剽窃・盗作・パクリ 2

- 学者の文章を剽窃して自著に載せた -

 

 

 桐山氏の作りだした阿含宗自体が他人の作りだした物の寄せ集めであるように、他人の物をもってきて、あたかも自分のオリジナルであるかのように言うのは珍しくありません。ここに掲載したのは、桐山氏が立宗当時に書いた本の文章が著名な仏教学者の本からの剽窃であることを示したもので、「2ちゃんねる」の「阿含宗という宗教」で昼行燈さんが最初に報告した内容です。

 まず桐山氏の剽窃文を2冊の本(文献1と2)から示します。

 

File4173File4172

 

資料1.『人間改造の原理と方法』(文献1)にある剽窃した文章(pp.110-111)

 

File4171 File4170

 

資料2.『阿含密教いま』(文献2)にある剽窃した文章(pp.11-12).

 

 資料1と2では、微妙な違いはありますが、文章としてはほぼ同じ内容です。この部分は桐山氏のオリジナルの文章として書かれています。だが、これは仏教学者の書いた文章の剽窃です。次がその元なった増谷氏の文章です。

 

File4175 File4174 

資料3.『原初経典・阿含経』の元の文章(pp.45-46)

 

 桐山氏の文章(資料1と2)と増谷氏の文章(資料3)を比較すれば、桐山氏が増谷氏の文章からほぼそのまま転用したことは明らかです。

桐山氏はこれらの本(文献1、2)で、増谷氏の本を参考文献としてあげています。参考文献とは内容の参考であって、文章をそのまま掲載するなら引用として示すべきです。しかし、桐山氏のしたことは、参考や引用ではなく、増谷氏の文章を手直しして自分の文章であるかのように見せかけたのですから、剽窃であり、盗用です。

 桐山氏の本(文献1)と増谷氏の本(文献3)からそれぞれ対応する文章を比較してみましょう。桐山氏が剽窃した文章は緑、増谷氏の元となった文章は青で示してあります。

 

 

[文献1] むかし、といっても、わたくしたちの学生時代のことであるが、よく、世界の四大聖人、あるいは 四大哲人という言葉を、よく耳にしたものである。

 

[文献3] わたくしどもが学生時代のころ、わたくしどもはよく世界の四大聖人あるいは四大哲人などということばを聞かされた。

 

 

[文献1] それは、ソクラテス、イエス・キリスト、ゴータマ・ブッダ、孔子の四人のかたがたであるが、おもしろいことに、この四人のかたがたは、そろっていずれも御自分ではなんにも書きのこしおられないのである。

 

[文献3] それはだれだれであるかというと、まず西のほうからあげれば、ソクラテス、イエス・キリスト、ブッダ、そして孔子。それらの人々を四大哲人とよぶことがひろくおこなわれておった。突然そのようなことを申すのは他でもない。ソクラテスにしても、イエス・キリストにしても、また孔子にしても、いずれも自分ではなにも書きのこしてはいないのである。

 

 

[文献1] 御承知の通り、たとえば、現在われわれがいうところのソクラテスの言行なるものは、プラトンやクセノフォンなど、その弟子たちが、ソクラテスの死後において書きつづったものにほかならない。

 

[文献3] 一々もうしあげるまでもないことであるが、たとえば、今日われわれがいうところのソクラテスの言行なるものは、プラトンやクセノフォンなど、その弟子たちがソクラテスの死後において綴ったものにほかならない。

 

 

[文献1] イエス・キリストの場合もその通り、やはりイエス・キリストが亡くなったのち、その弟子たちが、それぞれの記憶に残るものを綴ったのが、いまの四つの「福音書」に編集されているのである。

 

[文献3] あるいはまた、イエス・キリストのそれは、やはりイエス・キリストがなくなったのち、その弟子たちがそれぞれにその思い出を綴ったものが、いまの四つの『福音書』に編集されているのである。

 

 

[文献1] 孔子もまた、おなじくその弟子たちが語録をまとめ、それが『論語』となって、いま、われわれの机上に置かれるのである。

 

[文献3] さらにいえば、孔子のそれも、やはりその弟子たちがその語録をまとめたものが『論語』となっているのである。

 

 

[文献1] 仏陀の場合もまたそうであって、その生前にはなに一つ書きとめられたものはなかったのである。

 

[文献3] そして、いまブッダの場合もまたそうであって、その生前にはなにものも纏められたわけではなかった。

 

 

[文献1] やはり、いまのべた三人の聖者の場合と同じように、その亡くなったのち--それは亡くなってから間もなくのことであるが、その弟子たちが集まって、その師、仏陀が生涯において説かれた教法、ならびに、時にのぞんでさだめられた生活上の規律、つまり教法と戒律とを編集したのである。

 

[文献3] やはり、いまでいうところの三人の聖者の場合とおなじように、その亡くなったのち--それは亡くなってから間もなくのことであるが--その弟子たちが相あつまって、その師がその生涯において説かれた教法、ならびに、時におよんでさだめた生活の規律、つまり教法と戒律とを編集したのである。

 

 

[文献1] そして、そのときに編集された教法の集録を、仏教者たちは「アーガマ」(教えの伝承)とよび、以後、僧団において大切に受けつがれた。この「アーガマ」こそ、いまわれわれが手にするすべの仏教経典の源泉になっているものである。

 

[文献3] それは、いまわたしが事新しく申すことではなくて、昔からちゃんと経典にしるされていることである。そしてそのときに編集された教法の集録がほかでもないこの「阿含経」である。

そのことがちゃんとわかっているのである。

いや、もっと正確にいうならば、その時に編集されたものが今日わたくしどものもっている「阿含経」の原初形態、つまり、その基体をなすものであったということができるのである。

 

 両者を比較すれば一目瞭然で、盗作であることは疑問の余地がありません。増谷文雄氏(1902 - 1987)の学者らしい重厚な文体を、桐山氏は軽く読みやすく直しているだけで、内容はもちろんのこと、文章もかなりの部分がそのままです。一度ならず、二度に渡り手直しまでして、剽窃を繰り返しました。

 桐山氏の『阿含密教いま』(文献2)は阿含宗を立宗するにあたりその意義を世に問うた本です。伝統仏教を偽経典を元にした教団だと激しく批判しながら、自らは盗作を平気でしていたのです。宗教家というよりも、人間として道徳心が問われます。

 

文献1.『人間改造の原理と方法』桐山靖雄、平河出版社、初版1977年.

文献2.『阿含密教いま (阿含講話集 1) 桐山靖雄、平河出版社、初版1978年.

文献3.『原初経典・阿含経』増谷 文雄、筑摩書房、1970年.