真正仏舎利の嘘 2

- 由来書の捏造 -

 

 阿含宗の本尊の仏舎利が本物の仏舎利(真正仏舎利)である証拠の一つとして、仏舎利に添付された由来書を示しています。しかし、この由来書には、仏舎利が本物だという記述はありません。それどころか、仏舎利は「見えぬ存在から」もらったと、はっきりと偽物であることが記述されています。原文にはない文章が書き加えられているなど、由来書の和訳は捏造されたものです。

 

 

1.由来書の和訳の嘘

 桐山氏は著書『守護霊の系譜』(文献1)の口絵に次のような由来書の原本を示しています。

 

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資料1.由来書(文献1.『守護霊の系譜』の口絵)

 

 桐山氏はこれを同じ著書の中で、次のように和訳しています。

 

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資料2.由来書の阿含宗和訳(文献1.『守護霊の系譜』pp.253-254)

 

 この本では、由来書の一部が省略されています。「中略」の部分を含めた和訳を当時の機関紙が掲載しています。

 

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資料3.由来書の阿含宗和訳(文献2.『法友』p.25)

 

 資料2と資料3の和訳をつなぎ合わせると、ほぼ次のような和訳になります。青字が資料2から、黒字が資料3から引用したものです。ある意味で、これが阿含宗が示した公式の和訳です。

 

桐山靖雄管長殿

私の師にして高僧であるケーセールヘーナウエー・スリ・パンナティッサーパシオドン・ラータの僧伽大導師長は、約40年前、インド・ビハール州にあるブッダガヤー・マハー・ウィハーレ(大菩提寺)の管長でした。

彼は1881年、ブッダガヤーの金剛宝座の下から発掘された仏舎利49個を、スリランカのケーセールヘーナウエー・ラージャ・マハー・ウィハーレ(キングス・テンプル)へ移管し、奉安しました。その真正仏舎利であることは、元考古委員長セーネーラード・パラナウィタネー博士により証言されております。

セネラド・パラナウィタネ博士はこの仏舎利が2170年以上前にスリランカでドドゥゲムヌ王が建てたノレワンウェリサヤ・パゴダに安置されている仏舎利と同類のものであると確認しています。

僧伽大導師長ケーセールヘーナウエー・パンナヤティ師は、その死に至るまで長年の間、この仏舎利を礼拝・供養しました。その後、この仏舎利は私が保管することになったものです。

この仏舎利の数箇が、スリランカ大統領J.R.ジャヤワルダナ閣下に献上され、これを大統領が、京都に新築される寺院で奉安されるよう、日本の阿含宗に寄贈されたのであります。

敬白

 Ven. Vipassi(サイン)

以下、仏歯寺管長のほかスリランカの著名な高僧二人の署名、副署あり。

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 由来書の説明を簡単にまとめるなら、ブッダガヤの金剛宝座から発掘された49粒の仏舎利を、大菩提寺の管長をしていた僧侶がスリランカに持ち帰り、これを弟子であるビパシー師が引き継ぎ、大統領に献上し、それを阿含宗に授けたとあります。

 次にこの由来書を翻訳業者に和訳してもらったものを掲載します。

 

名誉大僧正殿

およそ40年前、スリランカのパスユドウン・ラタの私の尊敬する師であり、名誉大僧正であるケセルヘーナヴィ・スリ・パンニャーテイッサ・マハナーヤカ・テラはインドのビハール州にあるブッダガヤ寺院に住んでいた。彼はそこでも最高位僧正であった。

ある日、スリ・マハ・ボディに近いヴァスラー・サナ付近で日々行われていた瞑想の会の中で、ある目に見えぬ存在から彼はその聖なる仏陀の遺物の入った箱を授かった。

彼は仏陀の遺物を安全に、そして慎重にインドからスリランカに持ち帰り、私の尊敬する師の重要な寺院であるケセヘー一ナヴェラ・ラジャ・マハ・ヴィハラヤに最高の崇敬をもって納めた。

彼が逝去するまでの間は、聖なる仏陀の遺物へのすべての宗教儀式と祭式は絶え間なく彼によって行われたが、私の偉大なる師の逝去後は、私がこの聖なる仏陀の遺物の保管者となった。

著名な考古学者であるセナラト・パラナヴィターナ教授により、私の所有していた遺物は調査されたが、後にこの聖なる遺物がドゥトゥゲムヌ王により建設されたスリランカのアヌラダプラのルウアンヴァリ・マハ・ストゥーパに安置されていた遺物と同一のものであると発表された。

私、ハラポラ・ヴィッパシ・テラは所行していた遺物を大統領に与え、また大統領は1985923日、コロンボのモデル・ファーム・ロードの日本スリランカ友好寺院で、阿含仏教協会に仏陀の像とともに、同遺物を贈与することとした。

スリランカ仏教徒を代表し、我々はこの聖なる仏陀の遺物が日本の阿含仏教協会によって京都に新たに建設される寺院に、安全に運ばれ、尊敬の意とともに安置され、関係する全ての儀式と祭式が適切に行われることを願う。

ブッダササナ 合掌

(署名) 略

(署名) 略

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 阿含宗和訳と翻訳業者の和訳を比較すると、訳しかたの違いなどというものではなく、明瞭に意味の違う内容や、まったく含まれていない文章が入れてあり、また文章の一部をカットしているのがわかります。つまり、阿含宗は嘘の和訳を掲載しているのです。その嘘を検証してみます。

 

 

2.大菩提寺の管長だったという嘘(嘘その1)

 

阿含宗和訳

私の師にして高僧であるケーセールヘーナウエー・スリ・パンナティッサーパシオドン・ラータの僧伽大導師長は、約40年前、インド・ビハール州にあるブッダガヤー・マハー・ウィハーレ(大菩提寺)の管長でした。

 

翻訳業者和訳

およそ40年前、スリランカのパスユドウン ラタの私の尊敬する師であり、名誉大僧正であるケセルヘーナヴィ・スリ・パンニャーテイッサ・マハナーヤカ・テラはインドのビハール州にあるブッダガヤ寺院に住んでいた。彼はそこでも最高位僧正であった。

 

 これは仏舎利をスリランカに持ち帰ったビパシー師の師匠を記述したものです。一見、両者は同じ内容のように見えますが、阿含宗和訳には素人相手の小手先のごまかしが巧みに織り込まれています。それは、

 「ブッダガヤー・マハー・ウィハーレ(大菩提寺)の管長

という一文です。

 大菩提寺とは、釈尊が悟りを開いた場所に建つ寺院です。阿含宗の和訳では師匠は大菩提寺の管長というトップにいたことになっています。しかし、これは絶対にありえません。

 大菩提寺のホームページを見てみましょう(http://www.mahabodhi.com/)。大菩提寺の歴史とともに、どのように管理運営されているのかが具体的に記述してあります。

 

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(http://www.mahabodhi.com/)

 

大菩提寺は1949年以前はヒンドゥー教徒の所有地だったために、仏教徒は運営に参加することができませんでした。1949年になってようやく「ブッダガヤ大菩提寺管理委員会」が作られ、仏教徒も参加できるようになったのです。

 上記のホームページの「BODHGAYA TEMPLE MANAGEMENT ACT」の中に、次の文章が入っています。

 

According to provision of the Act the Committee shall consist of the Chairman and

eight members nominated by the State Government all of whom shall be Indians.

 

 1949年に決められた『ブッダガヤ大菩提寺管理委員会』は、議長と8人のメンバーからなり、しかも、

all of whom shall be Indians

つまり、彼らは全員がインド人です。委員は創設当時からインド人に限定されているのです。外国人が加われるのは、管理委員会の下にある諮問委員会からです。これを見ればわかるように、「1944年の大菩提寺のスリランカ人の管長」などありえません。

 

 師匠が最高位であったという寺院は、翻訳業者の和訳では「ブッダガヤ寺院」とあり、これが大菩提寺でないことは、和訳の次に「ある日、スリ・マハ・ボディに近い」という文章をみればわかります。スリ・マハ・ボディとは大菩提寺のことです。つまり、原文ではブッダガヤ寺院と大菩提寺とは別な寺院として書かれているのです。原文では、ブッダガヤ寺院の高僧であった、と書いてあるだけで、大菩提寺の管長であった、などとは書いていません。

 阿含宗が、師匠が大菩提寺の管長であったとわざわざ嘘を書いたのは、仏舎利が大菩提寺から発掘され、それを管長をしていた師匠が持ち帰ったという話が本当であるかのようにみせかけるためです。

 だが、大菩提寺のスリランカ人の管長などありえるはずもなく、また、由来書にもそのような記述はありません。阿含宗の捏造です

 

 

3.仏舎利が発掘されたという嘘(嘘その2)

 

阿含宗和訳

彼は1881年、ブッダガヤーの金剛宝座の下から発掘された仏舎利49個を、スリランカのケーセールヘーナウエー・ラージャ・マハー・ウィハーレ(キングス・テンプル)へ移管し、奉安しました。

 

翻訳業者和訳

ある日、スリ・マハ・ボディに近いヴァスラー・サナ付近で日々行われていた瞑想の会の中で、ある目に見えぬ存在から彼はその聖なる仏陀の遺物の入った箱を授かった。

彼が逝去するまでの間は、聖なる仏陀の遺物へのすべての宗教儀式と祭式は絶え間なく彼によって行われたが、私の偉大なる師の逝去後は、私がこの聖なる仏陀の遺物の保管者となった。

 

 両者を比較すれば、まったく別な文章であることがわかります。

 次の部分は仏舎利の由来を示す最も重要な文章です。

1881年、ブッダガヤーの金剛宝座の下から発掘された仏舎利49個を

阿含宗和訳によれば、1881年に金剛宝座から発掘された仏舎利を、スリランカ僧侶が持ち帰ったとあります。1881年とはインド考古学局長だったカニンガムが大菩提寺を発掘した年です。これは、阿含宗の仏舎利は著名な考古学者が発掘した由緒正しい仏舎利であると主張している根拠です。

だが、業者和訳には、大菩提寺(スリ・マハ・ボディ)の金剛宝座(ヴァスラー・サナ)から発掘されたとも、また1881年とか、49個という数字もありません。阿含宗の仏舎利の信憑性の根拠となっている文章が原文には存在しないのです。

阿含宗の和訳が信用できないことは、シンハリ語の原文(資料1)を見てもわかります。

 

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資料4.資料1の本文の拡大図

 

原文の本文では授与の年を1985とアラビア数字を使っています。それなら阿含宗和訳に出てくる発掘の年を示す「1881」や、仏舎利の数の「49」という数字も使われていいはずです。だが、それらしい数字は見あたりません。

つまり、阿含宗が主張する「カニンガムが大菩提寺の金剛宝座の下から発掘した」という本物である根拠が原文には記載されていないのです。驚くべきことはこれだけではありません。

 

業者の和訳では、金剛宝座の近くで行われた瞑想会の時、「ある目に見えぬ存在」からもらったとあります。目に見えぬ存在からもらった仏舎利を本物とは言いません。

由来書は、この仏舎利は本物でない、とはっきり述べているのです。

阿含宗側は由来書を仏舎利が本物であることの証拠として出しているが、実はまったく逆で、由来書は仏舎利が偽物であることの証拠です。

 

 

4.考古学者が真正仏舎利だと保証したいう嘘(嘘その3)

 

阿含宗和訳

その真正仏舎利であることは、元考古委員長セーネーラード・パラナウィタネー博士により証言されております。

セネラド・パラナウィタネ博士はこの仏舎利が2170年以上前にスリランカでドドゥゲムヌ王が建てたノレワンウェリサヤ・パゴダに安置されている仏舎利と同類のものであると確認しています。

 

翻訳業者和訳

著名な考古学者であるセナラト・パラナヴィターナ教授により、私の所有していた遺物は調査されたが、後にこの聖なる遺物がドゥトゥゲムヌ王により建設されたスリランカのアヌラダプラのルウアンヴァリ・マハ・ストゥーパに安置されていた遺物と同一のものであると発表された。

 

 阿含宗和訳では「その真正仏舎利であることは」と、考古学者が鑑定して本物であると保証したかのような書き方をいます。しかし、業者の和訳ではこの文章そのものがありません。業者の和訳では、考古学者が別の仏塔の遺物と同一のものであると発表したとあるだけです。

 阿含宗和訳の内、後半の黒字の部分は桐山氏の本では省略されていた部分です。こんな短い文章なのにわざわざ省略した理由は、省略された文章を読めば明らかです。考古学者はスリランカの仏塔にある遺物と同じだと述べているだけで、本物だとは言っていません。スリランカの仏塔から発掘された本物の仏舎利など学問的に存在しませんから、阿含宗の仏舎利が本物ではないと保証したようなものです。

 これでは都合が悪いので、後半の文章を省略して、いかにも考古学者も本物であると証言したかのようにすり替えたのです。これを見てもわかるように、桐山氏は意図的に由来書を捏造したのです。

 

 

5.由来書の日付

 桐山氏の本(資料2)と機関紙(資料3)を比較した時、桐山氏の本で省略されたのは考古学者の説明文だけでなく、表題が省略されているのがわかります。資料3の表題には次のような奇妙な日付があります。

 

スリランカ大統領J.R.ジャヤワルダナ閣下より日本の阿含宗に対して、我が寺院における歴史的儀式(1985.9.23)において贈られた仏舎利の由来。

 

 この表題では仏舎利は1985923日にビパシー師の寺院において授与されたものであると書いてあります。だが、阿含宗側の公式な発表によれば、授与は198647日の大統領官邸で行われたとあります(文献3の口絵)。由来書の原文(資料1)の本文を良く見ると、右上にある日付がやはり1985923日になっており、198523という数字が読めます。

 

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資料5.資料1の右上の文章

 

つまり、この由来書は1985923日に行われた授与式のものであって、198647日の授与式のものではありません。

 正式な授与式が1985923日に行われていたにもかかわらず、翌年、再度行われたことになります。なぜこんな奇妙なことが起きたのでしょう。

 これは桐山氏が仏舎利に箔を付けたかったからです。「大統領官邸で大統領から授与された仏舎利」に俗人たちは頭を下げるだろうと見越したのです。その作戦は見事に成功し、未だに信者たちの多くは「大統領が授与したのだから本物だ」と信じています。

 桐山氏本人が大統領官邸で大統領から授与されるという場面を作るために、授与式のやり直しをしたのでしょう。もちろん、一国の大統領に大統領官邸でもう一度授与式をしてくれというのだから、巨額の費用がかかります。

 

 

6.3億5千万円の仏舎利

 桐山氏が大統領から仏舎利を授与してもらうのに、巨額な費用を使ったことが報じられています。

 

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資料6.仏舎利の購入費(文献4『月刊宝石』p.208)

 

 仏舎利が3億5千万円という金額も桁外れなら、8千万円ものお金が消えたにもかかわらず、これを追求するどころか、逆に追加の支払いをしたというのも、世間の常識とはかけ離れた話です。

 

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資料7.(文献5『Themisp.60)

 

 資料7では、ビパシー師本人が「3億円以上」の寄付の見返りに、代議士の仲介で阿含宗に売ったものであることを認めています。大統領に大統領官邸でわざわざもう一度授与式を行ってもらい、自民党の大物代議士の秘書がからんでいたとなれば、3~4億円もの巨額の費用が動いたとしてもなんの不思議もありません。

 

 

まとめ

・由来書の和訳は、存在しない文章まで書き加えられた捏造由来書である。

・阿含宗では、スリランカ人の僧侶が大菩提寺の管長をしていたと和訳しているが、由来書にはそのような記述はなく、また大菩提寺の歴史においてもこのようなことはありえない。

・阿含宗は、1881年に金剛宝座から発掘された仏舎利であるかのように和訳しているが、由来書にはそのような記述はない。

・由来書では「目に見えぬ存在」からもらったと、仏舎利が偽物であることをはっきりと述べている。

・阿含宗は、文章を捏造し、また省略して、考古学者が本物であると保証したかのような書き方をしているが、本物だとは述べておらず、実際は、むしろ偽物であることを保証している。

・由来書の日付は大統領官邸での授与式の日付とは違う。

・巨額の費用で買ったのは仏舎利ではなく大統領の権威であり、これで仏舎利が本物であるかのようにみせかけた。

 

 以上のことから、阿含宗の仏舎利が真正仏舎利であることを由来書が証明しているという主張は根拠がありません。むしろ、この由来書は、阿含宗の仏舎利が偽物であることを保証しています。

 

文献1.『守護霊の系譜』桐山靖雄、平河出版社、1986.

文献2.『法友』85号、阿含宗東京総本部道場、法友編集部、1986.

文献3.『家運を盛大にする先祖供養 仏舎利物語』阿含宗、1986.

文献4.『月刊宝石』「桐山・阿含宗 疑惑の土地、教典、人脈」早川和廣、19915月号.

文献5.『Themis 』「ド派手な宣伝・カネの噂・山伏姿 これが書かれざる阿含宗の実相だ!」1989719日号.