では三明で解脱すると
ペテン大作さん自身が書いていることになる。
私が主張したと非難している内容は、実際はペテン大作さんが書いていることになる。
彼と違い、上記のように、私は文章の根拠を示した。
前後の文章を省略したり、悪意に解釈すれば、こんなふうに
他人の文章の意図を歪めることができる。
こういう事例を示して、私が書いてもいないことを書いたと主張するのを
止めるように何度注意しても、聞かない。
御大層な文章を書きまくっているが、前提となっている「深山は
四禅解脱と書いた」がそもそも存在しないのです。
最初のボタンをかけ間違えたら、どんな屁理屈と文章を並べようが、
学者の解説を引用しようが、すべて無意味です。
彼は人生でずっとこういうことをして来たのでしょうね。

信者さんたちはペテン大作さんが何を言いたいのかそもそも理解できませんよね?
何か難しそうな話をしているように見えるが、何を言っているのか、よくわからない。
そのとおりで、彼自身が理解できず、前提を間違えて書いているからです。

593 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:12:39.45 ID:DcyzDYwG
>>576 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 00:48:17.31 ID:NTTxSMEs
>深山さんは、四禅で解脱していると書いた。

他の信者さんたちは、桐山さんが何を解脱と説いたかの、解脱するには
どのような方法を示したのか、それらは阿含経のどこにあるのか、
こういった内容こそ関心があるはずです。
ペテン大作さんの意味不明の言葉の羅列を読んでも、
信者さんたちは何も理解できません。

私がアゴン宗の教義を説明しますから、読んでください。
私はペテン大作さんや一来補さんと違い、アゴン宗の教義を歪めたり、
我流の解釈はしません。
桐山さんの文章を引用し、信者さんたちがそれを読みながら理解できるように説明します。
法務部、職員、先達の方たちは特に無視せず良く学んだほうが良い。
ここでの解説を読んだ信者から質問されたら、どうするのですか?
あなたよりもはるかに詳しく正確に理解している信者から、
アゴン宗の矛盾点をいきなり指摘されても、「このバカつまみ出せ」はできません。
では、桐山さんの解脱についての教義を学びましょう。
桐山さんの解脱についての話は比較的一貫しています。

594 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:18:43.75 ID:yR27Ah74
「大きい意味での解脱というのは、お釈迦さまに等しい完全解脱です。
具体的に言えば、カルマを断つ力を持つことです。
カルマを断った時に、初めて大解脱者になるのです。」
(『アゴン・マガジン』43号、2010年、10頁)
「仏陀は、業からの脱出、業からの超越を説いて、成仏法を教えた。」
(『修行者座右宝鑑』106頁)

まずアゴン宗でいう解脱とは何かという定義です。
上記の二文を読めば明瞭で、カルマを断ち切ることです。

桐山解脱「カルマを断ち切ること」

ただし、ここで気を付けなければならないのは、桐山さんのいうカルマとは
何かという点です。
信者さんたちの悪い癖は、自分では意味がわからなくても、なんとなく
わかったかのように受け入れてしまうことです。
カルマなんて言われても信者さんたちはどういうものかわからないはずです。
きちんとカルマの定義を理解することです。
桐山さんのいうカルマとは次のような物です。

595 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:23:51.46 ID:yR27Ah74
「ひとがつくり出す人為的な災害も、自然現象としてあらわれる天変地異の災害も、
すべてみな、このカルマによるものである。
仏教は、この、カルマを断ちカルマの輪廻からの脱出を教えるのである。
では、カルマとはなにか?
ものみながみずから具えるひとつのカである。
その力のゆえにそのものは存在し、さまざまな相をつくり出す。
だから、カルマとはすべてのものの存在原理であり、存在の根本動力である。」
(『一九九九年七の月よ、さらば!』131-132頁)

この世界を動かしている目には見えない摩訶不思議な神秘力だと言っているのです。
桐山さんのいうカルマとは桐山さんにしか見えない存在だということを記憶してください。
信者さんたちはこの桐山さんの説が仏教のカルマ論であると思っているかも
知れないが、誤解です。
仏教にはこういうカルマはありません。

釈迦仏教のカルマ(=業)とは「行為」という意味しかありません。
身口意の三業という言葉どおりで、身体を使った行為、口で話すという行為、
心で思うという行為、これをカルマと言います。
仏教では、これらのカルマ(行為)には輪廻を越えて報いがあると説くが、
飽くまでもカルマとは人間の三種類の行為のことであり、
桐山説のように、自然界のすべてに見えない形で存在し、物を動かす
根本動力などというものではありません。
桐山さんの説くカルマが桐山さんにしかわからないのに対して、
釈尊の説くカルマとは各人が自覚できる内容です。
アゴン宗ではカルマを仏教と違う意味で使っていることを自覚してください。
ですから、桐山さんの上記のカルマの定義を「桐山カルマ」と呼ぶことにします。

596 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:29:06.30 ID:yR27Ah74
桐山解脱「桐山カルマを断ち切ること」

仏教にはこんな解脱はありませんが、今はその話はさて置きます。
では、桐山カルマを断ち切るには何をどうすれば良いのか。
その方法が阿含経にしか説かれておらず、桐山さんはこれを発見して、
体得したのだと述べています。

「私の体験をのべるならば、最初に四念処法で「四諦の法門」を体得し、次いで七覚支法で最高度の禅定を体得し、さいごに四神足法の習練に入って、神通力を得た。」
(『阿含仏教超奇蹟の秘密』261頁)

桐山カルマを断ち切り解脱するために、阿含経にある三十七道品の内、
四念処、七覚支、四神足を習得し、神通力を体得したとあります。
つまり、この三つが桐山カルマを断ち切るための法です。
ところが、桐山さんは次のようにも書いている。

「『法』の中心は四神足法である。
いや、中心というより、法は、四神足法のみである。」
「五力法も修行法であるが、これは、四神足法の補助のようなもので・・」
「四神足法,五力以外の道品、すなわち、四念柱、四正断、七覚支、八正道は、
『教え』である。」
(『仏陀の法』128頁)

四念処も七覚支も教えにすぎず、法と呼ぶに値するのは四神足のみだというのです。
四神足の神通力で桐山さんは解脱したという。
桐山解脱「四神足 → 神通力 → 桐山カルマ消滅 → 解脱」
ところが、ペテン大作さんは、神通力でカルマを断ち切るなど
桐山さんは言っていない、という。
では、もう一つ付け加えましょう。

597 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:35:15.97 ID:ru2Ycboj
「その煩悩を完全に消滅させてしまう智慧がこの漏尽通である。
すなわちこの智慧によって業が全く消え去り、修行者はニルヴァーナに入るのである。」
『人間改造の原理と方法』157頁

四神足法によって神通力を体得し、その神通力の一つである漏尽通の
智慧によって桐山カルマが消滅され、解脱するという。
桐山さんの言わんとするところは「神通力=智慧」だと思うが、
信者さんたちはいかがですか?
前にユビキタスさんも同じ事を指摘しただけでなく、大先達が次のように書いている。

「金剛界大日如来とは、智慧(力ルマを断つ霊妙なるパワー)の本体ともいえる釈迦の
成仏法(七科三十七道晶)の象徴であり、この如来が・・・(略)」
(『桐山靖雄・阿含密教のすべて』伊達相平、275頁)

智慧とは三十七道品から得られる「力ルマを断つ霊妙なるパワー」だと述べている。
著者の伊達さんはアゴン宗のヨイショ本を二冊も書き、
機関誌でも長い間連載していた先達です。
この本は桐山さんが推薦文を書いているくらいですから、
伊達さんの主張を桐山さんが認めたことになる。
桐山さんは神通力という力を智慧と表現しているのです。
つまり、桐山解脱は次のように表現される。

桐山解脱「四神足法で体得した神通力(智慧)で桐山カルマを断ち切って解脱した」

598 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:40:43.46 ID:ru2Ycboj
桐山解脱「四神足 → 神通力(智慧) → 桐山カルマ消滅 → 解脱」

桐山さんのいう解脱とは、桐山カルマを断ち切ることであり、
そのための方法が阿含経にある四神足法であり、その四神足法で神通力という智慧を
体得したというのだから、上記の標記を信者さんたちは納得していただけるでしょう。
ところが、ペテン大作さんはこれが嘘だと非難している。
桐山さんは、神通力で桐山カルマを断ち切ったとは言っていないというのです。
そこで私はペテン大作さんに、では何で断ち切ったのかと前から質問していた。
彼の答えは智慧だが、アゴン宗では前述のように、神通力を智慧とも表現している。
彼の、からまった糸を納豆に落としてノリを加えたような話は抜きにして、
これまで聞いた彼の話をまとめるなら、次のようになる。

599 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:45:53.45 ID:ru2Ycboj
ペテン大作説「漏尽定で智慧によって煩悩を断ち切り解脱した」

桐山解脱とは、智慧(神通力)で解脱する、という点が同じなだけで、桐山さんは
漏尽定など説いていないし、煩悩解脱は小解脱であり、本当の解脱ではないと説いている。
私はペテン大作さんの個人的な宗教観を質問したのではなく、
桐山解脱説を質問したのだが、質問しても彼は答えられないから、無視する。
信者さんたちの中には、深山に徹底的にからみつくペテン大作さんを小気味よく
思っている人もいるかもしれないが、彼は桐山解脱を否定しているのですよ。
アゴン宗の解脱は因縁解脱なのに、ペテン大作さんの説は漏尽解脱(煩悩解脱)です。
仏教の解脱が漏尽解脱であることを彼はここで学んだが、もちろん
そんなことは絶対に認めない。

桐山さんが漏尽定なんて出したのを私は見たことが無い。
漏尽智と漏尽定は名前が似ているだけで、まったく別物です。
彼に、桐山さんが漏尽定で解脱すると書いた文章を示すように言っても示せない。
アゴン宗の擁護をしているかのように錯覚させているが、
こんなふうにペテン大作さんの解脱説は桐山説とは違います。
桐山さんの主張のままに紹介している私に反発し、桐山説とは違う自分教
を主張しているペテン大作さんを信者さんたちは支持するのですか。
それは桐山さんへの裏切りです。

600 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 12:51:27.02 ID:ru2Ycboj
桐山解脱「四神足 → 神通力(智慧) → 桐山カルマ消滅 → 解脱」
ペテン大作説「漏尽定 → 智慧 → 煩悩を断ち切る → 解脱」

ペテン大作さんが四禅で私にしつこくからむのも理由がわかるでしょう?
他にないからです。
四禅以外の解脱の話になると、彼自身の主張の矛盾とアゴン宗説との
食い違いを次々と指摘されるからです。
私が四禅で解脱すると書いたとインネンを付けて、
そこにからむ以外に彼には手段がない。

仏教を理解していないから、漏尽定で解脱するなどと書いた。
桐山さんがどこでそんなことを書いたのか、阿含経のどこにあるのか、
出してみろ、と言われても、もちろん無いから出せるはずがない。
仏教を理解していないと書かれると、「深山は仏教を理解していない」と
罵り返し、視野が狭いと批判されると、「深山は木を見て森を見ない」と言い返す。
言い返すにしても、何の工夫もなく、悔し紛れにそのまま言い返す姿は
まるで幼稚園児みたいで、普通なら恥ずかしいから書かない。

ペテン大作さんは漏尽解脱が解脱だと認めてしまった。
一来補さんみたいに根拠ない因縁解脱を言い続けるよりはまだ知性があると
言うべきだろうが、信者としては大失態です。
桐山さんは漏尽解脱(煩悩解脱)は小解脱であり、
因縁解脱こそが大解脱だと書いている。
ペテン大作さんは桐山さんの解脱を否定したアゴン宗の裏切り者です。

601 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:46:53.72 ID:NTTxSMEs
@深山さん、嘘つきは泥棒の始まりですよ。

「四禅で解脱、三明で解脱を確認」は間違いなく深山説です。

>>591 :深山
>私は、
>「四禅で解脱する」「三明で解脱を確認した」
>このようなことは書いていない。
>私が書いたのは、
>「沙門果経の四禅の説明の所で釈尊は解脱していることを述べている」
>「漏尽通とは解脱を確認する神通である」
>と書いたのです。

これが、7年前の深山さんのレスです。



>115 :神も仏も名無しさん:2008/11/18(火) 12:54:17 ID:s8pu1w+h
>釈尊は宿命通で前世を見る前にすでに解脱したと宣言しているのです。
>煩悩を断ち切るのに三明を使ったのではなく、
>煩悩を断ちきって解脱した後で、三明を使ったと述べているのです。
>つまり、三明で解脱したのではありません。
>204 :神も仏も名無しさん:2008/11/23(日) 22:17:43 ID:574E+w79
>三明の前の四禅で釈尊はすでに涅槃を得たと述べているのです。
>335 :神も仏も名無しさん:2008/11/27(木) 13:31:03 ID:kNy4p3x+
>三明のどれ一つをとっても煩悩を切るような内容ではありません。
>煩悩を切り解脱したことを、煩悩のままに生きる過去の自分や他人を見て、
>さらに煩悩を切った自分を見ることで確認する能力です。

602 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:48:29.66 ID:NTTxSMEs
601の続き

>>591で「沙門果経の四禅の説明の所で」などと誤魔化しても駄目です。
あなたは>204で「四禅で釈尊はすでに涅槃を得たと述べているのです」と書いた。
「四禅の説明の所で」ではなく「四禅で釈尊は涅槃を得た」と書いたのです。
ところが、これは釈尊の主張ではない。
比丘は四聖諦の後で解脱するのだから、四禅で解脱するなどと釈尊が言うわけがない。
あなたが「心が安定し」を解脱だと解釈したから、
「四禅で釈尊はすでに涅槃を得たと述べている」と結論付けたのですよね?
「四禅で解脱する」は間違いなくあなたの説です。
あなたも男の端くれなんだろうから自分の言動に責任を持ちなさい。
そして、>115「煩悩を断ちきって解脱した後で、三明を使った」と書き、
>335では「三明は解脱を確認する能力である」と書いた。
これらを見れば、「三明で解脱を確認した」というのもあなたの説です。
記録が残っているのだから、言い逃れをしても駄目です。

603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
@深山さん、>>587には反論できないのですね。

>>592:深山
>御大層な文章を書きまくっているが、前提となっている「深山は
>四禅解脱と書いた」がそもそも存在しないのです。
>最初のボタンをかけ間違えたら、どんな屁理屈と文章を並べようが、
>学者の解説を引用しようが、すべて無意味です。
>彼は人生でずっとこういうことをして来たのでしょうね。

「深山は四禅解脱と書いた」は前提ではなく事実です。
御大層な文章だとお褒め戴いた>>587のタイトルは、
@「心が安定し」が、解脱ではない理由(まとめ)となっています。
あなたが「心が安定し」を解脱だと解釈したのは、
「四禅で解脱、三明で解脱を確認」という説を証明したかったからです。
しかし「心が安定し」は解脱ではなかったのです。
「心が安定し」はあなたにとって最初のボタンだった。
それをかけ間違えた結果、私から7年間に渡って追求されているのです。
>>587は私の追及をまとめたものです。
だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
それをしないのは反論できないからです。

604 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 17:18:18.68 ID:jKmDtKsO
226 スッタニパータ
最も勝れた仏が讃嘆したもうた清らかな心の安定を、
「ひとびとは(さとりに向かって)間をおかぬ心の安定」と呼ぶ。
この(心の安定)と等しい者はほかに存在しない。
このすぐれた宝は理法(教え)のうちに存する。
この真理によって幸せであれ。

605 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 22:12:31.30 ID:ru2Ycboj
>>603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
>だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
>それをしないのは反論できないからです。

だから、あなたが引用した>>601の私の文章のどこに四禅で解脱したとあるのだ?
文章にないものを良く読めますね。
さすがはインネン付けのアゴン宗の信者だけのことはある。
書いてもいないことを書いたとインネンをつけ、さらには
自分は何一つ質問には答えないで、私に答えろという。
まるで、ヤクザが「お前に400万円貸したから、いつ返すか、
どうやって返すか、利子をつけるか、質問に答えろ」と恫喝しているみたいです。
借りてもいないお金の返済についての質問にペテン大作さんは答えるらしい。
私はあなたと違い、借りていないお金は返さないし、質問にも答えない。

あなたの指摘にはユビキタスさんがすでに答えていて、
さらにあなたに質問までしている。
どうしてそれにきちんと対応しないのだ?
私から前から出されている質問にも、ユビキタスさんの質問にもいっさい答えない。
答えたら、あなたがせっかく捏造した四禅解脱というリングから出てしまい、
自分が負けるのが判っているからでしょう?
そういうのを卑怯者というのです。

606 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 22:18:50.91 ID:ru2Ycboj
>>603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
>だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
>それをしないのは反論できないからです。

>>587の三つのペテン大作さんの指摘は、第上段に振りかざしているが、
仏教をまるっきり理解していないと宣言しているようなものです。
指摘の二番目など、よくまあこんにバカなことを書くものだとため息が出る。
自分は仏教を理解しているなんて自惚れても、こういう所にシッポが出る。
あなたが経典も学者の解説も、これまで批判側の説明もまったく理解していないと
わざわざ宣言したようなもので、あまりのことに力が抜けてしまう。
ユビキタスさんが答えを書いていても、あなたは意味が理解できないのでしょう?
目の前に何度答えを示されても、それが答えだとわからない。

沙門果経が修行の順序を説いたものではないと、ユビキタスさんや
他の人から説明されても、あなたは頑として受け付けない。
それは頑迷なだけでなく、あなたの脳では順序良く、できれば番号を
付けて整理してもらわないと、理解できないからではありませんか。
そういうのを体系化というのだが、何度も言うように、
釈尊の教法は体系だったものではありません。
体系化したのは後世の人たちです。
だが、あなたも桐山さんも体系化が大好きです。
そうやって番号を付けたものを引用すると、自分がとても難しいことを
理解したと錯覚して、エラクなったように思うからでしょう?

607 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 22:25:59.64 ID:ru2Ycboj
>>603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
>だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
>それをしないのは反論できないからです。

あなたは九次第定のように番号のついた「修行法」で解脱すると信じている。
だから、釈尊の四禅の説明に解脱したという記述がある、というと、
あなたは第四禅で解脱したと短絡し、さらには指摘2のようなマヌケな主張が出て来るのです。
あなたが普通に議論のできる人なら、私はスレ違いであっても、
何を誤解しているのか、正しくはどういうことなのか何度でも説明してあげたい。
だが、説明などしようものなら、その言葉尻をとらえて、
振り回してやろうと、あなたは牙をむき出し、唸り声を上げている。

気の毒だと思うから、何度でも助言するが、九次第定など瞑想などの
修行法で解脱するのではありません。
それなら、釈尊が師事した二人の仙人は解脱していたはずです。
八正道を実践するから解脱するのです。
もっというなら、八正道を実践したままの状態が解脱です。

608 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 22:32:28.04 ID:ru2Ycboj
>>603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
>だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
>それをしないのは反論できないからです。

ペテン大作さんも桐山さんも番号のついた修行法こそが解脱の方法だと信じている。
それをしているうちは仏教は永久に理解できません。
あなたが信じている九次第定のような、あるいは桐山さんの
八科四十一道品なんて、知的障害者のチューラパンタカが理解できると思いますか?
これを他の人からも指摘されていた。
釈尊の仏教はチューパンタカのような知的障害者にも理解できて、
しかも実践もできたのです。
それが九次第定とか八科四十一道品なんて、タイトルを暗記するだけでも
たいへんな内容を彼が理解できたと思いますか。
こういう矛盾を指摘されても、あなたは完全無視です。

せっかく他人があなたの間違いを修正するチャンスを与えてくれたのに、
それにツバを吐き掛ける。
あなたの思い込みに対する矛盾を指摘されても、
自分の理解は間違っているのだろうかと自分を疑わない。
桐山さん、一来補さん、宝生さん、ペテン大作さん、
全員に共通するのは大した知性でもないのに自分の知性を過大評価して、
自分を疑うことをしない。
矛盾を指摘されても、屁理屈を並べて反発するか、それもできないと無視する。
だから、同じ間違いを繰り返し、あなたは七年前から何の進歩もない。

609 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/07(月) 22:40:29.67 ID:ru2Ycboj
>>603 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 16:50:17.00 ID:NTTxSMEs
>だから、あなたは>>587に対して反論する立場なのですよ。
>それをしないのは反論できないからです。

簡単な詩句さえも暗記も理解もできないチューラパンタカがどうやって
九次第定のような難しい瞑想を体得できるのだ?
あれは高度な瞑想法で、知識障害者に理解できる内容ではない。
ところが現実には、彼は解脱した。
解脱した後も知的障害者のままで、仏教の教義を説明することもできなかった。
彼が九次第定や漏尽定で解脱するなんてありえないことがわかりませんか。
釈尊は彼のために別な法を説いたなんてのはダメですよ。
それなら、全員がその簡単な法をやれば良いことになる。
そんな便法ありません。
知恵第一と言われたサーリプッタに説いた道も、
知的障害者のチューラパンタカに説いた道も、
在家の一般信者にも、釈尊が説いたのは誰に対しても同じ八正道です。

漏尽定で解脱するなら、どうして釈尊が第四禅から入滅したのだ?
こういうことを考察するだけの知性も残っていないのですか。
そこで屁理屈をこねるのではなく、私をやっつけることばかりに
夢中にならないで、たまにはこういうあなたの説と矛盾する阿含経の
現実を示されたら、自分は仏教を理解していないのだろうかと疑ってみたらどうか。
と無駄を承知で書いている。

610 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 22:54:44.64 ID:DUQmgJvN
ペテン大作、いいかげんにしろよ!
この人も現役阿含宗会員なわけ?
阿含宗で釈迦の四禅なんてやっているかよ
やってんのは思念の瞑想とかそんなのだろこんなんで解脱できるのかw
批判するならテメーの教祖の教えている瞑想を批判したらいい
桐山管長の教える瞑想は釈迦の瞑想ではないってな。

611 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 23:19:26.12 ID:/4P/NhPI
桐山さんや阿含宗の教義から離れた議論をネチネチと7年間ですか?
この執念深さ、気持ち悪い。

612 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 23:39:39.87 ID:3nnbaR7d
ペテン大作、本題から離れたことをグダグダとやるなよ。
本題には何一つ答えていないじゃん。お前はこのスレで語る資格なんてない。
これ以上無意味な議論を続けたいなら別スレ立ててそこでやってくれ。

613 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 23:40:42.93 ID:oVY+Ek22
陣痛の話題は体験が無いので出来ないが神通について。
問答形式である。
人はどれ程、成就目的で修行すると神通力が生じるか?
 テレパシー他心通、所謂無言で他者と会話できるまでが限界。
おまけに指圧などの法式で身体治療が出来る。
 では密教で説く四種法は何か敬愛、調伏、増益、鉤招、である
それは行者が神仏に上記の法式で得たテレパシー能力で祈願するのみ。
神仏がこの行者の祈願は聞き届けると思し召せば叶う。
 それでは神仏のお気に召すようになるのは如何すれば良いか?
ここでやっと我々はどれ程に心が解脱しているかを問われるのである。
この故に袈裟衣の導師様は、諸祈願の受付係なのだと知るべし。
何でこんな事ばかりを書くか?初心の行者に心得を説いているのである。

614 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 23:47:05.34 ID:oVY+Ek22
糞っ!関係ない事を書き込みやがってこの野郎!
と怒る人は、とんじんちの三毒が切れていない証拠である。
昔から在家の信者が言ったものだ、家の旦那寺の住職も
腹を立てなくなってから供養が届くようになってきた。
誠に芽出度いから御初穂を上げようかね。

615 :神も仏も名無しさん:2015/09/07(月) 23:49:56.45 ID:bbTyTKm7
しかし阿含宗低能批判者って、ほんとやることないよな。 連日ここでマスタベイション人生ww ほんとうに、知性が無いよなあ。w

616 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 00:55:07.83 ID:R//EVa/u
仏教の根本的な問題で、深山君が誤解があるようなので、指摘しておく。
なぜ、諸法無我なのに、霊魂があるのか?という問題。これは大学教授でも間違う問題だから、何も深山君一人の問題ではない。
諸法無我は、@この世の全てが変わる、またA変化をもたらしている不変のパーツも無い、という2つの要素を言っている。
従って、学者は霊魂を不変であり、要素として捉えるので、無我の定義に反するので、存在しないはずだと考える。
だが、記憶を重ね、執着を有する
霊魂は不変であろうはずかない。
従って、霊魂なるものは、学者たちによって無きものにされている。仮に誤謬に満ちた定義よって無いものとして扱われているだけである。
記憶を重ね、執着を有する霊魂は不変であろうはずがない。それを不変のものとして定義すると、その定義自体よって無きものしている。
そんな馬鹿なことをして学問だと言っているのだから、呆れるなあ。それならば学者の言う霊魂は存在しない、当たり前。
だが、記憶を重ね、執着を有する霊魂、釈迦が考える霊魂は存在しているのだ。だから、修行するのだ。これも当たり前だな。

617 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:11:11.35 ID:SMys/4er
>>605 :深山
>だから、あなたが引用した>>601の私の文章のどこに四禅で解脱したとあるのだ?
>文章にないものを良く読めますね。

ほほう、よく言うわ。
「四禅で解脱した」という文字そのまんまが書いてないだろということですよね。
いいでしょう。
あなたがそこまで否定するなら構いません。
最初からこちらのターゲットは「四禅で解脱」ではなくて「心が安定し」の方です。
では、あなたに倣って、私から質問をしましょう。

「心が安定し」が解脱であると経典のどこに書いてあるんですか?
あなたの解釈ではなくて、
「心が安定しで比丘が解脱した」或いは「解脱する」
という文字そのまんまがどこに書いてあるのか?
という意味です。
答えられますか?
答えられませんよね。
そんな文字などどこにも無いからです。
「心が安定し」が解脱であるという主張は、
すべてあなたの誤った解釈から生まれたからです。
ということで、>>587に対しては全面的に認めるんですね。
まあ、内容がすべて真実だから仕方ないか。
では、これからもずっと書かせてもらいます。
お楽しみに。

618 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:15:50.93 ID:SMys/4er
>>612 :神も仏も名無しさん
>ペテン大作、本題から離れたことをグダグダとやるなよ。
>本題には何一つ答えていないじゃん。お前はこのスレで語る資格なんてない。
>これ以上無意味な議論を続けたいなら別スレ立ててそこでやってくれ。

バカだなあ。
阿含宗を糾弾している深山という男が
経典を改造した大悪人ということは
立派な本題だろ?

619 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:19:47.95 ID:R//EVa/u
三明についての誤解もあるようなので、指摘する。これも学者が間違っている。学者が正しいと考えるのは、あんたらが本当に馬鹿だからだ。
学者が真実に到達してしまっては、それでおしまい。その日から飯の食い上げになる。間違いを間違いによって部分訂正をくり返すことで、学者は仕事し続けることができ、職業として飯の種になる。それに付き合っていては、君たちは永遠に真理に到達できないこととなる。

三明は前世、来世、現世を観察する能力であり、観察すると同時に解脱が起こる。現世は煩悩によって縛られているので、現世観察は煩悩観察と同じことである

こんな簡単なことでツカエテイテハ、先に進めないよ。

620 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:30:04.07 ID:SMys/4er
とにかく書き続けることが大事です。
自分のついた嘘を暴露されて反論できなくなっても大丈夫。
何でもいいから相手の批判を書けばいい。
深山さんを見習いましょう。
この人は今までそうやって砂場で勝利を重ねてきたのです。
こういう人を相手にする場合は、とにかくぶれない事です。
ターゲットを決めたらそこを徹底的に攻める。
相手が別の話題を振ってきても一切無視することです。
では深山の嫌いな皆さん、共に頑張りましょう!!

621 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:31:58.68 ID:R//EVa/u
いいですか! 不変な要素としての霊魂では、あなたの霊魂と私の霊魂が同じものになってしまう。そのことで、学者の霊魂定義が欺瞞であると、見抜かなけりゃ
いかんよ。

学者は馬鹿よ。わかるでしょ?

622 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:37:17.71 ID:SMys/4er
>>619
>三明は前世、来世、現世を観察する能力であり、観察すると同時に解脱が起こる。

経典にはそう書かれています。
凡夫は素直に経典を読めばいいのです。
批判側の解釈はカルトです。

623 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:56:23.66 ID:R//EVa/u
経典に書かれていても、深山君の持ってる仏教辞典にはそう書いてない

仏教学者が仏教知識を歪めているのかも知れないな。

観察すれば解脱する、同時に起こる、
学者には分からんかもな。

パスカルのPens&amp;#233;esにもあるぜよ。
知る、理解する、ということは対象を包み込み、優位に立つことだと。煩悩観察すれば、煩悩に縛られた自己を解き放ち、煩悩を包み込み、優位に立つ。
ここまで教養ある言葉は、仏教の学者なんかには書けんぜよ。ハハハハ

624 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:57:28.30 ID:z4/xfc2A
>>504
> そういえば、昔布教に使ってた
> 「人はどんな因縁を持つか」の小雑誌
> 廃版というか使用禁止になったよな。

そうなったのですか?

625 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 02:05:37.56 ID:R//EVa/u
ウーあくさんてぎゅーが、iPhoneから書き込むと、あのように文字化けを、とほほ。パンセじゃ、パンセ

626 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 02:12:40.23 ID:W12OZdWU
正念正知と戒定慧の考察・・・ってか仏教一般談義をする気はないのだが、
明日時間が割けたらレスだけしよかと思ってます。
ただし一来補さんと同じで何を書いても聞く耳持たぬのは目に見えており、
ますます火に油を注ぐようなことになりましょうね。
何しろペテン大作さんは勤め人の世界から解脱でも果たしたのでしょうか?
朝に昼に夜に深夜になんどきでも対応可みたいですからね。
私のような初老の人間でも「くん」付けをするのだから、きっと私などよりも
年長者なんでしょうね。
つまり定年退職して悠々自適の生活に入ったか?
このような暇人とマトモに対処するのは正直骨が折れます。
ともあれ悠々自適の暮らしおめでとうございます。
これまでお仕事に励まれお疲れ様でした。

627 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 02:17:04.96 ID:QYVe8inb
どうでもいいわw

628 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 07:50:26.75 ID:B1wIc/vE
 
深山中多病的老人  http://www.aixinyinhang.com/web_atc_need.php?id=12118

629 :一来補:2015/09/08(火) 08:35:52.88 ID:5YXUyjZG
深山ユビキタスくん説は、桐山教法を理解できないまま、桐山教法を批判する説です。
基礎基本を理解していない。
般若心経瞑想法本には、十二因縁が詳しく説明されている。
その本の83ページには、
「十二因縁の系列は、縁起の法を、人間の苦にあてはめて説いているにすぎないのであって、縁起の法そのものは、かの万法すべてに、あてはまる原理原則なのである。」
と、ありますね。

だから、因縁解脱というのは、涅槃を得た者にとっては、縁起の法を受けないのであって、縁起の法そのものは客観的にはあるのです。
ユビキタスくんに分かるかな?
さとりは縁起の滅した世界と言っても、客観的には縁起はあるのですよ。
さとりを得た者には、縁起は消える、ということです。

例えば、空中に浮遊する幽霊にとっては、地球の引力から解脱したと言えるし、引力の滅した世界にいる、と言えるでしょう。

仏様は、縁起の滅した世界にいるとは、そういうことです。

630 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 08:53:50.35 ID:W12OZdWU
>>586 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 11:31:20.57 ID:NTTxSMEs
>知が付いてるから慧の実践だって? またボロを出しちゃったねw
>三学の「正念正知」は慧ではありません。ニカーヤの論文をよく読んで勉強し直し!!


ペテン大作さんに対するレスの準備完了。
後は昼休みに時間を割けるかだな。
夜でもいいけど。

631 :123:2015/09/08(火) 09:09:01.88 ID:My9CEgW7
629.
縁起の法は存在するのか。
因縁解脱で縁起の法を受けないか。
仏様は、縁起の滅した世界にいるのか。
理解できないバカを言っていることになる。
縁起そのものは客観的にはあるか。
その縁起に対して、どう対処するか、の問題である。
だからして、客観論、対象論だけでは問題解決とならない。
桐山管長の限界が、そこにあることになる。

632 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 11:23:22.93 ID:uunXrVUl
>>617

うひゃ まんだ続いてるんだなってええ
何なに それも7年間も個人への襲撃だって
スゲエどうもオレラの年代と違うようだべえ
ま 年代っちゃ 今回の経の見方なんやが

あれらの経は例えばビデオカメラのスペック
みたいな扱いで 決してマニュアル書じゃネエ
だからビデオカメラのスペックにゃあ
どこ部位で録画するなんチのは書かれてネエだろ

あのお経にだってどこで何によって解脱する
なあんて箇所がネエのと同じよ
もともとがビデカメは録画っちゅう前提があるもんな
光学ズームは何倍でルーメンはどうとかってよ
ようはスペックであってマニュアルとは違うってのよ

沙門果経だって漏尽智ってえののパフォーマンスは
あるんだが 漏尽智で解脱じゃネエっ智な
動画解像度や内蔵メモリーがあったって録画そのもん
じゃあねえだろ智ゅうことと同じよ
録画はデジ録画のフォトダイオードセルがどうのと
いうストーリーとは違あうあな
もっとも桐山センセのグモンジ脳は デジカメとか
ビデオのようにしっかり記憶媒体化されてんだよな

633 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 11:41:35.63 ID:SMys/4er
>>632
>あのお経にだってどこで何によって解脱する
>なあんて箇所がネエのと同じよ

これってアンタが書いたの?


>338 :七志:2014/12/01(月) 13:06:31.62 ID:k77UlVwZ
折角のMrポアロの説明も理解できぬようなのでジエンドにしようか
これは沙門果経原文テクスト234〜248定型文と訳文の一節であるわな

248.‘‘So eva&amp;#7747; sam&amp;#257;hite citte parisuddhe pariyod&amp;#257;te ana&amp;#7749;ga&amp;#7751;e
vigat&amp;#363;pakkilese mudubh&amp;#363;te kammaniye &amp;#7789;hite &amp;#257;ne&amp;ntilde;jappatte &amp;#257;sav&amp;#257;na&amp;#7747;
khaya&amp;ntilde;&amp;#257;&amp;#7751;&amp;#257;ya citta&amp;#7747; abhin&amp;#299;harati abhininn&amp;#257;meti.
http://www.tipitaka.org(2. S&amp;#257;ma&amp;ntilde;&amp;ntilde;aphalasutta&amp;#7747;「沙門果経」)
「彼は、そのように入定した、清浄の、清白の、無穢の、
随煩悩を去った、柔軟な、行為に適した、住立した、
不動を得た心において、」諸漏の尽にまつわる智に心を向け、
転じさせます。

この「」部は観智から漏尽智へいたるすべてに使用されている表現だわな
これを解脱した状態でないというなら すべてに同じ表現されてるのは
おかしいと ばかでもわかることだわな
これで解釈すれば 桐山の神通力解脱など作り事だとわかるわな

634 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 11:46:17.25 ID:uunXrVUl
>>633
>これってアンタが書いたの?


ちがいますネん オレは今年から来て見てるんじゃがの

635 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 11:56:12.97 ID:uunXrVUl
>だから、因縁解脱というのは、涅槃を得た者にとっては、縁起の法を受けないのであって、縁起の法そのものは客観的にはあるのです。

オメエもよ何度も言われてるっち 
釈迦が食あたりで亡くなったのも
縁りて起こる縁起じゃネエか
原因があって結果が出るんだろが
入滅したらもう縁起も知らんがなってな

636 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 11:58:32.79 ID:SMys/4er
>634
それは失礼しました。

>>630 名前:ユビキタス
>後は昼休みに時間を割けるかだな。
>夜でもいいけど。

自分はあなたと違って忙しく仕事してるのだと見栄を張ってるのね。 
こういう子供っぽいところがカワイイね。

637 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/08(火) 11:59:55.11 ID:jB+1la5U
>>617 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:11:11.35 ID:SMys/4er
>ほほう、よく言うわ。
>「四禅で解脱した」という文字そのまんまが書いてないだろということですよね。
>いいでしょう。

「いいでしょう」??
何か勘違いしているようだが、あなたはありもしないことで私に難癖をつけた。
嘘をついているのはペテン大作さんのほうです。
それも七年にわたり、執念深く、根拠のないことでインネンを付け続けている。
それを指摘されて、「いいでしょう」で済むことなのですか。
カタギの世界に生きている人は思えないような発言です。
四禅で解脱したなんて私は書いていない。
七年間、あなたは根拠ない誹謗中傷を言い続けている。
普通、これだけ相手に失礼なことをしたら、撤回して謝罪するべきです。
ところが、まだ続けるという。
他人に長年被害を与えつづけた者が「いいでしょう」?
私が「いいでしょう」と許すならわかる。
被害を与えたあなたが何を偉そうに言っているのだ?
あなたには社会常識も礼儀もないようですね。

私が驚くのは、これだけ明瞭に根拠ない誹謗中傷であることを示されても、
あなたが恥じることもない点です。
ペテン大作さん、一来補さん、宝生さんに共通するのが、
反論できないほどにあなた方の間違いを指摘されても、
謝罪どころか、撤回さえもせず、ぬけぬけとまた次の攻撃を始めることです。
これは信者であるかどうか以前の人間性の問題です。
一言で言えば、ものすごい恥知らずです。
「深山は四禅で解脱すると書いた」というあなたの主張が嘘なのだから、
これを前提としたいかなる議論も指摘も質問もすべて無意味です。

638 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/08(火) 12:06:16.11 ID:jB+1la5U
>>618 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:15:50.93 ID:SMys/4er
>阿含宗を糾弾している深山という男が
>経典を改造した大悪人ということは

私が経典を改造した??
四禅解脱と書いたという嘘に続いて、今度は経典改造の嘘ですか。
私が経典改造をしたという証拠を示しなさい。
ありもしないことを次々とよく書きますよね。
他人に無実の罪をなすりつけることがなんともないのだ。
愚かな人だ。
こういう嘘を並べれば、私ではなく、あなたが批判されるネタが増えてしまうのですよ。

ペテン大作さんは経典改造が悪業であることを知っているらしい。
では、桐山さんの経典捏造をあなたはどう見ているのだ?
三供養品にない三福道を捏造し、さらには文言を書き加えた。
身命経には異陰などないのに、あるかのように、またこれが
霊魂であるかのように長年嘘を書いて人々を騙し続けた。
これがあなたの尊敬し崇拝する桐山さんのしたことです。

639 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/08(火) 12:11:33.94 ID:jB+1la5U
>>617 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:11:11.35 ID:SMys/4er
>では、あなたに倣って、私から質問をしましょう。

「倣って」?
あなたは私のスレに沿った質問にいっさい答えないのに、
それであなたがスレ違いな質問するのですか?
恥知らずなだけでなく、猛烈に厚かましい。
スーパーの試食品を一人で全部食べて、注意されると
「ほほう、よく言うわ。あなたに倣って、私から質問をしましょう。
どこに食っていけないと書いてある」と逆ギレする人みたいですね。

あなたがいつも誤解していることだが、なんで私があなたの
スレ違いの一方的な決めつけ質問に答えなければならないのですか?
ここはアゴン宗の批判スレであって、あなたは尋問官でも先生でも裁判官でもない。
そのあなたがどういう資格で、嘘を前提としたスレ違いな質問を私にするのだ?
あなたの頭には私を攻撃して叩き潰してやりたい一念しかないから、
ここが何のスレなのかも忘れてる。
現実生活や仕事場でもそんな調子で、昨日も私の文章を読んで、
怒りにかられて午後から仕事もせずに書き込みをしたのでしょう?
いや、ユビキタスさんの指摘のように、もう定年退職して
時間が十分にあるのですか?
「小人閑居して不善を為す」のが一来補さんだけかと思っていたが、
もう一人増えましたね。

640 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/08(火) 12:18:10.70 ID:2Rpxg4YD
>>617 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:11:11.35 ID:SMys/4er
>「心が安定し」が解脱であると経典のどこに書いてあるんですか?

やはりペテン大作さんは>>604さんの引用を読んでいないのだ。
あきれた。
わざわざあなたのために引用してくれたのに、やはり読んでいないのだ。
この反応があなたの人生の縮図でしょう。
他人が親切心から丁寧にあなたの間違いを指摘してあげても、
見ない、読まない、無視する。

ユビキタスさんや他の人から丁寧に説明されても、まったく無視して、
深山憎しを書き続ける。
よくまあ、恥ずかしくもなく「答えられませんよね。」などと書いたものだ。
こうやって反論され、あなたは言葉に詰まると、自分の落ち度と
間抜けを反省するのではなく、私をもっと激しく憎み、「経典を改造」などと
インネンを付け続ける。
ペテン大作さんは見事で立派な桐山ゲイカのお弟子さんです。
桐山さんもあなたと同じで、逆恨みの復讐が大好きです。

641 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:24:08.31 ID:o0tJd8uD
児童に経典を見せるとそのような事になる。
児童でも知識だけはつけ、それを得意気に流布するのが落ちである。宗教界の悪の元凶はこのようなパターンがほとんどでしょう

642 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2015/09/08(火) 12:24:11.23 ID:2Rpxg4YD
>>617 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 01:11:11.35 ID:SMys/4er
>ということで、>>587に対しては全面的に認めるんですね。

街中で「オレ様は日本の王様だ」と叫んでも、誰も反論しなければ、
あなたの頭では王様になれるのですね。
せめて私の文章くらい読んでから書いたらどうか。
>>606の皮肉は、あなたの指摘自体が愚かだと言っているのです。
スレ違いの指摘を無知と無理解をさらしながら、よくまあ書くものだと
あきれると書いたのです。
私が、あなたのスレ違いで無知を恥とも思わない指摘に反応しないと、
あなたの主張を認めたことになるらしい。
ペテン大作さんの閉じた世界ではそうなのだろうが、
世間ではまったく逆の受け取り方をするのです。
鋭い質問はしばしば答えよりも重要なことがあります。
逆もしかりで、愚かな指摘や質問をすると
あなたの頭や理解の程度がわかってしまう。

しかも、ユビキタスさんがすでにあなたの指摘のおかしい点を反論しているのに、
あなたはそれを完全に無視している。
どうして無視しているのかと606で書かれても、それでも無視して、
「全面的に認めるんですね」って、何のことですか?
一来補さんと同じで記憶できないらしい。
あなたはユビキタスさんの指摘を読んでもいないし、読んでも理解できないし、
理解しても反論できないから、無視しているのでしょう?
そして「誰もオレ様の指摘に反論できない。勝った!勝った!」と叫ぶ。
泣く子とペテン大作さんに勝てる人はいない。
だから、あなたの現実世界でも一来補さん同じで、いつも周囲の人たちは
去ってしまったのです。

643 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:25:37.34 ID:vCiQvmlQ
★NEW!!!

・「いつものパン」があなたを殺す:脳を一生、老化させない食事 (デイビッドパールマター 2015/1/16)

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 O型とB型は小麦、とうもろこし、蕎麦を食べると体調が悪くなり太ります

・炭水化物が人類を滅ぼす糖質制限からみた生命の科学 (夏井睦 光文社新書 2013/10/17)

・統合失調症、うつ病、パニック障害は糖を抜くと3日で治った。

・チョコレートは超危険食品 強い依存性、糖尿病の恐れ…妊婦や子供は摂取要注意
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1437462672/526-528

・すべての不調は首が原因だった!
http://wc2014.2ch.net/test/read.cgi/shapeup/1440469218/620

小麦に含まれてるグルテンは脳を炎症させます。→精神病、ウツ病の原因に。

O型とB型は小麦を食べると腸に血が集まりアレルギーのようになり吸収が遅くなりタンパク質を脂肪として吸収してしまうため太ります。

炭水化物(小麦、米)=砂糖

小麦はドクです。

644 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 12:27:20.83 ID:W12OZdWU
>>586 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 11:31:20.57 ID:NTTxSMEs
>知が付いてるから慧の実践だって? またボロを出しちゃったねw
>三学の「正念正知」は慧ではありません。ニカーヤの論文をよく読んで勉強し直し!!

私はあなたと違って字面だけで見当違いな判断をするのではなく、正知にしても
決して知という表現が使われているからというだけで、これには慧の要素が高いと
判断して書いています。
ちなみにあなたが>>464に貼った
『ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道』
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/6940/1/ib004001.pdf

以外の資料でも、正念正知は戒定慧の定に分類されると書いてあるのも知った上で
慧が入っていないわけがないと考えて書いているのです。
その別資料はさておき、大作さんの貼ったニカーヤ論文から該当の正念正知の記述を引用しましょう。

6)正念正知は次のように述べられている。
 彼は進む時も退く時も正知し、前を見る時も後ろを見る時も正知し、手足を曲げ伸ばす時も正知し、
大衣や衣鉢を執持する時も正知し、大・小便の時も正知し、行・住・坐・眠・□・語・■の時にも正知する。
 これはすべての時に正念正知を持つということを意味し、八聖道の正念に相当すると考えられる。

(8ページより引用。□と■は変換すべき漢字が見つけられなかった)

645 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:32:51.77 ID:SMys/4er
ほうら、深山さん出てきました。
何でもいいから書けば、読者には負けたとは受け取られないと思っている。
いつも読者の目を気にしているんですね。
ご苦労様です。
で、今回も全然反論になっていない。

>>639:深山
>スレ違いの一方的な決めつけ質問に答えなければならないのですか?

私のした質問、
>>617「心が安定し」が解脱であると経典のどこに書いてあるんですか?

これのどこが「スレ違いの一方的な決めつけ質問」なのですか?
「心が安定し」が解脱であると書いたのはあなたじゃないですか?

>>456:深山
「心が安定し、清浄で純潔となり、汚れなく、小さな煩悩も離れ、」
(『原始仏典 1』春秋社、96頁)

という文言の「心が安定」「清浄で純潔」「汚れなく」「小さな煩悩も離れ」
とは、解脱を表現を変えて繰り返していると理解できるようになります。
心が欲望などで悩乱されないから安定し、煩悩という不浄がないから、
清純で純潔で汚れがなく、大きい煩悩はもちろん、小さい煩悩もきれいに
掃き清め続ける、これを解脱というのです。

「心が安定し」の文言が解脱であると経典のどこに書いてあるかを示せばいいのです。
私に対するあなたの仕事はこれだけです。
余計なことは言わなくていいのです。

646 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:33:39.13 ID:o0tJd8uD
児童は経典の真意までは推し量れないので
そのうち経典を批判するようになる。

経典は従うものと言う認識しかないので
窮屈さを感じ信者がまるで奴隷のように見えてきてしまう。

児童に経典を見せると本人のためにもならないどころか
社会悪をもたらす原因と成りかねない。
641

647 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:48:01.16 ID:SMys/4er
>>640 :深山
>やはりペテン大作さんは>>604さんの引用を読んでいないのだ。
>あきれた。

>>604さんのレスが「心が安定し」が解脱であることの根拠なのですか?

>最も勝れた仏が讃嘆したもうた清らかな心の安定を、
>「ひとびとは(さとりに向かって)間をおかぬ心の安定」と呼ぶ。

>>587に書いたように、「心が安定し」は第二禅にも出てきます。
だから、この文句は解脱ではないのです。
これは禅定の深まりを表現した言葉です。
あなたはこれを解脱だと勘違いしてしまった。
「生兵法は大怪我のもと」という諺がありますね。 
深山さん、あなたにピッタリの言葉です。

648 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 12:49:49.61 ID:o0tJd8uD
桐山が経典に手を加えるという行為は
児童が大学の教科書に落書きするのと同じである。

649 :ユビキタス ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 12:55:41.64 ID:W12OZdWU
>>586 神も仏も名無しさん 2015/09/07(月) 11:31:20.57 ID:NTTxSMEs
>知が付いてるから慧の実践だって? またボロを出しちゃったねw
>三学の「正念正知」は慧ではありません。ニカーヤの論文をよく読んで勉強し直し!!

>>644に正念正知の記述を引用しましたが、まず私はこの内容から、これは観察の智慧だと判断しました。
なぜなら大小便など日常生活を含む記述だからです。
禅定のシーンだけではなく生活の全てです。戒律も基本にはあるものの
ここではありのままの観察を説いている。
仏教における智慧とは実に観察によって知ることです。
この基本がわかっていれば、これは慧が非常に大きなウエイトがかかっていることがわかる。
単に定なんて便宜上の分類など無意味ですらある。
定は常に慧と相俟って行われるのは、ちょうどこのあなたの貼ってくれたニカーヤ論文の
「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」
という解説表現が証明してくれている。
そしてこの論文は三学系統の修行道と八聖道の修行道とを対比していますよね。
すなわち正念正知は、八正道の正念にあたるのだろうと推測している。
仏教における念とは念力のことではなく、単なる「思い」のことであり
「気付き」などと表現して訳されることからしても、ありのままの観察による気づきは
まさに正念そのものと言える。
ニカーヤ論文は八聖道との対比表を示してますよね。
それによると正念正知は有漏の正念とある。
実は表を見ると無漏の正念というのもある。
三明の観察ですね。戒定慧で必ず慧に分類される三明は無漏の正念です。
片や有漏の正念、片や無漏の正念です。
さあ、そこで有漏とは何か?無漏とは何か?を考えてみましょう。
そうすると「定と慧が影響し合い、増大しながら、煩悩が徐々に断除される」
の秘密がよくわかる。
昼休みはここまでで、続きは夜に。
自分の頭で考えてみてください。
ペテン大作さんに応用力がないのは知ってますが。

650 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 13:02:06.28 ID:SMys/4er
>>649:ユビキタス

それが、「心が安定し」が解脱であることの根拠なのですか?

651 :ユビキタス@仕事中(サボリ中) ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 13:58:09.70 ID:W12OZdWU
>>650
そこも論じてやるから待っててね。
またスレ主旨から逸脱しないように桐山八正道の話にも持って行く。

652 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 14:12:04.76 ID:sbu/UXDT
>>650 それはな、コオロギよ教えよう。
長年心の底で鳴っていた産まれながらの雑音が消えて仕舞ったと自覚することだ。
この音を何に例えようか、そうだな下手なベース音とでも云うか
その様な下手ではまずいと指摘しても一向に上達しないメンバーが
バンドに居たのだが、そいつが何処かに消えるのだ。
この状態に到れば瞑想するのも黙って寝転んでも嬉しいものだ。
自己の心の状態が改善されて解脱安定したわけだ。
精神病が治癒するとこういう心持かと思うほど快適である。
お前にはコツは教えてやらんよ。

653 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 14:22:28.47 ID:o0tJd8uD
>>646
はっきり言っておく。

児童に経典を与えると百害あって一利なし。
豚肉真珠、猫に小判どころか・・・である。

654 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 14:41:20.61 ID:RhyOjbTf
↑はっきり言っておくではしゃいでる

655 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 15:28:03.52 ID:SMys/4er
@深山、ユビキタス!! Rashinさんに注意されますよwww

>>626 :ユビキタス
何しろペテン大作さんは勤め人の世界から解脱でも果たしたのでしょうか?
朝に昼に夜に深夜になんどきでも対応可みたいですからね。
私のような初老の人間でも「くん」付けをするのだから、きっと私などよりも
年長者なんでしょうね。
つまり定年退職して悠々自適の生活に入ったか?

>>639:深山
現実生活や仕事場でもそんな調子で、昨日も私の文章を読んで、
怒りにかられて午後から仕事もせずに書き込みをしたのでしょう?
いや、ユビキタスさんの指摘のように、もう定年退職して
時間が十分にあるのですか?


265 :Rashin:2014/06/26(木) 21:05:19.92 ID:24iOfm9z

わたしが東京のど真ん中で桐山さん以上の「優雅な生活」をして、
その暇つぶしに批判を展開していようが、ビンボウのどん底で貴重な
時間に桐山批判していようが、その形振りは議論に、無関係です。
議論した内容こそが、是非を問われるものではないのか?

656 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 15:30:11.02 ID:SMys/4er
@深山さん、あなたはデンパです!!!

>204 :神も仏も名無しさん:2008/11/23(日) 22:17:43 ID:574E+w79
>三明の前の四禅で釈尊はすでに涅槃を得たと述べているのです。

さて、深山さんは、以前、霊魂についてこんな発言をしています。


>325 :深山 ◆lDoupiXSYZNC :2014/06/27(金) 21:30:16.89 ID:ZD+K3kWv
では、あなたに聞くが、箭喩経のどこで
釈尊は霊魂を「肯定もしていないし、否定もしていない」のだ?
あるのは「命は身と同じであるか、命と身とは異なるか」です。
この経典には霊魂なんて出てきません。
書いていないものを書いていると主張する十年さんこそがデンパであり、
まず十年さんが「釈尊のお言葉に耳を傾けましょう」。


これを深山さんに置き換えるとこうなります。


では、あなたに聞くが、沙門果経のどこで
釈尊は四禅で解脱したと言ったのだ?
あるのは「そのように知り、そのように見るものには、
欲の漏から心が解脱し、また有の漏から心が解脱し、また無明の漏から心が解脱し、
解脱したときに『解脱した』という智が生じます」です。
この経典には四禅で解脱したなんて出てきません。
書いていないものを書いていると主張する深山さんこそがデンパであり、
まず深山さんが「釈尊のお言葉に耳を傾けましょう」。

657 :一来補:2015/09/08(火) 15:54:09.93 ID:FfoOIGSL
岩波仏教辞典に、阿含仏教のさとりを、
「さとりは縁起の滅した世界とされた」と説明しているわけだが、これは解脱した者の立場から言ったものですよ。
煩悩と業と苦を滅した者は、縁起の法則を受けないということです。

般若心経瞑想法本に詳しく説明がありますよ。
138ページには、「げんみつに考えれば、無明も縁によって起こるのであろうが」と、桐山師は書いています。妄執・渇愛という煩悩は、げんみつに考えなくても縁から起こるわけです。
六処、接触感受、という縁です。

この六処、接触感受、は、業苦とされています。岩波仏教辞典の業感の説明にあります。
これが煩悩の元です。

658 :一来補:2015/09/08(火) 16:10:09.33 ID:FfoOIGSL
縁起の滅した世界とは、宇宙から縁起の法が
消えたという意味ではない。
解脱した者は縁起の法則を受けないという
意味です。
空中に浮遊する幽霊は、引力の法則を受けな
い、というような意味です。
因縁解脱もそういう意味です。
○○の因縁だけを考えていると、本質を見失
なう恐れがあるね。
深山ユビキタスくんが、それだと思う。

因縁解脱の意味が分からねば、阿含経の価値
は分からない。勿論、因縁解脱を否定する
愚か者にも阿含経の価値は分からないのです。

659 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 16:14:43.45 ID:IqIWaEiT
>>658 違うだろ。間違った仏教を信じ込んでいるから本当の仏教の話が分からんのだけだろ。
精神障害もここまで来ると救いようがないな

660 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 16:43:05.03 ID:SMys/4er
@深山さん、沙門果経は段階的な修行道を説いています。

>>606 :深山
>沙門果経が修行の順序を説いたものではないと、ユビキタスさんや
>他の人から説明されても、あなたは頑として受け付けない。
>それは頑迷なだけでなく、あなたの脳では順序良く、できれば番号を
>付けて整理してもらわないと、理解できないからではありませんか。

沙門果経は修行道を順序に説いたものです。
それが専門家の意見です。
ユビキタスに仏教の何が分かるというのですか?
仏教の専門家でもない、どこの馬の骨か分からん素人の説明と、
東京大学大学院の研究者の説明とどちらを信じるかと言われれば、
普通は専門家の方を取るでしょう。
あっ、あなたは普通でないからユビキタスを取るのかw

『三学系統の修行道は修行の最初歩から最後つまり目標に到達するまでの実践の道を一貫して説く。
その修習方法は八聖道と共通しているが、三学系統は段階的な修行道として説かれるのに対し、
八聖道は修行道であると同時に聖者の功徳を示すものであるから、螺旋的修行道であると説かれる』
(『ニカーヤにおける八聖道と三学系統の修行道』P.11)
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/6940/1/ib004001.pdf

661 :ユビキタス@仕事中 ◆6fhvHCxDJ3Ru :2015/09/08(火) 16:44:01.25 ID:W12OZdWU
>>644の一部訂正

誤:決して知という表現が使われているからというだけで、これには慧の要素が高いと
 判断して書いています。

正:決して知という表現が使われているからというだけで、これには慧の要素が高いと
 判断して書いているのではありません。

全く逆じゃねーか。

662 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 16:44:44.77 ID:SMys/4er
×沙門果経は修行道を順序に説いたものです。
○沙門果経は修行道を順々に説いたものです。

663 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 16:45:54.52 ID:SMys/4er
ユビキタス、仕事中にパソコンで遊ぶなよ。

664 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 19:30:15.91 ID:QYVe8inb
遊びなわけないだろ!? 阿含宗低能批判者深ユビは、ココに書き込まないと、生きていけないから書き込んでんだよwww だって、

ここでしか、人生の意味を見出せないからさ。

カルトに人生を捧げたが、それが単なる霊感商法だった。そして脱退したが、カルトで埋めてた心の穴を、埋めないと生きれない。 だから、連日死ぬまで、ここで低級モグラタタキしてるわけ。

それがまだ、オマエには分からんのか? 馬鹿か?www

665 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 21:06:42.81 ID:sMOCSDYa
>>660 :神も仏も名無しさん:2015/09/08(火) 16:43:05.03 ID:SMys/4er@深山さん、沙門果経は段階的な修行道を説いています。

だからさ 沙門果経はだね阿闍世王に対して
他者製の六外道とは違うっちゅう沙門の性能を
解説しとるんだっちゅうによ

戒では六外道との差別化を計り解りやすくその性能
いわゆる沙門スペックを抽出披露してんのだよ
だから修養道とかを一番に特筆しとらんでしょ
むしろ解脱者の普段の生活を明らかしてんだよね
ほらあるべさ 気を付けるって生活は解脱者そんもんよ
んでだな この話はまんず誰でも沙門となれるもんであり
そこでこの世に解脱者が生じ 皆に教化するっちゃ話しでさ
ぶっちゃけ その解脱者による話しでもあるんだよね
んでもって沙門っちゃあ こんな果報のある生活なんだがや
って言っておるわけじゃ

だから四禅も解脱したもんの瞑想なんだがや
これはオレの意見じゃねえのよホント
経にそう書いてあるんだからさ オレが前に書いた>>496
ビックらこいた学説なんぞの引用は 全くいらんっつうことさ
そんでよ その経の部分を読めるかってのが
バカかどうか の知性の分かれ目ってわけなんだよなあ
どうだろうきゃな 読めるんか読めんきゃなあ
桐山センセの弟子の力量が これで解るってもんよなあ

666 :一来補:2015/09/08(火) 21:15:25.20 ID:FfoOIGSL
今なんで般若心経瞑想法の本を引用するかと言えば、桐山師の因縁解脱の意味を説明するためです。分かり切ったことだと思っていたら、そうでもないようです。
その本の127ページに、十二縁起の修観は逆観を主とすると書いています。
この十二縁起は、苦の生存、老死の苦、から解脱する道を求めることが目的だからである、と
書いています。

つまり、因縁解脱とは、十二縁起から解脱することを意味しているわけです。
釈尊が十二縁起を説いた目的は、苦の生存、老死の苦、から解脱することが目的です、
そのように桐山師は説明しています。

桐山師の因縁解脱が、その意味であることは当たり前の話しです。
深山ユビキタスくんは、そういう当たり前の話しを理解していなかった、ということです。

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